私、クズ王子に振り回されてますっ。

伊織愁

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第二十一話

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 新入生歓迎会のパーティーも終わり、中間試験も終えた。 マリーの成績は王子妃教育のお陰か、中の上の位置で何とか留まり、まずまずの成績で終えられた。 明日はクレイグが帰国する。

 (試験休みって、1週間だったわね)

 『愛しいマリーへ、元気にしているだろうか。 もう直ぐ試験休みだ。 俺の成績は何とか上位で終わって、こちらでの公務も滞りなく進んでいる。 マリーも試験が終わったとこだろう? 妃教育は、辛くはないか? 俺はマリーに会えないのがとても辛い。 マリーに会える日を楽しみにしている。 その時に、ちゃんと話し合える事を祈っている』

 相変わらず、マリーを想っていると、甘い言葉が綴られている。 いくら手紙で想っていると書かれていても、クレイグがアデラと一緒に行動している限り、アデラとの噂は変わらずに流れて来る。

 ローテーブルに、ベスの淹れたての紅茶とサクサククッキーが静かに置かれる。

 ベスの紅茶カップを置く手が視界に入り、クレイグの手紙から視線を上げた。 ベスはクレイグの手紙を見ると、自分の事の様に嬉し気に微笑んだ。

 「マリーお嬢様、良かったですね。 明日になれば、クレイグ殿下とお会い出来ますね」

 マリーは小さく苦笑を零し、気を取り直す為に、ベスのサクサククッキーに手を伸ばした。

 クッキーで水分が無くなった喉を潤す為、紅茶を一口、飲む。 口内に拡がった紅茶の香りは、始めての香りだ。 マリーはハッと瞳を見開いた。

 「クレイグ殿下が送って下さった隣国の紅茶です。 とてもいい香りですよね」
 「そう、とても美味しいわ」

 ホッと心が落ち着き、マリーの頬が自然と綻ぶ。

 (こういう所は、抜かりないわよね)

 クレイグの手紙には、未だにアデラの事は書かれていない。 噂ではアデラと一緒に帰国すると囁かれ、社交界ではマリーが王子方に捨てられるらしいと、面白おかしく語られている。

 今のクレイグと社交界の状況には、王妃様がとてもご立腹している。

 明日はクレイグの帰国を祝う宴が王家だけで行われる。 国をあげての宴はしないらしい。 ただの休暇での帰国だからだ。 マリーも王妃様から招待を受けていて、晩餐に参加する。 色々な事があったが、王家では好意的に受け入れてもらえている様だ。

 『貴方はもう、私たちの家族ですからね』と、先日の休みに王妃からお言葉を貰った。

 明日からマリーは、試験休みの1週間、王妃教育が王妃の宮で予定されている。 中休みが1日あるそうだが。 未来の嫁の教育は、大昔から王妃の仕事なのだと、決まっているのだという。

 公務などで王妃が無理な場合は、代理の教師が就く。 代理と言っても、公爵夫人で元王女である。 公爵夫人にもとても緊張する。

 深くて長い長~い溜め息を吐いた後、学生鞄を持ってソファーから立ち上がった。

 いつも一緒に登院していたドロシーとは、生徒会の仕事で別々に登院している。 ドロシーとダレルとも最近は話せていないのが、マリーにはストレスになっていた。

 (ダレルとドロシーに愚痴るのが、ストレス解消だったのになぁ)

 マリーは重い足を引きずり、フランネル家の馬車に乗り込んだ。

 ◇

 陸続きになっている隣国から、王国専用の馬車が静かに揺れる。 もう直ぐ、王都へ着くという距離でクレイグは、大きく息を吐き出した。 前の座席を見据えたクレイグの瞳が冷たく光る。

 「アデラ、君まで帰国しなくても良かったんじゃないか? 試験休みに帰国する予定ではなかっただろう?」
 「ええ、でも、父が休みになるのなら帰って来いと。 レグには申し訳ありません、ご一緒させて頂いて……それに、ご一緒出来てとても嬉しいですわっ」

 全く悪びれる事無く、アデラは笑みを浮かべ、熱い眼差しを向けて、まるでクレイグに恋をしている様に宣った。 アデラの上目遣いに、軽く吐き気がした。 小さく息を吐き出したクレイグの瞳に冷たさが増したが、アデラは何食わぬ顔で見つめ返して来る。

 「はっきり言おうヴァロータ侯爵令嬢。 私は君を婚約者に挿げ替える気はない。 君とヴァロータ侯爵もそれを狙っているのだろうが、マリーと婚約を解消する気はない。 君を選ぶこともない」
 「……っ」
 
