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16話

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 リラから話があると講堂裏へ連れて行かれ、訳も分からない話を聞かされて、首を捻りながらエディはドゥクレ家の屋敷へ帰って行った。

 エディは直ぐに癒される為、図書室の一階へ向かった。 勉強机も図書室にあるので、リラから聞いた事を書き止め、断罪対策をと思ったが、現実が小説通りに行っていない事を思い出す。

 カバンを置いて教科書を仕舞いながら、余っているノートを取り出す。

 (そうだ、小説通りじゃないから、私は断罪されないじゃないっ! 別にいヒロインの事を虐めようとは思わないし……まぁ、あの子とリュシアンが結ばれたら……それなりにムカつくかもねっ)

 何でだろうと、考えても分からない。 はっきり分かっている事は、リラでは王妃が務まらない事だ。 エディの苦しむ姿を見たいからって理由で、王妃になられても周囲が困るだけだ。

 「お嬢様っ、そのお気持ちはきっと、王太子殿下を取られたくないからですよっ」

 エディが何も言ってもいないのに、ロジェが勝手な事を言っていると、後ろのローテーブルで紅茶の準備をしているロジェに溜息を吐いた。

 (何で、思ってることが分かったっ、コーンっ)

 「そんな訳ないでしょう。 確かに、リュシアンは綺麗だし、どちらかと言えば、好みの顔ではあるけれど……」
 
 『存外、感情が顔に出ている事、気づいていませんね』とロジェが思っている事に気づいていない。

 最初は容姿を褒めていたエディだったが、リュシアンの黒い部分を思い出し、徐々に青ざめていく。

 「でも、もの凄い腹黒じゃないっ?! ちょっと怖いよねっ」
 「ええ、とても腹黒ですっ!! 僕は物凄く怖いですっ」

 エディとロジェがリュシアンの腹黒エピソードを思い出し、震え出した時、小さい笑い声が図書室で響いた。 笑い声の主は直ぐに誰か分かった。 また、執事がエディへ報告する前に、入って来た様だ。

 「酷いな、エディ。 私を置いて一人で帰るなんて」
 
 黒い笑みを浮かべるリュシアンに、エディとロジェが固まった。 先程の話を聞かれたのか、聞かれていたとしたら、とても恥ずかしいのと、『腹黒』の部分を聞かれていたらとても恐ろしい。

 王族だとしても主の許しを得ずに、個人的な部屋の入室はご遠慮願いたいとは、言えなかった。

 「リュシアンっ……申し訳ありません。 生徒会のお仕事がお忙しいかと、思いましたので」
 「うん、私も遅くまで待ってほしいとは言わないけどね。 今後はアンリに報告させるよ。 だから、出来るだけ帰れる日は一緒に帰ってほしいな」

 リュシアンが眉尻を下げて悲しそうな表情で、エディに迫って来る。 悲しみに震えるリュシアンを前に、エディは陥落した。

 「分かりました~っ」
 「うん、ありがとう。 後、私の事を綺麗だと言ってくれてありがとう。 エディも綺麗で可愛いよ。 私が他の令嬢に取られるのは、嫌みたいだから、エディ以外の令嬢と接する時は気を付けるね」

 にっこり微笑むリュシアンの顔は悪戯が成功した時の表情だ。 対してエディは『やっぱり聞かれていた』と顔を赤くしたり、青くしたりと、忙しく表情を変えた。

 「腹黒はちょっとだけ傷ついたなっ」

 瞳を伏せがちにして訴えて来るリュシアンに、エディとロジェ、アンリも『嘘つけ』と瞳を細めた。

 「そうだ、エディがキスしてくれたら傷が癒されるかも」

 と、リュシアンが明るい声でとんでもない事を言い出し、エディを抱きしめた。 エディはリュシアンの胸を押して離れようとした無駄だった。

 「な、な、そ、そんな事で癒されませんっ……寧ろリュシアンを汚してしまいますっ」
 「汚れるなんて、そんな事はない。 エディからのキスなんて、寧ろ私は昇天するかもね」
 「えっ?! 死んでは駄目ですよっ! ちょっと、リュシアンっ! 抱きしめる力が強いですっ」

 リュシアンは完全にエディを揶揄って遊んでいる。 エディ一人が顔を真っ赤にして騒いでいる様子を眺め、リュシアンは楽しんでいる。 強く抱きしめられながら、リュシアンが耳元に唇を寄せる。

 エディは内心で乙女にあるまじき叫び声を上げた。 リュシアンの唇は耳には触れずに動いた。

 「エディ、私と不貞していると噂を流した令嬢と、二人っきりで話したんだって? ああ、ロジェも一緒に居た事は分かっている。 彼女に何を言われた?」

 耳元で囁かれた話は、つい先ほどの事だ。 何故、リュシアンが知っているのだと、エディの表情が驚きを通り越して、恐怖の色を滲ませた。

 「エディ」
 「あぁ、えと、何の話だったのでしょうね? 私もはっきりとは分かりません」
 「分からないとは?」
 
 エディとリラは転生者で、前世で発行された小説の中で、エディは悪役令嬢で、リラはヒロイン。

 (すったもんだの末、私が魔王になってしまってリュシアンに討たれる話をしていたなんて、言えないわね……。 荒唐無稽な話だし)

 エディから溜息が零れる。
 
 「……ただ、私の事をとても恨んでいる様です。 私に覚えはないんですけど……」
 「恨んでいる? エディは彼女と面識があるのか?」
 「いえ、ないです」

 (前世でも、今世でもないけど……まぁ、一つあるとしたら、あれよね。 私も転生者だから、小説で起こるイベントが全て起こっていない事……)

