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17話
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最悪な未来を転生した事だけで、回避した様だ。 エディはホッと胸を撫で下ろしていたが、本当に大丈夫なのかという疑念は晴れない。 リラがエディの事を恨んでいて、破滅へ導こうとしている事が分かったからだ。 エディの口から大量の溜息が吐き出された。
ローテーブルの上へ紅茶カップを置いたロジェが心配そうな声を出した。
「お嬢様?」
ロジェの淹れてくれた紅茶を一口飲み、紅茶の暖かさと、ロジェの気遣いの温もりが身体に染み込んでいく。 考え込んでいても仕方ないと、エディは顔を上げた。
「コーン、大聖堂へ行くわよ。 今度こそ、光妖精と契約するわ」
エディの『コーン』呼びに、ロジェは人生で何度目かの訂正をした。 もう、すっかりと二人の間では馴染んでいるやり取りだ。 たまにやらないと気持ち悪いくらいに、二人の間では当然のコミュニケーションとなっていた。 深い溜息を吐いたロジェが訊ねて来る。
「もう、殿下から嫌われなくてもよろしいのでは? お嬢様の最悪な未来は回避されたんですよね? お嬢様は立派な王妃になられると思います」
「まだよ、コーン。 ダークヒロインことリラ・ドゥ・ブリエ嬢が諦めていない限り、私に火の粉がかかるのよっ」
「……ロジェです、お嬢様」
「ダークヒロインの最後も最悪だったりするから、巻き込まれたくないっ」
「そうなんですね」
ふと気づく、エディが前世の記憶がある話をロジェにはした事がない。 というか誰にも言っていない。 なのに、ロジェはいつもエディの前世を混ぜた様な話を真面目に聞いてくれる。
幼い頃からずっとである。 じっと見つめて来るエディに首を傾げるロジェ。
「ロジェは私の話を変だと思わないの?」
「ええ、思いませんよ。 お嬢様は幼い頃から、妄想が激しかったですから」
にこっと微笑むロジェを見て、理解した。 何の事はない、ロジェはエディが話す事は妄想だと思っていて、可笑しいと思いながらも、エディの話に合わせていてくれたのだ。
「……そうねっ」
「それよりも、大聖堂へ行かれるんでしたら、急いだ方がよろしいです。 帰る頃には、日が暮れてしまいます」
「……うん、分かったわ」
ちょっとだけ傷ついた心を抱えて、エディは馬車に乗り、大聖堂へ向かった。
◇
リュシアンから釘を刺されたガッドは、暫くは大人しくしていた。 確かに、婚姻前に良からぬ噂を立てられるのは不本意だ。 エディには憂いなく、自身の元に嫁いで来て欲しいと思っていた。
ジュレ侯爵家は広大な領地を持っている。 次期侯爵となるガッドも父親の仕事を手伝いながら、領地経営を学んでいる。 自室にある執務机で、父親から任された仕事を片付けていた。
ガッドのサージェントであるヨアンにも補佐を頼んでいる。 沢山の資料を抱え、ガッドの執務机の端に置く。 壁側に置かれてある柱時計で、時間を確認するガッドの様子を目ざとくヨアンが気づいた。
「ガッド様、本日も大聖堂へ行かれるのですか?」
「ああ、リュシアンの所為で、学園では大ぴらに話しかけづらくなったからな。 エディット嬢は、頻繁に光妖精を探して大聖堂へ行っているみたいだから、そこでしか話しかけるチャンスがない」
「あんなにきつく言われたのに……まだ、諦めてないんですね」
「彼女は、私の女神だからね」
ヨアンがとても嫌そうな顔をしてガッドを見つめ返して来た。
「何だ、その顔は」
「いえ、別に……。 ガッド様も色ボケになられるんですね。 好きな方をお作りになっても、溺れる事はなかったですのに」
