恋人の振りを頼んだ彼は皇子様だった

伊織愁

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三十五話 『皇帝の真意』

 ユゥロンからの報告のあと、ハオユゥはすぐに皇帝の執務室に向かった。皇帝に真意を問う為だ。

 執務室の前まで来ると、ハオユゥの緊張は最高潮になり、胸が張り裂けそうになっていた。

 もし、皇帝がアヴリルの『血清の血』を利用しようとしているなら、自分はどうすればいいのか。

 皇帝がアヴリルに『血清の血』の子供を産ませろと命令されたら、ハオユゥは反抗できるのか、アヴリルの未来を守れるのか。ハオユゥもアヴリルと幸せに暮らす未来を望んでいる。

 深呼吸をしたあと、意を決して扉をノックする。

 しかし、扉の向こうで皇帝が誰かと話す声が聞こえ、ノックをする手が止まった。

 『そうか、やはりアヴリル嬢はお前の娘だったか』
 『はい、彼女はユエにそっくりですし、彼女の年齢から相手は私しかおりません』
 『自信満々だな、他の男がいたかもしれんのに』
 『それはあり得ません。陛下もご存知でしょう。我々、亜人の性は』
 『ああ、知っている。全く面倒な『性』だ』

 皇帝と話しているのは、声と話の内容からユゥロンだと思われる。そしてユゥロンは、恐れもなく皇帝に問うた。

 『貴方は私の娘をどうするつもりですか?皇族に血清の血が欲しいからですか?』

 暫しの沈黙のあと、皇帝はあっさりと言った。

 『ああ、そうだ。血清の血が欲しい』
 『……っ、陛下、貴方はっ』

 皇帝である父親に物申すため、ハオユゥは取手を握った。『血清の血は、』父の声が聞こえ、再び手が止まる。

 『皇族に混ざるのが望ましい。貴重で危険なものほど、一番権力がある者が持つ方が良い。色んな面で守ってやれる。それにもしかしたら、皇族の血が混ざると『血清』が消えるかも知れんしな』
 『……陛下は血清の血を利用しようとしているのでは』
 『そう思っておったら、お前は既にここにはいないぞ』
 『……っ、陛下、血清が消えるかも知れないとはどういうことですか?』
 『お前はヴィブールヴィベラ家は知っているな?』
 『はい、オピス家と並ぶ公爵家ですね』
 『そうだ、その家を調べれば分かる』

 ヴィブールヴィベラ家は、カウントリム帝国のもう一つの公爵家だ。そしてアヴリルの母親の先祖の家でもある。

 踵を返したハオユゥは、急いで自身の執務室に戻った。

 ヴィブールヴィベラ家に何かがあるのか。

 ハオユゥが執務室の前から遠のいたあと、皇帝とユゥロンは視線を合わせ、溜め息を吐いた。

 「行ったか」
 「はい、何もこんな猿芝居しなくても良かったのでは」

 ユゥロンは目を細めて皇帝を見た。皇帝に尊大な態度を取れるのは、何十年来の友人関係だからである。

 「仕方あるまい、俺はあの家とは関わりたくないんだ」
 「難儀な人ですね」ユゥロンは苦笑をこぼす。
 
 「でも、普通に教えてあげれば宜しいのに、『血漿の血』のことは書物にも書かれておりませんよ」
 
 「……ふん」皇帝は僅かに眉を寄せる。

 「あいつは少し勉強が必要なんだ……しかし、ややこしことになったな。オピス公爵め、『血漿の血』などに手を出しよって。お前の報告では、何もなかったと聞いたが」
 
 「ええ、オピス領には何もおかしな所はありませんでしたし、公爵はしっかりと分家と派閥を管理していました。王位簒奪を望んでいるようにも見えませんでした」
 
 「私も彼の性格は知っている。だから、あの娘を婚約者候補から外せなかったんだからな」
 「全ての犯罪は分家と派閥内でオピス公爵の指示の元、行われていたようです。見落としがあったのは私の責任です。処分は如何様にも」
 「いや、私の指示が的確ではなかった。公爵を侮っていた私の完敗だ……娘が異常過ぎたしな」

 二人の脳裏に、リェンファ令嬢の異常な趣味が過った。

 「……あの鞭捌きは中々でしたが?拷問役に欲しいくらいです」
 「……」
 「何でしょう?」

 皇帝はユゥロンの少しズレた感覚に、呆れた溜め息を執務室に落とした。

 暗殺者としては優秀なんだが、思考がおかしな方向にいっているな。訓練のやり過ぎではないか?

