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第十三話 初めての入居希望者
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アルフとトゥールの戦いは、トゥールの圧勝であっさりと終わった。 一応は真面目にレベル上げをしている者と、全く何もしていない者とでは、結果は明らかである。
厩舎裏の広場でアルフの叫び声がこだました。 トゥールの火魔法がアルフの足元に掠めたのだ。
厩舎では野生の勘なのか、馬のいななきが響き、落ち着きなく身体を震わせている様だ。 厩舎の横は馬場で、放たれていた馬がアルフの叫び声が聞こえた方へ顔を向ける。
アルフの足元を掠めた火魔法は、背後の大木を燃やし、器用にも火魔法が当たった大木しか燃やさなかった。 にっこり笑ってアルフを見つめて来るトゥールの瞳は、『アルフの番だよ』と語っていた。
アルフの喉が上下に動き、拳に力が入る。 アルフは覚悟を決めて取扱説明書に載っていた技を放つことにした。 トゥールが見てみたいと言った技だ。
アルフの全身から魔力が溢れ、掌に魔法陣を描き出し、チャクラムが出現する。
ゆっくりとチャクラムが回転すると、徐々に大きさを変えていく。 チャクラムは直径30センチほどの大きさになった。 アルフはいつも大木を切り倒す要領でチャクラムをトゥールへ放った。
「今度こそ、当たれっ」
アルフの言葉に皆が複雑な表情を浮かべる。 ノルベルトとグランは、眉をひそめただけだった。
真っ直ぐにトゥールの方へ飛んで行ったチャクラムは、トゥールには当たらずに大回りで回り込んで、アルフの手の上へ戻って来た。 アルフは首を傾げ、もう一度チャクラムを放つ。
2度目も同じ結果になった。
「あれ?」
大木を切り倒した時は、樹が密集している場所へ飛ばしただけで、的を決めてチャクラムを投げていた訳ではないので、的へ当てるというコントロールをしていなかった。
(……ええええっ、もしかして、的に当てるのってものすごく難しいのっ?!)
今更ながらにアルフは気づいた。 しかし、直ぐに気を取り直して、アルフは近接攻撃だと閃いた。
チャクラムで彫り物をする時は当たるのだから、近づけば当たるはずだと、トゥールまであともう少しの距離。 トゥールが手を上へ振り上げると、アルフの目の前で土の壁が伸びあがって来た。
「!!」
急ブレーキが効かず、アルフは目の前に現れた土の壁に激突した。 アルフの口から潰れた様なうめき声が聞こえ、背中から地面へ倒れ込んだ。 アルフは気づいていなかったが、地面にはトゥールの描いた魔法陣が広がっていた。
少し離れた場所でグランが溜息を吐いた気配を感じ、アルフは瞳が潤み、顔が歪む。
『えっ、まじで……泣くのかっ』と皆が、流石に負けたからと14歳の年で泣くのは恥ずかしいぞと思った時、ノルベルトの容赦ない言葉がアルフへ投げられた。
「若様、祝福のレベル上げは若様任せ出来ましたが、今後は授業に取り入れます」
にっこり笑ったノルベルトの瞳は全く笑っていなかった。 泣きそうになっていたアルフの涙も引っ込んだ。 騎士団の総団長の息子もノルベルトの授業に加わるという事で、益々アルフの周りは高位貴族が集まり、賑やかになっていく。
「……でも、そんな時間はないんじゃ……」
「大丈夫です。 昼食の時間を14時からすればいいだけです」
「ええぇぇ、14時までなんて我慢できないよっ。 それに午後は、貸し部屋の話を親方と……したいんだけど……」
「15時からすればいいだけです」
「そんなっ、殺生なぁぁ」
アルフの情けない叫び声が厩舎裏の広場でこだまし、アルフの声に驚いた馬たちがいなないた。
