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第十四話 初の家賃収入

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 午後になって見学の約束をしていた伯爵家の子息がロイヴェリク家へ訪れた。 1階へ降りて階段横の応接室へ入る。 ソファから立ち上がった伯爵子爵は優雅に紳士の礼をした。

 アルフも紳士の礼をした後、レープハフトハイムのオーナーとして挨拶をした。

 「こんにちは、アウグスト・フォン・ヴェルテ様。 私はアルフレート・リヒト・ロイヴェリクと申します。 レープハフトハイムのオーナーをしております」

 アウグストは少しだけ苦笑を零し、アルフに返事を返してきた。

 「こんにちは、アルフレート様。 本日はお時間を頂きありがとうございます。 私はアウグスト・フォン・ヴェルテ。 先日、父からヴェルテ伯爵位を受け継ぎました。 以後お見知り置きを」
 「す、すみませんっ、勉強不足でっ……」

 アルフは慌てて謝罪した。 貴族は下位高位と関係なく、家格や位を重んじる。 アルフの『まずった』という感情が表情にありありと出ている。 貴族は相手に感情を悟られては足元を掬われるので、感情を表に出してはいけない。

 「いえ、お気になさらず。 伯爵位といっても爵位だけを賜っていて、領地もありませんしね。 私は投資で生計を立てています」

 にっこり笑ったアウグストの笑顔からは感情を読めなかった。 「まだまだ、研鑽が必要ですね」と、背後からノルベルトの視線が痛いくらいアルフの背中に突き刺さった。

 (仕方ないだろうっ、僕はまだ14歳で、貴族になったのは1年前だ。 孤児院育ちの平民なんだからねっ)

 アウグストはアルフの想像していた様な傲慢な貴族ではなかった。 見た目は爽やかな青年だ。

 アウグストに紹介する部屋は最上階だが、比較的広い部屋が2つ、食堂と応接間があり、キッチンとお風呂、トイレ付き。 後は使用人部屋や倉庫に使える10帖ほどの小部屋が付いている。

 主さまモドキに出してもらった異世界の間取りで、一般的な家族が住む間取りだと教えてくれたので、起用したのだが。 お風呂が付いているだけで、平民でも上流階級の人が住む家だと教えられた。

 (だから、上流階級の人たちに合わせたんだよね……貴族が住むには狭いのではないだろうか?)

 「あの……」
 「……実は」

 話出しが同時になってしまい、2人の言葉が止まった。 お先にどうぞという譲り合いの中、アウグストが折れて家を借りたいという事情を説明した。

 「実は、両親が借金を残して失踪してしまいまして……」
 「えっ!!」
 「……まぁ、よくある話なので気にしていません。 逃げた場所もある程度、予想できます。 で、私が後を継ぐ事になったんです。 私一人なら、爵位は返納すればいいんです。 仕事もしていますので、生活できますから。 ただ、妹がいまして……」
 「あ、兄妹で借りたいと手紙に書かれてましたね」
 「ええ、妹は生まれた時から貴族として育っています。 両親も妹には甘くて、『蝶よ、花よ』と育てられた妹には、平民の暮らしは出来ません。 学校もありますし、今は借金を全て返したばかりなので……お金も心許ないくらいです」
 「……借金を全て返済っ?! それはどれくらいの金額でどのようにして?!」
 「……若様っ」
 
 背中からノルベルトの責めるような音を滲ませた声が、アルフの背中に突き刺さる。 アルフの鬼気迫るような迫力に押され、呆気にとられながらもアウグストは答えた。

 「あ、えと……金額は言えませんが、私の場合は学生時代から投資をしていたので、その時から貯めていたお金で返済したんですよ」

 アルフの瞳にキラリとお金のマークが映し出された。

 「へぇ~、投資ですかっ?!」

 背後でノルベルトの咳払いを聞き、アルフも取り繕う為の咳払いをしてにっこりと笑顔を張り付けた。

 「因みに、今はどのような投資を?!」
 「若様っ!!」

 話が逸れそうになるのをノルベルトが止めると、アルフは我に返った。

 「……分かったよっ。 えと、妹さんの為に部屋を借りるという事ですね」
 「ええ、返済をしたのはいいのですが、父が金を借りた所が少しだけ厄介な所で……妹に危害を加えられると困ります。 妹の安全の為にも、ロイヴェリク家がオーナーである部屋を借りたいのです」
 「えと……貴族が住むには狭いですよ?」
 「ええ、いいです。 こちらは学校まで送迎してくれる馬車があるとか」
 「はい、スクール馬車を下宿屋に学生が入ったら運行しようと考えてます」
 「……下宿ですか」
 「はい、でも、貸し部屋に入居していただけた住人には、格安で辻馬車をお貸しするシステムもあります。 希望があれば学校まで送迎しますよ。 ちゃんと護衛も付けます」
 「では、取り敢えず、部屋を見せてもらってもいいですか?」
 「はいっ!! 案内します」

