『私に嫌われて見せてよ』~もしかして私、悪役令嬢?! ~

伊織愁

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8話

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 ロジェの女の子の様な悲鳴がリュシアンの居間で響き渡った。 ロジェと一緒に、話を聞いたアンリが居間へ突入し、エディの唇に吸い付いているリュシアンの額を思いっきり押して引き離された。

 リュシアンから引き離されたエディは、荒い呼吸をして顔を真っ赤にしていた。

 リュシアンは何食わぬ顔をして自身のサージェントであるアンリを睨みつけている。 唇が離された時、恥ずかしい音が鳴らされた様な気はしたが、無理矢理に先程の行為を記憶から消そうとしていた。

 「それで、どうだった?」

 リュシアンは、もう普通の顔をして感想を聞いて来た。 まさか、口づけに対しの事を訪ねているのかと、エディは顔を更に真っ赤にした。 しかし、リュシアンに答えたのはアンリだった。

 「はい、やはりガッド様が持っていたグラスには、睡眠剤が混入されていました」
 「やっぱりか、エディを攫う算段だったんだね」

 (えっ? 睡眠剤……?)

 リュシアンとアンリの会話からエディはガッドに攫われる所だったらしく、危うく淑女としても、命が奪われていたかもしれない事態に気づかされ、全身から血の気が引いた。

 「これで分かった? エディはガッドに攫われる所だったんだよ? お茶会や舞踏会では、絶対に知らない人からでも、ちょっと知り合っただけの人からも、飲み物や食べ物、口にする物は簡単に受け取らないで。 分かった?」
 「……っはい」

 シュンとして俯いたエディからは先程の口づけの事は、頭から吹き飛んでいた。 そして、一応助けてくれたお礼を言おうと、視線を上げたエディの視界に、リュシアンの手首が入った。

 (また、殿下の腕に闇妖精が巻き付いているっ?!)

 防御魔法を全身に施しているリュシアンには、簡単な呪いも掛けられないはずだ。 リュシアンはたまに呪いを掛けて来た相手を炙り出すというか、相手の反応を見る為にわざと呪いを受ける時がある。

 今朝もまた呪いの手紙が届き、リュシアンに巻き付いた様だ。 本日のお茶会に呪いの手紙を出して来た令嬢が参加しており、リュシアンは令嬢の反応を見て楽しんでいた様だ。

 悪趣味だが、相手はリュシアンには防御魔法が施されている事を知っている。 脅しで送ったのだが、リュシアンに呪いが掛かっている事を知った相手はとても生きた心地ではないだろう。

 バレたら極刑に処される。 お茶会の後、一人の令嬢が極刑を免れて修道院へ送られた事は、エディには知らされなかった。 そして、睡眠薬を混入させたガッドも、もう少しだけ泳がせる事になった。

 「殿下……」
 
 エディの顔を見て察したリュシアンは光妖精を呼び出した。

 「エディ、そんな顔をしないで」

 リュシアンが眉尻を下げ、『心配ないよ』と笑顔で伝えて来る。 光妖精の解呪の歌声が居間に響き渡る。 闇妖精から受けた呪いが徐々に解呪され、跡形もなく消える。

 そして、今更ながらエディは、ある事に思い至る。

 (もしかしなくても、殿下は誰かに命を狙われている?)

 「あの……っ」

 エディが殿下と呼びそうになっている事に直ぐに気づき、リュシアンは黒い笑みを浮かべて首を傾げる。 リュシアンの仄暗い瞳は『また、お仕置きするよ』と、語っていた。

 忘れていた先程の行為を思い出し、小さく身体を震わせたエディは意を決した。

 「リュシアンは……もしかしなくても、命を狙われてますか?」

 少しだけ考えたリュシアンは、諦めた様な笑みを浮かべた。

 「まぁ、王族だしね。 命を狙われるなんてしょっちゅうだし、今更かな。 でも、エディにお願いがあるんだけど」
 「お願いですかっ?」
 「うん」

 何かを企んでいそうな笑みを浮かべたリュシアンは、エディが睡眠薬を盛られた事を今は内緒にして欲しいとお願いして来た。 後で必ず他の余罪も含めて、ガッドを罪を問うからと。