「ははっ、色ボケか……。 そうだな、そうかもしれないな」
エディを思い浮かべると、ガッドの表情が柔らかくなる。
きっかけは、ガッドの自慢話を笑って聞いてくれた事。 大聖堂で歌うエディは、ガッドの目には女神に見えた。 案外、主はチョロいな、とヨアンに思われている事にガッドは気づかなかった。
エディが大聖堂に現れるだろう時間を逆算して、屋敷を出る時間に柱時計が鳴る様に設定している。
柱時計が設定した時間五分前に、ガッドは動き出す。 自室を出た所で柱時計が鳴らされた。 絶対にエディと会えるとは限らない。 会えない方が大半だ。 会えなくても構わないと、ガッドは大聖堂へ馬車を走らせた。
序でに、リュシアンには嫌がらせをしようと、闇妖精の呪いを送った。 馬車の窓から闇妖精を封じ込めた小さい木箱が飛んでいく。
「中々に、偉そうな演説をしてくれたからね。 これは序の口だから」
まだまだガッドも子供だと、ヨアンは呆れた様な溜息を吐いた。 サージェントとしては、主が間違った事をしたならば、全力で止めなくてはならない。 しかし、もしかしたらロジェが手に入るかもと考えていたヨアンは、主の暴走を黙認する事にした。
◇
ドゥクレ家の馬車が大聖堂へ向かって走っていく。 馬車の上をガッドが送った闇妖精の呪いが封じられている木箱が飛んでいく。 闇妖精の気配を感じないエディとロジェは、全く気付かない。
ドゥクレ家の馬車の大分後方に、ガッドを乗せたジュレ家の馬車が走っている事も気づいてない。
静かに揺れる馬車の中、エディはロジェと楽しく喋りながら大聖堂へ向かっていた。
「お嬢様、今日も歌えなかった場合はどうします? 王太子宮に寄りますか? 殿下の中庭でも現れるって言っていましたよね?」
「そうね、どうしようかしら……。 あんまり、殿下と会いたくないけれど……」
「お嬢様は魔王になるつもりはないんですよね?」
「ならないわっっ」
「なら、殿下とお会いしても大丈夫ですよ」
にこにこと笑ってリュシアンとの逢瀬を提案するロジェ。 戸惑うエディ。
「ずっとリュシアンとは、距離を置こうと思っていたのに……。 もう、取らないでいいって分かっても、行き成りは無理でしょうっ? しかも、婚約解消したいって、私の方が言っているのにっ」
「う~ん、でも、殿下は最初から、お嬢様と婚約解消する気はなかったと思います」
「……」
「ですから、お嬢様の嫌われ作戦は無駄だと思うんですよね」
「なら、リュシアンはどうして、あんな賭けを私としたのよ」
「それは……」
『多分、お嬢様の必死な様子を眺めたいだけだと思います』という言葉をロジェは何とか飲み込んだが、エディは気づかない。 ロジェは何かを知っているが、黙っているのだろうと気づいたエディは、瞳を細めて見つめる。 ドゥクレ家の馬車が王城の門を潜った。
同時にガッドが送った闇妖精の木箱が王城に運ばれていく荷馬車に落ちた。
門番に身分を提示し、目的を申告する。 エディは王太子の婚約者という事もあり、すんなりと門を通り抜けた。 馬車停めに馬車を停め、エディとロジェは大聖堂へ歩いて向かった。
大聖堂の入り口に辿り着くと、エディはそっと木製の両扉を開け、中を覗く。 中は祈りを捧げる人たちで溢れていた。 今日も外れか、とエディとロジェは深く溜息を吐いた。
「今日もダメそうですね。 あの時の厳かな雰囲気が漂ってません」
「そうね、残念だわ。 祈りだけ捧げて帰りましょう」
「はい、お嬢様」
エディは祭壇まで進み、創造主の像を見上げると、祈りを捧げた。 隣でロジェがブツブツと何か言っている。 『お嬢様が早く僕の名前を覚えますように』と小さい呟きが聞こえた。