 応接間の扉付近で立っていたグランがアルフとアウグストが立ち上がると同時に、扉を押し開く。

 ノルベルトを先頭に皆で貸し部屋の南棟へ移動した。 南棟の入り口は、屋敷を出て右に曲がり、左の道を進むと、左側に見えて来る。 南棟の1階は多目的ホールにしていたが、貸店舗に変更しようと考えている。

 壁に面して花壇が作られていて、季節の花々が植えられているが、季節的に冬なので、今は枝葉が伸びているだけである。

 多目的ホールの門柱を通り過ぎ、南棟の入り口に辿り着く。 アーチ状の鉄製の門扉を開けると、階段ホールへと入る。 西棟と手前の3階建ての3棟はまだ改装中で、階段が両端にあるだけだ。

 階段の奥は西棟の1階で、今は補修されていない壁で広い部屋があった。 ノルベルトがアウグストに視線をやり、階段を指し示す。

 「ヴェルテ伯爵、左側の階段が南棟の階段です」

 ノルベルトが安全を確認するように、先に階段へ足を掛けた。
 
 「ああ、まだ、改装工事をしているんだな……」
 「……はい、昼間は少しだけうるさいかもしれません。 休日は改装もないので、静かですよっ」
 「昼間は私と妹も、仕事や学校でおりませんから……。 それにずっとではないでしょう?」
 「はいっ、後、3・4か月くらいだと」
 「そうですか……」

 (……長い間、うるさいのは嫌だよねっ)

 ノルベルトの先導で4階の最上階へ上がる。 2・3階は2部屋で、西棟の階段とは2階からは壁で隔てられている。 4階は1部屋だけだ。 最上階に辿り着き、アーチ状に壁を切り抜いた入り口に入ると、玄関ポーチだ。 4帖ほどの広さだ。 貴族の暮らしに憧れている上流階級の人たちの為に、美術品を置けるようにしたのだ。 ノルベルトが鍵を開け、玄関の木製の両扉を開く。
 
 施錠された鍵が開き、新しい樹の匂いに迎え入れられ、心が躍る。

 玄関の直ぐ左横には作り付けの棚があり、左奥に小部屋へ続く扉がある。 右奥に通路があって家主の部屋の奥へと続いている。 玄関の横は食堂で、アルフとノルベルトは食堂まで案内すると、後はグランにアウグストの案内を頼み、食堂で待機する事にした。

 食堂は暖炉と壁に取り付けた棚と、温度を管理する魔道具も設置している。 後は、当たり前だがテーブルも置いてないので、何もない。 食堂の先にはサロンがあり、大きな窓を2つ取り付けているので、4階という事もあり、見晴らしはとても良い。

 「若様、先程、言っていた護衛ですけど……」
 「ああ、あれね。 まだ、ノルベルトの弟さんは見つかってないんだったっけ?」
 「はい。 あいつは……何処で何をしているのやら……。 護衛に心当たりがあるんですか?」
 「うん、あるよ。 シファー家の従者の3人、強いでしょ?」
 「おや、気づいておられたんですか?」

 ノルベルトの意外だと言う態度を見て、アルフは得意げに鼻を鳴らした。 シファー家の使用人はメイドだけではなく、料理人や従者、庭師から希望して来た人を雇い入れると聞いた皆が手を上げた。

 下宿屋の料理人や庭や花壇の手入れにロイヴェリク家の庭師だけでは足りないので、丁度良かった事もある。 従者は主に男子寮で働いてもらうと考えていた。

 「彼らは今、ブルーノさんのサポートをしているんだよね。 ちょっとの時間でも借りられないか、ブルーノさんの執事さんにお願いしてもらってもいい?」
 「お話しておきます。 来年には下宿屋の方へ来ていただくのですしね」
 「うん、頼むよ」

