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10話 『えっ! 殿下の第二夫人候補?!』
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バルディーア王国の国王バジーリオ王には、王妃と4人の側室がいる。 王妃と4人の側室には、それぞれ離宮が与えられており、バジーリオ王はその日の気分で離宮を訪れる。 後宮の離宮内で、第二夫人が眉間に皺を寄せていた。
「そう、第一王子殿下が、黒蝶博士の孫娘を婚約者候補に決めましたか」
(ルカが石を開花させれなかった時点で、ルカの王位は遠くなってしまった。 何故だ、ルカは公爵家の血も継いでいる王子だというのにっ! しかも、元侍女が生んだ第二王子が石を開花させるなんてっ! なんたる屈辱っ! 2人の王子を何としても失脚させなければ)
「石の開花の為に、保留されていたルカの婚約者を決めないと。 今夜、陛下が御出でになられたら、お話しないとね」
――離宮での暮らしはとても快適だった。
それはもう、ダメ人間になるんじゃないかというくらいに。 ヴィーは今、メイドたちから念入りにマッサージを受けていた。 メイドたちは、とても楽しそうに年頃の娘さんらしく、きゃきゃうふふと騒いでいる。
メイドたちに肌をつるピカに磨かれ、そして、大人なナイトドレスを着せられ、自室のベッドに入った。
(いや、ネロ殿下は来ませんけどね。 一度も来た事ないし、それにまだ、正式に婚約してない令嬢に、殿下が手を出すとは思えない)
とても忙しいらしく、離宮でネロと顔を合わせた事がない。 2人の王子は、結界石の訓練とマスゲームの練習の時にしか、顔を会せなかった。 食事も王城の執務室で摂っているらしく、ヴィーは離宮に来てから、ずっと1人寂しく食事をしていた。 最近ヴィーが思った事『私って、離宮に来る意味あったの?』である。
(絶対に通いでも良かったと思う!! というか、もう婚約者候補から降りたいわ!!)
――結界石の訓練の講師は、神殿の司祭だった。
目の前で司祭が流暢に古代語を操り、結界石を作り出す時の詠唱を唱えている。 司祭曰く、コツがあるとの事だが、ヴィーは舌が回らなく、相変わらず噛みまくっていた。 2人の王子は噂通り、とても優秀だった。
古代語を正確に発音し、なんなら古代語に魔力まで込めている。 そして、自身の象徴花である薔薇の形をした結界石を作り出していた。 黒と白の結界石は掌に乗るくらいの大きさだが、本番はもっと大きいサイズを、相方の魔力と呼吸を合わせ、作り出さないといけない。 ヴィーは深くて長い溜め息を吐いた。
アルバの背中から軽い音を立てて、黒い煙幕が現れる。 アルバは爽やかな笑顔を向けているが、チビ煙幕は『フフン』と得意げに喧嘩を売って来る。 今のチビ煙幕は、ヴィーが視ようと思って視たのではない。
アルバがわざとヴィーに視せているのだ。 どうやっているのか分からないが、心が読める能力に対しての対処法の1つらしいが、アルバは時々ヴィーの反応が面白いのか、こんな風に揶揄ってくる。
(むぅ~! 第二王子、子供かっ! しかし、さすが王子っ! 悔しい!)