ロジェの呟きにエディの顔から感情が抜け落ちる。 『いや、覚えてるけどね』、とエディは内心でツコッミを入れる。 最初はロジェの反応が楽しくて、わざと言っていたが、今ではもうお約束なっている。 エディも両手を組み、安寧を祈った。
「さて、帰りましょうか。 ロジェ」
「はい、お嬢様」
祈りを終えた後、俄かに大聖堂の入り口が騒がしくなった。 振り返ったエディは騎士が言った言葉に、首を傾げた。
「今より、数刻前に王城へ入った者は名乗り出よ。 隠し立てしても門番が記録を取っている。 今、名乗り出なくとも、後で家へ騎士をやる。 話を聞きたいだけだ、素直に名乗り出よ」
数刻前という事は、エディも騎士の探している者に当てはまる。 大聖堂ではエディよりも後に訪れた者はいないだろう。 面倒な事になった、とエディは小さく息を吐いた。
「お嬢さまっ、何があったんでしょう?」
「仕方ないわ、行きましょう。 後で面倒な事になったら、お父様に迷惑がかかるわ」
「……はい」
エディは騎士へ近づき、自身が数刻前に王城へ入った者だと、名乗り出た。
「私は先程、王城へ入りました。 エディット・ドゥ・ドゥクレです。 お話を聞きましょう」
エディを見た騎士は、慌てて臣下の礼をした。 戸惑う様子を見せたが、騎士は他には居ないかと、視線を彷徨わせた。 エディは直ぐに騎士の考えている事を察した。
「私の後には、誰も大聖堂へは来ておりませんので、こちらに居る方たちは、私よりも早く入っています。 きっと貴方たちが探している者は、大聖堂では私だけです」
「……そうですか。 では、こちらへどうぞ」
「分かりました」
「お嬢様」
「大丈夫よ、ロジェ」
心配そうなロジェを連れて、騎士に先導されて大聖堂から出た。 大聖堂を出たタイミングで、前の通りを歩いているガッドとすれ違った。 ガッドと視線が合ったが、お互いに何も言わなかった。
エディの視界の端に、瞳を見開いたガッドの姿が映り込んだ。 ちょっとだけ、大聖堂でガッドとかち合わなくて良かった、とホッとしていた。
エディが連れられて行ったのは騎士団の詰め所で、騎士から聞かされた事にエディは愕然とした。
「王太子殿下が闇妖精の呪いを受けてお倒れになられました」
「えっ?! 殿下が?!……それで、殿下は大丈夫なんですかっ?! 容体は?!」
「ドゥクレ侯爵令嬢、大丈夫ですよ。 命に別状はありません」
「そうですか、良かったです」
心底、ホッとしているエディを見た騎士たちは、目線を合わせて頷き合っている。 もしかしなくても、エディがリュシアンに闇妖精を贈ったのかと、疑われていた事に気づいた。
「わ……闇妖精を贈ったのは、私ではないですっ?!」
「お嬢様、そんなに慌てて言い訳すると、余計に怪しく思われますっ」
「あ、失礼しました。 お見苦しい所をお見せしてしまい……」
「いえ、大丈夫です。 殿下も貴方を疑ってはいませんから」
リュシアンの名前が出て、急に恥ずかしくなったエディは、身体を小さくさせた。
廊下を荒々しく歩いて来る足音が響き、詰め所の取調室の扉が大きな音を鳴らして開かれた。
大きな音に身体を撥ねさせたエディとロジェ、取り調べをしていた騎士二人は、扉の方へ視線をやった。 乱暴に扉を開けたのは、リュシアンだった。 エディが騎士に捕らえられたと聞きつけ、仕事を放りだして急いで来た様だ。
「エディ!!」
リュシアンの顔には悲壮感が漂っていた。 命に別状はないと聞いていたが、リュシアンは思っていたよりも元気そうだった。 エディはまさかと思い、リュシアンを半眼で見つめた。
(なるほど、リュシアンのいつものアレねっ! 呪いを送って来た人物の反応を見る為に、わざと騒いだのねっ)
運悪く、エディがリュシアンの罠に引っ掛かったという事だろう。 珍しく、リュシアンが気まずそうにエディを見つめ返して来た。
