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10話
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幼い頃に読んだ事がある偉人の冒険譚が芝居になるという事で、他にも喜劇やロマンス劇があったが、ファブリツィオとヴァレリアは冒険譚を選んでいた。
◇
冒険譚は、山あり谷ありの彼の人生をとても上手に演出した芝居になっていた。
幼い頃を懐かしく思い出し、一緒に遊んでいた頃の話も交え、芝居の感想を言い合い、観劇を楽しんでいた。
ファブリツィオの中で、ヴァレリアとの記憶は幼い頃で止まっている。後は、公務で一緒に仕事した事や、義理でダンスをした事を思い出せば、気持ちが死んでしまう様な思い出しかない。
俺、もの凄く勿体ない事してたな!後悔していても仕方ない!今日をいい思い出にしてやればいいんだ。
芝居の幕が降り、期待以上だった冒険譚に、二人は満ち足りた気持ちで劇場を出た。
「ファブリツィオ様、思っていた以上に楽しかったです」
「ああ、俺も楽しかった。海上での海賊と戦う話は芝居にして欲しかったから、海賊の話が入っていて、感激した」
「私も海賊の話は好きです」
婚約者同士しては、何とも色気もなく、海賊を討伐する話が好きとは、令嬢らしくないが、関係を改善する為に、先ずは一歩を互いが踏み込むには、上手く行ったなと、思っていた。
馬車停めに向かって広場へ足を向けた時、ファブリツィオの目の前に、三人の男女が現れた。ファブリツィオの瞳が見開かれ、脳内で三つの選択肢が思い浮かんだ。
『無視する』今更、無理。
『会話する』したくない。
『挨拶して去る』うん、それだ。
挨拶して去るを選択したファブリツィオは、ヴァレリアの腰を引き、王子スマイルを浮かべる。隣でヴァレリアが小さく身体を跳ねさせたことが分かった。
しかし、ファブリツィオが言葉を発する前に、カーティアが淑女の礼をし、にっこりと微笑んで声をかけてきた。
「殿下、ご機嫌麗しく、この様な場所で、殿下とお会いできるなんて、殿下も観劇をなさってたんですね」
「ああ、奇遇だな。お前たちも来ていたのか」
「ええ、殿下はどちらの劇場に?ロマンス劇の方にはおられなかった様ですが」
「もしかして、偉人の冒険譚の方を見てたのか?俺もそっちが良かったんだけどな。アドルフォがさぁ」
「サヴェリオ、令嬢との観劇だ。選択肢は一つだろう」
まぁ、サヴェリオは冒険譚だろうな。
二人揃ってヴァレリアの方へ視線をやり、アドルフォは観劇のチョイスに信じられないと、小さく鼻で笑っている。
サヴェリオは、貴族令嬢も冒険譚を見るのかと、興味深そうにヴァレリアを見た。
しかし、サヴェリオはデカい為、見下ろすだけで相手を威嚇している様に感じる。
ヴァレリアはサヴェリオの迫力に気圧され、祖父を思い出したのか、素早くファブリツィオの背中に隠れた。ヴァレリアのおどおどした態度は、原因が合ってのものだ。
ヴァレリアの祖父が起こした騒動は、当時は随分と騒がれたが、今は噂も下火になっていて、忘れている人も多い。
怯えてファブリツィオの背中に隠れたヴァレリアを見た二人は馬鹿にした様に笑った。ファブリツィオの柔らかい部分を刺激する。ヴァレリアのトラウマは、彼が植え付けたのだから。
ファブリツィオは王子スマイルを引っ込め、目の前の二人を鋭く睨みつけた。
「サヴェリオ、ヴァレリアを威嚇するな。アドルフォ、王家の婚約者に対してお前の態度は不敬過ぎるぞ」
「俺は威嚇なんかしてないぞ!そっちが勝手にビビってるんだろうが!」短絡なサヴェリオはすぐに怒鳴る。
「サヴェリオ、怒鳴るな!その怒鳴り声が令嬢たちをビビらせているんだ」
全く、観劇の後にカフェに行って芝居について語らおうと思っていたのに。
楽しい思い出作りをしようと思っていたのに、こいつらの所為で台無しだ。
