満月に魔力が満ちる夜 ~黒薔薇と黒蝶~

伊織愁

文字の大きさ
47 / 50

47話 『自滅の王子』

しおりを挟む
 王城の後宮にある離宮で、第二夫人はご満悦だった。 ワインを月明りに照らし、愉しんでいた。 マルコが側に侍り、報告をして来た。

 「妃殿下、仰せの通りに致しました。 今宵、ルカ殿下はとても素晴らしい夜をお過ごしになられるでしょう」
 「そう、今夜はルカの離宮に誰も近づかせないで。 ルカも女性を知れば、男が良いなど言わなくなる事でしょう」

 マルコは恭しく頭を下げると、第二夫人の部屋を出て行った。 マルコの瞳は、焦点が合っておらず、何処に居るのかも分からない様だった。


――『そこから絶対に動くな』と言うルカの声にヴィーは、少しだけ、いやかなり感動していた。
 理由は、ルカの声を初めて聞いたからだ。 いつも話しかけても返事もなく、無言で頷くだけだったルカ。 ルカに気づかれずにヴィーは小さくガッツポーズをした。 初めてルカと会話が出来た事に、素直に喜んだ。

 「ルカ殿下の声、初めて聞きましたっ」
薄暗い中、ルカが身動きする気配を感じた。
 「ルカ殿下、怪我をしたのではないですか? 血の匂いが致しますっ」
 「駄目ですっ! ぼ、僕は媚薬を盛られたっ、僕は兄弟の中でっ、一番、はぁっ。 毒とか薬にっ、弱いんだっ。 貴方にっ、何かあってはっ、兄上に申し訳が立ちませんっ!」
 「えええええっ!」
 (び、媚薬っ?! ああ、だからあんな妄想をっ? それで、ルカ殿下のチビ煙幕が視えたのね)

 ヴィーは『ふふっ』と笑みを零した。 こんな状況で笑っているヴィーを、ルカは訝し気に見つめた。 困惑しているルカを他所に、ヴィーはベッドを降りてルカに近づく。

 「ヴィ、ヴィオレッタ様っ! いけないっ、僕がっ、何をするか、分からないっ」

 ヴィーはルカを安心させる為、少し離れた位置に立った。 そして、腰に手を当ててルカに言った。

 「ルカ殿下! ルカ殿下が私に何かするなんてっ! そんな訳ないじゃないですかっ! だって、ルカ殿下が妄想している事は全部、あの方との思い出ではないですかっ! 媚薬を盛られても、私の事など見えてないじゃないですか。 ルカ殿下から出ているチビ煙幕は、今でもあの方を想っていますよ」

薄暗い中でも分かるくらい、ルカは真っ赤になって狼狽えた。

 「いや、でも、念の為、もう少しっ、離れていて欲しいっ」

 ルカのチビ煙幕がモクモクと何かを描き出した。 ルカのパートナーとネロに、ヴィーと2人っきりになっている事を知られたくないと、何もなかったとしても誤解をされたくないと、ルカのチビ煙幕が描き出していた。

 (あ、そうか。 そうよね、好きな人には誤解されたくないですよね。 私もネロ様にこんな所は見られたくない)

 「何かっ、巻くものがあればっ、そこから投げて欲しいっ」
ルカの声で覚醒したヴィーは、ベッドのシーツを破ってルカの側に投げた。
 「ありがとう」

 ルカは器用にナイフを刺した足をシーツで巻いた。 直ぐにシーツが真っ赤に染まった様子に、ヴィーは眉を顰めた。 ルカのチビ煙幕が、パートナーを心配している様子を描き出した。 チビ煙幕の様子を見て、ヴィーの口から自然と言葉に出た。

 「ルカ殿下は、パートナーの方の事をとても愛してらっしゃるんですね」
ヴィーの言葉にルカは直ぐに頬を染めたが、自嘲気味に笑った。
 「つっ、変でしょっ。 男なのにっ、男が好きなんてっ」
 「いえ、そんな事はっ」
ルカの言葉にヴィーは顔を横に振った。
 「でもっ、僕に普通に話しかけてくれたのはっ、くっ! はぁっ、兄上たちと、貴族では、ダヴィデだけだったんだっ」
 「えっ」