「アルバ その辺にしておけ」
ヴィーは口を尖らせて憮然としていた。 チラリとネロを見ると、ヴィーの様子に肩を震わせて笑いを堪えている。 ヴィーから令嬢らしからぬ『ちっ』と舌打ちが鳴ると、ネロとアルバは益々、笑いを深めた。 ネロは大爆笑しているのに、ネロの本心は出て来ない。
つい何を考えているか知りたくて、ネロの本心を視ようとしてしまい、いつもネロが纏っている黒い煙幕に阻まれてしまう。 視えないから、余計に視たいと思ってしまうのだ。 ネロの能力は、幻影魔法だ。 黒い煙幕を使い、幻を見せたり、変化も出来るらしい。
『とても、尋問と諜報活動に役立っているよ』と、ネロが黒い笑顔を浮かべて宣っていた。 自身の能力を語る時のネロはとても恐ろしかった。 ヴィーと同じ種類の能力といえるが、ネロには感情を視える能力はないし、ヴィーよりも色々と出来る。
アルバは水を操り、乾いた土地からも水を湧き出せる。 開拓が進んでいない土地の開発に、幼い頃から良く駆り出されていた。 湧き出された水は、人に活力を与えるが、時には毒にもなるという。
エラの能力も水を操る。 エラの場合は、色々な病にも効く治療薬だ。 しかし、なんにでも効くわけではない。 死ぬような病気には気休めにしかならないし、内臓まで達した深い傷は治せない。
バルディーア王国の国民が皆、中途半端な能力を開花させている。 使いようによってはとても便利なので、卑屈になったり、自分は特別なのだと思ったりはしていない。 だが、家柄や容姿などを笠に着て、傍若無人に振舞う王侯貴族は少なからずいる。 我儘な令嬢が多い貴族の中で、ヴィーとエラは珍しいタイプの令嬢だ。
「〇△□っ! はぁ、やっぱり難しいですわね。 流石、殿下方は違いますね。 もう、噛まずに古代語がスラスラと詠唱出来るなんて。 わたくしも頑張らなくては、足を引っ張てしまいますわ」
エラは、ヴィーたちがふざけ合っている間も、マイペースに古代語の詠唱を続けていた。 美少女のエラが古代語が言えずに、舌を噛む様子はとても可愛らしい。 頭をよしよしと撫でたくなるくらいである。
「さぁ、殿下方、ヴィオレッタ様。 おふざけはそこまでになさって下さいませ。 本番まであまり日にちがございません。 皆さまには、他にもやらなければならない事が、山ほどございます。 次は、魔力を合わせる練習を致しましょう。 同じ魔力量を合わせて、詠唱に魔力を乗せないといけませんからね」
司祭の指示で、ネロと魔力量を合わせる。 まだ、古代語の詠唱が上手く言えないヴィーは、こちらでもとても苦労した。 ヴィーの魔力の受け皿は、人並みより小さいのだ。 高い魔力を保持する王族と、魔力量を合わせるなんて、出来るはずもない。 暫く頑張ったが、ヴィーは自分の不出来に深い溜め息を吐いた。
(不甲斐ないっ! ここまでとはっ、もっと受け皿を大きくしないといけないんじゃっ)
司祭の『本日はここまでにしましょう』の終了の合図に、ヴィーはホッとして身体の力を抜いた。 伸びをしていたアルバの声が耳に届き、ヴィーの表情から感情が抜け落ちた。
「次は、マスゲームの練習か。 場所はどこだっけ? そういえば、女性陣は今日がやっと、練習の初日なんだっけ?」
アルバの疑問にネロがすぐに答えた。
「私たちは、騎士団の闘技場だ。 ご令嬢たちは大広間だよ。 ファラたちとはここでお別れだね。 頑張ってね」
ネロはあっさりとそう言うと、ヴィーに手を振り、アルバと共に部屋を出て行った。 何故か、胸にモヤッとした感情が拡がる。 エラと大広間に向かって王城の廊下を歩きながら気のせいかと、直ぐに今から一緒に練習する令嬢たちを思い浮かべ、エラに気づかれないように小さく息を吐いた。
――豪華絢爛な大広間には、侯爵家と家格の高い伯爵家の15歳になる50人程の令嬢たちが集まっていた。
公爵家には、15歳になる令嬢がいない。 15歳になる王女2人は、決まったばかりの婚約者の領地で行われる成人の儀式に参加し、マスゲームもそちらで参加する為にここには居ない。
中々、高位貴族の令嬢となると、色んな事情や多忙により、全員のスケジュールが合わず、やっとの事で調整がつき、今日の初日を迎えた。 色とりどりのドレスを纏った令嬢たちは、これから始まるマスゲームの練習を待ちわびていた。
中には不満顔の令嬢もいたが、ここに集まった令嬢たちは、マスゲームでのポジションは、他の令嬢たちより目立つ位置に配置されている。
そして、選抜隊に選ばれると、旗持ちに選ばれた子息とのペアーダンスがある。 旗持ちの中には、当然3人の王子たちもいる。 ネロとアルバのパートナーは、ヴィーとエラが選抜隊に選ばれれば、2人がパートナーになる。 ルカのパートナーも、選抜隊の中から選ばれるだろうが、第二夫人が口を出すだろうから、難航するだろうと噂されている。
大広間の端に置かれているテーブルに座り、楽し気な様子で、優雅に紅茶を愉しんでいる令嬢たちの背中から、軽い音を立てて黒い煙幕が現れ、令嬢たちの隠されている本心が描き出されていく。
ヴィーは、初めての場所、初対面の人を目の前にすると、無意識化で本心が視えてしまう。 能力が開花してからの癖だ。 慣れると無意識化で視える事はなくなる。
今、澄まし顔の令嬢たちのチビ煙幕は、相手を見下すような表情で、自分以外の令嬢たちの品定めをしている。 現実では視えない火花が飛び散り、令嬢たちは何食わぬ顔で、牽制し合っていた。
(こわっ! この中に入っていくの無理っ! 絶対に無理っ!)
