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21話 『わらびの実』再び
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ヴィーは、布団に潜り込むと、いつもの様に主さまの白い世界に飛び込んでいた。 主さまは相変わらず、キラキラしていて、声はしわがれている。 ヴィーに向けてにっこりと微笑むと、手招きした。
ヴィーは主さまの招きにおずおずと前に進んだ。 ヴィーは、主さまの顔を見ると、先程の夢を思い出した。 前世の彼も遊園地に居たのだ。
「主さま、私、訊きたい事があります」
ヴィーが何を訊きたいか分かっているようで、主さまは笑みを深めた。
「いいよ、何でも訊いて。 答えれる事なら、何でも答えるよ」
ヴィーは、深呼吸すると、一気に捲し立てた。
「まさかとは思うんですけど、ネロ様はもしかして先輩の生まれ変わりですか?」
「ヴィー、前世の事を思い出したの?」
「全部ではないです。 何故、遊園地に居たのか、思い出しました」
夢の事を思い出すと、ヴィーの瞳が死んだ魚の様になった。
「結論から言うと違うよ。 彼は勇者召喚に巻き込まれてないからね」
心の奥底から安堵した気持ちが沸き上がる。 脳裏に浮かんだ言葉は、前世の彼を心配して沸き上がった気持ちでない事が分かった。
『じゃ、彼女もいないよね。 良かった、もう好きな人を奪われない』
「良かった」
(私、先輩が巻き込まれていなかった事よりも、彼女がいない事の方に喜んでる?)
心の底から沸き上がってきた感情に、ヴィーは不安を覚えた。 青ざめて黙り込んだヴィーの様子に、主さまの優しい声が落ちて来た。
「ヴィーが望むなら、思い出した記憶を消せるよ」
目を見開いた後、ヴィーは暫く考えていたが答えを出した。
「いいえ、これは私が乗り越えないといけない事だと思います。 このままじゃ、誰も好きになれない」
「ヴィーは偉いね」
そう言うと主さまは、ヴィーの頭を優しくなでた。
「そんな偉いヴィーには、この菓子をあげよう」
主さまの言動にヴィーは、口を尖らせて不満を言葉にした。
「ぬ、主さま! 子供扱いしないで下さい!」
主さまがいつの間にかテーブルセットを出して、ポットから紅茶のいい香りが漂っていた。 小さい器に、見覚えのある茶色のプルンとした物体が乗せられている。 物体に、とろりとしたはちみつがかかる。 はちみつが光り輝き、とても美味しそうに見えた。
「さぁ、どうぞ召し上がれ。 甘くてプルンとした食感が美味しいよ」
ヴィーは喉を鳴らすと、主さまに恐る恐る訊いてみた。
「これって『わらびの実』ですよね?」
「うん、ヴィーが採った実ね。 実は、ヴィーが採った実だけ拾っておいたんだ。 でも、木自体を燃やすとは思わなかったよ。 あの木は、凄く貴重な木なんだよ」
「えっ! 貴重な木だったんですか?」
「うん、あんまり生えてないからね。 さぁ、食べて。 大丈夫だよ、変な加工さえしなければ、安全に食べれるんだよ」
ヴィーは意を決して、一口食べた。 甘いはちみつと弾力のある食感がともて口当たりが良くて、思っていたよりも美味しかった。 主さまが、ヴィーの様子を見てクスリと笑う。
(これでヴィーに『魅惑の実』の耐性が出来たね。 あの王子もまだまだ詰めが甘いな。 まぁ、まだ若いし。 これからの成長に期待だね)
復帰したヴィーに、案の定エレノアから『ツンツンデレ』な可愛い謝罪を受け、王城の高い塔よりも高いプライドを慮り『勘違いしてますよ』とも言えず、何となくエレノアとの距離が縮んだのではないかと、内心では喜んだヴィーだった。
(だって、エレノア様の事、嫌いではないですしね。 それに、第二夫人候補から外されたのは、エレノア様にとっては良かったよね)
――マスゲームの練習は、選抜隊の令嬢たちが意地を見せ、順調に仕上がって来ている。
