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12話

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 コサージュ作りを続けながら、エディは執行委員の実情を調べる事にした。 本年度は無理でも、リュシアンが生徒会長となった時に是正したいと思ったのが本音だ。 リュシアンの平民への心象を良くしたいという邪な欲もある。

 「そう、毎年……」
 「はい、私たちも上の学年の先輩に聞きました。 執行委員へ入ると、教師陣の心象も良くなるし、卒業後に王宮へ就職しやすいんです」
 「なるほど……」

 (だから、高官の子供たちが多いのか、というか、高官の子供しかいないわねっ)

 「……う~ん、じゃ、貴族子息令嬢は何してるのかな?」
 「はいっ、当日の音楽祭の司会と、会場の受付と簡単な案内です」

 エディの質問に女生徒が答える。 彼女も高官の娘でポリーヌ・ガムゼ・デュリスだ。 エンリコとは幼馴染だそうだ。 エディは二人の雰囲気からもしかしてと思っている。

 エンリコがポリーヌの後を続ける。
 
 「案内も医務室に行くとかですね。 講堂での警備は平民の僕たちです。 僕たちだけでは足りないので、平民生徒から有志を募って補います。 執行委員の中でも、音楽祭に出る方も居るので、その方は一切、裏方の手伝いはしません」
 「……そう」

 (あれ? そう言えば、演奏者のリストにカトリーヌ様の名前があった様な……)

 「それは、芸術祭とかも同じなの?」
 「はい、芸術祭も貴族たちがやる事は一緒です。 劇に出る人は、練習で頭が一杯ですから、裏方は出来ませんからね」
 「じゃ、今年の芸術祭もこんな感じかしら?」
 「はい、もっと酷いですね。 彼らは朝の受付しかしなくて、後は観劇してます」
 
 エンリコたちの話を聞いて、エディとロジェは、想像以上な事に口をぽか~んと開けてしまった。

 (うちの国の貴族、大分、腐ってるっ?!)

 エディが思っていた以上に貴族子息令嬢は仕事をしていなかった。 執行委員の皆は、卒業したら仕官するという。 王宮で女官や官吏として働くのだ。

 (リュシアンの年からとか言っていられないわねっ)

 「もう、音楽祭も間近に迫っているから、揉めると当日にストライキされても困るわっ。 芸術祭では、何としても少しくらいは手伝わせるわっ」
 「「「「……っ」」」」

 エディ以外の皆が顔を見合わせ、複雑な表情をしている。 貴族に楯突くのは怖いのだろう。

 「いいえっ、彼女たちがこのまま王宮で女官として就職しても、全く働かないで終わるわっ!」
 「まぁ、半分は婚姻で辞めるでしょうけれど。 女官といっても、貴族令嬢方は婚姻までの行儀見習いでしょう」
 「……まぁ、そうね」

 エンリコの意見にエディも賛同した。 皆は父親が官吏という事で、真面目に王宮に仕官する事を目指している。 エディが王太子妃になった後、仕える事が楽しみだと、皆は笑顔を浮かべた。

 (私の元で仕えるかどうかは分からないわよっ……その前に私は死んでるかもしれないしっ……)

 談笑しながら最後のコサージュを作り終えると、丁度いいタイミングで執行委員室の扉が開かれた。

 「おや、皆さんまだ残っていたんですね」

 入って来たのはガッドだった。 生徒会もまだ仕事で残っていたらしい。 生徒会は音楽祭準備以外もやる事が沢山ある。 ねっとりした視線がロジェに注がれ、小さな身体が跳ねた。

 ガッドのサージェントであるヨアンがじっとエディの隣で座っているロジェを見つめている。

 「ごきげんよう、ガッド様」

 エディはロジェを庇う様に背後に隠して前へ出た。 目線を遮られたヨアンが獣目を細める。

 (こわっ!!)

 相変わらず、気持ち悪いサージェントである。 自身のサージェントが気味悪がれ、怖がられている事に気づいているのか、気づいていないのか、ガッドは執行委員室を見回した後、眉尻を下げた。

 「まだ、作業を続けますか? もう、閉門の時間なんですが……」
 「えっ?!」
 
 執行委員の皆が壁に取り付けられた時計へ目をやった。 確かに、下校時間をとっくに過ぎていた。

 「あら、時間を忘れて作業に没頭していたみたいですね。 皆さん、お疲れ様です。 今日は帰りましょう」
 「そうですね、そうしましょう」

 女生徒たちも賛同すると、皆が帰り支度を始める。 エディにそっと近づいて来たガッドが、小声で声を掛けて来る。

 「ドゥクレ侯爵令嬢、少しお話があるのですが……」
 「ガッド、私の婚約者に何の用だ?」

 小声だったというのに、少し離れて立っていたリュシアンには聞こえていたらしい。 声のした方へ振り返ると、リュシアンが厳しい眼差しをガッドに向けて立っていた。 扉にもたれた行儀悪い所作でも、リュシアンはとても美しい。 何も悪い事をしていないのだが、ドキッとして心臓に悪い。

 エディがまだ学園に残っていると知って、迎えに来てくれたようだ。

 「……いえ、何も」

 小さく息を吐き出し、顔には笑顔を張り付け、ガッドは扉の方へ歩き出した。 エディのそばを通り過ぎる時『殿下には内緒で、音楽祭が終ったら少しだけ時間を下さい』と呟いて来た。

 エディはガッドを見上げ、訝し気な眼差しを送る。

 『君たちの密約を知っています。 大聖堂でって言えば分かりますか?』

 エディの青い瞳が見開かれ、僅かに驚いた表情を浮かべる。 しかし、エディは直ぐに淑女の仮面を被った。 爽やかな笑みで自慢話ばかりをするだけじゃないガッドに、少しだけ驚いた。