ヴィーとエラが大広間に入ると、直ぐに令嬢たちが気付き、獲物を狙うハンターのような眼つきをした。 本心が視えなくても分かる。 嫉妬と妬み、令嬢たちの顔には嘲笑も浮かんでいる気がする。 令嬢たちのチビ煙幕も同じ表情でヴィーとエラを眺めていた。 ヴィーは顔を青ざめて令嬢たちを見つめ返した。
和やかに談笑していた令嬢の集団が、数十人でヴィーとエラに近づき、目の前に並んだ。 ヴィーは身体が小さく跳ねる。
(本当に怖いっ!)
一際、豪華なドレスを身に纏った令嬢が進み出て、綺麗な淑女の礼をし、優雅に笑ってみせた。
「ヴィオレッタ様、エルヴェーラ様、御機嫌よう。 お目にかかれて光栄ですわ。 わたくしは、グリア侯爵の長女、エレノア・ジュリアーノですわ。 どうぞ、お見知りおきを」
エレノアのチビ煙幕が上から下までヴィーとエラを眺めまわすと、『フン』と意地悪な笑みを浮かべた。 現実のエレノアは優雅に微笑み、口元を扇子で隠している。 エレノアのチビ煙幕のヴィーを見つめる瞳が特に鋭く光った。 ヴィーは『うわぁ』と心中で呟くと眉を歪めた。
(なんか、エレノア様のチビ煙幕、私に当たりがきついような気がするけどっ)
ヴィーの隣で優雅にお辞儀してエラが自己紹介をしている。 マイペースなエラは物怖じしていない。 ヴィーもなんとか愛想笑いを浮かべて、自己紹介した。 胸に嫌な予感が過ぎったが、主だった令嬢たちの挨拶も済み、令嬢たちの熱い視線が注がれる中、大広間の端に並んでいるテーブルに着いた。
「ヴィー様、エレノア様は、マッティア殿下の第二夫人候補のお1人ですわ」
エラがヴィーの向かいに座り教えてくれた。
「えっ! 殿下の第二夫人候補?! 正妃候補もいらっしゃらないのに?!」
「嫌ですわ。 ヴィー様が正妃候補ではありませんか」
エラが『何を今更』とコロコロと鈴が鳴る様な声で笑った。 ヴィーは脳天をぶたれた気分になった。
(正妃候補っ! そうか、だからエレノア様、ピリピリしてたんだわ。 気づかなかったけど、エレノア様にしたら、正妃と側室の戦いが勃発してたのねっ)
エレノアと令嬢たちが固まっている窓際の席を覗き見ると、まだ令嬢たちのチビ煙幕はこちらを見ていて、瞳が鋭く光っている。 エレノア様と令嬢たちは窓際のテーブルで、再び優雅にお茶を始めていた。
ヴィーはエレノアを見つめると『第二夫人候補か』と自然と小さく呟いた。 自然に零れた呟きは、胸の奥に落ち、胸にざわりと嫌な感情が膨らみ始める。 膨らみ始めた感情を大きくしないようにと、無意識にブレーキがかかる。 今日こそは、ネロが離宮に帰って来ないかなと、思った事も心の奥に仕舞い込んだ。