 アルフとノルベルトが話し込んでいる間に、見学が終わったのか、アウグストとグランが食堂へ戻って来た。 アルフは緊張した面持ちでアウグストの返答を待った。

 「こちらに決めます」
 「本当ですかっ! ありがとうございますっ!」
 「ええ、元々、見る前から決めてましたからね。 両親が失踪した事で、ヴェルテ家は信用を無くしていて、中々部屋が見つからなかったですからね。 屋敷もやっと売れた状態で……」
 「そうですか……」
 「今、妹は学校の寮へ入っております。 お恥ずかしい話で、来月からは寮へ支払うお金がないので、退寮しなければなりません。 こちらへ引っ越せるのは来月になりますが、よろしいでしょうか?」
 「ええ、いいですけど……えっと、こんな事を聞くのもなんですが、家賃の方は大丈夫でしょうか?」
 「大丈夫です。 寮へ払うお金はありませんが、家賃を支払うお金はありますので」
 「では、ヴェルテ伯爵、場所を移して契約書にサインを」
 「はい、お手数を掛けます」

 (学校の寮ってそんなにお金かかるのっ?! あ、色々と生活費がかかるのかな……入ってるのは貴族ばっかりだもんね。 交際費とかも必要だろうし……平民が寮へ入れても大変なんじゃないだろうか)

 アウグストとの契約は滞りなく終わり、ロイヴェリク家の辻馬車で帰って行った。 屋敷を売り払ったアウグストは、マントイフェルに住んでいる友人の家でお世話になっているらしい。

 (うちの辻馬車も使ってくれたらいいなぁ)

 アルフはご機嫌で自室へ戻り、窓際のソファへ腰掛けた。 モナが淹れてくれた紅茶を一口飲むと、突然、思い出した。

 「あっ?! ノルベルトの過去の話を聞き忘れたっ?!」

 アルフの大きな叫び声に、ローテーブルにお菓子の皿を置いていたモナと、そばで何やら書類を捲っていたグランが小さく肩を跳ねさせた。

 「若様、突然どうしたんですか?」
 「いや、ヴェルテ伯爵って、ノルベルトたちの前の主だよねっ?! アテシュ家の皆がどうだったか聞くの忘れたっ」
 「そんな事を聞いてどうするんです?」
 「えっ……」

 グランはアルフが自身たちの過去を知りたがる事に、不思議そうに首を傾げている。 グランの隣でモナもアルフに同情して眉を下げていた。

 (グランって、たんぱくだよねっ)

 「僕が知りたいから、知りたいのっ!」
 「なんですか、その子供っぽい理由は」
 「いいじゃないか、教えてよっ!」

 深く溜息を吐いたグランが考えていなかった爆弾を投げつけて来た。 グランの言葉が信じられなくてアルフは口をぽか~んと開けた。

 「アテシュ家が影で何て呼ばれているか知っていますか?」
 「えっ?」
 「暗殺一族、『暗器使いのアテシュ家』って呼ばれていたんですよ。 ヴェルテ家での奉公は、ターゲットを調べる為に入ったんですよ」
 「……暗殺一族……」

 モナは瞳を見開いて驚愕した表情をしていたが、何処か責めるような色が滲んでいた。

 「またまた~! グランってば冗談がキツイよ。 でも、グランも冗談を言うんだね」
 「いや、本当なんですけどね」
 「ちょっとっ、グランっ! 若様、グランの言った事は、冗談ですからお気になさらず」
 「そうだよね」

 『ちょっとこっち来なさい、あんたっ』と小声で言うと、グランを部屋から引っ張って出て行った。

 モナのグランを睨みつける形相はとても10代の女子がする表情ではなかった。 もし、アルフに向けられたら、確実に一瞬で凍り付くものだった。

 「えっ……本当に冗談だよね?」

 慌ただしく2人が出て行った後、ソファの後ろの窓から改修工事の音が聞こえる中、グランの言葉が何度も脳裏で響いた。 一抹の不安はあったが、誰も疑問に答えてくれる人もいなく、アルフは1人納得するしかなかった。

 ◇
 
 1か月後、アウグストは1年分の家賃を支払い、妹と共に南棟の4階へ引っ越して来た。 南棟の4階の部屋はアインスと名付けた。 何故かと言うと、手前の3階建ての南の棟と、区別をつける為だ。

 逐一、あっちの方、こっちの方と言うのは面倒だからだ。 なので、4階建ての建物の貸し部屋全てに名前を付けた。 3階建ての方は普通に何号室と呼ぶ事にした。

 アウグストの妹は、年齢はアンネと同じ15歳だ。 きっとお互い知っているだろう。 少しだけ暗い表情が気になったが、とても可愛らしい令嬢だった。

 (なんにしても……初の家賃収入だ~!!)

 アルフはアウグストから受け取った1年分の家賃が入った麻袋にほおずりをした。 心の底から嬉しいとにやけているアルフを、グランとアテシュ家の面々は『若様は変態』と脳にインプットした。

 初めての家賃収入により、アルフの脳からグランの爆弾発言がすっかり消えてしまっていた。
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