我関せずな白蛇の亜人が恋に落ちる

伊織愁

文字の大きさ
14 / 17

14話

しおりを挟む
 釣ったばかりの川魚に塩を振りかけ、熾したばかりの焚火で焼き始める。 焚火の火が弾け、川魚の焼ける匂いが辺りに充満していく。 火の番をしているのはアンガスの補佐官だ。

 アンガスたちは森の中へ、キノコや野草、木の実など、何か食べられそうな食材を探しに入っていた。 護衛の騎士、何故かグレンダの侍女も付いて来ていた。

 森の奥へ入り込まなければ、魔物にも遭わずに済む。 少しだけ、四方へ散ってアンガスたちの食材探しは続けられた。 皆のかごが一杯になる頃には、補佐官が焼いている川魚もいい食べ頃になっているだろう。

 アンガスはキノコがないだろうかと、探している背後で、ローラとリーバイの二人が楽しそうに会話している様子を背中で感じていた。 少し、不満顔で視線を背中越しにやる。

 「ローラ、こっちにも木の実が生ってるよ」
 「あら、本当。 美味しそうね」

 リーバイが目の前の木の実を枝からもいで、ローラへ手渡している。 きっと、番やら恋人などが絡んでなくても、二人は仲が良いのだろう。 二人が一緒に居る姿は自然に見える。

 久しぶりにアンガスの心情を感じ取ったのか、番の刻印が疼く。 手の甲が焼ける様な痛みを感じ、刻印に視線をやると、銀色に輝く刻印が視界に入った。 まだ、痺れている刻印をそっと撫でた。

 (これが……嫉妬っていうやつですか……)

 ローラとリーバイの二人が仲良く木の実をもいでいる様子を見ていたのは、アンガスだけではなかった。 グレンダと侍女の二人だ。 グレンダは淑女教育の賜物で、感情を表に出していなかったが、扇子を強く握りしめる様子に感情が現れていた。 グレンダの侍女二人は己の感情を隠さず、鋭い瞳でローラを見つめていた。 誰も侍女たちの様子に気づいていなかった。

 キャンプも中盤に入り、ほぼ皆がやりたい事をやり終えていた。 ぼうっと天幕でゆったりするのもいいが、そろそろ皆は、飽きて来ていた。 なので、予定を早めて帰ろうかと、話し合っている時に、事件は起こった。

 ローラが夕食の準備をすると言って天幕を出て行ったきり、帰って来ず、バーベキューセットの周囲には姿もなかった。 日が沈んだ後になっても戻って来なかったのだ。

 心配したアンガスたちは、周囲を探したが姿見えず、もしかしたら森の中へ入って行ったのではないかと、考えた。 しかし、安全に入れる森の入り口近くには、ローラの姿はなかった。

 アンガスの脳内に補佐官の言葉が蘇える。 まだ、番の刻印が刻まれる前で、番など夢物語だと思っていた頃の事だ。

 『偽印でも、本物の刻印でも、お互いの想いが深まると、心が繋がるんですよ。 番が何処に居るのか、感じるんです。 魔力感知とかではなく。 心で感じるんですよ』
 『貴方も番と繋がっているのですか?』
 『ええ、少し、時間はかかりましたけどね。 想いを深めないと駄目ですから、直ぐには無理ですけど。 若様も成人したら婚約者が出来るでしょう。 覚えておいて下さい』
 『私には、少し理解しがたいですね。 それに成人しても、直ぐには婚約者は作りません』

 アンガスに刻印が刻まれたのは、補佐官と番について会話した数日後、成人の儀式を行った日だった。

 番の刻印はお互いの想いが強くなると、刻まれた相手と繋がるのだという。 繋がりは、偽印でも起こる。 刻印は心と密接に関係している。

 (どうすればっ、刻印が繋がるんですっ?! 今が一番、必要な時でしょうっ?!)