「そう、第一王子殿下が、黒蝶博士の孫娘を婚約者候補に決めましたか」
(ルカが石を開花させれなかった時点で、ルカの王位は遠くなってしまった。 何故だ、ルカは公爵家の血も継いでいる王子だというのにっ! しかも、元侍女が生んだ第二王子が石を開花させるなんてっ! なんたる屈辱っ! 2人の王子を何としても失脚させなければ)
「石の開花の為に、保留されていたルカの婚約者を決めないと。 今夜、陛下が御出でになられたら、お話しないとね」
――離宮での暮らしはとても快適だった。
それはもう、ダメ人間になるんじゃないかというくらいに。 ヴィーは今、メイドたちから念入りにマッサージを受けていた。 メイドたちは、とても楽しそうに年頃の娘さんらしく、きゃきゃうふふと騒いでいる。
メイドたちに肌をつるピカに磨かれ、そして、大人なナイトドレスを着せられ、自室のベッドに入った。
(いや、ネロ殿下は来ませんけどね。 一度も来た事ないし、それにまだ、正式に婚約してない令嬢に、殿下が手を出すとは思えない)
とても忙しいらしく、離宮でネロと顔を合わせた事がない。 2人の王子は、結界石の訓練とマスゲームの練習の時にしか、顔を会せなかった。 食事も王城の執務室で摂っているらしく、ヴィーは離宮に来てから、ずっと1人寂しく食事をしていた。 最近ヴィーが思った事『私って、離宮に来る意味あったの?』である。
(絶対に通いでも良かったと思う!! というか、もう婚約者候補から降りたいわ!!)
――結界石の訓練の講師は、神殿の司祭だった。
目の前で司祭が流暢に古代語を操り、結界石を作り出す時の詠唱を唱えている。 司祭曰く、コツがあるとの事だが、ヴィーは舌が回らなく、相変わらず噛みまくっていた。 2人の王子は噂通り、とても優秀だった。
古代語を正確に発音し、なんなら古代語に魔力まで込めている。 そして、自身の象徴花である薔薇の形をした結界石を作り出していた。 黒と白の結界石は掌に乗るくらいの大きさだが、本番はもっと大きいサイズを、相方の魔力と呼吸を合わせ、作り出さないといけない。 ヴィーは深くて長い溜め息を吐いた。
アルバの背中から軽い音を立てて、黒い煙幕が現れる。 アルバは爽やかな笑顔を向けているが、チビ煙幕は『フフン』と得意げに喧嘩を売って来る。 今のチビ煙幕は、ヴィーが視ようと思って視たのではない。
アルバがわざとヴィーに視せているのだ。 どうやっているのか分からないが、心が読める能力に対しての対処法の1つらしいが、アルバは時々ヴィーの反応が面白いのか、こんな風に揶揄ってくる。
(むぅ~! 第二王子、子供かっ! しかし、さすが王子っ! 悔しい!)