後は、成人の儀式でお披露目する結界石だ。 参考に王城の中の大聖堂の奥にある大昔に作られた結界石を見せてもらった。 結界石を見たヴィーは、感嘆の声を上げた。 結界石は淡い紫色の薔薇を咲かせていた。 時折、銀色の光りを放っている。 結界石は予想してたよりもとても大きかった。 ヴィーたちの身長を優に超えていた。
「綺麗、とても綺麗です。 それに、とても大きいですねっ」
隣で並んで立っていたネロが説明をした。
「確か、この結界石を作り出したのは、数千年前の王女だね。 この時は、王女だけが石を開花させた。 淡い紫の薔薇は、王女の象徴花だよ。 確か、肖像画も残っていたね」
『ほうっ』とエラも結界石をうっとり眺めていた。 2人の王子と司祭は見慣れているのか、感動している様子はない。 結界石の下の方が、少しくすんだ色に変わっている事に気が付き、ヴィーはじっと結界石を視た。
結界石からモクモクと黒い煙幕が描き出され、美しい女性が現れた。 現れた女性は、瞳を閉じて暗い表情をしていた。 何も物も言わず、ただ佇んでおり、女性は王女の肖像画と同じ顔をしていた。
(う~ん、危うい感じだわ。 少しずつだけど、闇が拡がってる。 成人の儀式までは持つと思うけど、頑張らないといけないわね)
ヴィーの背中に冷や汗が一筋流れる。 顔を青ざめさせて、項垂れていると、結界石が光り輝く。 黒い煙幕の王女が、結界石を作り出していく過程を描き出していた。 黒い煙幕の王女はヴィーに視線を合わせ、優しく微笑んだ。
(うん、慰めて頂けたのは嬉しいけれど。 そんな大きな結界石を作り出す自信がありませんっ!)
――結界石を作る出す事に慣れた頃、成人の儀式の日が迫っていた。
ヴィーの元に煌びやかなドレスが届いた。 送り主は勿論、ネロである。 ヴィーの黒に近い濃紺の髪と、紫の瞳が映えるドレスが、ヴィーの目の前にお目見えした。 メイドたちとチビ煙幕は、年頃の娘さんらしく、ドレスをうっとりと眺めていた。 ヴィーはいつもと変わらないメイドたちを見ると、クスリと笑みを零した。
「ヴィオレッタ様! 早速、試着いたしましょう。 おかしな所がないか、お調べしなくては! 成人の儀式まで、お日にちがございませんからね」
両肩を出した少し大人っぽいドレスに、気後れしているうちにあれよあれよという間に、ヴィーはメイドたちによって、着替えさせられた。 メイドたちから感嘆の声が漏れ、うっとりとヴィーを見つめる。 メイドたちの見惚れる瞳に、ヴィーはたじろいだ。
「素敵ですわ! ヴィオレッタ様! 成人の儀式の後の舞踏会で、ヴィオレッタ様に虜になる殿方が視えるようですわ! 絶対に注目の的ですわ!」
(いや、その舞踏会って、アルバ様とエラ様の婚約披露の舞踏会よね? 主役より目立ったら駄目でしょ?!)
呆れて物も言えずに固まっている事も気にせずに、メイドたちは『きゃきゃうふふ』と騒いでいる。 ヴィーは小さく息を吐くと、ドレスを脱ぎにかかった。 背後から突然聞こえた声にヴィーたちは文字通り飛び上がった。
「もう、脱ぐの? ファラが私が選んだドレスを着てる姿をもう少し、見せてよ」
「ネロ様?! い、いつの間にそこに?!」
ネロはコテンと首を傾げると、あっさりと宣った。
「何度もノックしたんだよ? でも、返事がなくて、その代わりに楽しそうな声が聞こえてきたから、ついね」
『ごめんね』とにっこり可愛らしい笑顔を浮かべる。 ヴィーの手を取ると、ネロはダンスを申し込んできた。 あっけに取られ、呆けているヴィーの手を強引に取り、窓際まで引っ張られホールドを組む。
「ファラがちゃんと踊れるか見てあげるよ」
メイドが気を利かせて、ダンス曲をピアノ演奏をしだした。 ヴィーは慌ててステップを踏む。 ネロのリードは完璧で、優雅に踊るネロはとても綺麗だった。
