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13話

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 大聖堂の祭壇前で、リュシアンに紹介された生徒たちが楽器演奏を披露して行く。 ガラス張りの天井から日差しが演奏者に降り注ぎ、衣装も煌びやかに反射し、普段よりも何倍も美男美女に見える。

 大聖堂で演奏を聴いている観客は、うっとりと演奏者に酔いしれていた。

 (そう言えば、リュシアンはバイオリン、披露しないのかしら? でも、今回は司会だから無理ね)

 大聖堂の中では分からないが、きっと講堂でも投影魔道具で観ている生徒たちもうっとりと聴いているだろう。 幻想的な様子が少しでも伝わっていればいいが。

 次の演奏者のピアノを聴いていると、後ろから制服を引っ張られる感触を感じる。

 腰辺りに違和感を感じて振り返ると、貴族の令嬢がしゃがんだままエディの後ろにいた。 とても焦っている様な表情をしている。

 (この子は、確か執行委員で、ゴスラン男爵家のナデージュ嬢だったわね)

 「どうしました、ナデージュ嬢? 何か不足がありましたか?」

 エディはナデージュに小声で訊ねた。 青い顔をしたナデージュから『とりあえず、控室へ来てください』と言われた。 不思議に思いながら、エディはロジェと一緒に、静かに大聖堂を出て行った。

 (何もないとかだったら、どうしてくれようかしらっ)

 エディが不穏な事を考えている事など知らずに、ナデージュはエディを先導しながら前を歩く。

 (ラノベや小説なら、この後、何処か倉庫みたいな所に連れて行かれて閉じ込められるのよねっ)

 警戒していたが、エディはちゃんと出演者の控室へ連れて行かれた。 そして、唖然とした表情で控室を見渡した。 貴族令嬢、子息が何事もなく立っている中、平民出身の出演者がお腹を抱えて床にしゃがみ込んでいる。 エディは直ぐに駆け寄り、状態を調べた。
 
 (腹痛かしら? 食堂で出された物に当たったのかしら?)

 「治療班はどうしました? 早く診てもらって、治療をしなければいけないわっ」
 「エディット様、もう間に合いませんわ」
 「えぇぇ、何を言ってっ」
 「彼女の出番は次なのです。 もう、前の方の演奏が終わります」
 「なら、殿下に言って、彼女の出番を最後に回してもらいましょう。 それならっ」
 「そんな事をする必要はありませんわ。 彼女の代わりにエディット様が出られればよろしいわ」
 「カトリーヌ様、何を言っているのっ」

 立ち上がったエディは、腕を組んで見据えるカトリーヌを見た。 カトリーヌの周囲にいる生徒たちは、嫌な笑み向けて来る。 ふと思い出した、体調不良を訴えている彼女は、カトリーヌと同じ楽器を演奏する。

 (そうか、彼女はカトリーヌ様よりも上手なのね。 自分が彼女より後だと、当然、比べられる。 まぁ、順番なんて関係なく比べられるけど。 自分より上手な彼女を許せないのね……そう言えば、前世でもそんな子が居たような……?)

 もたもたしている間に出番が回って来てしまった。 臨時の執行委員が次の出番である彼女を呼びに来た。 エディは覚悟を決めて控室の入り口へ向かった。 振り返り際、カトリーヌへ不敵な笑みを送ってやる。 カトリーヌはちゃんとエディが喧嘩を買ったのだと理解した様だ。

 「ロジェ行くわよ」
 「えっ、お嬢様?」
 「貴方、治療班を呼んでおいて、体調不良者が出ているから」

 控室の入り口で立っている生徒に指示すると、慌てて治療班を呼びに出て行った。

 エディは真っ直ぐに祭壇へ続く赤い絨毯を踏んだ。 ロジェが不安そうに見つめる中、前を向いて歩き出す。 赤い絨毯を歩くリジィを見ると、リュシアンの眉は歪んだ。 生徒会長も首を傾げている。

 「お嬢様、大丈夫なんですか? 楽器演奏なんて出来なじゃないですかっ」

 隣を歩きながら、ロジェが小声で問いかけて来る。

 「大丈夫よ、私は楽器演奏をしないから、というか、出来ないしね……」
 「ですよね。 何故か、お嬢様が楽器を演奏しようとすると、楽器が壊れるんですよね」
 「そうなのよね、何故かしらね……。 その事については、今はいいわ。 ロジェ、あの歌を歌うわよ」

 ハッとした様な表情を浮かべたロジェは、『分かりました。 お手伝い致します』と力強く頷いた。

 エディが祭壇へ辿り着き、司会をしているリュシアンに小声で声をかける。

 「アンリ様を控室に」

 リュシアンは直ぐに何かを察し、アンリにアイコンタクトで指示を出す。 指示を受けたアンリが控室へ行く様子を見届けてからエディは深呼吸した。

 「次はドゥクレ侯爵家のエディット嬢です」

 (大勢の前で歌うのは、今世で初めてだわ。 彼女の治療が終わるまで、時間稼ぎをするわよっ)

 エディはアカペラで歌い出した。 前世で得意だったバラードだ。 今世の歌でも良かったが、エディが自身を持って歌えるのは前世の歌しかなかった。 一音も外したくなかった。

 大聖堂で歌を披露するのだから、創造主が見ている。 歌は誰にも分からなくても良かった。

 サビの部分になると、ロジェがエディの歌声に合わせてハミングする。 エディとロジェの周囲に光妖精が現れ、周囲を飛び回った。 エディが歌う姿は幻想的で、とても美しかった。

 エディの歌声に観客は聞き惚れている。 そして、直ぐそばでバイオリンの伴奏が加わった。

 (リュシアンっ)

