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第四十話 ウェズナーの悩み。

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 ロイヴェリク家の屋敷にある厩舎の裏、アルフが広く切り拓いた広場、メイドや使用人、御者たちも休憩や鍛錬場所として使用されている。

 金属がぶつかる澄んだ音が広場に響き渡る。 合間には、アルフの小さい呻き声が挟まれる。

 「くっ……」

 (重っ! 速いしっ、本気で殺しにかかって来てないかっ?!)

 アルフとグランは、日課である模擬戦をしていた。 少し離れた場所では、トゥールとレイ、ルヴィの三人も見学していた。

 「アルフ、押されてるぞっ、もう少し頑張れ!」
 「グランはもっと本気出せっ!」

 (これ以上グランに本気出されたら、僕が死んでしまうよっ!)

 青い瞳に降参の色を滲ませ、グランと視線を合わす。 アルフのチャクラムが、グランの短剣とぶつかり合い、高い音を鳴らす。

 グランの濃紺の瞳に容赦ない光が灯った。 攻撃が来る事を察知し、後方へ飛ぶ準備を身体が反射的に動く。

 グランの魔力で作り出された短剣は、怪しい紫の光を放つ。 ぶつかり合っていたチャクラムを弾き飛ばし、薙ぎ払った短剣の余波がアルフを吹き飛ばす。

 アルフは受け身を取りながら、草地を転がった。 チャクラムが弾かれると同時に飛んだので、少し大袈裟に転んだ。

 グランの溜め息がアルフの所まで聞こえた。

 「若様、何時も言っていますが、諦めが早すぎます」
 「……っ、痛っ! そんな事、言われてもさ、グランには勝てないよっ」

 肘に痺れる様な痛みが差し、肘を摩る。

 「怪我をされましたかっ?」
 
 鋭く細めていた濃紺の瞳を緩め、グランが駆け寄って来る。

 「大丈夫、大した事ないよ」
 「そうですか、次は怪我されない様に避けて下さい」
 「……はいっ」

 にっこり笑っていたが、『まだまだ修行が足りませんね』と、グランは瞳を細めた。 とても笑顔には見えない。

 (その笑い方、怖いからねっ)

 トゥールたちもそばに来て、次はグランとレイが模擬戦をする事なった。

 グランは万能で、武術も鍛えている。

 レイは身体強化魔法を祝福として、授かっている。 故に、レイは武術家だ。

 グランが自身の魔力で小手と具足を作り出す。 暗器はアテシュ家が代々授かっている祝福だ。

 (いつ見ても便利だし、カッコいいよね)

 アルフは、トゥールとルヴィと一緒に少し離れた場所で観戦する事にした。

 「アルフ、肘は大丈夫?」
 「はい、大丈夫ですよ」
 「そう、なら良かった」
 
 小手と具足がぶつかり合い、鈍くて重い音が鳴る。 トゥールは二人の模擬戦は気にならないのか、全く見ていなかった。

 「そうだ、アルフ。 捕まえた盗人から何か情報は得たかな?」
 「あ、えっと、これと言ってというか……ノルベルトがやり過ぎたのか、それとも彼らが弱すぎたのか……」
 「うん?」

 トゥールの何も感情の見えない微笑みを受け、アルフはそっと視線を逸らした。

 「どうしたの?」

 トゥールの何とも言えない怖い声が耳に届く。

 「その、ちょっだけおかしくなってしまいましたっ」
 「……そうっ」

 トゥールも何かを察して、深くは追求して来なかった。

 「では、また手詰まりかい?」
 「いえ、モナが大浴場で見かけた怪しい女性二人が見つかったので、今はどうやって薬を手に入れたか追っています」
 「ふむ、なるほど」

 納得したのか、トゥールから優しい笑顔を浮かべた。 だが、次の瞬間、優しい笑顔は意地悪な笑みに変わる。

 もしやと、アルフの顔が強張る。

 「では、アルフ。 私と手合わせをお願いしようかな」

 アルフの予想は当たり、武術大会の時よりも腕を上げたトゥールの魔法を、死ぬ覚悟をして、必死で避ける羽目になってしまった。 鑑定を授かったルヴィが、内心で戦える祝福を授からなくて良かったと思っている事は、アルフには分からなかった。

 ◇

 鍛錬を終えたアルフは、自室でジルフィアがウェズナーの部屋を訪ねていた事を、メイドであるマルタから報告を受けた。

 「えっ、双子の姉が来てたのっ?!」
 「はい、入れ違いになってしまいましたが、ウェズナー様のお姉様が階段を降りて行く所を見かけましたっ。 直ぐに部屋へ向かったのですが、お怪我はされておりませんでした」
 「そう」