 「処分はハオユゥ殿下に任せるのですか?」
 「ああ、全面的に任せる。あの子もそうしたいだろうしな……お前はいいのか?暗殺許可を出してもいいんだぞ。愛しい番の敵だろう」
 「私は……彼女を捨てたのです。番の権利はありません。あるとすれば、娘のアヴリルだけですよ。裁判の時にでも、聞いてあげて下さい」
 「……まあ、お前がそういうのなら」

 『全く不器用な男だ』と、呆れた眼差しでユゥロンを見た。雑談はここまで、二人は次の調査対象の話に戻った。

 ◇

 廃村の裏山にやって来たアヴリルは、案内人の薬草摘み職人と一緒に山に入って行った。

 「その前に」薬草摘みの職人に止められた。

 「お嬢、入山届けを出して下さい」
 「入山届け?」

 「はい」薬草摘み職人から一枚の羊皮紙を渡される。

 見張り小屋は、不審者や入山届けを出していない者が山に入らないように見張っている。山の資源を守る為に、入山者は採れた薬草や狩った魔物や動物の報告もする。

 入山する者の管理も担っている。届け出た時間に戻らない入山者の捜索や、魔物の退治などが主な仕事だ。

 「分かったわ、私が時間通りに戻らなければ、ちゃんと探しに来てね」
 「勿論ですよ、お嬢」受付のスヴァット商会の見張り番が笑顔で言った。

 「じゃ、行ってきます」入山届けを出して、アヴリルは改めて山に入って行った。

 深い緑の匂いと、草地を踏み締める複数人の足音が静かに森の中で響き渡る。遠くで鳥の鳴き声が聞こえる。

 薬草摘み職人の彼は、先祖代々この地で、薬草の売買を生業として暮らしてきたそうだ。

 「お嬢、ここからは前方に気をつけて進んで下さい」
 「分かったわ」

 彼の名は、ズゥラ。平民なので苗字はない。アヴリルは彼の後ろを歩き、慣れない山道を進む。

 「はぁ……まだっ……歩くんです……っか?」

 後ろで息も絶え絶えにミオンが着いてくる。

 「ミオン、小屋で待ってても良かったのよ」
 「私には……アヴリルお嬢様を守る義務がありますから!」
 「いや、貴方にそんな義務はないわよ。ミオンはメイドなんだから」

 後ろを振り返り、汗だくになった襦裙(じゅくん)姿のミオンに同情の眼差しを送る。

 「ミオンはゆっくり歩いて来なさい。でも、私たちの姿を見失っては駄目よ」
 「はいっ」ミオンは弱々しい声を上げた。

 アヴリルは前を進むズゥラの背中を追った。

 「着きましたよ、お嬢」ズゥラの声に、アヴリルは前方を見た。

 まだ朝も早い時間帯だからなのか、他の要因もあるのか、薄暗く、少しだけ視界が歪んでいる。

 「……よく見えないんだけど、アレは何?」
 「アレはですね、強力な「眠り草」です」
 「眠り草?」
 「はい、眠り草は、」
 「やっと追いつきました~っ」
 
 ズゥラが詳しい説明を始めようとした頃、ミオンがやっと二人に追いついて来た。

 腰丈の上着は葉で汚れ、長いスカートには葉っぱがついて泥だらけになっていた。

 膝を摩っているところを見ると、転んだらしい。

 「ミオン、大丈夫?!」
 「はい」しっかりと返事を返して来たが、涙目だった。

 スカートをたくし上げ、ミオンの白い足があらわになる。ズゥラはすぐに視線を逸らした。膝に擦り傷を作っていたが、大した事はなさそうだ。

 アヴリルの鞄にはすぐに薬が調合できるように、いくつかの薬が細長いフラスコの瓶に入っている。手早く傷薬を調合し、ミオンの手当てを終えた。

 「これでいいわ」
 「ありがとうございます」涙目だったミオンが笑みを浮かべる。

 手当を終えたアヴリルは、ズゥラの方に視線を向ける。

 「説明が途中だったわね。眠り草って?」
 「ああ、先に危険な場所を知っていて欲しくてね」
 
 「ここ、危険な場所なの?!」ミオンが恐怖に顔を歪める。
 
 「大丈夫、結界が張られてますから。知らずに結界を解かれると困りますからね」

 ズゥラがイタズラが成功したような笑みを浮かべる。

 「……だからあそこだけ視界が歪んでるのね」

 しかし、アヴリルは疑問に思い、顔を顰める。

 「なんで結界が必要なの?」
 「眠り草が開花すると、広範囲に花粉が撒かれます。撒かれた花粉を吸い込むと、周囲にいる生命は眠りにつきます」

 「「!!」」ズゥラの言葉に二人は息を呑んだ。

 眠りってどっち?!睡眠の方?それとも永遠にってこと?