一通りダンスを踊ると、メイドたちがお茶の用意をする。 ヴィ―はテラスに誘われ、テーブルに置かれた茶色のプルンとした物体を目にした。 貴重なはずの『わらびの実』と2度目のご対面である。
「これ」
「うん、『わらびの実』だよ。 この実を食べると『魅惑の実』の耐性が出来るんだ。 『魅惑の実』がばら撒かれている可能性があるから、ファラも食べていた方がいい」
「はい、頂きます」
(知らなかったわ、主さま何も言わないし。 もう、既に主さまから頂いてるんだけど。 言わない方がいいわよね)
ヴィーは、はちみつがかかったキラキラ光る『わらびの実』を見て、何とも言えない表情を浮かべ、一つ疑問が浮かんだ。
「あの、『わらびの実』は全て持ち去られたんではなかったですか?」
「ああ、実は、私がファラの後宮の立ち入り許可証を頂きに行った時に、本当にあるかどうか確かめに行ったんだ。 その時に採った実だよ。 ファラと後で一緒に行こうと思っていたんだけどね」
「そうだったんですね」
一口、口に含み、はちみつのほのかな甘みが拡がり、弾力あるの『わらびの実』の感触を愉しんだ。 目の前で、ネロが優しく微笑んでいる事に気づくと、前世の彼の優しい笑顔が重なる。 ヴィーの胸に甘酸っぱい気持ちと、苦い想いが拡がっていく。 彼の人は『いつまで、私に微笑んでくれるのだろう』と。
(何、考えてるの?! ネロ様の正妃になる気なんてないのに、こんな事を思うなんて、勝手すぎるわ)
気づかないうちに、胸の中に灯ったほのかな思いは、ヴィーの気持ちとは裏腹に大きく育っていく。 前世の記憶に流されているのか、ヴィー自身の気持ちなのか分からず、頭を抱えるのだった。
――成人の儀式の日まで、瞬く間に過ぎ去った。
成人の儀式まで後、1週間に迫ったある日、ネロは執務室で、また報告書を難しい顔で眺めていた。 エレノアに『魅惑の実』を渡した侍従が見つかった。 エレノアとサラと、手紙を届けに来た時に対応した侍従が彼の顔を覚えていた。 が、侍従も『魅惑の実』を飲んでおり、しかも操られていた時の事を忘れるように言われていたようで、見事に記憶がなくなっていた。 ネロの幻術も効果がなく、第二夫人の仕業だという証拠は何も見つけられなかった。
執務室の応接ソファーに王子たち3人が座り、クリスはネロが座っている背後に立った。 ソファーの間に置いているローテーブルには、又もや『わらびの実』がお目見えしていた。 アルバはムスッとした顔をして羊皮紙を睨みつけている。 ルカの背後には、侯爵家の次男が立っている。
「兄上、僕の力で解除しましょうか?」
ネロの濃紺の瞳が光るとルカを見据える。
「いや、無理やりに解術したら精神が病む」
ルカは肩を竦めると黙り込んだ。 ネロは静かにルカを見つめた。 ルカの能力は、言葉に魔力を乗せると、人を思い通りに操れる。 幼い頃に発現したルカの能力は、父王に封じられた。 ルカの能力を使うには、それ相応の理由と父王の許可、父王が封印を解かないと使えない。
「第二夫人も必死だな。 俺、あの人凄い苦手」
「気が合いますね、ジュリオ兄上。 実の母ですが、僕も苦手です。 というか嫌いですね」
「1度訊きたかったんだけど。 お前らの関係、第二夫人は知ってるのか?」
足を組み、言いづらい事をはっきりと訊いてきたアルバに、ルカはあっさりと頷いた。
「ええ、数年前ですかね。 石の開花の事もありましたが、婚約者を早めに決めた方がいいと言いだして、その時に伝えたのですが、信じてもらえませんでした」
(それはそうだろうねっ。 第二夫人にしたら、思いもつかないし、考えもしない事だろしね)
ネロは2人の弟王子の会話を聞き、ルカの背後に立っている侯爵家の次男を見た。 侯爵家の次男は居たたまれないのか、複雑な表情をしていた。 小さく息を吐くと、天井から影の声が落ちてくる。