ローテーブルの上へ紅茶カップを置いたロジェが心配そうな声を出した。
「お嬢様?」
ロジェの淹れてくれた紅茶を一口飲み、紅茶の暖かさと、ロジェの気遣いの温もりが身体に染み込んでいく。 考え込んでいても仕方ないと、エディは顔を上げた。
「コーン、大聖堂へ行くわよ。 今度こそ、光妖精と契約するわ」
エディの『コーン』呼びに、ロジェは人生で何度目かの訂正をした。 もう、すっかりと二人の間では馴染んでいるやり取りだ。 たまにやらないと気持ち悪いくらいに、二人の間では当然のコミュニケーションとなっていた。 深い溜息を吐いたロジェが訊ねて来る。
「もう、殿下から嫌われなくてもよろしいのでは? お嬢様の最悪な未来は回避されたんですよね? お嬢様は立派な王妃になられると思います」
「まだよ、コーン。 ダークヒロインことリラ・ドゥ・ブリエ嬢が諦めていない限り、私に火の粉がかかるのよっ」
「……ロジェです、お嬢様」
「ダークヒロインの最後も最悪だったりするから、巻き込まれたくないっ」
「そうなんですね」
ふと気づく、エディが前世の記憶がある話をロジェにはした事がない。 というか誰にも言っていない。 なのに、ロジェはいつもエディの前世を混ぜた様な話を真面目に聞いてくれる。
幼い頃からずっとである。 じっと見つめて来るエディに首を傾げるロジェ。
「ロジェは私の話を変だと思わないの?」
「ええ、思いませんよ。 お嬢様は幼い頃から、妄想が激しかったですから」
にこっと微笑むロジェを見て、理解した。 何の事はない、ロジェはエディが話す事は妄想だと思っていて、可笑しいと思いながらも、エディの話に合わせていてくれたのだ。
「……そうねっ」
「それよりも、大聖堂へ行かれるんでしたら、急いだ方がよろしいです。 帰る頃には、日が暮れてしまいます」
「……うん、分かったわ」
ちょっとだけ傷ついた心を抱えて、エディは馬車に乗り、大聖堂へ向かった。
◇
リュシアンから釘を刺されたガッドは、暫くは大人しくしていた。 確かに、婚姻前に良からぬ噂を立てられるのは不本意だ。 エディには憂いなく、自身の元に嫁いで来て欲しいと思っていた。
ジュレ侯爵家は広大な領地を持っている。 次期侯爵となるガッドも父親の仕事を手伝いながら、領地経営を学んでいる。 自室にある執務机で、父親から任された仕事を片付けていた。
ガッドのサージェントであるヨアンにも補佐を頼んでいる。 沢山の資料を抱え、ガッドの執務机の端に置く。 壁側に置かれてある柱時計で、時間を確認するガッドの様子を目ざとくヨアンが気づいた。
「ガッド様、本日も大聖堂へ行かれるのですか?」
「ああ、リュシアンの所為で、学園では大ぴらに話しかけづらくなったからな。 エディット嬢は、頻繁に光妖精を探して大聖堂へ行っているみたいだから、そこでしか話しかけるチャンスがない」
「あんなにきつく言われたのに……まだ、諦めてないんですね」
「彼女は、私の女神だからね」
ヨアンがとても嫌そうな顔をしてガッドを見つめ返して来た。
「何だ、その顔は」
「いえ、別に……。 ガッド様も色ボケになられるんですね。 好きな方をお作りになっても、溺れる事はなかったですのに」
「ははっ、色ボケか……。 そうだな、そうかもしれないな」
エディを思い浮かべると、ガッドの表情が柔らかくなる。
きっかけは、ガッドの自慢話を笑って聞いてくれた事。 大聖堂で歌うエディは、ガッドの目には女神に見えた。 案外、主はチョロいな、とヨアンに思われている事にガッドは気づかなかった。
エディが大聖堂に現れるだろう時間を逆算して、屋敷を出る時間に柱時計が鳴る様に設定している。