「殿下、私はやはりその方が殿下の婚約者なのは、納得いきません!カーティアの方が優秀で優しくて、淑女の鏡です。彼女の方が殿下の相手に相応しいです」
「うん、俺もそう思うな。別にビビられたからそう言ってる訳じゃないけど」
サヴェリオはヴァレリアにビビられ、不機嫌そうにしている。アドルフォは王子であるファブリツィオを睨みつけてきた。
ファブリツィオは深い溜め息を吐いた。
サヴェリオ、お前は外では敬語を使え! アドルフォ、本当はお前がカーティアと婚約したいんだろう。
「アドルフォ、本当にいいのか?」
「何がですか?」
「クローチェ伯爵令嬢が他の男のものになることだよ」
「……っ!」
カーティアが自分以外の男と一緒にいる所を想像したのだろう。アドルフォの顔が苦痛に歪んだ。
「……殿下だってそうでしょう」
アドルフォの言葉に後ろにいるヴァレリアが反応を示し、身体が小さく揺れた。
「いや、俺はクローチェ伯爵令嬢が幸せなら、相手が誰でも何とも思わない」
「「はぁ?!」」
「えっ……」
彼女を選ぶ気はない。確実に兄上から怒りの電撃が落ちるし、父上から排斥されるだろう。しかも、子供ができたとしても、俺の血が流れているか怪しいという問題に行き当たる。確実に不幸になるじゃないか。彼女には、俺の知らない所で勝手に幸せになって欲しい。切実に。
「俺は婚約解消するつもりはない。王家が決めたことだし、それ以上に自分の気持ちとしても、ヴァレリアと結婚してストラーネオ家に婿に入る」
「ファブリツィオ様」
背後で歓喜の音が混じるヴァレリアの声が聞こえてきた。
臣籍降下すると言ったファブリツィオの顔は晴れ晴れとしていた。顔を俯け、両拳を震わせたアドルフォは、ファブリツィオを睨みつけてきた。カーティアは顔を両手で覆い啜り泣く。手で顔を隠しているので、本当に泣いているかは分からない。
サヴェリオはカーティアの小さい肩を抱き寄せた。
「殿下の気持ちは分かりました」
アドルフォの言葉にやっと分かってくれたかと、胸を撫で下ろしたが、続く言葉にファブリツィオは唖然とした。
「殿下の婚約に関しては何も言いません、しかし、主張はさせて頂きます!」
いや、今何も言わないと言ったよな?!
何で主張するんだよ!!
「臣下としては納得できませんので、ストラーネオ侯爵令嬢が相応しいのか、試させて頂きます!」
「な、何でそうなる!」
「そして、殿下にも学園の運営を任せられるか、問います」
「はぁ?!」
アドルフォからの突然の挑戦的な主張に、ファブリツィオとヴァレリアの二人は、あまりの言い分に何も言葉が出てこなかった。そっと顔を伏せていたカーティアの口元で、笑みが広がった事にファブリツィオは気づかなかった。勿論、アドルフォやサヴェリオもだ。
静まり返った両者の間に、第三者の声が降りてくる。
「いいんじゃないか、面白そうだ。ファブリツィオ、受けたらいい」
「マウリツィオ兄上!」
「「「「王太子殿下っ!」」」」
マウリツィオの登場に、ファブリツィオ以外の皆は直ぐさま臣下の礼をして、頭を下げる。
耀く金髪に濃紺の瞳の王太子は、居るだけで煌めくエフェクトを放っている。
周囲の人々が一斉に傅く光景は、圧巻だった。ファブリツィオには到底出せない威厳である。
「あぁ、顔をあげて。皆ももう、立ち止まらないで行ってくれ」
マウリツィオの一言で皆が動き、去る者は去って行ったが、何が行われているか気になった者は、遠巻きにしてファブリツィオたちを眺めていた。
「兄上、来られていたのですね」
「ああ、私は、一人だったから喜劇を観劇していた。中々、面白かったぞ。ファブリツィオも、次はヴァレリアと喜劇を観劇するといい」
「はい、兄上」
「で、先程の話だが」
マウリツィオがアドルフォたち三人に視線を向けた。カーティアはマウリツィオと視線が合うと、瞳をハートに輝かせて見つめていた。
うわっ、まさかと思うが、兄上にも手を出そうとしている?!