 ルカは震えながら、ポケットから薬瓶を取り出して口に含んだ。 媚薬の解毒薬らしい。 ルカの荒い息が少し、楽になったようだ。 媚薬が全て抜けた訳ではないらしく、ルカの頬はまだ蒸気していた。 深く溜め息を吐くと、ルカは話し出した。

 「僕の能力は、言葉で人を操れる。 幼い頃に開花した能力を、僕はコントロール出来なかった。 父上に早々に封印されたけどね。 それまで、色んな人に迷惑を掛けたし、気味悪がられたし、誰も近寄って来なかった。 実の母親でさえも。 でも、兄上たちと、その頃、マティ兄上の遊び相手に選ばれていた侯爵家の次男だったダヴィデが、普通に話しかけてくれて、直ぐに仲良くなったんだ。 僕の方が先に好きになってしまって、しつこく追いかけ回して恋人になってもらったんだ」
 「そうだったんですね」

 ヴィーは、前に見た2人の様子を思い出した。 ベンチで寄り添って座っていた様子は、相思相愛に見えて、見ているこっちが恥ずかしくなるくらい胸が高鳴った事を覚えている。

 「でも、前に見かけたお二人のご様子は、とても仲の良い恋人同士に見えましたよ」
ヴィーはにっこり微笑んで言うと、ルカは恥ずかしそうに顔を俯けた。
 「それと、これは母上の仕業なんだ。 僕から謝るよ。 つっ!」
自分で刺した傷が痛むのか、ルカが呻いた。 そこで、思い出した。
 「あああっ! 私、浄化魔法が使えるんじゃないっ! 何で、直ぐに思いつかないのよ。 私っ!!」

 ヴィーは、高らかに古代語を詠唱し、浄化魔法を使った。 しかし、何も起こらない。 いつもの様にキラキラと光らない。 ルカが苦しそうな声を上げた。 ヴィーは『何か変な事になったっ!』と身体を大きく跳ねさせた。

 「だ、大丈夫。 ヴィオレッタ嬢、この部屋には魔法が使えない様に結界が張られている。 僕たちが逃げ出さないように。 ヴィオレッタ嬢の浄化の魔法が効かない様にね」
 「ええええええっ! 第二夫人っ! そこまでしますっ?!」
 「そういう人なんだよ。 人の気持ちなんて何も考えてないっ」

 ヴィーは『わぁ、大分こじれてるなぁ』と内心で呟いた。 廊下で物音が鳴り、人の気配がした。 ヴィーは、直ぐに扉まで行き、取っ手に手を伸ばしたが、何かに手が弾かれた。

 「いたっ、何?!」
 「扉には、出れないように魔法がかけられてるんだよ。 きっと朝まで開かない。 母上の狙いは、僕とヴィオレッタ嬢の既成事実を作って、僕と婚姻を結ばせる事だ。 そして『神の愛し子』を産ませる。 そしたら、僕が王位を継げると思っているんだ。 僕は誰からも王になんて望まれてないのにっ、馬鹿な母上だよ」

ルカの話を聞いてヴィーは、眉を顰めた。 そして、ルカは分かりやすく青ざめ、小刻みに震え出した。

 「そんな事になったら、マティ兄上がどうなるかっ! この状況でも危ないのにっ」
 「えっ?」
 「ヴィオレッタ嬢、マティ兄上が、黒薔薇を背負っている事を知っている?」
 「えっと、それはどういう事ですか?」
 「そうか、ヴィオレッタ嬢は知らないんだね。 マティ兄上、黒薔薇王子と呼ばれる王子は、自滅の王子と呼ばれていてっ」
身動ぎしたルカの足に、ヴィーの視線が映った。
 「あ、ルカ殿下。 シーツが解けそうです」

 ルカが巻いたシーツが血に染まり、緩んでいる事に気づいたヴィーが、ルカに近づく。 薄暗い中だったので、足元が覚束なかった。 ルカの制止も聞かず、ヴィーはルカの側に足を進めると、何かに躓いた。