 アデラも眉を寄せて冷たい瞳をクレイグに向けた。

 「……っどうして、皆、マリー、マリーと……。 デッド様もそうでしたわっ! 王都では、デッド様とマリー様の仲睦まじい姿が噂されていますっ! マリー様はデッド様に乗り換えたんですわっ」
 「マリーは兄上に乗り換えてなどいないっ! それは、君が私に取り入ろうと、すり寄っているからだ。 王都で私と君が仲睦まじいというあらぬ疑いが掛かっている。 王家としては、婚約者候補以外の令嬢を選んで婚約者としたのに、君と私が恋仲になっている噂がたてられたんだ。 マリーを蔑ろにしているという噂は王家として看過できない。 だから、兄上はマリーを守る為にも、私の代わりにマリーの側に居てくれているのだ」

 (そうですよね、兄上。 他の意図はないですよねっ、もし、他の意図があってマリーに近づいたのなら、俺は貴方を許さないっ! マリーだけは貴方には渡さないっ)

 「……っそんなにわたくしでは駄目なのですかっ?」
 「君は王族に入りたいだけだろう?」
 「そんな事はっ……」
 「その証拠に、あれほど兄上を慕っていたのに……貴方は、兄上に拒絶された途端、私に取り入ろうとしている。 私とは結婚したくなかったはずだ。 私はいずれ臣下に下る。 ただの貴族に落ちるのだから。 君は、王族以外は相手にしたくないのだろう?」

 いつも笑みを絶やさないアデラが眉を顰めて口を引き結んでいる。

 「王族になりたいのなら、留学先の王太子に取り入ったらどうだ? 彼にはまだ、婚約者がいなかっただろう? 彼となら王妃になれるぞ。 彼はお飾りの王妃の方が、都合が良いと思っているからな」
 「……っ」

 青いドレスの膝の上で、白い手が強く握り締められ、クレイグの瞳に映った。

 アデラの言葉が詰まったタイミングで、ヴァロータ侯爵家のタウンハウスに着いた。 御者が到着を知らせ、扉を開ける許可を取る為、声を掛けて来た。 クレイグが御者に指示を出す。

 「開けろ」
 
 クレイグの指示にアデラが慌てて声を上げた。 奇しくも、馬車の扉が開かれ、屋敷の前ではヴァロータ侯爵家の全員が、クレイグとアデラを出迎える為に並んで立っていた。

 中央に立っていた侯爵の媚びた笑みに、酷く嫌悪感に駆られる。

 「待ってくださいっ! まだ、話は終わってませんわっ」
 「話は終わっている。 私はアデラ・ヴァロータを妃にするつもりはない。 今後も、留学先に帰っても君と一緒に居る事は無い。 友人も出来ただろうし、私の助けはもう要らないだろう。 これ以上私に纏わりつくならば、王家として対処をさせてもらう。 さぁ、馬車を下りてくれ」

 御者に目配せして、アデラを下ろす手伝いを御者にさせる。 クレイグは馬車を下りずに、アデラや出迎えていたヴァロータ侯爵も唖然として表情で固まっていた。

 「出せ、直ぐにマリーの家へ向かう」

 御者に無理やり降ろされたアデラが何かを言っていたが、無視して扉を閉めて馬車はゆっくりと出発した。 景色がゆっくりと変わっていく車窓を眺め、クレイグはマリーに想いを馳せる。

 (マリー、やっと会える)

 「クレイグ殿下、申し訳ございません。 本日は帰国後、直ぐに陛下へご挨拶の謁見をと、指示されております。 マリー様へ会いに行かれるのは、明日以降にして頂きます」
 「父上が?」
 「はい、陛下の勅命でございます」
 