 「誰か、ローラが森へ入った所を見た者はいないかっ?!」

 アンガスは周囲で一緒に探している護衛騎士に詰め寄った。 ローラが理由もなしに、危険な森へ単独で行く事はないはずである。

 「……それがっ、私どもにはっ分からなくて……申し訳ありませんっ」
 「おいっ! お前っ、ローラが何処に居るのか分からないのかよっ! 番は居場所が分かるんだろう?」
 「……っ」

 リーバイがアンガスに詰め寄って来た。 一番、突っ込まれたくない事を突っ込まれたくない相手に責められ、アンガスは何も言葉が出て来なかった。

 ◇

 皆が必死に探しているローラが居なくなった理由。

 そろそろ夕食準備をしようと、天幕を出たローラは、バーベキューセットの周囲で何か探しているグレンダの侍女二人を見つけた。

 「あの、何か探しているんですか?」
 「ローラ様っ」

 声を揃えてローラを振り返った侍女は、アイコンタクトをすると、意地悪な笑みを浮かべた。

 「はい、グレンダ様の大事な扇子を失くしてしまいまして……。 グレンダ様の大事な物ですので、見つけ出したいのですけど……。 失くしてしまったなんて、グレンダ様には言えなくて」
 「方々探しましたが、見つかりませんので……。 もしかしたら、この間行った森の中でグレンダ様からお預かりした時に、落としてしまったのかもしれません」
 
 侍女が言っている扇子を脳裏に思い浮かべた。 いつも好んで持っているグレンダの扇子で、グレンダの母親から成人祝いに貰ったのだと、言っていた事を思い出した。

 「あっ、グレンダ様が大事にされている扇子ね。 お母様から頂いたと聞きました。 失くした事を知ったら、グレンダ様も悲しみますね。 森ならば、私が着いて行きます」
 「えっ……ローラ様が?」
 「ええ、扇子探しを手伝います」
 「でも、森の中は危険です。 魔物が居ると聞いてますし」
 「ブレイク家は武門の家ですから、私も剣が使えますから、魔物の相手は任せ下さい」
 「ありがとうございます、ローラ様っ」
 「本当に、これでグレンダ様の扇子が探せるわっ」

 ローラが天幕から剣を持ち出し、グレンダの侍女二人と森へ入ったのは、夕日が沈もうとしていた時間だった。 直ぐに暗くなりそうだったが、前に入った時は森の入り口だったので、扇子も直ぐに見つかるだろうと、簡単に考えていた。

 叢を掻き分け、葉擦れを鳴らして葉が揺れる。 地面に落ちているだろう扇子を探し、しゃがみ込んだ。 暫く侍女の二人と前に着た場所を探し回ったが、扇子は見つからなかった。

 「もしかして、もう少し奥かしら?」
 「確か、森へ入り過ぎて注意されたような記憶が……」
 
 曖昧な記憶の話を侍女二人がしている。 ローラはグレンダ達が前に来た時、森の少し奥まで行ってしまい、護衛騎士に注意されていた事を思い出した。

 「そういえば、そんな事があったわね。 じゃ、もう少しだけ奥へ行ってみましょうか」

 腰に差した剣を出し、ローラが先に進んだ。 安全地帯より、草木も高い位置まで育っており、叢を掻き分けるのも一苦労だった。 侍女の記憶を辿り、聞いたとおりに進んで行く。 ローラは侍女が言った場所まで行き、地面が見えるまで踏み潰してならす。

 「この辺かしら?」

 侍女二人の返事はなく、二人の話し声も聞こえなくなっている事に気づいた。 背後を振り返った時には、侍女二人の姿は何処にもなかった。

 「あら? もしかして、逸れた?」

 ローラの視界に、日が沈み、真っ暗になった森の中を見つめた。

 ◇

 「あの、私の侍女も居なくなっているのですけれど……。 もしかして、一緒に居るのでしょうか?」
 
 グレンダは持っていた扇子を強く握りしめ、扇子は悲鳴を上げている様な軋んだ音を鳴らした。

 ローラが居なくなったと聞いて、グレンダも心配してバーベキューセットの周囲に集まっていたアンガスたちの元へ駆けつけていた。 アンガスはグレンダの話を聞き、眉をひそめた。

 「グレンダ嬢の侍女も居なくなったのですか?」
 「ええ、バーベキューセットの火を熾してくると言って戻って来ないから、どうしたのかと思っていたら、ローラ様が居なくなったと聞いて……もしかしてと思って」