 どうやら、ルカの側にあったナイフを踏んだようだ。 扉の外が騒がしくなり、何かの音が扉を乱暴に叩いていた。 ヴィーが躓いて、ルカに覆いかぶさるように倒れたと同時に、魔法が解かれ扉が大きな音を鳴らして乱暴に開かれた。 入って来たのはネロで、隣の居間の灯りで、ヴィーとルカが折り重なっている状態が照らされた。 後ろには人がおらず、ネロは直ぐに扉を閉めた。 再び薄暗くなった部屋で、ネロが近づく足音だけが部屋に響く。 足音が怒りに満ちている様に聞こえた。

 ネロの全身から黒い靄が噴き出し、妖しく光る瞳に静まり返った部屋で、更にヴィーとルカの恐怖を煽った。 慌てたルカの手がヴィーの肩を掴んだ。

 「ああぁ、最悪だっ! ヴィオレッタ嬢、早く退いてっ!」

 ルカの言葉と同時に、ヴィーからルカが引きはがされ、壁に投げつけられた。 壁と人がぶつかる音が薄暗い部屋の中で響き、ルカが床に倒れ込む。 壁と床に身体を打ち付けて、ルカは痛みに呻いていた。 ルカの赤が混じったおかっぱの金髪が揺れた。

 「あ、兄上っ。 ご、誤解ですっ! さっきのはっ」

 ルカの様子に、ヴィーはネロを仰ぎ見た。 ネロの瞳はギラギラと怒りに燃えていた。 更にネロは、怪我をしているルカの足を踏みつけようとしていた。 ヴィーは慌ててネロに後ろから抱きついて止めた。

 「止めて下さいっ、ネロ様っ! 今のは事故です! 私が躓いて、ルカ殿下に倒れ込んでしまっただけなんですっ!」
 「ファラは、私のものだっ!」
振り払おうともがくとネロを、ヴィーは必死になって押さえた。
 「マ、マティ兄上っ」

 震える声でルカがネロを呼んだが、声は届いていない様だった。 ネロからは、黒い靄が全身から漂い、見るからにおかしくなっている。 瞳も血走り、理性が無いように見えた。 ヴィーは、ネロの様子に信じられない気持ちで背中にしがみついていた。 ルカは悲しそうに眉を顰めていた。

 (ネロ様っ! 一体、どうしたって言うの?! まるで別人みたいっ!)


 学園の医務室で窓から見える満月を眺めながら、主さまの声が響く。 応接セットのテーブルの上には、紅茶とお茶請けが並べられている。

 「さぁ、試練だよ。 もし、ヴィーを自滅に巻き込むなら許さないよ。 王子、運命に打ち勝って見せてよ」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ツンデレ王子とヤンデレ執事 (旧 安息を求めた婚約破棄(連載版))

あみにあ
恋愛
公爵家の長女として生まれたシャーロット。 学ぶことが好きで、気が付けば皆の手本となる令嬢へ成長した。 だけど突然妹であるシンシアに嫌われ、そしてなぜか自分を嫌っている第一王子マーティンとの婚約が決まってしまった。 窮屈で居心地の悪い世界で、これが自分のあるべき姿だと言い聞かせるレールにそった人生を歩んでいく。 そんなときある夜会で騎士と出会った。 その騎士との出会いに、新たな想いが芽生え始めるが、彼女に選択できる自由はない。 そして思い悩んだ末、シャーロットが導きだした答えとは……。 表紙イラスト:San+様(Twitterアカウント@San_plus_) ※以前、短編にて投稿しておりました「安息を求めた婚約破棄」の連載版となります。短編を読んでいない方にもわかるようになっておりますので、ご安心下さい。 結末は短編と違いがございますので、最後まで楽しんで頂ければ幸いです。 ※毎日更新、全3部構成 全81話。(2020年3月7日21時完結)  ★おまけ投稿中★ ※小説家になろう様でも掲載しております。

【12月末日公開終了】有能女官の赴任先は辺境伯領

たぬきち25番
恋愛
辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26) ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。 そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。 そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。   だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。 仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!? そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく…… ※お待たせしました。 ※他サイト様にも掲載中

転生モブは分岐点に立つ〜悪役令嬢かヒロインか、それが問題だ!〜

みおな
恋愛
 転生したら、乙女ゲームのモブ令嬢でした。って、どれだけラノベの世界なの?  だけど、ありがたいことに悪役令嬢でもヒロインでもなく、完全なモブ!!  これは離れたところから、乙女ゲームの展開を楽しもうと思っていたのに、どうして私が巻き込まれるの?  私ってモブですよね? さて、選択です。悪役令嬢ルート?ヒロインルート?