「殿下方、火事を起こしたならず者を束ねていた頭目を捕らえました。 尋問した所、首謀者が判明致しました」
アルバが頭の後ろで手を組み、天井を見上げる。
「第二夫人の名前、吐いた?」
「いいえ。 しかし、まずい事になりました。 火事の首謀者は、エルヴェーラ様の叔父です。 それと『わらびの実』が全部ではありませんが、その叔父に少量、渡ってるようです」
執務室にいた全員の顔色が悪くなる。
「なるほど、妃たちが関わっているように見せかけて、俺たちを陥れようとしたのか。 叔父の方は、ただの怨恨だろうけど」
アルバの声が地を這う様な低い声を出した。 天井から声が落ちて来た。
「どう致しますか?」
ネロの冷たい声が執務室に響き渡る。 ネロから危険な靄が立ち込め、濃紺の瞳が鋭く光る。
「お前は叔父を見張れ。 当日に何か仕掛けてくるかもしれない。 確実に捕まえる為に暫く、泳がせよう」
「承知いたしました」
成人の儀式の準備は、王からネロたちに一任されている。 当日は、魔法設備を惜しげもなく使い、バルディーア王国各地で行われる成人の儀式が、王国全土に投影魔法で中継される。 絶対に失敗は許されない。
その為に、2人の王女が婚約者の領地の成人の儀式に参加し、連携を取って来た。 ネロたち新成人たちにとっても、自分たちだけで行う初めての行事だ。 ここで失敗すれば、ネロたちの失脚は免れない。
(ファラ、今度こそ絶対に、危ない目には遭わせないよ)
「じゃ、当日の警備を見直そう」
ネロたちは、成人の儀式の書類を引っ張り出し、書類と睨めっこしながら話し合った。
ヴィーは主さまの招きにおずおずと前に進んだ。 ヴィーは、主さまの顔を見ると、先程の夢を思い出した。 前世の彼も遊園地に居たのだ。
「主さま、私、訊きたい事があります」
ヴィーが何を訊きたいか分かっているようで、主さまは笑みを深めた。
「いいよ、何でも訊いて。 答えれる事なら、何でも答えるよ」
ヴィーは、深呼吸すると、一気に捲し立てた。
「まさかとは思うんですけど、ネロ様はもしかして先輩の生まれ変わりですか?」
「ヴィー、前世の事を思い出したの?」
「全部ではないです。 何故、遊園地に居たのか、思い出しました」
夢の事を思い出すと、ヴィーの瞳が死んだ魚の様になった。
「結論から言うと違うよ。 彼は勇者召喚に巻き込まれてないからね」
心の奥底から安堵した気持ちが沸き上がる。 脳裏に浮かんだ言葉は、前世の彼を心配して沸き上がった気持ちでない事が分かった。
『じゃ、彼女もいないよね。 良かった、もう好きな人を奪われない』
「良かった」
(私、先輩が巻き込まれていなかった事よりも、彼女がいない事の方に喜んでる?)
心の底から沸き上がってきた感情に、ヴィーは不安を覚えた。 青ざめて黙り込んだヴィーの様子に、主さまの優しい声が落ちて来た。
「ヴィーが望むなら、思い出した記憶を消せるよ」
目を見開いた後、ヴィーは暫く考えていたが答えを出した。
「いいえ、これは私が乗り越えないといけない事だと思います。 このままじゃ、誰も好きになれない」
「ヴィーは偉いね」
そう言うと主さまは、ヴィーの頭を優しくなでた。
「そんな偉いヴィーには、この菓子をあげよう」
主さまの言動にヴィーは、口を尖らせて不満を言葉にした。
「ぬ、主さま! 子供扱いしないで下さい!」
主さまがいつの間にかテーブルセットを出して、ポットから紅茶のいい香りが漂っていた。 小さい器に、見覚えのある茶色のプルンとした物体が乗せられている。 物体に、とろりとしたはちみつがかかる。 はちみつが光り輝き、とても美味しそうに見えた。
「さぁ、どうぞ召し上がれ。 甘くてプルンとした食感が美味しいよ」
ヴィーは喉を鳴らすと、主さまに恐る恐る訊いてみた。
「これって『わらびの実』ですよね?」
「うん、ヴィーが採った実ね。 実は、ヴィーが採った実だけ拾っておいたんだ。 でも、木自体を燃やすとは思わなかったよ。 あの木は、凄く貴重な木なんだよ」