ファブリツィオがカーティアに身体ごと引いていると、マウリツィオが仕切り出した。
「アドルフォはクローチェ伯爵令嬢の優秀さと貞淑さを証明したいんだよね?」
「はい、仰せの通りであります」
「で、ファブリツィオの生徒会長としての器も試したいと」
「はい、その通りで御座います」
暫し考えたマウリツィオは、和かな笑みを浮かべて宣った。
「では、園遊会、武術大会、学期末テストで新生徒会と旧生徒会で勝負をしようではないか」
「殿下、学園のことでご卒業された殿下が口を出してはなりません!」
マウリツィオの側にいた侍従が慌てて忠言する。しかし、マウリツィオはどこ吹く風だ。
「だが、ヴァレリア嬢の不可を問うんだ。王家の決めたことに異論があると言っているのも等しい」
マウリツィオの言葉にアドルフォは、顔を青ざめさせていた。まさか、ここまで大事になるとは思ってもいなかったようだ。
アドルフォ……っ馬鹿な奴だ。もう対決は避けられない。仕方ないな。
後ろにいるヴァレリアの方に視線をやると、ヴァレリアも覚悟を決めた様だ。
「ヴァレリア、大丈夫か?」
「はい、大丈夫です」
ヴァレリアは真っ直ぐにカーティアを見つめていて、瞳には燃える様な炎が映し出されていた。ヴァレリアにしては、珍しい事である。
あれ? ヴァレリア、物凄くやる気になってる?!
「園遊会は生徒会が主催するお茶会でしょう?園遊会では皆のホストとしての能力を発揮してもらおう。武術大会は、そのままだね。優勝、または上位を目指してもらう。学期末テストは……そうだな、五位以内に入ってもらおうか」
楽しそうに対決内容を話すマウリツィオは、まるで用意していたかの様だ。
ファブリツィオは喉を鳴らして、自身の異母兄を見つめた。
「じゃ、来月にある園遊会が最初だね。 ファブリツィオ、ヴァレリア嬢、頑張るんだよ」
「はい」
「はい、善処致します」
マウリツィオが『解散』と、手を打ったので、アドルフォとサヴェリオはカーティアを連れて帰って行った。
「あの、兄上」
「なんだい?」
「もしかしなくても、先程の事は前から計画していたのですか?」
「そうだね、ファブリツィオが馬鹿な事をしていたら、計画したかも知れないね」
マウリツィオの笑みは恐ろしい程、輝きを放っていた。思わず、数歩後ずさったのは許して欲しい。
マウリツィオと別れた後、ヴァレリアの屋敷に送ろうと思っていたが、ヴァレリアはまだ一緒にいたいと、頬を染めながら訴えてきた。
「本来は、園遊会の作戦を考えた方がいいと思うのですけど……私たちの離れてしまった心の距離も埋めたいのです。だ、たから、私と先程の観劇の話をしませんか。いえ、して下さい」
「も、勿論だ。園遊会の作戦会議もしよう。ヴァレリアはサヴェリオの威嚇に疲れていると思っていたから……帰ろうと思っていた」
「いつまでもトラウマに負けていては駄目だと思ったのです」
「そうか、でも、無理しなくても」
ヴァレリアは顔を左右に振り、膝の上で両手を握り締めていた。ヴァレリアの固い決意を感じ、彼女の意見を尊重しようと、決めた。
「分かった。では、当初の予定通り、カフェへ行こう。最近話題のスィーツが令嬢たちに人気なんだそうだ」
「はい、楽しみです」
御者に指示を出すと、二人を乗せた馬車は、人気だと噂のカフェへ向かって走らせた。
翌日には、ファブリツィオとアドルフォの対立が学園の生徒たちに瞬く間に広がった。劇場でファブリツィオたちを見掛けた学園の生徒が広めたのだ。
ファブリツィオが率いる新生徒会と、アドルフォが率いる旧生徒会が、今後の学園運営を賭けて三番勝負に挑む事が知らされた。
直ぐに生徒たちは反応し、どちらに着くのか、生徒たちは後々の貴族社会での立ち位置などを考え慎重に話し合われていた。
◇
「大変なことになったわね。ヴァレリア、大丈夫なの?」
