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39話 『フォルナ―ラと対面する』
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ヴィーにも小さいが、浄化する為の結界石が送られてきた。 医務室で浄化の詠唱するヴィーの声がこだましていた。 主さまの書類整理の手伝いを、ノワールがかって出てくれたので、ヴィーは心置きなく練習が出来る。 詠唱を終え、何も起きていない結界石をじっと見たヴィーの顔から、すんっと表情が抜けた。
「ヴィー。 一音、古代語の発音が外れてたよ」
主さまの指摘にヴィーは『うっ』と声を詰まらせた。
「むぅ」
[『先ずは、古代語の発音を見直そうか』と、主さまがにっこりと笑みを浮かべる。 気を抜くと直ぐに発音が外れ、正しい音が分からなくなるのだ。 詠唱は一音でも間違うと、全く違う左様が起こるか、魔法が発動されないかのどちらかになる。
「フォルナ―ラ様は、完璧なんですよね?」
主さまは『ふむ』と顎に手を掛けた。
「覗いた時は、彼女は結界石に触れただけで、浄化出来てたね。 詠唱はしてなかったよ。 それに痣に瘴気が吸い込まれていった感じだったよ」
主さまの言葉にヴィーは顔を上げた。
「えっ」
「一度、フォルナ―ラ嬢の浄化をしている所を見たらいいんじゃないかな」
にっこりと主さまは意味深な笑みを浮かべた。
「はぁ」
(そうよね。 私もちょっと気になるし、あんまりフォルナ―ラ様には近づきたくないけど、)
「そうですね。 ネロ様に頼んでみます」
「うん、そうしたらいいよ」
いやにフォルナ―ラの浄化している様子の見学を進める主さまに、ヴィーは怪訝な表情を浮かべた。
(主さま、いやに進めるわね。 何かあるのかしら?)
「ノワール、ネロ様のスケジュールを聞いてもらってもいい?」
「はい、ヴィオレッタ様」
ノワールは恭しくお辞儀すると、音もなく天井に消えた。
(いつも思うけど、天井裏で忍者みたいに這ってるのかな?)
暫くして戻って来たノワールから、明日のお昼に時間が取れる事を聞き、いつものガゼボで昼食を一緒に摂る事になった。
――いつものガゼボに、ヴィーとネロは2人並んでベンチに座っていた。
ネロはヴィーの話に顔を顰めた。 明らかに訝し気に見ている。 ネロの視線にヴィーは瞳を逸らした。 別に変な企みがある訳ではないが、ネロの瞳を真っ直ぐに見れない。
「あ、あの、中々、浄化魔法が上手く行かなくてですねっ。 私と違い、フォルナ―ラ様は完璧な浄化をなさるとか。 主さまも、フォルナ―ラ様が浄化をしている所を見た方がいいと、助言を下さいましてっ」
主さまと会話した事をそのままネロに話した。
「ふ~ん」
ネロは納得していない様子だった。 ネロが訝しく思うのも無理はない。 ヴィーはあんなにもフォルナ―ラにびびっていたのだから。 今更、近づきたくないだろうにと、疑問に思う方が正しい。 一つ溜め息を吐くと、諦めたようにネロが言った。
「分かったよ。 ただし、私もついて行くよ。 彼女は少し、貴族しての常識がないからね。 ヴィーが不快に思うだろうし、私もヴィーが何を視るか気になるしね。 丁度今日、司祭に会う要件があるから。 一緒に行こう。 まぁ、私が頼まなくても、私が大聖堂に行くと、毎回、彼女の方から押しかけて来るけどね」