◇
午前の授業が増え、お金儲けの時間が減らされてから3か月程経った頃、貸し部屋のとして使う建物、南の棟の修繕が終わった。 貸し部屋の修繕が進んでいる間、アルフの『祝福』のレベル上げは一向に進まなかった。
親方の手伝いをしながら、チャクラムを使った彫り物の技術は上がっていた。 下宿屋に家具がついていれば、入居者の募集もしやすいと思ったのだ。 勿論、家具付きの下宿屋のアイデアは主さまモドキが出した巻紙の中に入っていたものを参考にした。
レープハフトハイムは7棟の長方形の建物で、日の形で建てられている。 奥の4棟の建物、ロイヴェリク家の屋敷の前だが、4階建ての建物で、東棟と北棟は魔法学校へ通う生徒用の下宿屋。
南棟と西棟は少しだけお金持ちの人たちの専用貸し部屋。 街道の手前にある3棟は、平民用の貸し部屋にしようとアルフは考えていた。
「じゃ、『Hey! 主さま』 ローゼンダールの平民の一般的な間取りを教えて」
『いいよ。 っていうか、この間も出したよね? 一般的な間取り』
「……」
丸テーブルに置かれているお菓子の皿の近くでしゃがみ込み、主さまモドキはカップケーキを抱え込んだ。 アルフは自室の居間の丸テーブルに主さまモドキが出した巻紙を並べていく。
因みにグランはノルベルトの手伝いに出している。
「……この間、主さまモドキが出してくれた間取りは使えないっ」
親方やノルベルトに貸し部屋の間取りを伝えたら、1階で二部屋が限界だと言われたのだ。 元は小部屋ばかりを並べた下宿屋、壁を壊して広げても、台所やトイレやシャワー室などを含めた部屋を何部屋も作れないのだ。
「二間と台所とトイレ、シャワー室を含めると、3部屋が難しいって言われたっ……だからこの間、出してもらった間取りは4階建ての方で使ったよ。 4階は1部屋になってしまったけど……2階・3階は二部屋できた」
『ふ~ん、そうなんだ。 もう、全部屋、下宿屋にしてしまえば良かったのに』
「……それだと下宿代だけが収入になって……借金を返す目途が立たないっ」
『そうか……大変だね』
「……」
何処か他人事の様子でカップケーキにかぶりつく、主さまモドキにイラつき、こめかみに青筋が浮かぶ。 アルフは握りしめた拳を何とか抑えた。
(駄目だっ! お金に余裕がないと……心が荒んでくる。 こんな事でイラついてたら駄目だっ!)
『あ、そうだっ! 1階を貸店舗にすればいいじゃない?』
「貸店舗?」
『そう、お店を開く人に部屋を貸すんだよ。 この世界でもあると思うけど……よし、色々な間取りを出してあげる』
主さまモドキが出して来た間取りにアルフは奇声を上げた。 居間のガラス扉の付近で、ノルベルトの手伝いを終え、戻って来たグランにも気づかない様子だ。
ガラス扉なので、居間の中が丸見えになっている為、巻紙をばらまく主さまモドキと、奇声を上げて巻紙を拾い上げる異様な光景をグランは瞳を細めて見つめていた。
(うわぁ……居間、入りたくないな)
ノルベルトがアルフの部屋へ来たのは、既に寝る支度を終えベッドへ入る時間だった。
部屋の扉がノックされ、グランが応対に出た。 グランも寝る支度を終えていたので、パジャマの上にガウンを羽織っていた。 もう、12月だ。 いつの間にか寒い季節になっていた。
少しだけ冷えてしまった居間の空気に身震いをした。
居間にある消した暖炉の火をつけようと思い、暖炉の横にある薪を手に取ると、ノルベルトは手紙を渡しに来ただけだと言い、手紙を差し出して来た。
「私が前に奉公していた屋敷の息子さんからの手紙です。 どうやらお手頃価格のお部屋を探している様で、出来たばかりですけど、南棟の4階がいいのではないかと思ったのです」