 勅命と聞き、クレイグの眉間に皺が寄った。 きっと隣国でのアデラとの事だと思ったが、陛下の勅命に胸騒ぎがした。

 息を吐き出したクレイグは御者に指示を出した。

 「分かった、直ぐに王宮へ戻る」
 「はい、承知致しました」

 馬車は速度を速め、王宮へ向かって王都の道を進んだ。

 ◇

 クレイグとアデラが衝突している頃、マリーの所には、一通の手紙が届いていた。

 ベスの報告に、マリーは持っていた紅茶カップを落としかけた。 隣で久しぶりに、一緒にお茶をしているドロシーも顔色を変えた。

 「嘘っ、ベス、私の耳がおかしくなったのかしら? もう一度、言ってもらえる?」

 戦々恐々として訊いて来たマリーに、ベスも顔を青ざめさせて頬を引き攣らせていた。

 「……っはい。 お館様からご連絡があり、近々にクレイグ殿下とマリーお嬢様とお二人で、今、巷を騒がせている噂について、報告をしに本宅へ来るようにと……」

 お館様とは、マリーの祖父の事である。

 「流石、豪鬼ね。 王子を自身の屋敷に呼びつけるなんて……」
 「……っはぁ、おじい様。 私にも色々とマリーとクレイグ殿下の事を訊いていらしたから……」

 ドロシーの告白に、マリーは目を見開いた。

 「えっ! ドロシー、おじい様に会ったの?! いつ?」
 「マリーは、最近とても忙しいものね。 ダレルとは最近どうなのかって、ダレルと一緒に呼び出されて、マリーの噂で、私たちの事も心配になったらしいわ。 勿論、ダレルがおじい様の心配は杞憂だって弁明してくれたけれど……。 一向に噂が消えないから、心配されてるんじゃないかしら」

 ドロシーの話にマリーはこめかみに手を当てて、項垂れた。

 (まさか、おじい様が出て来るとはっ……でも、近いうちに挨拶には行こうと思ってたのよね)

 「キャロライン様の時は、王家からもおじい様にお伺いがあったみたいなの。 マリーを薬漬けにしようとした下手人を捕まえる為に協力したから、何も言わなかったみたい」
 「そう……」

 (う~ん、これは不味いかも知れないっ。 おじい様、恋愛結婚だし、不貞とか絶対に許せない性格なのよ。 いや、クレイグ様が不貞したとは思ってないけど……私もデーヴィッド殿下の事もあるし、絶対、説教だわっ)

 祖父はフランネル家では、反抗が許されないお方だ。 フランネル家の方針や事業、子供たちの婚約も、祖父の許可が無いと事業を始める事や、婚約を結ぶ事も出来ない。

 「分かったわっ。 クレイグ様に予定を聞いてから、日時を調整するわ。 直ぐにクレイグ様と連絡を取らないとっ」
 
 張り切るマリーに、ドロシーとベスが視線を交わし合い、揶揄う様な笑みを向けて来た。

 「良かったですわね、マリーお嬢様」
 「うんうん。 マリーは、ずっとどうやって連絡すればいいか、悩んでいたものね。 私は普通に連絡すればいいと思ってたけど」
 「……っだって」

 手紙で、クレイグがマリーを大事に想ってくれている事は分かっていたが、実際に会うまでは不安が拭えなかった。 突然、『やっぱり他の令嬢がいい』と言われないか、とても心配していた。

 クレイグを信用していないという表れなのだが、クレイグはその事に全く、気づいていない。

 祖父への対策を立てる為に、クレイグへの手紙をしたためるが、明日には晩餐でクレイグに会える事を思い出した。 手紙より直接会って話し合った方が良いだろうと思い、羽ペンを置いた。

 ◇

 祖父に何と言って経緯を説明しようかと、マリーが悩んでいる時、クレイグは自身の父親と執務室で久しぶりの対面をしていた。 何故か兄と母もいた。

 「父上、ただいま戻りました。 父上におかれましては、息災で何よりです」
 
 父親はクレイグの挨拶に鷹揚に頷いて返事を返してきた。 母はクレイグを見ると嬉しそうにしたが、次の瞬間には瞳の奥が笑っていない笑みを浮かべていた。

 家族の全員が黒い笑みを浮かべている様子に、クレイグの肩が大きく跳ねた。

 「……っ」
 「クレイグ、元気そうで何よりです。 こちらでは色々な貴方の噂が流れてきましたわ」
 「……っ」
 「本当に元気そうで何よりだ。 前よりも、肌艶が良くなったんじゃないか?」
 「……っ」

 人を追い詰める事にかけては、兄と母の上に出る者はいない。

 (この場でしっかりと反論しとかないと……)

 「申し訳ありません。 父上、母上、兄上には、本当に心配をかけました。 アデ……ヴァロータ侯爵令嬢が1人で留学させるのは心配だと、ヴァロータ侯爵から事前に相談をされ、自己判断で留学先での面倒を見る事を了承したしました。 それによって余計な心配事を増やしてしまったのは、私の不徳の致す所です」

 クレイグは深く頭を下げた。

 「本当にそうね。 私たちに相談なくという事も頂けないけれど、せめてマリーには事前に相談なさい。 あの子は本当に落ち込んでいて、可哀そうだったわ」
 「直ぐに謝罪しに行きます。 ヴァロータ侯爵令嬢にも、ちゃんと断りを入れてきました」
 「まぁ、彼女の事は僕に任せてよ。 考えがあるんだ」