 「リュシアンには何か考えがあるんですよね? だから、呪いの事も黙っているんですね」
 「うん、ごめんね。 必ずガッドを捕まえるからね」
 「分かりました。 でも、絶対に無理はしない下さい」
 「うん、分かったよ」
 「それと、私もリュシアンに協力しますっ!」

 リュシアンとアンリ、ロジェが同じような表情をして『えっ』と口を開けた。

 「お嬢様っ、危険ですっ」
 「リュシアンの命が狙われている時に、私は嫌われて婚約解消してもらって、劇場で歌手になるとか言っている場合ではありませんでしたっ!」
 「あっ、じゃ、婚約解消は無しって事?……ん? 劇場で歌手?」
 「いいえ、いずれは解消して頂きたいですっ!」

 はっきりと言い切られ、リュシアンの表情から感情が抜け落ちる。 リュシアンの機嫌が悪くなり、分かりやすくロジェが狼狽え、アンリはこめかみを押さえていた。

 「先にそっちを解決した後、改めてリュシアンから嫌われますっ!」
 「……そう」

 協力すると宣言した後、エディはロジェを連れて王太子宮を後にした。 次のお茶会は、王太子宮の中庭にあるガゼボで行われた。 笑顔で中庭にやって来たリュシアンの両頬は、何故か赤く大きく腫れ上がっていた。 美男子が台無しである。 ガーゼに包まれた赤い頬が痛々しい。

 「リュシアンっ?! どうしたんですかっ?! あ、もしかしてそれも呪いですかっ!」
 「……まぁ、そんなところだねっ……」
 「治さないんですか? 私はまだ、光妖精と契約出来ていないんですっ……。 まだ、出会えてなくて」
 「いや、いいんだ」

 困った様な笑みを浮かべて『これは、罰だから』と、リュシアンは呟いたが、エディに聞こえていないだろう。
 
 「あ、光妖精なら、たまにこの庭にも現れるよ。 探してみたらいいよ」
 「本当ですか? じゃ、ちょっとだけ探して来てもいいですか?」
 「うん、気が済むまで探すといい」
 「ありがとうございますっ」

 ガゼボから飛び出し、エディは早速、王太子宮の中庭を散策した。 エディは散策に夢中で、リュシアンとアンリの会話が聞こえていなかった。

 「……随分、酷く殴られましたね」
 「お前がドゥクレ侯爵に私とエディが口づけをした事をチクるからだっ!」
 「おや、それはドゥクレ侯爵の仕業ですか?」
 
 リュシアンはアンリを鋭く睨みつけた。 アンリは何食わぬ顔で口を開く。

 「……っ口づけした事がバレた事と、エディに睡眠薬を持ったガッドを暫く泳がせると言ったら、往復ビンタならぬ、往復でグーパンされたよっ」
 「侯爵を不問になさったんですか?」
 「……っ仕方ないだろう。 婚約を解消させるとか言い出されたし、侯爵を説得するのに、随分と骨が折れたよ」
 「自重して下さいと申し上げましたでしょう?。 これに懲りて、お戯れはお控え下さい。 王族の婚姻は純潔が重視されるんですからね」
 「……っ分かっているよっ」

 リュシアンはしゃがみ込んで光妖精を探している後ろ姿を眺めた。

 ドゥクレ侯爵は、エディを過保護なくらい可愛がっている。 エディは知らないが、王家では有名だ。 エディが虹色の魔力を保持して生まれて来た時、娘の将来をとても心配した。

 エディが虹色の魔力を保持して生まれた事は、王家にしか知らされていない。 政治利用されない様に、ドゥクレ侯爵は先手を打ち、王家と話し合い、リュシアンの婚約者としたのだ。

 侯爵がエディに関心がないように見せているのも、エディを守るためだった。

 王太子宮の中庭で、光妖精を探していたエディは、入学する前に光妖精を探し出したい。 何かエディに不都合があれば、直ぐに創造主に願いを請えるようにしていたいのだ。

 「コーンはそっち側を探してね」
 「はぁ~っ、僕はコーンじゃありませんけど、承知致しましたっ」

 いつものお約束の名前弄りが王太子宮の中庭に落ちた。

 ◇

 学園の入学式を控え、貴族子息令嬢は皆、浮足立っていた。 今年度は王太子であるリュシアンが入学する。 皆が憧れるリュシアンは、爽やかな笑みを湛えて大聖堂の隣にある学園へ続く道を歩いていた。