柱時計が設定した時間五分前に、ガッドは動き出す。 自室を出た所で柱時計が鳴らされた。 絶対にエディと会えるとは限らない。 会えない方が大半だ。 会えなくても構わないと、ガッドは大聖堂へ馬車を走らせた。
序でに、リュシアンには嫌がらせをしようと、闇妖精の呪いを送った。 馬車の窓から闇妖精を封じ込めた小さい木箱が飛んでいく。
「中々に、偉そうな演説をしてくれたからね。 これは序の口だから」
まだまだガッドも子供だと、ヨアンは呆れた様な溜息を吐いた。 サージェントとしては、主が間違った事をしたならば、全力で止めなくてはならない。 しかし、もしかしたらロジェが手に入るかもと考えていたヨアンは、主の暴走を黙認する事にした。
◇
ドゥクレ家の馬車が大聖堂へ向かって走っていく。 馬車の上をガッドが送った闇妖精の呪いが封じられている木箱が飛んでいく。 闇妖精の気配を感じないエディとロジェは、全く気付かない。
ドゥクレ家の馬車の大分後方に、ガッドを乗せたジュレ家の馬車が走っている事も気づいてない。
静かに揺れる馬車の中、エディはロジェと楽しく喋りながら大聖堂へ向かっていた。
「お嬢様、今日も歌えなかった場合はどうします? 王太子宮に寄りますか? 殿下の中庭でも現れるって言っていましたよね?」
「そうね、どうしようかしら……。 あんまり、殿下と会いたくないけれど……」
「お嬢様は魔王になるつもりはないんですよね?」
「ならないわっっ」
「なら、殿下とお会いしても大丈夫ですよ」
にこにこと笑ってリュシアンとの逢瀬を提案するロジェ。 戸惑うエディ。
「ずっとリュシアンとは、距離を置こうと思っていたのに……。 もう、取らないでいいって分かっても、行き成りは無理でしょうっ? しかも、婚約解消したいって、私の方が言っているのにっ」
「う~ん、でも、殿下は最初から、お嬢様と婚約解消する気はなかったと思います」
「……」
「ですから、お嬢様の嫌われ作戦は無駄だと思うんですよね」
「なら、リュシアンはどうして、あんな賭けを私としたのよ」
「それは……」
『多分、お嬢様の必死な様子を眺めたいだけだと思います』という言葉をロジェは何とか飲み込んだが、エディは気づかない。 ロジェは何かを知っているが、黙っているのだろうと気づいたエディは、瞳を細めて見つめる。 ドゥクレ家の馬車が王城の門を潜った。
同時にガッドが送った闇妖精の木箱が王城に運ばれていく荷馬車に落ちた。
門番に身分を提示し、目的を申告する。 エディは王太子の婚約者という事もあり、すんなりと門を通り抜けた。 馬車停めに馬車を停め、エディとロジェは大聖堂へ歩いて向かった。
大聖堂の入り口に辿り着くと、エディはそっと木製の両扉を開け、中を覗く。 中は祈りを捧げる人たちで溢れていた。 今日も外れか、とエディとロジェは深く溜息を吐いた。
「今日もダメそうですね。 あの時の厳かな雰囲気が漂ってません」
「そうね、残念だわ。 祈りだけ捧げて帰りましょう」
「はい、お嬢様」
エディは祭壇まで進み、創造主の像を見上げると、祈りを捧げた。 隣でロジェがブツブツと何か言っている。 『お嬢様が早く僕の名前を覚えますように』と小さい呟きが聞こえた。
ロジェの呟きにエディの顔から感情が抜け落ちる。 『いや、覚えてるけどね』、とエディは内心でツコッミを入れる。 最初はロジェの反応が楽しくて、わざと言っていたが、今ではもうお約束なっている。 エディも両手を組み、安寧を祈った。
「さて、帰りましょうか。 ロジェ」
「はい、お嬢様」
祈りを終えた後、俄かに大聖堂の入り口が騒がしくなった。 振り返ったエディは騎士が言った言葉に、首を傾げた。
「今より、数刻前に王城へ入った者は名乗り出よ。 隠し立てしても門番が記録を取っている。 今、名乗り出なくとも、後で家へ騎士をやる。 話を聞きたいだけだ、素直に名乗り出よ」