 訝し気に兄を見つめていると、父親が咳払いをして自身に注目をする様に促して来た。

 「クレイグ、お前はヴァロータ侯爵令嬢の事よりも、急務な事がある」

 父親はクレイグに1通の手紙を差し出した。 無言で受け取ると、差出人がマリーの祖父だった。

 「クレイグ、何か言う事は?」

 父親の態度に、父親にもマリーの祖父から手紙が来ている事に気づいた。 覚悟を決めるようにクレイグは息を吐き出した。

 「実は、婚約を打診した時、フランネル家から条件が出されました。 女遊びを止めて、マリーだけを愛する事。 それを守れば、大抵の苦労は耐えられるように育てたから、問題ないと……」

 父親は何とも言えない表情をして、息を吐き出した。

 「世の手紙には、第二王子に弁解を聞きたいから、フランネル領へ寄越せと書いて来た」

 父親の話を聞いた兄や母は、口を開けて唖然としていた。 呼びつけられたクレイグも流石に呆然としてしまった。 王族を呼びつけるとか、何事だと。 しかし、クレイグのした事は、マリーを蔑ろにした事と同意なのだ。

 (謝罪をしないと駄目だろうな。 じゃないと、マリーとの結婚が白紙になる)

 「マリーを失う訳にいきません。 直ぐにフランネル領へ参ります」
 「そうしてくれ。 それと確認するが、ヴァロータ侯爵令嬢とは何もなかっただろうな?」
 「天地神明にかけて、ヴァロータ侯爵令嬢とは何の関係もありません」

 クレイグは父親へ胸に手を当てて臣下の礼を取った。

 「分かった。 私からは以上だ、下がって良い。 マリーとも良く話し合うように」
 「明日の晩餐に、マリーも呼んでいます。 その時にちゃんと話しなさい」
 「はい」

 王の執務室を出ると、クレイグは息を吐き出した。 デーヴィッドも一緒に出て来たのだが、クレイグはマリーがデーヴィッドと一緒に過ごしていた事を思い出し、嫉妬でどうにかなりそうだった。

 「そんな怖い顔をしない。 元はと言えば、レグの所為だろう? 不甲斐ない愚弟のフォローをしてたんだから」
 「……っ本当にそれだけですよね?」

 クレイグは不敵な笑みを浮かべるデーヴィッドを鋭く見つめた。

 「やだなぁ、本当にそれだけだよ。 マリーの事は妹だと思っているよ。 それに、僕も見つけてしまったんだなぁ、とっても面白い子をね」
 「……っえ」

 楽しそうに笑うデーヴィッドを見て、まだ見ぬ兄の相手に同情心が沸いた。

 ◇

 王家との晩餐の夜がやって来た。 前の日に帰国を知らせる手紙がクレイグから届いていた。

 手紙には晩餐で会える事を楽しみにしている事が綴られていた。 無事に帰って来た様で、マリーはとても安堵していた。 しかし、少しだけクレイグに会うのは緊張するし、恐怖心を駆られた。

 馬車で王宮に着くと、玄関ホールでクレイグはマリーを出迎えてくれていた。 開口一番、クレイグが言い放った言葉は。

 「マリーっ! 会いたかったっ」
 「クレイグ様、私も会いたかったです」
 
 クレイグはマリーと顔を合わせるなり、思いっきり抱きついて来た。 強く抱きしめられ、鼓動が速くなる。 クレイグの逞しい胸板を感じて、マリーの頬が朱に染まる。

 マリーとクレイグが見つめ合い、良い雰囲気になった所で、侍従の咳払いで甘い空気が霧散した。

 「邪魔をするな」

 クレイグは間に入って来た侍従を睨みつけるが、侍従は慣れているのか、悪びれる事無く、口を開いた。

 「クレイグ殿下、両陛下とデーヴィッド王太子、他の王族の方もお待ちです。 イチャついている時間などありません。 お急ぎになって下さい」

 クレイグは舌打ちを鳴らしたが、マリーは侍従に気づいていなかったので、更に真っ赤になった。

 しかも、王族を待たせているという事で、マリーの顔色が赤から青に変わった。 急いで晩餐が用意されている食堂へ向かい、王宮の廊下を速足で歩く。

 今日のドレスは、クレイグの帰国を知らされた後に、王家から届いたドレスだ。 王妃が直々にマリーの為に選んだという。 愚息が犯した事へのお詫びだと、カードに書かれていた。

 (……王族を待たせるなんてっ、なんて失態っ)
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