「ええ、大丈夫よ。私、頑張るって決めたの」
「そう、ヴァレリアが決めたのなら、私は何も言わないわ。でも、私は貴方の味方よ。だから、何か辛いことが遭ったらいつでも言ってね。力になるわ」
「ありがとう、フィオレラ」
カフェでファブリツィオと話し合った後、噂が出回る前に、親友でもあるフィオレラに劇場でのことを話した。
今は夕食も終わり、ヴァレリアの部屋で寛いでいる。
ヴァレリアはずっとカーティアの事は生徒たちの間で語られている様な人柄なのだと思っていた。しかし、初めて接したカーティアは聞いていた人柄とは違うことに気づいたのだ。
もっと早くに私が気づいていたら、ファブリツィオ様に忠告ができて、彼が傷つくこともなかったのに。でも、彼女にご執心だったファブリツィオ様は、私の話は聞いてくれなかったわね。
「彼女、ガリツィア様が私がファブリツィオ様に相応しくないって言った時、笑ったの……」
「えぇ、何ですって!それって自分の方が相応しいとか思っているから?まぁ、ヴァレリアと対立するってことだから、そう思っているんでしょけど」
フィオレラが憤慨しながら怒っている。
「それでね、王太子殿下が来られた時、ずっと王太子殿下をうっとりとして見ていて、瞳がハートマークになっていたのだけど」
「う~ん、それは淑女には遠い様な気がするわね」
「そうなの。もしかしたら、ファブリツィオ様のこと、本気で好きではないのではって思ったら、腹が立ってきて」
「それはムカつくと思うわ。でも、待って。私、調べてみるわ。どんな事でも裏取りをしないと、下手なことは言えないわ」
「そうね、私たちは上に立つ貴族として、ちゃんと調べないと駄目ね」
「怪しいけれど、憶測で物を言ってはいけないわ」
「ええ」
ヴァレリアとフィオレラは、二人して怪しい笑い声を出していた。側で見ていたオルガは、令嬢二人が醸し出すオーラに、恐れ慄いていた。
◇
冒険譚は、山あり谷ありの彼の人生をとても上手に演出した芝居になっていた。
幼い頃を懐かしく思い出し、一緒に遊んでいた頃の話も交え、芝居の感想を言い合い、観劇を楽しんでいた。
ファブリツィオの中で、ヴァレリアとの記憶は幼い頃で止まっている。後は、公務で一緒に仕事した事や、義理でダンスをした事を思い出せば、気持ちが死んでしまう様な思い出しかない。
俺、もの凄く勿体ない事してたな!後悔していても仕方ない!今日をいい思い出にしてやればいいんだ。
芝居の幕が降り、期待以上だった冒険譚に、二人は満ち足りた気持ちで劇場を出た。
「ファブリツィオ様、思っていた以上に楽しかったです」
「ああ、俺も楽しかった。海上での海賊と戦う話は芝居にして欲しかったから、海賊の話が入っていて、感激した」
「私も海賊の話は好きです」
婚約者同士しては、何とも色気もなく、海賊を討伐する話が好きとは、令嬢らしくないが、関係を改善する為に、先ずは一歩を互いが踏み込むには、上手く行ったなと、思っていた。
馬車停めに向かって広場へ足を向けた時、ファブリツィオの目の前に、三人の男女が現れた。ファブリツィオの瞳が見開かれ、脳内で三つの選択肢が思い浮かんだ。
『無視する』今更、無理。
『会話する』したくない。
『挨拶して去る』うん、それだ。
挨拶して去るを選択したファブリツィオは、ヴァレリアの腰を引き、王子スマイルを浮かべる。隣でヴァレリアが小さく身体を跳ねさせたことが分かった。
しかし、ファブリツィオが言葉を発する前に、カーティアが淑女の礼をし、にっこりと微笑んで声をかけてきた。
「殿下、ご機嫌麗しく、この様な場所で、殿下とお会いできるなんて、殿下も観劇をなさってたんですね」
「ああ、奇遇だな。お前たちも来ていたのか」
「ええ、殿下はどちらの劇場に?ロマンス劇の方にはおられなかった様ですが」
