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5話

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 薬草が群生している場所から離れ、開けた場所へ移動して来た綾は、大きな溜め息を吐いた。

 魔物と対峙した時は、ファイヤボールが出たが、今は全く出ないのだ。

 おかしいなぁっ、出るはずなんだけどなぁ。 別のフィールドは簡単に技が出たんだけどっ。 ん? 別のフィールド?

 綾は新しく解放されたフィールドをプレイする前は、当然だが別のフィールドで遊んでいた。 綾は弓職を選んでいたので、魔法の矢を放っていた。

 成程、もしかして元のキャラとかも関係してくる? 初期化されるから、前キャラの職業とか関係ないと思ってたけどっ。

 綾は立ち上がり、開けた場所を見つめた。 広げた手のひらに視線を移し、青い瞳に明るい光を宿す。

 弓は持っていないが、弓を引く仕草を取る。 綾の脳裏に弓の形が想像される。

 綾の中で柔らかくて温かい魔力が、血管の中を流れる様に感じる。

 両手に温かい魔力が集まると、魔力の弓が現れた。 同時に頭の中でアナウンスが流れる。

 『炎の弓(レベル1)を手に入れました。 一本の火矢を放つ事が出来ます』

 おぉ、技を手に入れたっ! やったぁっ!

 嬉しくて手に入れた炎の弓を眺める。

 炎の弓は、何も装飾や彫り物も施されておらず、シンプルな木で出来た弓に見える。

 うん、初期武器って感じっ。 透明ではなかったらだけどっ。

 綾の魔力で出来た炎の弓は、赤色のスケルトンだ。 じっと炎の弓を見つめ、先程、脳内で流れたアナウンスを思い出す。

 矢は無いが、一本の火矢が射てると言っていた。

 よし、さっきは弓を想像したから、火矢を想像しよう。

 綾の脳裏に、魔物と対峙した時に出した青いファイヤボールが思い浮かび、ファイヤボールを矢の形に変えた。

 綾の脳内でアナウンスが流れる。

 『青い炎を使用できるレベルに達しておりません』

 ん? レベル不足?! 何でっ?! さっきは青いファイヤボール出たよねっ?!

 「マスター? どうしたの?」

 炎の弓を出して、弓を構えた後、綾は全く動かなくなったので、綺麗が心配して足元へやって来た。

 「うん、火矢はレベル不足で射てないって……」
 「ふ~ん、そうなんだっ。 でも、最初は一本は誰でも出せるよ?」
 「えっ、そうなのっ?」
 「うん」
 「じゃ、何で出せないんだろうっ?」

 綾は腕を組んで考え込んだ。 青いファイヤボールが出たのは、火事場の馬鹿力である。 魔物と初めて対峙した為、恐怖で咄嗟に出たものだった。 火事場の馬鹿力だった事もあり、入手にも失敗していた。

 因みに、以前に遊んでいたフィールドでは弓で遠くから魔物を射ていた為、間近で魔物とは対峙していない。

 そして、青い炎は高火力の為、綾のレベルではまだ使えない。

 あっ、青いって高火力じゃなかったっけ? どれくらいの火力か分からないけど、確実にレベル1ではないよねっ。

 綾は知らないだろうが、青い炎の温度は10000度以上である。

 よし、赤い炎を想像しよう。

 脳内で赤い炎の矢を思い浮かべて、綾は首を傾げた。 どらくらいの炎を想像すればいいのか分からなかった。

 ただ、蝋燭では弱いだろうとは思った。

 他に炎は何だろうと、考えた時、家族で行ったキャンプを思い出した。 本当に幼い頃の思い出だ。 まだ、綾が父に懐いている頃の事。 父が熾してくれた焚き火を思い出す。 焚き火を火矢に形を変える。

 構えた弓に火矢が一本、つがえられた。

 綺麗から喜びの声が上がった。 火矢を射つ対象物がないので、空に向かって放った。
 
 火矢は、そこそこのスピードで飛んでいき、空中で弾けて散った。

 「おお、いい感じっ!」
 「ちゃんと出たねっ!」
 「うん、良かったっ。 ちょっと最初から飛ばしすぎたのよね。 よし、火矢も射てるようになったし、レベル上げしますかっ」
 「マスター、頑張って」

 魔物狩は、もう少しレベルを上げてから行く事にした。 二日もあるのだから、レベルは直ぐに上がるだろうと、綾は思っていた。

 ◇

 炎を纏いし剣を手に入れた圭一朗は、レベルを上げる為、剣に炎を纏わせていた。

 最初に炎を纏わせた時、青い炎だったが、今は赤い炎だ。 圭一朗は脳裏で、青い炎を纏った剣を思い出して魔力を流した。 しかし。

 『青い炎を纏えるレベルに達していません』
 
 と、レベル不足だと脳内アナウンスが流れる。 圭一朗は深い溜め息を吐いた。

 そうか、炎の温度は色で違うからな。 確か、赤が一番低くて、次に黄色、白、青の順。 青が一番、高温だったな。
 
 赤い炎を纏う剣を見つめ、青になるまでどれくらいかかるのだろうと、眉尻を下げた。

 「まぁ、使えない事はないし、頑張りますかっ」
 「では、圭一朗様。 幻影を出します」
 「ああ、よろしく、クロガネ」

 黒地に金の縞模様、額と足元に白で紋様が描かれているクロガネは、影を操る。

 クロガネの額に生えた短い二本の角が魔力を放つ。

 圭一朗の目の前に、数体、虎の魔物の幻影が現れた。 赤い炎の剣を構え、圭一朗は飛び出した。 難なく、手前の幻影虎、二匹は斬り付けて倒した。 斬り付けられた二匹は赤い炎が全身で燃え上がり、二匹は消えた。