 二人が勘違いしていることに気づいたズゥラが、あっさりと正解を言った。

 「ああ、違いますよ。睡眠の方です」

 一気に安心し、アヴリルとミオンは脱力した。ズゥラは揶揄うような笑い声を上げる。

 「すみませんでした。しかし、お嬢は優れた毒魔法を使えると聞きました。調合とか言って好奇心で近づかれては危険ですから」

 ユゥ従兄さんがやりそう。いや、命令して商会の皆んなにやらせそうだわ。

 「……」一人該当者がいるため、何とも言えない。

 「結界が張ってあるのに危険なの?」
 「はい、ここは結界を張るまでは、魔物が餌を狩る場所だったんです。花粉が落ちついた頃に、眠ってしまった魔物を食べていたようです」
 
 「なるほど……戦わずに食事にありつけるのね。賢い魔物ね」
 「はい、狩人も時々来てたようですが、集まってくる魔物にやられてしまうので、危険だということで結果が張られました。今でも時折、魔物が来るんです」

 ミオンは悲鳴を上げ、アヴリルの背中に隠れて震える。

 「えっ?!じゃ、危ないのではっ!」ミオンが再び恐怖に怯えながら周囲を見回す。

 「今の時間は大丈夫です。まだ、魔物は動きだしませんし、夜行性はこれからが睡眠の時間ですから。ですがこの場所は、近づかない為にも覚えておいて下さい」

 「分かったわ」しっかり頷くアヴリル。
 「分かりました」涙目で頷くミオン。

 三人は魔物が来ない内に次の場所へ移動した。

 『眠り草』か……どっかで聞いたことがあるような、いや、見たことがある……ような?

 アヴリルの既視感は、以前にユゥシュエンから見せられた薬草リストだった。リストに眠り草も書かれていたのだ。確実に彼が欲しがる薬草である。

 あ、確か、ユゥ従兄さんの欲しい物リストに『安眠の薬』ってあったわ。

 いつも忙しいハオユゥのことを思い出した。暫し考え、結界で張られた薬草畑を振り返る。

 アヴリルの金色の瞳には、『中に入れないかな』と、考えていることが漏れていた。

 ◇

 執務室に戻って来たハオユゥは、シンユゥに指示を出し、すぐにヴィブールヴィベラ家の詳しい資料を集めさせた。

 調べて分かったのは、大昔に皇族を迎え入れた次男の子供が、ヴィブールヴィベラ家の能力である猛毒を扱う能力を持たずに生まれたこと。成人した子供はすぐに家を追い出されたことだ。大体、200年くらい前の話らしい。

 「大昔の話だな」と、ハオユゥは赤金の瞳を細める。

 「これだけでは、詳しい事は分からないですね」
 「そうだな、『猛毒を扱う能力』か……ヴィブールヴィベラ家と『血清』が何か関係あるのか」
 「『血清』と『猛毒』では正反対ですよね?」
 「正反対か、そうだな……『猛毒』『血漿』『血清』」
 
 「殿下?」シンユゥが不思議そうに首を傾げる。

 「『猛毒』イコール『血漿』なんじゃないか?」
 「えっ?」
 「猛毒を扱う能力と、あらゆる毒を生成できる血、似てると思わないか?」
 
 「確かに似てますね」シンユゥが納得するように頷く。
 
 「ただ、この二つは似ているがニュアンスが違う。でも、『血漿』のことを隠しているとしたら、『猛毒を扱う能力』と、世間的には言うのではないだろうか」
 「なるほど、そうですね。『血漿の血』も『血清の血』と同じように、世間には隠したい能力です」

 「あれ?」と、シンユゥは首を傾げ、「そうするとですね」と、自身の意見を述べた。

 「アヴリル嬢は、『血清』と『血漿』の血を両方持っているということですか?」
 「そういうことになるが……アヴリルの場合はユゥロンの血の方が濃いだろう。ヴィブールヴィベラの血は薄いだろうな。皇族の血も遠すぎて無いに等しいだろう」