 「そうか、なら、私と不貞しているというあらぬ噂を流してのも、エディへの嫌がらせなのか?」
 「そうかもしれないですね。 私からリュシアンを奪って悲しむ顔が見たいと呟いていましたから」
 「ふむ、そうか」

 リュシアンの口元に悪い笑みが零れ、エディの背中にひやりとした汗が流れる。

 「リュシアンっ! 何もしないで下さいね」
 「大丈夫だよ、エディ。 後、今日はガッドには追い回されなかったかい?」
 「ええ、今日はガッド様をお見掛けしませんでしたね」
 「そう、ならいいんだ」

 いつもの美しい笑みを浮かべたリュシアンは、抱きしめていたエディをやっと離した。

 いつの間にかアンリが新しく紅茶を淹れ、図書室に紅茶の良い香りが漂っていた。 リュシアンがそっとエディをエスコートし、ソファーへ座らせる。

 「さぁ、エディ。 お茶にしよう。 嫌な事があったんだから、紅茶と美味しいお菓子で癒されよう」
 
 リュシアンは、自身の居間で寛いでいるかのように、エディの隣に座っている。 リュシアンの綺麗な所作に、うっかりと見惚れてしまう。 エディは暫し考えるのをやめ、リュシアンとのお茶の時間を楽しむ事にした。 エディとリュシアンが楽しそうに会話する声が図書室で響いていた。

 王城への帰り道、馬車の中でリュシアンは不敵な笑みを浮かべていた。 向かいに座るアンリは、主がまた良からぬ事を考えているなと、内心では呆れた様な溜息を吐いていた。

 「エディを恨んでいる令嬢か……。 もしかしたら、主さまが言っていた人物は彼女かもしれないね」
 「殿下が創造主と会われた時に言われた事ですか?」
 「私の願いを叶える代わりに、条件を出されただろう?」
 「はい、覚えております。 創造主が求める人物を創造主の前へ連れて来いと言われましたね」
 「そんな、堅苦しい言い方ではなかったけどね」
 
 リュシアンはエディを手放したくなくて、婚約解消を望むエディが七属性の妖精と契約を交わす前に、創造主に自身の願いを叶えてもらう為、大聖堂で祈りを捧げた。

 創造主が現れた時の事を思い出すと、今でも背中に汗が滴る。 リュシアンの想像以上に創造主は美しく、そして、とても軽薄だった。 リュシアンに口元で、思い出し笑いの笑みが広がる。

 『もう一度、言って頂けますでしょうか?』
 『いいよ。 君は虹色の魔力を保持しているから、願いを叶えてあげてもいいんだけど。 私からもお願いあるんだよ』

 にっこり笑った創造主の笑みは、何処か親しみがあり、悪だくみをしている様にも見えた。
 
 『君の周りで、君の最愛の人を恨んでいる人物が居る。 その人物を私の前に連れて来て欲しいんだ。 私はこの世界では大聖堂から離れられなくてね』
 『私の最愛の人が恨まれていると言うのですか? 彼女は聡明で、優しい人です』

 しかし、リュシアンはハッとして口をつぐんだ。 完璧な人間はいない。 エディも淑女の仮面を外せば、あんなにも喜怒哀楽が激しいのだ。 表に出ているエディの姿は、淑女の鏡で、皆の憧れの令嬢だ。 妬みや嫉みを抱かれる事もあるだろう。

 『該当する人物はおられるのですか?』
 『絞り切れていなくてね。 上手く隠されているんだ。 だから、君に見つけてほしいんだ。 君なら、エディをずっと見ているのだから、きっと見つけられるだろう? 何、少しだけ話をするだけで何もしないし。 君の願いもちゃんと叶えるよ。 じゃ、お願いね』

 リュシアンの返事を待たずに創造主は消えてしまった。 しかし、リュシアンに拒否は許されない。

 『御意、必ずお連れします。 貴方様の御前に』

 馬車の車輪が石を踏んだのか、いつもより馬車が揺れた。 回想から戻って来たリュシアンは、瞳を開けた。 静かにアンリに指示を出した。

 「アンリ、エディの言っていた令嬢を調べる様に」
 「はい、承知致しました」

 リュシアンの乗せた馬車がゆっくりと王城の門を潜って行った。

 ◇

 エディを上手い事、誘導しようとして失敗したリラは、学園生が住む寮の自身の部屋で枕に八つ当たりしていた。 気の済むまでベッドに枕を投げつけ、リラは荒い息を吐き出した後、頭を抱えた。

 「あぁぁあ、もうっ! 私って何処まで頭が悪いのよっ! 話のまとめ方が悪い小説みたいだったじゃない」

 深く溜息を吐いて、シングルベッドに倒れ込む。 学園の寮のベッドは、王家が管轄だからか、そこそこいいマットレスを使用している。 実家の安い中古のベッドとはかなり違う。

 どうしたらいいだろうと考えた時、思い出した。 自身は虹色の魔力を保持しているではないかと。

 「なんで、忘れてたんだろう。 私も女王になる資格を持っているじゃないっ! 七属性の妖精と契約だ出来れば、創造主と契約が出来る。 そしたら、リュシアンは私の物だし、あの悪役令嬢をぎゃふんと言わせられる」

 両手の拳を握りしめ、リラは自身が契約している妖精を確かめる事にした。 心の底に押し込められている現世のリラは真面目だったが、前に出ている前世のリラは不真面目だ。

 まだ、契約をしていない妖精を探す事にしたリラだったが、勉強や家の手伝いをしていた真面目な法のリラは、三属性の妖精としか契約をしていなくて早くもめげそうになっていた。
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