 しかし、アンガスは侍女二人の容姿を思い出そうとしたが、顔がぼやけていて思い出せない。 だが、はっきりした事がある。 アンガスは大きく息を吐き出した。

 「……っ行方不明者が三人に増えましたね……ローラとグレンダの侍女が一緒に居るのは不自然ですけど、今は言っている場合ではないですね」
 「森の奥へ行った可能性があるんじゃないか?」
 「ですね……何らかの理由があって森へ行って、迷子になったのでしょう。 もう、日も沈みました。 魔物が出る頻度も高くなりますっ」

 (……っ、ローラは武門の家で育っているから、大丈夫だと思いますが……。 あっ、)

 ハッとして、顔を上げたアンガスは、ローラの侍女に視線を向けた。

 「ローラは剣を持って出ましたか?」
 「天幕に置いてあった物が無くなっていたので、恐らくは。 私は荷物の整理などをしていたので、ローラ様が夕食の準備をすると言って出て行ったのは記憶しているのですが、戻って来て剣を持って出た事には気づきませんでした」
 「そうですか……日が沈んで、動けなくなっているんでしょうねっ」

 皆が森へ視線を向けると、森の奥から魔物の咆哮が轟き、大気は震えた。 アンガスの胸が大きく跳ね、血液が身体中に流れる音が大きく聞こえて感じる。

 (ローラっ!!)

 次の瞬間、アンガスの胸に初めての感覚を覚えた。 胸の中にローラを感じて、森の奥、魔物の咆哮が聞こえて来た場所にローラが居ると感じる。 魔力感知や熱感知でもない。

 ただ、分かるのだ。 魔物が居る場所に、愛しい番がいる事を。

 「私の剣を持って来て下さいっ」
 「はっ?!」
 「……アンガス様?」

 アンガスの補佐官は、自身の主の様子に気づき、急いで天幕からアンガスの剣を持って来た。

 「ご武運を、若様」

 無言で補佐官から剣を受け取ると、アンガスは森の中へ駆け出して行った。 背後でリーバイが騒いでいた様だが、補佐官が抑えてくれていた。 後は補佐官に任せ、アンガスは真っ直ぐに今、感じている場所へ向かって足を動かした。

 ◇

 侍女の姿が見えなくなったローラは侍女二人を探した。 元の場所へ戻ろうと思ったのだが、侍女が誘導するまま森の中を進んだので、元の場所に続いているだろうと思っていた道は間違っていた。

 「あれ? こっちの道へ進めば、元の道に戻るんじゃなかったかしら?」

 完全に迷子になり、ローラは気づかないうちに、森の奥へと進んでいた。 森の奥には魔物が多く住みつき、夜には夜行性の強い魔物が活発に活動している。

 (これは……不味いかもしれないっ! アンガス様には、森へ行くと言っておけば良かったっ)

 背後で大きな葉擦れと物音がし、振り返ると、暗闇の奥に怪しく光る二つの瞳と視線があった。

 ローラの喉が鳴らされ、背中には悪寒が走った。 本能がローラへ訴える。
 
 (不味いっ……絶対に強い魔物だわっ)

 姿を現した魔物を視界に捉えた瞬間、ローラの脳裏にアンガスの顔が浮かぶ。

 (アンガス様っ)

 刻印が発熱し、痛いほど心臓が鼓動する。 そして、胸の中でアンガスを感じて、アンガスが居るであろう場所を感じる。

 (アンガス様……こっちへ向かってる?)

 しかし、ローラに考え事をしている余裕はなかった。 目の前の魔物は今にも襲い掛かってきそうな雰囲気でローラを威嚇している。 ローラは持って来た剣を構えた。

 因みにローラを森の奥へ誘い込んだ侍女二人は、因果応報、森をなめていたので、同じように迷子になっていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

君は番じゃ無かったと言われた王宮からの帰り道、本物の番に拾われました

ゆきりん(安室 雪)
恋愛
ココはフラワーテイル王国と言います。確率は少ないけど、番に出会うと匂いで分かると言います。かく言う、私の両親は番だったみたいで、未だに甘い匂いがするって言って、ラブラブです。私もそんな両親みたいになりたいっ!と思っていたのに、私に番宣言した人からは、甘い匂いがしません。しかも、番じゃなかったなんて言い出しました。番婚約破棄?そんなの聞いた事無いわっ!! 打ちひしがれたライムは王宮からの帰り道、本物の番に出会えちゃいます。