「おおぉ、もしかしなくても初めての入居者っ!!!」
「はい、若様が喜ぶと思い、取り急ぎお手紙をお持ちしました」
「ありがとう、ノルベルト!」
「詳しい話は明日の朝に致します。 では、おやすみなさいませ」
「うん、分かった。 おやすみ、ノルベルト」
挨拶をすると、ノルベルトはグランと何か会話をした後、部屋を出て行った。 アルフは直ぐに手紙の封を切り、中身を読んだ。
アルフの瞳に喜びの色が滲んでいく。 手紙を読んだアルフはグランへと視線を移して、喜びの声を上げる。
「部屋を一度見てみたいって」
「良かったですね、若様。 しかも、一番いい部屋が真っ先に埋まるなんて……」
「……もしかしなくても、4階には誰も入居しないって思ってた?」
グランはしばらく思考した後、素直に頷いた。 返事は分かっていて聞いたのだが、アルフは眉間にしわを寄せた。
「まぁ、あれですよ。 立地条件とかあるじゃないですか。 街中ではないですし、貴族敷地内の貸し部屋へ入居するのは勇気いりますよ」
(それは全貸し部屋に入らないだろうって思ったのかっ……)
言い返そうとしたアルフの口からくしゃみが飛び出した。 グランと話している間に、先程よりも居間は冷えて来ていた。
「このままじゃ、風をひくっ。 もう、寝よう。 早く布団に入りたいっ」
「あ、待って下さいっ」
グランの呼び止めと同時に、部屋の温度が上がりじんわりと温かい空気がアルフを包んだ。
「……えっ、ナニコレ?」
「魔力で気温の温度調整をしたんですよ。 本当は若様の部屋には暖炉はいらないんです」
「えっ?!」
「若様自身で、温度調節をすればの話ですが、ノルベルトから伝言です。 更なる魔力制御の精度を上げる為に、常に温度調節が出来る様になるまで、暖炉の使用を禁止だそうです」
「えええええっ?! 暖炉の使用禁止?」
「はい」
「……なんで?」
「この3か月の『祝福』のレベル上げの結果の所為かと……」
「……っ、分かった、頑張るよっ」
「はい、では、おやすみなさいませ、若様」
何も言い訳できないので、アルフはぐっと言葉を呑み、グランにお休みと返した。 手に持っていた手紙を眺め、初めての入居者はどんな人だろうと、アルフの口元を緩めた。
◇
翌朝、祖母と一緒に朝食の席へ着く。 今日は身体の調子もよく、食欲もある様だ。 いつもの席に着いたアルフは上座で美味しそうにチーズ入りのオムレツを咀嚼する祖母を見て、自然と頬を緩める。
「今日は、レープハフトハイムの見学者が来るのでしょう?」
「はい、午後からですけど、若い男女でご兄妹の様です」
「まぁ、そう。 ご両親とは別で?」
「まだ、詳しい話をノルベルトから聞いていなくて……おばあ様もご一緒されますか?」
「いえ、レープハフトハイムの事は全て、アルフに任せます」
「分かりました。 では、入居が決まり次第、報告しますね」
「ええ、どんな方か楽しみね」
「はい」
朝食を終え、アルフは自室の居間のソファで紅茶を飲みながら、ノルベルトが報告を待っていた。
しばらく待っていると、ノルベルトが書類を片手にアルフの部屋へやって来た。 授業が始まる前に、報告を終える為だ。
「若様、お待たせしました」
「うん」
「昨夜、お渡した手紙は読まれましたか?」
「ああ、読んだよ。 ご兄妹で見学に来るんだよね」
「見学者が伯爵家のご子息だという事は理解しておられますか?」
「……う、うん?」
ノルベルトの質問にアルフは曖昧な返事を返した。 無表情で眉間にしわを寄せるノルベルトが怖いとアルフは身体を背持たれに押し付けた。 窓の外から、バラ園の剪定をするホルトスの声と弟子たちの声が聞こえて来ていた。