 片目を瞑ってエディに合図を送って来る。 即興で、エディの歌に合わせて伴奏をする技術は流石だ。 楽器演奏が入るだけで、今世でもとからあった歌の様に聞こえる。 歌詞は日本語なので何処か異国の歌なのだろうと、観客は思っているだろう。

 (流石、リュシアン。 天才的なバイオリン演奏っ)

 エディとリュシアン、未来の国王、王妃の歌とバイオリンの協演は、観客の心臓を鷲掴みにした。

 歌も終盤になると、大聖堂の入り口には体調不良を訴えた女生徒が立っていた。 体調は回復した様で、フルートを持って自分の順番が来るのを待っている。 隣にはアンリがいたので、最後まで邪魔する者がいないか見張っている様だ。 エディが歌い終わると、彼女は頭を下げた。

 エディの歌が終ると、リュシアンからフルートを演奏する彼女の名前が呼ばれた。

 エディの後だというのに、彼女は堂々としたフルートの演奏をした。 カトリーヌでは上手く演奏できたか分からない。 トリを務めたカトリーヌの演奏はボロボロだった。

 無事に音楽祭を終え、エディは控室に戻ると、大きく息を吐き出した。

 「お疲れ様、エディ。 素晴らしかったよ、君の歌声」
 「リュシアンっ! 貴方こそ、バイオリン、凄かったわ。 即興で私の歌に合わせられるなんて」
 
 真っ直ぐに見つめて来るリュシアンに、エディの肩が震えた。 近づいて来るリュシアンに少しだけ恐怖を覚える。

 「リュシアン?」
 「ねぇ、エディ。 今度でいいから、何処であの曲を覚えたのか、教えてくれる?」

 (あの歌は、前世で流行っていたバラードですなんて、言えないわっ。 頭おかしいとか思われるしっ、どうしよう……なんて返事をしたらいいのっ……)

 『ん?』と黒い笑みを浮かべて首を傾げるリュシアンはとても恐ろしくて美しい。 エディは圧力に負け、無言で頷いていた。

 ◇

 講堂で音楽祭を観ていた生徒たちにも、エディとリュシアンの協演にはとても好評だった。 二人の協演は感動を巻き起こし、『素晴らしかった』と口をそろえて噂していた。 生徒たちの中で、エディの歌が異世界の歌だと知る人物がいた。 膝に置いた拳を握りしめ、リラの表情は強張っていた。

 (あれは、あの歌声は……あいつだっ! 絶対にそうだっ……私が間違うはずない。 あいつもこっちの世界に転生してたなんてっ! 信じられない、また、私の邪魔をするのっ?!)

 エディの前世とリラの前世には、ちょっとした因縁がある。 リラの一方的な逆恨みだが。

 二人とも歌手を目指していた。 別の事務所ではあったが、同じ年の二人はよくオーディションで一緒になっていた。 リラはいつもエディに負け、良い所までは行くが、合格はしなかった。

 悔しくてエディに嫌がらせをしても、エディは気にしていない様で、リラは相手もされなかった。

 (そう、また、私の邪魔をするのね。 でも、ヒロインと悪役令嬢も転生者という事は、小説で起こる内容は期待できないわね。 事実、リュシアンも悪役令嬢にご執心だし……私が輝くには、やり方を変えなくてはね。 覚えてなさいっ〇〇〇〇っ!!)

 リラはエディの前世の名前を憶えており、恨みを込めてエディの前世の名前を心中で叫んだ。

 周囲は素晴らしかった音楽祭の話で盛り上がり、リラが一人、逆恨みの仕返しする事を夢中で考え、黒い空気を出している事に、誰一人気づいていなかった。

 ◇

 音楽祭の片づけの後、エディはガッドに呼び出された場所へ向かっていた。 扉の前で立ち止まり、何を言われるのか、覚悟を決めて、深呼吸をした。 H型の校舎、右下の棟は空き教室か選択教科教室になっている。 ガッドに呼び出されたのは、一階の空き教室だ。

 少し離れた場所にリュシアンがいて、アイコンタクトをした後、エディは意を決して扉を開けた。

 「ガッド様、お呼びとお伺いして参りました」

 淑女の礼をして顔を上げたエディは『ん?』と瞳を見開いた。 エディを見つめるガッドの瞳は熱っぽく、全く邪念がない。 エディはガッドから熱い視線を受け、ビクッと身体を硬直させた。

 そして、エディは思っても居なかった事をガッドから提案された。 てっきり脅されると思っていたのだ。

 「エディット嬢、音楽祭の歌は素晴らしかった。 祭壇の前で歌う貴方はとても美しく、女神の様だった」

 エディの歌声はガッドの心臓も鷲掴みにした様だ。 隠れて見ていたリュシアンから黒い物が放たれた。
 
 (えっ?!……女神だとっ?)
 
 「もし、本当に貴方がリュシアンとの婚約解消を望んでいるのなら、私も協力しましょう。 そして、無事に解消できたらなら、私と結婚して下さい」

 何処からか、黒い靄がエディとガッドがいる空き教室に流れて来る。
 
 (は、はい? いや、婚約解消は望んでいたけど……。 その後に、ガッド様と婚約する気はない。 というか、誰とも結婚する気もない。 劇場で歌手になるしね)

 流れて来たリュシアンの黒い靄が身体に巻き付き、エディの身体と精神が恐怖で固まる。 エディが断るのを迫っている様だった。 震えている事をガッドに気づかれない様に、エディは淑女の笑みを浮かべた。

 「も、申し訳ございません。 もし、リュシアン殿下と婚約を解消しても、その後は誰とも婚約はしないと思います。 お話がそれだけなら、失礼します」
 
 エディはお辞儀すると、素早く空き教室を出て行った。 ガッドは断られると思っていなかった様で、エディの答えを聞いた後、暫く固まっていた。
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