「そうなんですね。 承知しました。 ご一緒させて頂きます」
行き成り今日とか言われ、内心では大分焦ったが、早い方がいいだろうと思い、ヴィーは覚悟を決めた。
(フォルナ―ラ様が古代語を詠唱しないと言うのも気になるし)
――ヴィーとネロが楽しく昼食を摂っている頃
フォルナ―ラは、浄化する為に集められた結界石をせっせと、浄化していた。 結界石を見つめる瞳の奥が妖しく光る。 その瞳に誰も、本人さえも気づいていなかった。 長くて深い溜め息を吐くと、浄化を終えた結界石を木箱に放り込む。
「はぁ~。 浄化してもしても、全然、減らないわっ! こんなはずじゃなかったのにっ! 私の計画では、今頃、王子たちとイチャイチャ、ラブラブしてるはずだったのにっ」
フォルナ―ラは悔しそうに顔を歪めた。
「巡業をネロたちと一緒にしたいって要望は通ったけど、一向に連絡が来ないし。 巡業には、あのヴィオレッタって子も来るらしいじゃない。 一石二鳥でセット扱いしないで欲しいわ!!」
大聖堂の地下の奥にある部屋で、フォルナ―ラの叫び声が響き、扉の外で警備している近衛兵が驚き、鎧が擦れる音が地下の廊下に響いた。
虚しい叫び声を上げていたフォルナ―ラの元に、新たな結界石が運び込まれた。 フォルナ―ラの叫び声を聞いた兵士が、訝し気な目で見つめ、遠巻きにしている。 兵士に気づいたフォルナ―ラは、食い気味に話しかけた。
「ちょっと!! また、届いたの?! こんなに無理よ!!」
兵士は困惑気味にフォルナ―ラに言う。
「しかし、司祭様のご命令ですし」
チラリと兵士は浄化済みの木箱を覗いた。 兵士の視線に気づいたフォルナ―ラが、木箱を隠すように前に出た。 兵士を睨みつけたフォルナ―ラは、兵士に退室を求め、司祭を連れてくるように求めた。 兵士は不満を露わにさせ、部屋を出ていった。
「なんなんの!! 兵士のあの態度っ! バッドエンドスタートから抜け出せてないから、皆が冷たいんだ」
兵士が冷たい態度なのは、フォルナ―ラが真面目に浄化をしてない様に見えるからだ。 浄化済みの木箱には、数個の結界石しか入っていない。 今はもう、昼を過ぎおやつの時間になろうとしていた。 部屋の扉がノックされ、司祭が入って来た。
「『愛し子』様、御呼びとお聞きして参じました。 で、何用でしょう?」
司祭の笑みは、瞳が笑っていなかったが、フォルナ―ラは気づいていなかった。
「今日はもう疲れました。 部屋へ戻ります」
あからさまに溜め息を吐いた司祭は、冷たい瞳でフォルナ―ラを見つめる。
「そうですか。 承知いたしました。 ああ、それと。 明日の昼に、マッティア殿下とヴィオレッタ様が御出でになります」
「えっ! ネロが来るの!」
フォルナ―ラがネロをミドルネーム呼びし、あまつさえ呼び捨てにした。 司祭が眉を顰めた事にも気づいていない。 フォルナ―ラのそういう態度が嫌われて言う事にも。
「マッティア殿下とヴィオレッタ妃殿下は、『愛し子』様の浄化の作業をご覧になりたいそうです」
司祭は、ヴィーの名前に『妃殿下』と敬称を付けて呼んだ。 しかし、フォルナ―ラの耳には届いていなかった。
(やった!! これは、ネロを浄化するチャンスよっ!!)