最愛の番に殺された獣王妃

望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。 彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。 手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。 聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。 哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて―― 突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……? 「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」 謎の人物の言葉に、私が選択したのは――

そんなに義妹が大事なら、番は解消してあげます。さようなら。

雪葉
恋愛
貧しい子爵家の娘であるセルマは、ある日突然王国の使者から「あなたは我が国の竜人の番だ」と宣言され、竜人族の住まう国、ズーグへと連れて行かれることになる。しかし、連れて行かれた先でのセルマの扱いは散々なものだった。番であるはずのウィルフレッドには既に好きな相手がおり、終始冷たい態度を取られるのだ。セルマはそれでも頑張って彼と仲良くなろうとしたが、何もかもを否定されて終わってしまった。 その内、セルマはウィルフレッドとの番解消を考えるようになる。しかし、「竜人族からしか番関係は解消できない」と言われ、また絶望の中に叩き落とされそうになったその時──、セルマの前に、一人の手が差し伸べられるのであった。 *相手を大事にしなければ、そりゃあ見捨てられてもしょうがないよね。っていう当然の話。

幸せな番が微笑みながら願うこと

矢野りと
恋愛
偉大な竜王に待望の番が見つかったのは10年前のこと。 まだ幼かった番は王宮で真綿に包まれるように大切にされ、成人になる16歳の時に竜王と婚姻を結ぶことが決まっていた。幸せな未来は確定されていたはずだった…。 だが獣人の要素が薄い番の扱いを周りは間違えてしまう。…それは大切に想うがあまりのすれ違いだった。 竜王の番の心は少しづつ追いつめられ蝕まれていく。 ※設定はゆるいです。

運命の番?棄てたのは貴方です

ひよこ1号
恋愛
竜人族の侯爵令嬢エデュラには愛する番が居た。二人は幼い頃に出会い、婚約していたが、番である第一王子エリンギルは、新たに番と名乗り出たリリアーデと婚約する。邪魔になったエデュラとの婚約を解消し、番を引き裂いた大罪人として追放するが……。一方で幼い頃に出会った侯爵令嬢を忘れられない帝国の皇子は、男爵令息と身分を偽り竜人国へと留学していた。 番との運命の出会いと別離の物語。番でない人々の貫く愛。 ※自己設定満載ですので気を付けてください。 ※性描写はないですが、一線を越える個所もあります ※多少の残酷表現あります。 以上2点からセルフレイティング

番から逃げる事にしました

みん
恋愛
リュシエンヌには前世の記憶がある。 前世で人間だった彼女は、結婚を目前に控えたある日、熊族の獣人の番だと判明し、そのまま熊族の領地へ連れ去られてしまった。それからの彼女の人生は大変なもので、最期は番だった自分を恨むように生涯を閉じた。 彼女は200年後、今度は自分が豹の獣人として生まれ変わっていた。そして、そんな記憶を持ったリュシエンヌが番と出会ってしまい、そこから、色んな事に巻き込まれる事になる─と、言うお話です。 ❋相変わらずのゆるふわ設定で、メンタルも豆腐並なので、軽い気持ちで読んで下さい。 ❋独自設定有りです。 ❋他視点の話もあります。 ❋誤字脱字は気を付けていますが、あると思います。すみません。

番が見つけられなかったので諦めて婚約したら、番を見つけてしまった。←今ここ。

三谷朱花
恋愛
息が止まる。 フィオーレがその表現を理解したのは、今日が初めてだった。

【完結】2番目の番とどうぞお幸せに〜聖女は竜人に溺愛される〜

雨香
恋愛
美しく優しい狼獣人の彼に自分とは違うもう一人の番が現れる。 彼と同じ獣人である彼女は、自ら身を引くと言う。 自ら身を引くと言ってくれた2番目の番に心を砕く狼の彼。 「辛い選択をさせてしまった彼女の最後の願いを叶えてやりたい。彼女は、私との思い出が欲しいそうだ」 異世界に召喚されて狼獣人の番になった主人公の溺愛逆ハーレム風話です。 異世界激甘溺愛ばなしをお楽しみいただければ。

処理中です...