「もしかして、偉人の冒険譚の方を見てたのか?俺もそっちが良かったんだけどな。アドルフォがさぁ」
「サヴェリオ、令嬢との観劇だ。選択肢は一つだろう」
まぁ、サヴェリオは冒険譚だろうな。
二人揃ってヴァレリアの方へ視線をやり、アドルフォは観劇のチョイスに信じられないと、小さく鼻で笑っている。
サヴェリオは、貴族令嬢も冒険譚を見るのかと、興味深そうにヴァレリアを見た。
しかし、サヴェリオはデカい為、見下ろすだけで相手を威嚇している様に感じる。
ヴァレリアはサヴェリオの迫力に気圧され、祖父を思い出したのか、素早くファブリツィオの背中に隠れた。ヴァレリアのおどおどした態度は、原因が合ってのものだ。
ヴァレリアの祖父が起こした騒動は、当時は随分と騒がれたが、今は噂も下火になっていて、忘れている人も多い。
怯えてファブリツィオの背中に隠れたヴァレリアを見た二人は馬鹿にした様に笑った。ファブリツィオの柔らかい部分を刺激する。ヴァレリアのトラウマは、彼が植え付けたのだから。
ファブリツィオは王子スマイルを引っ込め、目の前の二人を鋭く睨みつけた。
「サヴェリオ、ヴァレリアを威嚇するな。アドルフォ、王家の婚約者に対してお前の態度は不敬過ぎるぞ」
「俺は威嚇なんかしてないぞ!そっちが勝手にビビってるんだろうが!」短絡なサヴェリオはすぐに怒鳴る。
「サヴェリオ、怒鳴るな!その怒鳴り声が令嬢たちをビビらせているんだ」
全く、観劇の後にカフェに行って芝居について語らおうと思っていたのに。
楽しい思い出作りをしようと思っていたのに、こいつらの所為で台無しだ。
「殿下、私はやはりその方が殿下の婚約者なのは、納得いきません!カーティアの方が優秀で優しくて、淑女の鏡です。彼女の方が殿下の相手に相応しいです」
「うん、俺もそう思うな。別にビビられたからそう言ってる訳じゃないけど」
サヴェリオはヴァレリアにビビられ、不機嫌そうにしている。アドルフォは王子であるファブリツィオを睨みつけてきた。
ファブリツィオは深い溜め息を吐いた。
サヴェリオ、お前は外では敬語を使え! アドルフォ、本当はお前がカーティアと婚約したいんだろう。
「アドルフォ、本当にいいのか?」
「何がですか?」
「クローチェ伯爵令嬢が他の男のものになることだよ」
「……っ!」
カーティアが自分以外の男と一緒にいる所を想像したのだろう。アドルフォの顔が苦痛に歪んだ。
「……殿下だってそうでしょう」
アドルフォの言葉に後ろにいるヴァレリアが反応を示し、身体が小さく揺れた。
「いや、俺はクローチェ伯爵令嬢が幸せなら、相手が誰でも何とも思わない」
「「はぁ?!」」
「えっ……」
彼女を選ぶ気はない。確実に兄上から怒りの電撃が落ちるし、父上から排斥されるだろう。しかも、子供ができたとしても、俺の血が流れているか怪しいという問題に行き当たる。確実に不幸になるじゃないか。彼女には、俺の知らない所で勝手に幸せになって欲しい。切実に。
「俺は婚約解消するつもりはない。王家が決めたことだし、それ以上に自分の気持ちとしても、ヴァレリアと結婚してストラーネオ家に婿に入る」
「ファブリツィオ様」
背後で歓喜の音が混じるヴァレリアの声が聞こえてきた。
臣籍降下すると言ったファブリツィオの顔は晴れ晴れとしていた。顔を俯け、両拳を震わせたアドルフォは、ファブリツィオを睨みつけてきた。カーティアは顔を両手で覆い啜り泣く。手で顔を隠しているので、本当に泣いているかは分からない。
サヴェリオはカーティアの小さい肩を抱き寄せた。
「殿下の気持ちは分かりました」
アドルフォの言葉にやっと分かってくれたかと、胸を撫で下ろしたが、続く言葉にファブリツィオは唖然とした。
「殿下の婚約に関しては何も言いません、しかし、主張はさせて頂きます!」
いや、今何も言わないと言ったよな?!