「……いいですか、若様。 昨夜は南棟の4階が良いでしょうと申しましたが……伯爵家の子息方が住まうには手狭です。 ですから、断られる事を前提にしておいて下さい」
初めての入居者で浮かれていたが、断れることを前提にしておけとは、アルフの頭の上に岩が落ちて来る勢いで衝撃を受けた。
「……そうか、平民にしては広い部屋でも、貴族にしたら狭いのかっ」
「まぁ、そういう事です。 ただ、何か訳ありな感じではありましたから……話を聞いて、双方が納得すれば、契約になるでしょう」
「うん、分かった」
「では、授業を始めましょうか。 皆さま、もう図書室でお待ちですから」
「……もう、来てるの? トゥール殿下……いつも来るの早すぎない?」
「同世代の方たちと過ごす事が楽しいのでしょう。 殿下はいつも大人に囲まれてますからね」
アルフは重い足取りでノルベルト、グランと3人で図書室へ向かった。
「取り分け、若様がお気に入りみたいですね」
グランの言葉にアルフは瞳を細める。
「……まさかとは思うけど……殿下ってそっちじゃないよねっ」
「そっちとは?」
グランはアルフの言っている意味が理解できていないらしく、首を傾げていた。 アルフの前で歩くノルベルトは階段を下りながら、無表情を装っていた。 アルフが何を危惧しているかを分かっている。
「あっ! 愛犬アルフって何?ってトゥールに聞くの忘れてたっ」
「何って、愛犬っていう事は、殿下の愛犬の事でしょうね」
「僕が言いたいのは、そういう事じゃないんだよっ! 何で、愛犬に僕の愛称をつけているんだよって事だよっ」
「では、今日、聞いてみましょう。 私もつけた理由を聞いてみたいです」
グランは、いつもはとても察しが良く、気も利く。 しかし、たまに分かっていて、揶揄ってくる時がある。 ノルベルトと同じで無表情な表情で。
(たまに、本気で言ってるのか分からない時があるんだよっ)
トゥールが愛犬を呼ぶ時、自身の愛称が呼ばれている事を思うと、アルフの背中に寒いものが這い上がっていく。 もう名前を変える事は不可能だろうかと、肩を落とすのだった。
厩舎裏の広場でアルフの叫び声がこだました。 トゥールの火魔法がアルフの足元に掠めたのだ。
厩舎では野生の勘なのか、馬のいななきが響き、落ち着きなく身体を震わせている様だ。 厩舎の横は馬場で、放たれていた馬がアルフの叫び声が聞こえた方へ顔を向ける。
アルフの足元を掠めた火魔法は、背後の大木を燃やし、器用にも火魔法が当たった大木しか燃やさなかった。 にっこり笑ってアルフを見つめて来るトゥールの瞳は、『アルフの番だよ』と語っていた。
アルフの喉が上下に動き、拳に力が入る。 アルフは覚悟を決めて取扱説明書に載っていた技を放つことにした。 トゥールが見てみたいと言った技だ。
アルフの全身から魔力が溢れ、掌に魔法陣を描き出し、チャクラムが出現する。
ゆっくりとチャクラムが回転すると、徐々に大きさを変えていく。 チャクラムは直径30センチほどの大きさになった。 アルフはいつも大木を切り倒す要領でチャクラムをトゥールへ放った。
「今度こそ、当たれっ」
アルフの言葉に皆が複雑な表情を浮かべる。 ノルベルトとグランは、眉をひそめただけだった。
真っ直ぐにトゥールの方へ飛んで行ったチャクラムは、トゥールには当たらずに大回りで回り込んで、アルフの手の上へ戻って来た。 アルフは首を傾げ、もう一度チャクラムを放つ。
2度目も同じ結果になった。
「あれ?」
大木を切り倒した時は、樹が密集している場所へ飛ばしただけで、的を決めてチャクラムを投げていた訳ではないので、的へ当てるというコントロールをしていなかった。
(……ええええっ、もしかして、的に当てるのってものすごく難しいのっ?!)