 次の相手は、影を操る様で、伸びて来た影に動きを封じられる。

 くっ、身体が動かないっ!

 赤い炎を纏った剣を影に突き刺し、赤い炎を大きくする。 すると、炎は真っ直ぐに影を燃やしながら、影を操っている幻影虎へ向かった。

 幻影虎は慌てて、影を操っている術を解いた。 再び身体が自由になった圭一朗は、直ぐに中央にいる幻影虎を斬りつける。 同時に左右に居た幻影虎が圭一朗に飛びかかり、肩と腰に噛みついた。

 「……っ」

 痛みに顔を歪ませていると、再び、幻影虎が影を操り、圭一朗の動きを封じる。

 影に寄って身体が動けなくなったが、別の異変も感じた。 肩と腰に噛みついた幻影虎から神経毒なのか、身体が痺れを起こしている。

 コイツら、確実に俺を殺しに来てるだろっ!

 チラッと幻影虎を出したクロガネに視線をやる。 彼の金色の瞳には、何の感情の色も無く、感情が読み取れない。

 どうする? このままだと、幻影虎に食べらるぞっ!

 圭一朗の脳裏に、幻影虎が赤い炎に包まらる様子が思い浮かんだ。

 瞬間、圭一朗の身体が赤い炎を纏う。

 赤い炎は噛みついている幻影虎まで燃やし、幻影虎は消滅した。 後は影を操っている幻影虎だけだ。

 影が直ぐに縮み、圭一朗の身体が自由になる。 次の攻撃をさせない為、一瞬で間合いを詰め、最後の幻影虎を一刀両断にした。 幻影虎は赤い炎に包まれて消滅した。

 何とか倒せたと、圭一朗が安堵の息を吐いた時、クロガネから恐ろしい一言が呟かれた。

 「次はもっと強い幻影虎を出さないと駄目ですね」
 
 いや、俺はレベル1だぞっ! もっと手加減してくれっ!

 確実に殺しに来てるクロガネに、圭一朗はガクッと肩を落とした。

 何時も側を離れない紫月は、修行の途中で離れて行った。 何かの気配を感じて、確認しに行った様だ。

 紫月と白夜、クロガネと亜麻音の成獣四体は、知能も高く、言葉も話せる。

 『炎レベルが1の最高到達点に達しました。 レベル2に上げる為には新たに魔法石を手に入れて下さい』

 「おっ、今のでレベルが上がったっ!」
 「おぉ、おめでとうございます」
 
 亜麻音には祝いの言葉を贈られたが、クロガネは、ニチャリと笑みを浮かべた。

 怖っ! クロガネ、その笑みは怖いぞっ!

 偶然にも見てしまった幼い精霊たちが、クロガネの笑みに怯えて震えている。

 クロガネは何かぶつぶつ言いながら、圭一朗から離れて行った。 小さく息を吐いた圭一朗は、赤い魔法石が散りばめられている洞窟に視線をやった。

 「クロガネの事は今は置いておいて、今は炎レベルを上げますか」

 洞窟に入り、周囲の壁を見回す。 取り込む魔法石を決めて、手を伸ばす。

 深呼吸すると、赤い魔法石は圭一朗の身体に吸収していく。 魔法石は一つだけでなく、幾つか吸収されていった。

 圭一朗の脳内でアナウンスが流れる。

 『炎のレベルが1上がり、レベル2になりました。 纏う炎の色が少しだけ変わります』
 
 おっ、という事は、炎の温度が上がったかっ。

 「圭一朗様、レベルが上がったと皆から聞きました。 おめでとうございます」
 「紫月」

 何処かに行っていた紫月が戻って来た。

 「まぁ、1から2に上がっただけだがな」
 「それでも喜ばしい事です」
 「……ありがとう。 で、紫月は何処へ行っていたんだ?」
 「はい、圭一朗様。 何時ものお勤めです」
 「ああ、そうか。 分かった、話を聞こう」

 圭一朗は、綾が来るまでレベル上げをしながら待っていようと思っていたが、他にも仕事があった。

 精霊王になれる精霊である圭一朗は、森の中で暮らす動物の困り事などを聞いていた。

 圭一朗は前世で高校の保健医をやっていて、生徒たちの話を聞いていた。 悩める人の話を聞くのは得意だし、慣れている。

 洞窟を出ると、小動物たちが待っていた。
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