 (ふ~ん、自慢話ばっかりしている訳じゃないのね。 ちょっと何を考えてるのか分からないけど)

 ガッドはエディの返事を待たずに、執行委員室を出て行った。 エディに何か呟いた事に気づいたリュシアンは、鋭い眼差しをガッドへ送っている。

 遠回りになるというのに、リュシアンはエディを屋敷まで送り届けてくれた。 だがエディは、馬車の中でリュシアンから尋問を受ける事になる。

 王宮の馬車は揺れも少なく、座席のクッションも柔らかいので、長時間乗っていてもお尻が痛くならない。 とても乗り心地が最高だと囁かれている。 だから、何もエディを膝へ乗せなくてもいい。

 エディの喉が緊張で上下に鳴らされる。

 「あの……リュシアン?」
 「ん? 何かなエディ」

 エディはリュシアンの膝の上へ有無も言わさず乗せられ、ロジェが見ている前で辱めを受けている。

 辱めと言っても膝の上に乗っているだけで、それ以上の事は何もされていない。 ロジェは見ているだけでも恥ずかしいのか、あさっての方向を向いていた。 ロジェの隣に座っているアンリは、リュシアンに呆れた様な眼差しを向けていた。 リュシアンがにこやかな笑みを浮かべる。

 「誰も見ていないから、大丈夫だ」
 「いや、そうじゃなくてですね。 下ろして欲しいなって……」

 エディが赤くなって恥ずかしがっている様子を楽しそうに眺め、リュシアンは小さく笑みを零した。

 「やっぱり、淑女の仮面を被っているエディより、照れている姿の方が可愛いな」
 「リュシアンっ!」
 「ごめん、でも、充電させて。 さっきのガッドの親し気な感じがとても鼻に衝くんだ」
 
 切なげにリュシアンが溜息を吐き、強く抱きしめて来る。 エディは小さく身体を震えさせた。

 さっきとは、ガッドがエディに近づいて来て、何か呟いて来た時の事だろう。 ガッドが囁いた『密約』は、エディがリュシアンから嫌われるようにしている話の事だ。

 (リュシアンと賭けてる事は言ってないはずよねっ? う~ん、もしかしなくても、カマかけられた?)

 「で、ガッドに何を言われたの?」

 リュシアンに聞かれて一瞬だけ躊躇ったが、内容はリュシアンも知っている話だ。 隠していても、きっとリジィが言うまで離してはくれないだろう。

 「私と……いや、違います」
 「ん?」
 「私がリュシアンに嫌われる様に行動している事を知られたみたいです」
 「どうしてそんな事に?」
 「光妖精を探しに大聖堂へ行った時です。 祭壇の前でロジェとその事について話していて……後ろに人がいるなんて気づかなくて……ガッド様に聞かれたみたいです。 それで、リュシアンに内緒で音楽祭が終った後、話す時間が欲しいと言われました」
 
 僅かに眉を上げたリュシアンが問いかける。

 「それはいつの話?」
 「以前に行った舞踏会の次の日です」
 「そうか。 その日にガッドも王城の敷地に居たのか……」

 リュシアンの瞳が光り、アンリと視線を合わせてアイコンタクト取っている。 膝の上に乗せられているエディは首を傾げた。

 (リュシアン……何を考えてるのかしら? 絶対に危ない事を考えているに違いないっ)

 「あの、ガッド様に何を言われたか話したのですから下ろして下さい」
 「私は話したら、下ろしてあげるなんて言ってないよ」
 「それはっ、そうですけどっ」

 エディの屋敷に着くまでリュシアンは何を言っても膝から降ろさず、ずっと抱きしめられていた。
 
 ガッドが大聖堂でエディに接触した日は、リュシアンの元に闇妖精の呪いの小包が届けられた日だ。

 「じゃ、エディ。 音楽祭の後、ガッドと話してくれないか? あいつが何を考えているのか知りたい」
 「……分かりました」
 「お嬢様っ」

 ロジェの心配そうな様子にリュシアンが答える。

 「ロジェも一緒にガッドと会うといい。 サージェントを遠ざけるという事はやましい事をしようとしている証拠になるからな」
 「承知致しました」
 「エディには『影』が居るから大丈夫だ。 危険になったら私も控えているから、エディを絶対に守るよ」
 「分かりました、お願いします」

 エディは力強く頷いた。

 タイトルボードを飾るコサージュが何とか出来上がり、当日に間に合った。 エンリコたちが言った通り、執行委員の貴族子息令嬢は音楽祭の司会をやりたがった。 皆で頑張って作ったコサージュの事など目に入っていない様で、エディと平民生徒たち呆れるばかりである。

 音楽祭の司会は、生徒会長がリュシアンにお願いして事なきを得たが、次はアシスタントを誰がするかで裏でもめていた。 リュシアンが司会をするなら、アシスタントはエディだろう。

 しかし、普通に生徒会長がやる事になった。 エディは執行委員なので、敢えて裏方を選んだ。

 音楽祭で演奏する生徒の楽器を運ぶのも、エディたち執行委員の仕事だった。 生徒会メンバーは会場での機材の搬入や設置で忙しく動き回っている。

 全ての楽器を運び終え、一息つくと、マイクを通したリュシアンの声が聞こえて来た。

 そっと大聖堂の祈りの間に置いてあるベンチ、空いている席へ滑り込み、何とか始まりに間に合った。 一人目の生徒の紹介が始まり、音楽祭が幕を上げた。
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