今更ながらにアルフは気づいた。 しかし、直ぐに気を取り直して、アルフは近接攻撃だと閃いた。
チャクラムで彫り物をする時は当たるのだから、近づけば当たるはずだと、トゥールまであともう少しの距離。 トゥールが手を上へ振り上げると、アルフの目の前で土の壁が伸びあがって来た。
「!!」
急ブレーキが効かず、アルフは目の前に現れた土の壁に激突した。 アルフの口から潰れた様なうめき声が聞こえ、背中から地面へ倒れ込んだ。 アルフは気づいていなかったが、地面にはトゥールの描いた魔法陣が広がっていた。
少し離れた場所でグランが溜息を吐いた気配を感じ、アルフは瞳が潤み、顔が歪む。
『えっ、まじで……泣くのかっ』と皆が、流石に負けたからと14歳の年で泣くのは恥ずかしいぞと思った時、ノルベルトの容赦ない言葉がアルフへ投げられた。
「若様、祝福のレベル上げは若様任せ出来ましたが、今後は授業に取り入れます」
にっこり笑ったノルベルトの瞳は全く笑っていなかった。 泣きそうになっていたアルフの涙も引っ込んだ。 騎士団の総団長の息子もノルベルトの授業に加わるという事で、益々アルフの周りは高位貴族が集まり、賑やかになっていく。
「……でも、そんな時間はないんじゃ……」
「大丈夫です。 昼食の時間を14時からすればいいだけです」
「ええぇぇ、14時までなんて我慢できないよっ。 それに午後は、貸し部屋の話を親方と……したいんだけど……」
「15時からすればいいだけです」
「そんなっ、殺生なぁぁ」
アルフの情けない叫び声が厩舎裏の広場でこだまし、アルフの声に驚いた馬たちがいなないた。
◇
午前の授業が増え、お金儲けの時間が減らされてから3か月程経った頃、貸し部屋のとして使う建物、南の棟の修繕が終わった。 貸し部屋の修繕が進んでいる間、アルフの『祝福』のレベル上げは一向に進まなかった。
親方の手伝いをしながら、チャクラムを使った彫り物の技術は上がっていた。 下宿屋に家具がついていれば、入居者の募集もしやすいと思ったのだ。 勿論、家具付きの下宿屋のアイデアは主さまモドキが出した巻紙の中に入っていたものを参考にした。
レープハフトハイムは7棟の長方形の建物で、日の形で建てられている。 奥の4棟の建物、ロイヴェリク家の屋敷の前だが、4階建ての建物で、東棟と北棟は魔法学校へ通う生徒用の下宿屋。
南棟と西棟は少しだけお金持ちの人たちの専用貸し部屋。 街道の手前にある3棟は、平民用の貸し部屋にしようとアルフは考えていた。
「じゃ、『Hey! 主さま』 ローゼンダールの平民の一般的な間取りを教えて」
『いいよ。 っていうか、この間も出したよね? 一般的な間取り』
「……」
丸テーブルに置かれているお菓子の皿の近くでしゃがみ込み、主さまモドキはカップケーキを抱え込んだ。 アルフは自室の居間の丸テーブルに主さまモドキが出した巻紙を並べていく。
因みにグランはノルベルトの手伝いに出している。
「……この間、主さまモドキが出してくれた間取りは使えないっ」
親方やノルベルトに貸し部屋の間取りを伝えたら、1階で二部屋が限界だと言われたのだ。 元は小部屋ばかりを並べた下宿屋、壁を壊して広げても、台所やトイレやシャワー室などを含めた部屋を何部屋も作れないのだ。
「二間と台所とトイレ、シャワー室を含めると、3部屋が難しいって言われたっ……だからこの間、出してもらった間取りは4階建ての方で使ったよ。 4階は1部屋になってしまったけど……2階・3階は二部屋できた」
『ふ~ん、そうなんだ。 もう、全部屋、下宿屋にしてしまえば良かったのに』
「……それだと下宿代だけが収入になって……借金を返す目途が立たないっ」
『そうか……大変だね』
「……」
何処か他人事の様子でカップケーキにかぶりつく、主さまモドキにイラつき、こめかみに青筋が浮かぶ。 アルフは握りしめた拳を何とか抑えた。
(駄目だっ! お金に余裕がないと……心が荒んでくる。 こんな事でイラついてたら駄目だっ!)