フォルナ―ラは、痣がある掌を見つめ、握り締めた。 司祭が呆れたような顔をしている事にも気づいていなかった。
「両殿下が御出でになるのですから、ご無礼のないようになさって下さいね」
フォルナ―ラは司祭に適当に『はいはい』と返事を返した。 自室に戻ると、得意の花の特性を活かした媚薬の調合を始めた。
「ふふん。 第二夫人様のお陰で、欲しい物は手に入るし、ルカとの婚約も後押ししてもらってるみたいだし、いい方向に運が流れてるんじゃない?!」
自身の勝利を確信したかのように、フラスコを振りながら不敵な笑みを浮かべた。 フラスコからポンと乾いた音が鳴った。
――フォルナ―ラが浄化する作業を見たヴィーは、ごくりと喉を鳴らした。
フォルナ―ラの作業部屋は、大聖堂の地下室にあった。 地下室に大量の木箱が置かれ、浄化未と書いた羊皮紙が貼られた木箱が山積みになっていた。 浄化済みの木箱は1箱しかなかった。 ネロは目を細めて地下室を眺めていた。
フォルナ―ラの浄化は、主さまが言う通り、詠唱をせずに行われていた。 しかも、心中で詠唱している様子でもない。 ただ、掌に現れた痣が瘴気を吸い込んでいただけだった。
ヴィーは言い知れぬ不安に襲われ、フォルナ―ラをじっと視た。 すると、痣が瘴気を吸い込んだだけ、フォルナ―ラの中に瘴気が溜まっている様に視える。 背中から出て来たフォルナ―ラのチビ煙幕の瞳が妖しく光り、いつものチビ煙幕でない様子だった。
ヴィーの様子に気づいたネロが声を掛けてくる。
「どうしたの? ファラ?」
「あ、いえ」
ヴィーの顔色が悪い事に気づいたネロは、地下室を出るかと気を使ってきたが、ヴィーは首を横に振った。 2人の様子に気づいていないのか、気づいていない振りをしているのか、浄化を終えたフォルナ―ラがネロにすり寄って来た。
「ネ、」
またも、ミドルネーム呼びをしようとしたフォルナ―ラを、ネロと司祭が目を細めて冷たい瞳を投げつけた。 流石に気づいたフォルナ―ラは『ごほん』と咳払いをして言い直した。
「殿下、いかがでした? 私の浄化魔法は?」
「そうだね。 大変、興味深かったよ」
2匹の黒蝶が地下室を飛び回って、鱗粉を振りまく。 ネロは腕に絡めてきたフォルナ―ラの腕をそっと振りほどいた。 同時に、ネロがしている黒薔薇のピアスが光り輝いた。
フォルナ―ラは眉間に皺をよせ、こめかみに青筋を立てていた。 どうやら思惑が外れたらしく、身体が怒りに小刻みに震えている。 ネロは浄化未の複数の木箱を眺めると、分かりやすく溜め息を吐いた。
ヴィーは、フォルナ―ラの様子を注意深く視て、渋い表情をしていた。 周囲はヴィーの様子に、フォルナ―ラの態度が不敬過ぎて怒っていると思い、司祭や兵士たちは気が気でなかった。 しかし、ヴィーの心中は。
(やっぱり、おかしいわ。 フォルナ―ラ様のチビ煙幕の様子もおかしい。 これって危ないんじゃないかしらっ)
フォルナ―ラのチビ煙幕に、瘴気が纏わりついている。 妖しく光る瞳も、ヴィーには淀んで視えた。 フォルナ―ラ自身にも、うっすらと隈が出来ている様に見える。
フォルナ―ラの隈は、徹夜で媚薬を調合していたからだが、ヴィーには分かるはずもなかった。 腕を振りほどかれたフォルナ―ラは、平然としているネロを眺めた。
(どうしてっ! 何で浄化の魔法が効かないの? それに、媚薬だって強力なのを調合したのよっ! 全然、効いてないじゃない!)