「アルバ その辺にしておけ」
ヴィーは口を尖らせて憮然としていた。 チラリとネロを見ると、ヴィーの様子に肩を震わせて笑いを堪えている。 ヴィーから令嬢らしからぬ『ちっ』と舌打ちが鳴ると、ネロとアルバは益々、笑いを深めた。 ネロは大爆笑しているのに、ネロの本心は出て来ない。
つい何を考えているか知りたくて、ネロの本心を視ようとしてしまい、いつもネロが纏っている黒い煙幕に阻まれてしまう。 視えないから、余計に視たいと思ってしまうのだ。 ネロの能力は、幻影魔法だ。 黒い煙幕を使い、幻を見せたり、変化も出来るらしい。
『とても、尋問と諜報活動に役立っているよ』と、ネロが黒い笑顔を浮かべて宣っていた。 自身の能力を語る時のネロはとても恐ろしかった。 ヴィーと同じ種類の能力といえるが、ネロには感情を視える能力はないし、ヴィーよりも色々と出来る。
アルバは水を操り、乾いた土地からも水を湧き出せる。 開拓が進んでいない土地の開発に、幼い頃から良く駆り出されていた。 湧き出された水は、人に活力を与えるが、時には毒にもなるという。
エラの能力も水を操る。 エラの場合は、色々な病にも効く治療薬だ。 しかし、なんにでも効くわけではない。 死ぬような病気には気休めにしかならないし、内臓まで達した深い傷は治せない。
バルディーア王国の国民が皆、中途半端な能力を開花させている。 使いようによってはとても便利なので、卑屈になったり、自分は特別なのだと思ったりはしていない。 だが、家柄や容姿などを笠に着て、傍若無人に振舞う王侯貴族は少なからずいる。 我儘な令嬢が多い貴族の中で、ヴィーとエラは珍しいタイプの令嬢だ。
「〇△□っ! はぁ、やっぱり難しいですわね。 流石、殿下方は違いますね。 もう、噛まずに古代語がスラスラと詠唱出来るなんて。 わたくしも頑張らなくては、足を引っ張てしまいますわ」
エラは、ヴィーたちがふざけ合っている間も、マイペースに古代語の詠唱を続けていた。 美少女のエラが古代語が言えずに、舌を噛む様子はとても可愛らしい。 頭をよしよしと撫でたくなるくらいである。
「さぁ、殿下方、ヴィオレッタ様。 おふざけはそこまでになさって下さいませ。 本番まであまり日にちがございません。 皆さまには、他にもやらなければならない事が、山ほどございます。 次は、魔力を合わせる練習を致しましょう。 同じ魔力量を合わせて、詠唱に魔力を乗せないといけませんからね」
司祭の指示で、ネロと魔力量を合わせる。 まだ、古代語の詠唱が上手く言えないヴィーは、こちらでもとても苦労した。 ヴィーの魔力の受け皿は、人並みより小さいのだ。 高い魔力を保持する王族と、魔力量を合わせるなんて、出来るはずもない。 暫く頑張ったが、ヴィーは自分の不出来に深い溜め息を吐いた。
(不甲斐ないっ! ここまでとはっ、もっと受け皿を大きくしないといけないんじゃっ)
司祭の『本日はここまでにしましょう』の終了の合図に、ヴィーはホッとして身体の力を抜いた。 伸びをしていたアルバの声が耳に届き、ヴィーの表情から感情が抜け落ちた。
「次は、マスゲームの練習か。 場所はどこだっけ? そういえば、女性陣は今日がやっと、練習の初日なんだっけ?」
アルバの疑問にネロがすぐに答えた。
「私たちは、騎士団の闘技場だ。 ご令嬢たちは大広間だよ。 ファラたちとはここでお別れだね。 頑張ってね」
ネロはあっさりとそう言うと、ヴィーに手を振り、アルバと共に部屋を出て行った。 何故か、胸にモヤッとした感情が拡がる。 エラと大広間に向かって王城の廊下を歩きながら気のせいかと、直ぐに今から一緒に練習する令嬢たちを思い浮かべ、エラに気づかれないように小さく息を吐いた。
――豪華絢爛な大広間には、侯爵家と家格の高い伯爵家の15歳になる50人程の令嬢たちが集まっていた。
公爵家には、15歳になる令嬢がいない。 15歳になる王女2人は、決まったばかりの婚約者の領地で行われる成人の儀式に参加し、マスゲームもそちらで参加する為にここには居ない。
中々、高位貴族の令嬢となると、色んな事情や多忙により、全員のスケジュールが合わず、やっとの事で調整がつき、今日の初日を迎えた。 色とりどりのドレスを纏った令嬢たちは、これから始まるマスゲームの練習を待ちわびていた。
中には不満顔の令嬢もいたが、ここに集まった令嬢たちは、マスゲームでのポジションは、他の令嬢たちより目立つ位置に配置されている。
そして、選抜隊に選ばれると、旗持ちに選ばれた子息とのペアーダンスがある。 旗持ちの中には、当然3人の王子たちもいる。 ネロとアルバのパートナーは、ヴィーとエラが選抜隊に選ばれれば、2人がパートナーになる。 ルカのパートナーも、選抜隊の中から選ばれるだろうが、第二夫人が口を出すだろうから、難航するだろうと噂されている。
大広間の端に置かれているテーブルに座り、楽し気な様子で、優雅に紅茶を愉しんでいる令嬢たちの背中から、軽い音を立てて黒い煙幕が現れ、令嬢たちの隠されている本心が描き出されていく。
ヴィーは、初めての場所、初対面の人を目の前にすると、無意識化で本心が視えてしまう。 能力が開花してからの癖だ。 慣れると無意識化で視える事はなくなる。
今、澄まし顔の令嬢たちのチビ煙幕は、相手を見下すような表情で、自分以外の令嬢たちの品定めをしている。 現実では視えない火花が飛び散り、令嬢たちは何食わぬ顔で、牽制し合っていた。
(こわっ! この中に入っていくの無理っ! 絶対に無理っ!)