『あ、そうだっ! 1階を貸店舗にすればいいじゃない?』
「貸店舗?」
『そう、お店を開く人に部屋を貸すんだよ。 この世界でもあると思うけど……よし、色々な間取りを出してあげる』
主さまモドキが出して来た間取りにアルフは奇声を上げた。 居間のガラス扉の付近で、ノルベルトの手伝いを終え、戻って来たグランにも気づかない様子だ。
ガラス扉なので、居間の中が丸見えになっている為、巻紙をばらまく主さまモドキと、奇声を上げて巻紙を拾い上げる異様な光景をグランは瞳を細めて見つめていた。
(うわぁ……居間、入りたくないな)
ノルベルトがアルフの部屋へ来たのは、既に寝る支度を終えベッドへ入る時間だった。
部屋の扉がノックされ、グランが応対に出た。 グランも寝る支度を終えていたので、パジャマの上にガウンを羽織っていた。 もう、12月だ。 いつの間にか寒い季節になっていた。
少しだけ冷えてしまった居間の空気に身震いをした。
居間にある消した暖炉の火をつけようと思い、暖炉の横にある薪を手に取ると、ノルベルトは手紙を渡しに来ただけだと言い、手紙を差し出して来た。
「私が前に奉公していた屋敷の息子さんからの手紙です。 どうやらお手頃価格のお部屋を探している様で、出来たばかりですけど、南棟の4階がいいのではないかと思ったのです」
「おおぉ、もしかしなくても初めての入居者っ!!!」
「はい、若様が喜ぶと思い、取り急ぎお手紙をお持ちしました」
「ありがとう、ノルベルト!」
「詳しい話は明日の朝に致します。 では、おやすみなさいませ」
「うん、分かった。 おやすみ、ノルベルト」
挨拶をすると、ノルベルトはグランと何か会話をした後、部屋を出て行った。 アルフは直ぐに手紙の封を切り、中身を読んだ。
アルフの瞳に喜びの色が滲んでいく。 手紙を読んだアルフはグランへと視線を移して、喜びの声を上げる。
「部屋を一度見てみたいって」
「良かったですね、若様。 しかも、一番いい部屋が真っ先に埋まるなんて……」
「……もしかしなくても、4階には誰も入居しないって思ってた?」
グランはしばらく思考した後、素直に頷いた。 返事は分かっていて聞いたのだが、アルフは眉間にしわを寄せた。
「まぁ、あれですよ。 立地条件とかあるじゃないですか。 街中ではないですし、貴族敷地内の貸し部屋へ入居するのは勇気いりますよ」
(それは全貸し部屋に入らないだろうって思ったのかっ……)
言い返そうとしたアルフの口からくしゃみが飛び出した。 グランと話している間に、先程よりも居間は冷えて来ていた。
「このままじゃ、風をひくっ。 もう、寝よう。 早く布団に入りたいっ」
「あ、待って下さいっ」
グランの呼び止めと同時に、部屋の温度が上がりじんわりと温かい空気がアルフを包んだ。
「……えっ、ナニコレ?」
「魔力で気温の温度調整をしたんですよ。 本当は若様の部屋には暖炉はいらないんです」
「えっ?!」
「若様自身で、温度調節をすればの話ですが、ノルベルトから伝言です。 更なる魔力制御の精度を上げる為に、常に温度調節が出来る様になるまで、暖炉の使用を禁止だそうです」
「えええええっ?! 暖炉の使用禁止?」
「はい」
「……なんで?」
「この3か月の『祝福』のレベル上げの結果の所為かと……」
「……っ、分かった、頑張るよっ」
「はい、では、おやすみなさいませ、若様」
何も言い訳できないので、アルフはぐっと言葉を呑み、グランにお休みと返した。 手に持っていた手紙を眺め、初めての入居者はどんな人だろうと、アルフの口元を緩めた。
◇
翌朝、祖母と一緒に朝食の席へ着く。 今日は身体の調子もよく、食欲もある様だ。 いつもの席に着いたアルフは上座で美味しそうにチーズ入りのオムレツを咀嚼する祖母を見て、自然と頬を緩める。
「今日は、レープハフトハイムの見学者が来るのでしょう?」
「はい、午後からですけど、若い男女でご兄妹の様です」
「まぁ、そう。 ご両親とは別で?」
「まだ、詳しい話をノルベルトから聞いていなくて……おばあ様もご一緒されますか?」
「いえ、レープハフトハイムの事は全て、アルフに任せます」
「分かりました。 では、入居が決まり次第、報告しますね」
「ええ、どんな方か楽しみね」
「はい」
朝食を終え、アルフは自室の居間のソファで紅茶を飲みながら、ノルベルトが報告を待っていた。