ネロの腕に自身の腕を絡めた際、浄化の魔法をネロに掛けていた。 しかし、何かに弾かれ、浄化の魔法が効かなかった。 媚薬の香りも、ネロたちが入って来て直ぐに消えてしまっていた。
帰る時間が来たのか、これ以上、ヴィーの不興を買う事を恐れた司祭により、ネロとヴィーは地下室を後にした。
――しきりに頭を下げる司祭に見送られ、ヴィーとネロは馬車に乗り込んだ。
司祭の様子にヴィーは首を傾げたが、ネロは『気にするな』と司祭に告げ、含み嗤いを浮かべた。 2人並んで座ると、ネロが前置き無しに訊いてきた。
「さて、ファラ。 何が視えた?」
ネロの質問に、ヴィーが視た全てを話した。
「そう。 じゃ、ファラはフォルナ―ラの浄化の魔法は、危ないと思うんだね」
「はい、浄化の魔法というか。 瘴気を身体の中に吸い込んでる様な気がします」
「ふむ」
ヴィーの考えに、ネロも深く考え込んでいる様だ。 身体の中に瘴気を吸い込んでいるのではなく、フォルナ―ラの魂の中にあるアメリアの魂の欠片に、瘴気が吸い込まれていっているのだが、そんな事を知らない2人は、答えの出ない疑問に頭を悩ませるのだった。
「ヴィー。 一音、古代語の発音が外れてたよ」
主さまの指摘にヴィーは『うっ』と声を詰まらせた。
「むぅ」
[『先ずは、古代語の発音を見直そうか』と、主さまがにっこりと笑みを浮かべる。 気を抜くと直ぐに発音が外れ、正しい音が分からなくなるのだ。 詠唱は一音でも間違うと、全く違う左様が起こるか、魔法が発動されないかのどちらかになる。
「フォルナ―ラ様は、完璧なんですよね?」
主さまは『ふむ』と顎に手を掛けた。
「覗いた時は、彼女は結界石に触れただけで、浄化出来てたね。 詠唱はしてなかったよ。 それに痣に瘴気が吸い込まれていった感じだったよ」
主さまの言葉にヴィーは顔を上げた。
「えっ」
「一度、フォルナ―ラ嬢の浄化をしている所を見たらいいんじゃないかな」
にっこりと主さまは意味深な笑みを浮かべた。
「はぁ」
(そうよね。 私もちょっと気になるし、あんまりフォルナ―ラ様には近づきたくないけど、)
「そうですね。 ネロ様に頼んでみます」
「うん、そうしたらいいよ」
いやにフォルナ―ラの浄化している様子の見学を進める主さまに、ヴィーは怪訝な表情を浮かべた。
(主さま、いやに進めるわね。 何かあるのかしら?)
「ノワール、ネロ様のスケジュールを聞いてもらってもいい?」
「はい、ヴィオレッタ様」
ノワールは恭しくお辞儀すると、音もなく天井に消えた。
(いつも思うけど、天井裏で忍者みたいに這ってるのかな?)
暫くして戻って来たノワールから、明日のお昼に時間が取れる事を聞き、いつものガゼボで昼食を一緒に摂る事になった。
――いつものガゼボに、ヴィーとネロは2人並んでベンチに座っていた。
ネロはヴィーの話に顔を顰めた。 明らかに訝し気に見ている。 ネロの視線にヴィーは瞳を逸らした。 別に変な企みがある訳ではないが、ネロの瞳を真っ直ぐに見れない。
「あ、あの、中々、浄化魔法が上手く行かなくてですねっ。 私と違い、フォルナ―ラ様は完璧な浄化をなさるとか。 主さまも、フォルナ―ラ様が浄化をしている所を見た方がいいと、助言を下さいましてっ」
主さまと会話した事をそのままネロに話した。
「ふ~ん」
ネロは納得していない様子だった。 ネロが訝しく思うのも無理はない。 ヴィーはあんなにもフォルナ―ラにびびっていたのだから。 今更、近づきたくないだろうにと、疑問に思う方が正しい。 一つ溜め息を吐くと、諦めたようにネロが言った。
「分かったよ。 ただし、私もついて行くよ。 彼女は少し、貴族しての常識がないからね。 ヴィーが不快に思うだろうし、私もヴィーが何を視るか気になるしね。 丁度今日、司祭に会う要件があるから。 一緒に行こう。 まぁ、私が頼まなくても、私が大聖堂に行くと、毎回、彼女の方から押しかけて来るけどね」