「えっ! 貴重な木だったんですか?」
「うん、あんまり生えてないからね。 さぁ、食べて。 大丈夫だよ、変な加工さえしなければ、安全に食べれるんだよ」
ヴィーは意を決して、一口食べた。 甘いはちみつと弾力のある食感がともて口当たりが良くて、思っていたよりも美味しかった。 主さまが、ヴィーの様子を見てクスリと笑う。
(これでヴィーに『魅惑の実』の耐性が出来たね。 あの王子もまだまだ詰めが甘いな。 まぁ、まだ若いし。 これからの成長に期待だね)
復帰したヴィーに、案の定エレノアから『ツンツンデレ』な可愛い謝罪を受け、王城の高い塔よりも高いプライドを慮り『勘違いしてますよ』とも言えず、何となくエレノアとの距離が縮んだのではないかと、内心では喜んだヴィーだった。
(だって、エレノア様の事、嫌いではないですしね。 それに、第二夫人候補から外されたのは、エレノア様にとっては良かったよね)
――マスゲームの練習は、選抜隊の令嬢たちが意地を見せ、順調に仕上がって来ている。
後は、成人の儀式でお披露目する結界石だ。 参考に王城の中の大聖堂の奥にある大昔に作られた結界石を見せてもらった。 結界石を見たヴィーは、感嘆の声を上げた。 結界石は淡い紫色の薔薇を咲かせていた。 時折、銀色の光りを放っている。 結界石は予想してたよりもとても大きかった。 ヴィーたちの身長を優に超えていた。
「綺麗、とても綺麗です。 それに、とても大きいですねっ」
隣で並んで立っていたネロが説明をした。
「確か、この結界石を作り出したのは、数千年前の王女だね。 この時は、王女だけが石を開花させた。 淡い紫の薔薇は、王女の象徴花だよ。 確か、肖像画も残っていたね」
『ほうっ』とエラも結界石をうっとり眺めていた。 2人の王子と司祭は見慣れているのか、感動している様子はない。 結界石の下の方が、少しくすんだ色に変わっている事に気が付き、ヴィーはじっと結界石を視た。
結界石からモクモクと黒い煙幕が描き出され、美しい女性が現れた。 現れた女性は、瞳を閉じて暗い表情をしていた。 何も物も言わず、ただ佇んでおり、女性は王女の肖像画と同じ顔をしていた。
(う~ん、危うい感じだわ。 少しずつだけど、闇が拡がってる。 成人の儀式までは持つと思うけど、頑張らないといけないわね)
ヴィーの背中に冷や汗が一筋流れる。 顔を青ざめさせて、項垂れていると、結界石が光り輝く。 黒い煙幕の王女が、結界石を作り出していく過程を描き出していた。 黒い煙幕の王女はヴィーに視線を合わせ、優しく微笑んだ。
(うん、慰めて頂けたのは嬉しいけれど。 そんな大きな結界石を作り出す自信がありませんっ!)
――結界石を作る出す事に慣れた頃、成人の儀式の日が迫っていた。
ヴィーの元に煌びやかなドレスが届いた。 送り主は勿論、ネロである。 ヴィーの黒に近い濃紺の髪と、紫の瞳が映えるドレスが、ヴィーの目の前にお目見えした。 メイドたちとチビ煙幕は、年頃の娘さんらしく、ドレスをうっとりと眺めていた。 ヴィーはいつもと変わらないメイドたちを見ると、クスリと笑みを零した。
「ヴィオレッタ様! 早速、試着いたしましょう。 おかしな所がないか、お調べしなくては! 成人の儀式まで、お日にちがございませんからね」
両肩を出した少し大人っぽいドレスに、気後れしているうちにあれよあれよという間に、ヴィーはメイドたちによって、着替えさせられた。 メイドたちから感嘆の声が漏れ、うっとりとヴィーを見つめる。 メイドたちの見惚れる瞳に、ヴィーはたじろいだ。
「素敵ですわ! ヴィオレッタ様! 成人の儀式の後の舞踏会で、ヴィオレッタ様に虜になる殿方が視えるようですわ! 絶対に注目の的ですわ!」
(いや、その舞踏会って、アルバ様とエラ様の婚約披露の舞踏会よね? 主役より目立ったら駄目でしょ?!)