しばらく待っていると、ノルベルトが書類を片手にアルフの部屋へやって来た。 授業が始まる前に、報告を終える為だ。
「若様、お待たせしました」
「うん」
「昨夜、お渡した手紙は読まれましたか?」
「ああ、読んだよ。 ご兄妹で見学に来るんだよね」
「見学者が伯爵家のご子息だという事は理解しておられますか?」
「……う、うん?」
ノルベルトの質問にアルフは曖昧な返事を返した。 無表情で眉間にしわを寄せるノルベルトが怖いとアルフは身体を背持たれに押し付けた。 窓の外から、バラ園の剪定をするホルトスの声と弟子たちの声が聞こえて来ていた。
「……いいですか、若様。 昨夜は南棟の4階が良いでしょうと申しましたが……伯爵家の子息方が住まうには手狭です。 ですから、断られる事を前提にしておいて下さい」
初めての入居者で浮かれていたが、断れることを前提にしておけとは、アルフの頭の上に岩が落ちて来る勢いで衝撃を受けた。
「……そうか、平民にしては広い部屋でも、貴族にしたら狭いのかっ」
「まぁ、そういう事です。 ただ、何か訳ありな感じではありましたから……話を聞いて、双方が納得すれば、契約になるでしょう」
「うん、分かった」
「では、授業を始めましょうか。 皆さま、もう図書室でお待ちですから」
「……もう、来てるの? トゥール殿下……いつも来るの早すぎない?」
「同世代の方たちと過ごす事が楽しいのでしょう。 殿下はいつも大人に囲まれてますからね」
アルフは重い足取りでノルベルト、グランと3人で図書室へ向かった。
「取り分け、若様がお気に入りみたいですね」
グランの言葉にアルフは瞳を細める。
「……まさかとは思うけど……殿下ってそっちじゃないよねっ」
「そっちとは?」
グランはアルフの言っている意味が理解できていないらしく、首を傾げていた。 アルフの前で歩くノルベルトは階段を下りながら、無表情を装っていた。 アルフが何を危惧しているかを分かっている。
「あっ! 愛犬アルフって何?ってトゥールに聞くの忘れてたっ」
「何って、愛犬っていう事は、殿下の愛犬の事でしょうね」
「僕が言いたいのは、そういう事じゃないんだよっ! 何で、愛犬に僕の愛称をつけているんだよって事だよっ」
「では、今日、聞いてみましょう。 私もつけた理由を聞いてみたいです」
グランは、いつもはとても察しが良く、気も利く。 しかし、たまに分かっていて、揶揄ってくる時がある。 ノルベルトと同じで無表情な表情で。
(たまに、本気で言ってるのか分からない時があるんだよっ)
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弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね
竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。
元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、
王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。
代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。
父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。
カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。
その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。
ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。
「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」
そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。
もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。
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