何で主張するんだよ!!
「臣下としては納得できませんので、ストラーネオ侯爵令嬢が相応しいのか、試させて頂きます!」
「な、何でそうなる!」
「そして、殿下にも学園の運営を任せられるか、問います」
「はぁ?!」
アドルフォからの突然の挑戦的な主張に、ファブリツィオとヴァレリアの二人は、あまりの言い分に何も言葉が出てこなかった。そっと顔を伏せていたカーティアの口元で、笑みが広がった事にファブリツィオは気づかなかった。勿論、アドルフォやサヴェリオもだ。
静まり返った両者の間に、第三者の声が降りてくる。
「いいんじゃないか、面白そうだ。ファブリツィオ、受けたらいい」
「マウリツィオ兄上!」
「「「「王太子殿下っ!」」」」
マウリツィオの登場に、ファブリツィオ以外の皆は直ぐさま臣下の礼をして、頭を下げる。
耀く金髪に濃紺の瞳の王太子は、居るだけで煌めくエフェクトを放っている。
周囲の人々が一斉に傅く光景は、圧巻だった。ファブリツィオには到底出せない威厳である。
「あぁ、顔をあげて。皆ももう、立ち止まらないで行ってくれ」
マウリツィオの一言で皆が動き、去る者は去って行ったが、何が行われているか気になった者は、遠巻きにしてファブリツィオたちを眺めていた。
「兄上、来られていたのですね」
「ああ、私は、一人だったから喜劇を観劇していた。中々、面白かったぞ。ファブリツィオも、次はヴァレリアと喜劇を観劇するといい」
「はい、兄上」
「で、先程の話だが」
マウリツィオがアドルフォたち三人に視線を向けた。カーティアはマウリツィオと視線が合うと、瞳をハートに輝かせて見つめていた。
うわっ、まさかと思うが、兄上にも手を出そうとしている?!
ファブリツィオがカーティアに身体ごと引いていると、マウリツィオが仕切り出した。
「アドルフォはクローチェ伯爵令嬢の優秀さと貞淑さを証明したいんだよね?」
「はい、仰せの通りであります」
「で、ファブリツィオの生徒会長としての器も試したいと」
「はい、その通りで御座います」
暫し考えたマウリツィオは、和かな笑みを浮かべて宣った。
「では、園遊会、武術大会、学期末テストで新生徒会と旧生徒会で勝負をしようではないか」
「殿下、学園のことでご卒業された殿下が口を出してはなりません!」
マウリツィオの側にいた侍従が慌てて忠言する。しかし、マウリツィオはどこ吹く風だ。
「だが、ヴァレリア嬢の不可を問うんだ。王家の決めたことに異論があると言っているのも等しい」
マウリツィオの言葉にアドルフォは、顔を青ざめさせていた。まさか、ここまで大事になるとは思ってもいなかったようだ。
アドルフォ……っ馬鹿な奴だ。もう対決は避けられない。仕方ないな。
後ろにいるヴァレリアの方に視線をやると、ヴァレリアも覚悟を決めた様だ。
「ヴァレリア、大丈夫か?」
「はい、大丈夫です」
ヴァレリアは真っ直ぐにカーティアを見つめていて、瞳には燃える様な炎が映し出されていた。ヴァレリアにしては、珍しい事である。
あれ? ヴァレリア、物凄くやる気になってる?!