ヴィーとエラが大広間に入ると、直ぐに令嬢たちが気付き、獲物を狙うハンターのような眼つきをした。 本心が視えなくても分かる。 嫉妬と妬み、令嬢たちの顔には嘲笑も浮かんでいる気がする。 令嬢たちのチビ煙幕も同じ表情でヴィーとエラを眺めていた。 ヴィーは顔を青ざめて令嬢たちを見つめ返した。
和やかに談笑していた令嬢の集団が、数十人でヴィーとエラに近づき、目の前に並んだ。 ヴィーは身体が小さく跳ねる。
(本当に怖いっ!)
一際、豪華なドレスを身に纏った令嬢が進み出て、綺麗な淑女の礼をし、優雅に笑ってみせた。
「ヴィオレッタ様、エルヴェーラ様、御機嫌よう。 お目にかかれて光栄ですわ。 わたくしは、グリア侯爵の長女、エレノア・ジュリアーノですわ。 どうぞ、お見知りおきを」
エレノアのチビ煙幕が上から下までヴィーとエラを眺めまわすと、『フン』と意地悪な笑みを浮かべた。 現実のエレノアは優雅に微笑み、口元を扇子で隠している。 エレノアのチビ煙幕のヴィーを見つめる瞳が特に鋭く光った。 ヴィーは『うわぁ』と心中で呟くと眉を歪めた。
(なんか、エレノア様のチビ煙幕、私に当たりがきついような気がするけどっ)
ヴィーの隣で優雅にお辞儀してエラが自己紹介をしている。 マイペースなエラは物怖じしていない。 ヴィーもなんとか愛想笑いを浮かべて、自己紹介した。 胸に嫌な予感が過ぎったが、主だった令嬢たちの挨拶も済み、令嬢たちの熱い視線が注がれる中、大広間の端に並んでいるテーブルに着いた。
「ヴィー様、エレノア様は、マッティア殿下の第二夫人候補のお1人ですわ」
エラがヴィーの向かいに座り教えてくれた。
「えっ! 殿下の第二夫人候補?! 正妃候補もいらっしゃらないのに?!」
「嫌ですわ。 ヴィー様が正妃候補ではありませんか」
エラが『何を今更』とコロコロと鈴が鳴る様な声で笑った。 ヴィーは脳天をぶたれた気分になった。
(正妃候補っ! そうか、だからエレノア様、ピリピリしてたんだわ。 気づかなかったけど、エレノア様にしたら、正妃と側室の戦いが勃発してたのねっ)
エレノアと令嬢たちが固まっている窓際の席を覗き見ると、まだ令嬢たちのチビ煙幕はこちらを見ていて、瞳が鋭く光っている。 エレノア様と令嬢たちは窓際のテーブルで、再び優雅にお茶を始めていた。
ヴィーはエレノアを見つめると『第二夫人候補か』と自然と小さく呟いた。 自然に零れた呟きは、胸の奥に落ち、胸にざわりと嫌な感情が膨らみ始める。 膨らみ始めた感情を大きくしないようにと、無意識にブレーキがかかる。 今日こそは、ネロが離宮に帰って来ないかなと、思った事も心の奥に仕舞い込んだ。
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