数刻前という事は、エディも騎士の探している者に当てはまる。 大聖堂ではエディよりも後に訪れた者はいないだろう。 面倒な事になった、とエディは小さく息を吐いた。
「お嬢さまっ、何があったんでしょう?」
「仕方ないわ、行きましょう。 後で面倒な事になったら、お父様に迷惑がかかるわ」
「……はい」
エディは騎士へ近づき、自身が数刻前に王城へ入った者だと、名乗り出た。
「私は先程、王城へ入りました。 エディット・ドゥ・ドゥクレです。 お話を聞きましょう」
エディを見た騎士は、慌てて臣下の礼をした。 戸惑う様子を見せたが、騎士は他には居ないかと、視線を彷徨わせた。 エディは直ぐに騎士の考えている事を察した。
「私の後には、誰も大聖堂へは来ておりませんので、こちらに居る方たちは、私よりも早く入っています。 きっと貴方たちが探している者は、大聖堂では私だけです」
「……そうですか。 では、こちらへどうぞ」
「分かりました」
「お嬢様」
「大丈夫よ、ロジェ」
心配そうなロジェを連れて、騎士に先導されて大聖堂から出た。 大聖堂を出たタイミングで、前の通りを歩いているガッドとすれ違った。 ガッドと視線が合ったが、お互いに何も言わなかった。
エディの視界の端に、瞳を見開いたガッドの姿が映り込んだ。 ちょっとだけ、大聖堂でガッドとかち合わなくて良かった、とホッとしていた。
エディが連れられて行ったのは騎士団の詰め所で、騎士から聞かされた事にエディは愕然とした。
「王太子殿下が闇妖精の呪いを受けてお倒れになられました」
「えっ?! 殿下が?!……それで、殿下は大丈夫なんですかっ?! 容体は?!」
「ドゥクレ侯爵令嬢、大丈夫ですよ。 命に別状はありません」
「そうですか、良かったです」
心底、ホッとしているエディを見た騎士たちは、目線を合わせて頷き合っている。 もしかしなくても、エディがリュシアンに闇妖精を贈ったのかと、疑われていた事に気づいた。
「わ……闇妖精を贈ったのは、私ではないですっ?!」
「お嬢様、そんなに慌てて言い訳すると、余計に怪しく思われますっ」
「あ、失礼しました。 お見苦しい所をお見せしてしまい……」
「いえ、大丈夫です。 殿下も貴方を疑ってはいませんから」
リュシアンの名前が出て、急に恥ずかしくなったエディは、身体を小さくさせた。
廊下を荒々しく歩いて来る足音が響き、詰め所の取調室の扉が大きな音を鳴らして開かれた。
大きな音に身体を撥ねさせたエディとロジェ、取り調べをしていた騎士二人は、扉の方へ視線をやった。 乱暴に扉を開けたのは、リュシアンだった。 エディが騎士に捕らえられたと聞きつけ、仕事を放りだして急いで来た様だ。
「エディ!!」
リュシアンの顔には悲壮感が漂っていた。 命に別状はないと聞いていたが、リュシアンは思っていたよりも元気そうだった。 エディはまさかと思い、リュシアンを半眼で見つめた。
(なるほど、リュシアンのいつものアレねっ! 呪いを送って来た人物の反応を見る為に、わざと騒いだのねっ)
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けれど、彼女が森で拾ったのは、アレクなど足元にも及ばないほど強くて優しい、呪われた英雄ライアンだった。
セレナの薬草が奇跡を起こし、王都を救う特効薬となったとき、かつて自分を捨てた男との再会が訪れる。
「やり直そう」と縋り付くアレクに、セレナは最愛の人と寄り添いながら静かに微笑む。
――あなたが捨てたのは、ただの影ではなく、あなたの未来そのものだったのですよ。
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