 アルフは無事な様で、ホッと胸を撫で下ろす。

 「ウェズナー嬢はどんな様子だった?」
 「はい、少し落ち込んでいるご様子でした」
 「そっか、また何か言われたのかな?」
 「かもしれませんね。 その日は遅くまで起きている様子でしたから」

 ウェズナーの事を考えていたアルフは、顔を上げた。

 「遅くまで? 何をしていたのか分かる?」
 「推測ですが、姉君の分まで課題をなさっておいでだったのではとっ、何時も課題ウェズナー様に押し付けている様なので」
 「課題……あぁ、あれかっ」

 少し前に出された経済学の課題、アルフ四苦八苦し、ノルベルトから助言を貰いながら答えを導き出した。

 一人で熟すのはとても無理で、途中からは、グランやマゼル、トゥールたちも加わって課題を終わらせた。

 しかし、トゥールに至っては、一人で出来る課題だった様で、既に終わっていた。

 流石に王子だと、アルフは物凄く感心した記憶がある。 暫し考えたアルフは、ウェズナーと話をする事にした。

 「僕も様子を見に行ってみるよ」
 「ウェズナー様も喜ばれると思います」

 アルフは直ぐに身支度を整える。

 (さっき、いっぱい汗をかいたからなぁ、シャワー浴びたけど、汗臭くないかな?)

 身体の汗の匂いを確認していると、グランが何やらスプレーを噴射して来た。

 制汗剤らしく、爽やかな香りがアルフの鼻腔をくすぐった。 無言でスプレーを噴射するグランに視線をやり、頬を引き攣らせながら礼を言った。

 「ありがとう、グラン。 だけど、無表情でスプレーするのはやめて、怖いからっ」

 グランは一泊置いて、無表情で詫びて来た。

 (うん、ブレないな、グラン。 模擬戦の時は愉しそうに笑うのにな)

 ある意味、グランも脳筋な所がある。

 ◇

 課題で徹夜続きで、心配事があったウェズナーは、ベッドに腰掛けぐったりとしていた。 二人分の課題を何とか終わらせて、今朝は学園の寮へ届けに行った。

 ジルフィアの侍女は、仕える主人におもねているので、態度も尊大だ。

 学園の女子寮の入り口で、ウェズナーに呼び出された侍女は、心底不機嫌だった。

 呼び出された理由が、ジルフィアに渡す課題じゃなかったら、怒鳴られる所だ。

 侍女は羊皮紙に書かれている内容は理解出来ないだろうが、羊皮紙の上から下までびっしりと文字が埋められていている事に、満足そうに頷き、ウェズナーには顎で後方を差し、帰れと無言で訴えて来た。

 侍女の態度に呆れ、小さい息を吐き出すと、ウェズナーは踵を返した。

 二度と来たくないが、きっと許されないだろう。 学園を卒業するまで続くのかと思うと、ウェズナーの心が落ち込んで行く。

 乗り合い馬車に乗り込んだウェズナーは、先日の魔導書の書かれてあった事を思い出す。

 (あぁ、本当にどうすればいいんだろうっ。 このまま黙っているのも辛い。 だけど、密告したらウィーズ家は潰されてしまう。 そうなったら、学園にも通えなくなるし、卒業して王宮士官になれないわっ)

 ウェズナーは学園を優秀な成績で卒業し、王宮士官となってウィーズ家を出ようと思っていた。 ライナーとの婚約は解消するつもりだ。 きっと揉めるだろなと、考え、更に落ち込む。

 何故、自分は弱いのだろうと、膝に置いた拳を握りしめる。 乗り合い馬車から乗客が降りて行き、乗客はウェズナーの一人となっていた。

 拳に涙が落ちる寸前、乗り合い馬車が大きく揺れた。 どうしたのかと、顔を上げれば、急ブレーキを掛けて馬車は止まった。 ウェズナーは咄嗟に判断が出来なかった。 周囲を見回し、状況を確かめる。

 「あの、どうされました?」

 御者に声を掛けても、返事は返って来なかった。 乗り合い馬車は、ロイヴェリク家が運営している。 とても安全だと、マントイフェルでも有名になりつつある。

 席車からは御者席が見えない為、どうなっているのか分からない。

 突然、止まった馬車の扉が開かれ、乗り込んで来た人物を見て、ウェズナーは息を呑んだ。
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