「そうなんですね。 承知しました。 ご一緒させて頂きます」
行き成り今日とか言われ、内心では大分焦ったが、早い方がいいだろうと思い、ヴィーは覚悟を決めた。
(フォルナ―ラ様が古代語を詠唱しないと言うのも気になるし)
――ヴィーとネロが楽しく昼食を摂っている頃
フォルナ―ラは、浄化する為に集められた結界石をせっせと、浄化していた。 結界石を見つめる瞳の奥が妖しく光る。 その瞳に誰も、本人さえも気づいていなかった。 長くて深い溜め息を吐くと、浄化を終えた結界石を木箱に放り込む。
「はぁ~。 浄化してもしても、全然、減らないわっ! こんなはずじゃなかったのにっ! 私の計画では、今頃、王子たちとイチャイチャ、ラブラブしてるはずだったのにっ」
フォルナ―ラは悔しそうに顔を歪めた。
「巡業をネロたちと一緒にしたいって要望は通ったけど、一向に連絡が来ないし。 巡業には、あのヴィオレッタって子も来るらしいじゃない。 一石二鳥でセット扱いしないで欲しいわ!!」
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虚しい叫び声を上げていたフォルナ―ラの元に、新たな結界石が運び込まれた。 フォルナ―ラの叫び声を聞いた兵士が、訝し気な目で見つめ、遠巻きにしている。 兵士に気づいたフォルナ―ラは、食い気味に話しかけた。
「ちょっと!! また、届いたの?! こんなに無理よ!!」
兵士は困惑気味にフォルナ―ラに言う。
「しかし、司祭様のご命令ですし」
チラリと兵士は浄化済みの木箱を覗いた。 兵士の視線に気づいたフォルナ―ラが、木箱を隠すように前に出た。 兵士を睨みつけたフォルナ―ラは、兵士に退室を求め、司祭を連れてくるように求めた。 兵士は不満を露わにさせ、部屋を出ていった。
「なんなんの!! 兵士のあの態度っ! バッドエンドスタートから抜け出せてないから、皆が冷たいんだ」
兵士が冷たい態度なのは、フォルナ―ラが真面目に浄化をしてない様に見えるからだ。 浄化済みの木箱には、数個の結界石しか入っていない。 今はもう、昼を過ぎおやつの時間になろうとしていた。 部屋の扉がノックされ、司祭が入って来た。
「『愛し子』様、御呼びとお聞きして参じました。 で、何用でしょう?」
司祭の笑みは、瞳が笑っていなかったが、フォルナ―ラは気づいていなかった。
「今日はもう疲れました。 部屋へ戻ります」
あからさまに溜め息を吐いた司祭は、冷たい瞳でフォルナ―ラを見つめる。
「そうですか。 承知いたしました。 ああ、それと。 明日の昼に、マッティア殿下とヴィオレッタ様が御出でになります」
「えっ! ネロが来るの!」
フォルナ―ラがネロをミドルネーム呼びし、あまつさえ呼び捨てにした。 司祭が眉を顰めた事にも気づいていない。 フォルナ―ラのそういう態度が嫌われて言う事にも。
「マッティア殿下とヴィオレッタ妃殿下は、『愛し子』様の浄化の作業をご覧になりたいそうです」
司祭は、ヴィーの名前に『妃殿下』と敬称を付けて呼んだ。 しかし、フォルナ―ラの耳には届いていなかった。
(やった!! これは、ネロを浄化するチャンスよっ!!)
フォルナ―ラは、痣がある掌を見つめ、握り締めた。 司祭が呆れたような顔をしている事にも気づいていなかった。
「両殿下が御出でになるのですから、ご無礼のないようになさって下さいね」
フォルナ―ラは司祭に適当に『はいはい』と返事を返した。 自室に戻ると、得意の花の特性を活かした媚薬の調合を始めた。
「ふふん。 第二夫人様のお陰で、欲しい物は手に入るし、ルカとの婚約も後押ししてもらってるみたいだし、いい方向に運が流れてるんじゃない?!」
自身の勝利を確信したかのように、フラスコを振りながら不敵な笑みを浮かべた。 フラスコからポンと乾いた音が鳴った。
――フォルナ―ラが浄化する作業を見たヴィーは、ごくりと喉を鳴らした。