 再びハオユゥは思考に自身を預ける。
 
 「皇族の血が混ざったことで、次男の子供がヴィブールヴィベラ家の『血漿』の能力を失った。同じように、『血清』と皇族の血が混ざると、『血清』の能力を失うかも知れないのか」
 
 皇帝は、皇族の血を混ぜると『血清』の血が消える可能性があるかも知れないと言う。しかも、父上は別にそうなっても良い感じで、重要視してないようだった。

 「父上は……本当はどっちでもいいのか」

 可能性は100%ではない。しかも、不確かだった。

 「この少ない資料では全てを知ることは無理ですね」
 「そうだな」ハオユゥは再び悩むことになる。

 今はこれ以上の情報はない、あとはオピス公爵の分家や派閥を調べるだけだ。彼らが『血漿』について何か知っているかも知れない。

 「証拠が揃い次第、オピス公爵家の分家と派閥の家にガサ入れを行う。加担した者たちを捕らえたのち、オピス公爵を尋問にかける」

 「はい、承知しました。あ、殿下、二徹は身体に負担がかかりますから駄目ですよ。休んで下さい」
 「しかし、」ハオユゥの腰は重く、中々上がらない。

 「アヴリル嬢に連絡してあげて下さいよ」
 「そうか、分かった。それではな」

 ハオユゥはアヴリルの名前を聞くと、重い腰が素早く立ち上がった。妖精の伝書を手に取り執務室を出た。

 そして、脱兎の如く二階にある自身の部屋に急いだ。

 早く、シィユエの声が聞きたい。

 居間に入って長椅子に座ると、すぐに妖精の伝書を起動させた。アヴリルの本名を呼ぶと、すぐに彼女の声が妖精から聞こえた。

 「シィユエ」愛しさが滲んだ声で、アヴリルを呼んだ。
 『ハオユゥ』嬉しそうな声が妖精から発せられる。

 「今日は何をしていた?廃村の開発は進んでる?」
 『ええ』アヴリルの弾んだ声で、廃村での暮らしを楽しんでいることが分かる。

 『今日は『眠り草』の群生地に行ったわ。あ、でも結界が張ってあって、中には入れなかったけど』
 「ああ、あそこか。あの結界は俺が張ったんだ、数年前にね」
 『そうだったんだ!中に入ってみたいけど、無理よね?』
 「まさか、結界を解く方法を聞いてる?」
 『……そうじゃないわ、ただ、眠り草の売買もあるし、中に入れる方法があるんじゃないかって思っただけよ』

 今、ちょっと間があったな。

 焦ったように言い訳をするアヴリルは、どうやら『眠り草』が欲しいらしい。

 「まあ、誰が欲しがってるか分かってるけどな」
 
 『えぇ?!』アヴリルの妖精が、ハオユゥの鋭い推測に固まった。
 
 「でも、教えないぞ。危ないからな。俺がユゥシュエンに言っておいてやる。欲しければ自分で行けってな」

 『そっか……』妖精が肩を落とし『残念無念』と呟いている。伝書の向こう側で落ち込んでいるのだろう。

 アヴリルの妖精の姿が可愛らしく、妖精を掌に乗せ、顔を近づける。

 『!!』妖精の向こう側でアヴリルが息を呑んだ。

 妖精の小さな唇に軽く触れる。真っ赤になったアヴリルの妖精は、言葉にならない声を出して羞恥に耐えていた。

 アヴリルの側にいる妖精が、ハオユゥと同じを動きをして、彼女の唇に触れたのだろう。

 甘い空気が流れる中、入口付近で湯呑みが割れる音が鳴った。入口に視線をやり、ハオユゥは赤金の瞳を細める。

 一部始終を見てしまったシンユゥが、口を開けて頬を引き攣らせていた。一瞬だけ、ハオユゥも羞恥に頬を染めたが、開き直った。

 湯呑みが割れた場所から、不味い薬湯茶の香りが漂ってくる。ハオユゥの身体を気遣ってくれたのだろう。

 「何だ、皆、やっていることだろう」と、尊大な態度でシンユゥに向かって言い放った。

 『えっ?!誰かいるの?』アヴリルの妖精が動きを止め、姿を消した。通信を切られたのだ。

 「あ、シィユエ!待って、もう一度出て!」

 何度も呼び掛けて、やっと出てくれたアヴリルはご機嫌斜めだった。人前でイチャついたことにご立腹だった。

 一部始終を見てしまったシンユゥは、主人に呆れ果て、既にいない。ハオユゥとアヴリルは、久しぶりに夜更けまで語りあった。

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