「園遊会は生徒会が主催するお茶会でしょう?園遊会では皆のホストとしての能力を発揮してもらおう。武術大会は、そのままだね。優勝、または上位を目指してもらう。学期末テストは……そうだな、五位以内に入ってもらおうか」
楽しそうに対決内容を話すマウリツィオは、まるで用意していたかの様だ。
ファブリツィオは喉を鳴らして、自身の異母兄を見つめた。
「じゃ、来月にある園遊会が最初だね。 ファブリツィオ、ヴァレリア嬢、頑張るんだよ」
「はい」
「はい、善処致します」
マウリツィオが『解散』と、手を打ったので、アドルフォとサヴェリオはカーティアを連れて帰って行った。
「あの、兄上」
「なんだい?」
「もしかしなくても、先程の事は前から計画していたのですか?」
「そうだね、ファブリツィオが馬鹿な事をしていたら、計画したかも知れないね」
マウリツィオの笑みは恐ろしい程、輝きを放っていた。思わず、数歩後ずさったのは許して欲しい。
マウリツィオと別れた後、ヴァレリアの屋敷に送ろうと思っていたが、ヴァレリアはまだ一緒にいたいと、頬を染めながら訴えてきた。
「本来は、園遊会の作戦を考えた方がいいと思うのですけど……私たちの離れてしまった心の距離も埋めたいのです。だ、たから、私と先程の観劇の話をしませんか。いえ、して下さい」
「も、勿論だ。園遊会の作戦会議もしよう。ヴァレリアはサヴェリオの威嚇に疲れていると思っていたから……帰ろうと思っていた」
「いつまでもトラウマに負けていては駄目だと思ったのです」
「そうか、でも、無理しなくても」
ヴァレリアは顔を左右に振り、膝の上で両手を握り締めていた。ヴァレリアの固い決意を感じ、彼女の意見を尊重しようと、決めた。
「分かった。では、当初の予定通り、カフェへ行こう。最近話題のスィーツが令嬢たちに人気なんだそうだ」
「はい、楽しみです」
御者に指示を出すと、二人を乗せた馬車は、人気だと噂のカフェへ向かって走らせた。
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ファブリツィオが率いる新生徒会と、アドルフォが率いる旧生徒会が、今後の学園運営を賭けて三番勝負に挑む事が知らされた。
直ぐに生徒たちは反応し、どちらに着くのか、生徒たちは後々の貴族社会での立ち位置などを考え慎重に話し合われていた。
◇
「大変なことになったわね。ヴァレリア、大丈夫なの?」
「ええ、大丈夫よ。私、頑張るって決めたの」
「そう、ヴァレリアが決めたのなら、私は何も言わないわ。でも、私は貴方の味方よ。だから、何か辛いことが遭ったらいつでも言ってね。力になるわ」
「ありがとう、フィオレラ」
カフェでファブリツィオと話し合った後、噂が出回る前に、親友でもあるフィオレラに劇場でのことを話した。
今は夕食も終わり、ヴァレリアの部屋で寛いでいる。
ヴァレリアはずっとカーティアの事は生徒たちの間で語られている様な人柄なのだと思っていた。しかし、初めて接したカーティアは聞いていた人柄とは違うことに気づいたのだ。
もっと早くに私が気づいていたら、ファブリツィオ様に忠告ができて、彼が傷つくこともなかったのに。でも、彼女にご執心だったファブリツィオ様は、私の話は聞いてくれなかったわね。
「彼女、ガリツィア様が私がファブリツィオ様に相応しくないって言った時、笑ったの……」
「えぇ、何ですって!それって自分の方が相応しいとか思っているから?まぁ、ヴァレリアと対立するってことだから、そう思っているんでしょけど」
フィオレラが憤慨しながら怒っている。
「それでね、王太子殿下が来られた時、ずっと王太子殿下をうっとりとして見ていて、瞳がハートマークになっていたのだけど」
「う~ん、それは淑女には遠い様な気がするわね」
「そうなの。もしかしたら、ファブリツィオ様のこと、本気で好きではないのではって思ったら、腹が立ってきて」
「それはムカつくと思うわ。でも、待って。私、調べてみるわ。どんな事でも裏取りをしないと、下手なことは言えないわ」
「そうね、私たちは上に立つ貴族として、ちゃんと調べないと駄目ね」
「怪しいけれど、憶測で物を言ってはいけないわ」
「ええ」
ヴァレリアとフィオレラは、二人して怪しい笑い声を出していた。側で見ていたオルガは、令嬢二人が醸し出すオーラに、恐れ慄いていた。
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微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。
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