呆れて物も言えずに固まっている事も気にせずに、メイドたちは『きゃきゃうふふ』と騒いでいる。 ヴィーは小さく息を吐くと、ドレスを脱ぎにかかった。 背後から突然聞こえた声にヴィーたちは文字通り飛び上がった。
「もう、脱ぐの? ファラが私が選んだドレスを着てる姿をもう少し、見せてよ」
「ネロ様?! い、いつの間にそこに?!」
ネロはコテンと首を傾げると、あっさりと宣った。
「何度もノックしたんだよ? でも、返事がなくて、その代わりに楽しそうな声が聞こえてきたから、ついね」
『ごめんね』とにっこり可愛らしい笑顔を浮かべる。 ヴィーの手を取ると、ネロはダンスを申し込んできた。 あっけに取られ、呆けているヴィーの手を強引に取り、窓際まで引っ張られホールドを組む。
「ファラがちゃんと踊れるか見てあげるよ」
メイドが気を利かせて、ダンス曲をピアノ演奏をしだした。 ヴィーは慌ててステップを踏む。 ネロのリードは完璧で、優雅に踊るネロはとても綺麗だった。
一通りダンスを踊ると、メイドたちがお茶の用意をする。 ヴィ―はテラスに誘われ、テーブルに置かれた茶色のプルンとした物体を目にした。 貴重なはずの『わらびの実』と2度目のご対面である。
「これ」
「うん、『わらびの実』だよ。 この実を食べると『魅惑の実』の耐性が出来るんだ。 『魅惑の実』がばら撒かれている可能性があるから、ファラも食べていた方がいい」
「はい、頂きます」
(知らなかったわ、主さま何も言わないし。 もう、既に主さまから頂いてるんだけど。 言わない方がいいわよね)
ヴィーは、はちみつがかかったキラキラ光る『わらびの実』を見て、何とも言えない表情を浮かべ、一つ疑問が浮かんだ。
「あの、『わらびの実』は全て持ち去られたんではなかったですか?」
「ああ、実は、私がファラの後宮の立ち入り許可証を頂きに行った時に、本当にあるかどうか確かめに行ったんだ。 その時に採った実だよ。 ファラと後で一緒に行こうと思っていたんだけどね」
「そうだったんですね」
一口、口に含み、はちみつのほのかな甘みが拡がり、弾力あるの『わらびの実』の感触を愉しんだ。 目の前で、ネロが優しく微笑んでいる事に気づくと、前世の彼の優しい笑顔が重なる。 ヴィーの胸に甘酸っぱい気持ちと、苦い想いが拡がっていく。 彼の人は『いつまで、私に微笑んでくれるのだろう』と。
(何、考えてるの?! ネロ様の正妃になる気なんてないのに、こんな事を思うなんて、勝手すぎるわ)
気づかないうちに、胸の中に灯ったほのかな思いは、ヴィーの気持ちとは裏腹に大きく育っていく。 前世の記憶に流されているのか、ヴィー自身の気持ちなのか分からず、頭を抱えるのだった。
――成人の儀式の日まで、瞬く間に過ぎ去った。
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執務室の応接ソファーに王子たち3人が座り、クリスはネロが座っている背後に立った。 ソファーの間に置いているローテーブルには、又もや『わらびの実』がお目見えしていた。 アルバはムスッとした顔をして羊皮紙を睨みつけている。 ルカの背後には、侯爵家の次男が立っている。
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「第二夫人も必死だな。 俺、あの人凄い苦手」
「気が合いますね、ジュリオ兄上。 実の母ですが、僕も苦手です。 というか嫌いですね」
「1度訊きたかったんだけど。 お前らの関係、第二夫人は知ってるのか?」
足を組み、言いづらい事をはっきりと訊いてきたアルバに、ルカはあっさりと頷いた。
「ええ、数年前ですかね。 石の開花の事もありましたが、婚約者を早めに決めた方がいいと言いだして、その時に伝えたのですが、信じてもらえませんでした」
(それはそうだろうねっ。 第二夫人にしたら、思いもつかないし、考えもしない事だろしね)
ネロは2人の弟王子の会話を聞き、ルカの背後に立っている侯爵家の次男を見た。 侯爵家の次男は居たたまれないのか、複雑な表情をしていた。 小さく息を吐くと、天井から影の声が落ちてくる。
「殿下方、火事を起こしたならず者を束ねていた頭目を捕らえました。 尋問した所、首謀者が判明致しました」
アルバが頭の後ろで手を組み、天井を見上げる。
「第二夫人の名前、吐いた?」
「いいえ。 しかし、まずい事になりました。 火事の首謀者は、エルヴェーラ様の叔父です。 それと『わらびの実』が全部ではありませんが、その叔父に少量、渡ってるようです」
執務室にいた全員の顔色が悪くなる。
「なるほど、妃たちが関わっているように見せかけて、俺たちを陥れようとしたのか。 叔父の方は、ただの怨恨だろうけど」
アルバの声が地を這う様な低い声を出した。 天井から声が落ちて来た。
「どう致しますか?」
ネロの冷たい声が執務室に響き渡る。 ネロから危険な靄が立ち込め、濃紺の瞳が鋭く光る。
「お前は叔父を見張れ。 当日に何か仕掛けてくるかもしれない。 確実に捕まえる為に暫く、泳がせよう」
「承知いたしました」
成人の儀式の準備は、王からネロたちに一任されている。 当日は、魔法設備を惜しげもなく使い、バルディーア王国各地で行われる成人の儀式が、王国全土に投影魔法で中継される。 絶対に失敗は許されない。
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「じゃ、当日の警備を見直そう」
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天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。
そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、
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