 何処かの貴族の馬車が走って来るのがリュシアンの視界に入った。 学園の門前に見慣れた馬車が停まり、リュシアンの歩く速度が上がる。

 「殿下っ」

 後ろについて来ていたアンリの声を背中に受けながら、馬車の扉が開かれる前にお目当ての馬車の前へ辿り着いた。 近づいて来たリュシアンに気づいた御者は恭しく臣下の礼をして頭を下げる。

 「そのままで、私が扉を開ける」
 「はっ」

 馬車の扉を開けると、もの凄く驚いた顔を浮かべて唖然としているエディの姿が視界に入った。

 「やぁ、おはよう、エディ。 お手をどうぞ」
 「リュシアンっ、どうして、ここにっ!」
 「君の馬車が走って来るのが見えたから、エディを驚かそうと思ってね。 驚いたかい?」
 「はい、とても驚きましたっ。 あ、挨拶が遅れましたっ、おはようございます、リュシアン」
 「悪戯が成功したね。 さ、私の手に捕まって」
 「はい」

 少しづつだが、二人の時のエディの話し方が崩れて来ている事に、リュシアンは密かに喜んでいた。

 もっとエディの素を知りたい、色々なエディを見たいと思っている。 しかし、エディは直ぐに淑女の仮面を被ってしまう。 リュシアンの手を借りて馬車を出たエディの顔つきが淑女に変わる。

 「ありがとうございます、リュシアン殿下。 殿下に出迎えて頂けるなんて、とても光栄ですわ」

 内心では切ない気持ちを抱えていても、リュシアンも王族だ。 公の場で素は晒さない。

 「エディット嬢は、私の婚約者だからね、当然だよ。 さぁ、講堂までエスコートさせて」
 「光栄ですわ、リュシアン殿下」

 ロジェが馬車を降りると、ドゥクレ家の馬車は馬車停めへ向かって走って行った。 空いた門前に後ろで待っていた次の貴族の馬車が停まる。 リュシアンとエディは邪魔にならない様に、校舎に向かって歩いて行った。

 登校して来た生徒たちが仲睦まじそうに歩く二人の後ろ姿を眩しそうに見つめる。

 二人の姿を見つめる生徒の中に、一人の少女がいた。 ブラウンの髪を背中に流し、制服には平民の身分を現す赤いリボンが襟元で結ばれている。 少女の家は父が高官で比較的、裕福な家だ。

 平民の中では上流階級と言える。 貴族が開く舞踏会には参加できないが、父のコネで昼間に行われるお茶会へたまに出席している。 なので、エディが一人でお茶会に参加している事を見ていた。

 先程のリュシアンの行動を一部始終見ていた少女の口から信じられないと呟きが零れる。

 「何あれっ! えっ?! 二人って不仲じゃなかったのっ?!」

 リュシアンがドゥクレ家の馬車を見つけ、エディの元へ走って行っていた。 エディと嬉しそうに楽し気に話すリュシアンは、何処から見てもエディに好意があるように見えた。

 「……暫くは様子を見た方がいいわね」

 少女のマロン色の瞳に何かを企む色が混じる。 少女の名は、リラ・ドゥ・ブリエ。 彼女は虹色の魔力を保持して生まれたが、両親は娘が将来、貴族に利用される事を恐れ、王宮には申し出なかった。

 リラも前世の記憶はあるが、生まれた時からではなく、ある程度成長した後に思い出した。

 リラは前世の人格が強く、現世のリラの人格を押しのけて、外に出ていた。 言わば、二重人格の状態だ。 しかし、前世のリラが強すぎて、現世のリラが出て来られない。

 前世の人格の所為で、意地悪そうな顔つきをしているが、一応、エディの前世で発行されていた小説の主人公、純粋無垢で優しいと評判だったリラ・ドゥ・ブリエである。
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