フォルナ―ラの作業部屋は、大聖堂の地下室にあった。 地下室に大量の木箱が置かれ、浄化未と書いた羊皮紙が貼られた木箱が山積みになっていた。 浄化済みの木箱は1箱しかなかった。 ネロは目を細めて地下室を眺めていた。
フォルナ―ラの浄化は、主さまが言う通り、詠唱をせずに行われていた。 しかも、心中で詠唱している様子でもない。 ただ、掌に現れた痣が瘴気を吸い込んでいただけだった。
ヴィーは言い知れぬ不安に襲われ、フォルナ―ラをじっと視た。 すると、痣が瘴気を吸い込んだだけ、フォルナ―ラの中に瘴気が溜まっている様に視える。 背中から出て来たフォルナ―ラのチビ煙幕の瞳が妖しく光り、いつものチビ煙幕でない様子だった。
ヴィーの様子に気づいたネロが声を掛けてくる。
「どうしたの? ファラ?」
「あ、いえ」
ヴィーの顔色が悪い事に気づいたネロは、地下室を出るかと気を使ってきたが、ヴィーは首を横に振った。 2人の様子に気づいていないのか、気づいていない振りをしているのか、浄化を終えたフォルナ―ラがネロにすり寄って来た。
「ネ、」
またも、ミドルネーム呼びをしようとしたフォルナ―ラを、ネロと司祭が目を細めて冷たい瞳を投げつけた。 流石に気づいたフォルナ―ラは『ごほん』と咳払いをして言い直した。
「殿下、いかがでした? 私の浄化魔法は?」
「そうだね。 大変、興味深かったよ」
2匹の黒蝶が地下室を飛び回って、鱗粉を振りまく。 ネロは腕に絡めてきたフォルナ―ラの腕をそっと振りほどいた。 同時に、ネロがしている黒薔薇のピアスが光り輝いた。
フォルナ―ラは眉間に皺をよせ、こめかみに青筋を立てていた。 どうやら思惑が外れたらしく、身体が怒りに小刻みに震えている。 ネロは浄化未の複数の木箱を眺めると、分かりやすく溜め息を吐いた。
ヴィーは、フォルナ―ラの様子を注意深く視て、渋い表情をしていた。 周囲はヴィーの様子に、フォルナ―ラの態度が不敬過ぎて怒っていると思い、司祭や兵士たちは気が気でなかった。 しかし、ヴィーの心中は。
(やっぱり、おかしいわ。 フォルナ―ラ様のチビ煙幕の様子もおかしい。 これって危ないんじゃないかしらっ)
フォルナ―ラのチビ煙幕に、瘴気が纏わりついている。 妖しく光る瞳も、ヴィーには淀んで視えた。 フォルナ―ラ自身にも、うっすらと隈が出来ている様に見える。
フォルナ―ラの隈は、徹夜で媚薬を調合していたからだが、ヴィーには分かるはずもなかった。 腕を振りほどかれたフォルナ―ラは、平然としているネロを眺めた。
(どうしてっ! 何で浄化の魔法が効かないの? それに、媚薬だって強力なのを調合したのよっ! 全然、効いてないじゃない!)
ネロの腕に自身の腕を絡めた際、浄化の魔法をネロに掛けていた。 しかし、何かに弾かれ、浄化の魔法が効かなかった。 媚薬の香りも、ネロたちが入って来て直ぐに消えてしまっていた。
帰る時間が来たのか、これ以上、ヴィーの不興を買う事を恐れた司祭により、ネロとヴィーは地下室を後にした。
――しきりに頭を下げる司祭に見送られ、ヴィーとネロは馬車に乗り込んだ。
司祭の様子にヴィーは首を傾げたが、ネロは『気にするな』と司祭に告げ、含み嗤いを浮かべた。 2人並んで座ると、ネロが前置き無しに訊いてきた。
「さて、ファラ。 何が視えた?」
ネロの質問に、ヴィーが視た全てを話した。
「そう。 じゃ、ファラはフォルナ―ラの浄化の魔法は、危ないと思うんだね」
「はい、浄化の魔法というか。 瘴気を身体の中に吸い込んでる様な気がします」
「ふむ」
ヴィーの考えに、ネロも深く考え込んでいる様だ。 身体の中に瘴気を吸い込んでいるのではなく、フォルナ―ラの魂の中にあるアメリアの魂の欠片に、瘴気が吸い込まれていっているのだが、そんな事を知らない2人は、答えの出ない疑問に頭を悩ませるのだった。
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