勘違いで嫁ぎましたが、相手が理想の筋肉でした!

エス
恋愛
「男性の魅力は筋肉ですわっ!!」 華奢な男がもてはやされるこの国で、そう豪語する侯爵令嬢テレーゼ。 縁談はことごとく破談し、兄アルベルトも王太子ユリウスも頭を抱えていた。 そんな折、騎士団長ヴォルフがユリウスの元に「若い女性を紹介してほしい」と相談に現れる。 よく見ればこの男──家柄よし、部下からの信頼厚し、そして何より、圧巻の筋肉!! 「この男しかいない!」とユリウスは即断し、テレーゼとの結婚話を進める。 ところがテレーゼが嫁いだ先で、当のヴォルフは、 「俺は……メイドを紹介してほしかったんだが!?」 と何やら焦っていて。 ……まあ細かいことはいいでしょう。 なにせ、その腕、その太もも、その背中。 最高の筋肉ですもの! この結婚、全力で続行させていただきますわ!! 女性不慣れな不器用騎士団長 × 筋肉フェチ令嬢。 誤解から始まる、すれ違いだらけの新婚生活、いざスタート! ※他サイトに投稿したものを、改稿しています。

猫に転生したらご主人様に溺愛されるようになりました

あべ鈴峰
恋愛
気がつけば 異世界転生。 どんな風に生まれ変わったのかと期待したのに なぜか猫に転生。 人間でなかったのは残念だが、それでも構わないと気持ちを切り替えて猫ライフを満喫しようとした。しかし、転生先は森の中、食べ物も満足に食べてず、寂しさと飢えでなげやりに なって居るところに 物音が。

幽閉王女と指輪の精霊~嫁いだら幽閉された!餓死する前に脱出したい!~

二階堂吉乃
恋愛
 同盟国へ嫁いだヴァイオレット姫。夫である王太子は初夜に現れなかった。たった1人幽閉される姫。やがて貧しい食事すら届かなくなる。長い幽閉の末、死にかけた彼女を救ったのは、家宝の指輪だった。  1年後。同盟国を訪れたヴァイオレットの従兄が彼女を発見する。忘れられた牢獄には姫のミイラがあった。激怒した従兄は同盟を破棄してしまう。  一方、下町に代書業で身を立てる美少女がいた。ヴィーと名を偽ったヴァイオレットは指輪の精霊と助けあいながら暮らしていた。そこへ元夫?である王太子が視察に来る。彼は下町を案内してくれたヴィーに恋をしてしまう…。

「25歳OL、異世界で年上公爵の甘々保護対象に!? 〜女神ルミエール様の悪戯〜」

透子(とおるこ)
恋愛
25歳OL・佐神ミレイは、仕事も恋も完璧にこなす美人女子。しかし本当は、年上の男性に甘やかされたい願望を密かに抱いていた。 そんな彼女の前に現れたのは、気まぐれな女神ルミエール。理由も告げず、ミレイを異世界アルデリア王国の公爵家へ転移させる。そこには恐ろしく気難しいと評判の45歳独身公爵・アレクセイが待っていた。 最初は恐怖を覚えるミレイだったが、公爵の手厚い保護に触れ、次第に心を許す。やがて彼女は甘く溺愛される日々に――。 仕事も恋も頑張るOLが、異世界で年上公爵にゴロニャン♡ 甘くて胸キュンなラブストーリー、開幕! ---

【完結】ありのままのわたしを愛して

彩華(あやはな)
恋愛
私、ノエルは左目に傷があった。 そのため学園では悪意に晒されている。婚約者であるマルス様は庇ってくれないので、図書館に逃げていた。そんな時、外交官である兄が国外視察から帰ってきたことで、王立大図書館に行けることに。そこで、一人の青年に会うー。  私は好きなことをしてはいけないの?傷があってはいけないの?  自分が自分らしくあるために私は動き出すー。ありのままでいいよね?

処理中です...