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29話
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翌朝、森の中のキャンプ場へ移動した学園の一・二年生は、思い思いに好きな事をする為、準備していた。
各教師の注意事項や、釣りや狩猟、遠出の引率者からの説明がされている。
「殿下はどうするの?」
『誰とどうするのか?』とは聞かれなかった。隣にいるフラヴィオから訊ねられ、そう言えば決めていなかった事を思い出した。
「いや、決めてなかったな」
「えぇぇ、まぁ、余分に準備はされているだろうけれど…….」
「……仕方ないだろう。園遊会までピエトロに公務を詰め詰めにされたんだ。考える余裕がなかったし、すっかり忘れてた」
「それは、ご愁傷様です」
本当に同情したのか、フラヴィオが眉尻を下げて見つめられる。フラヴィオを半眼で見つめ、反対にフラヴィオはどうするのか聞いてみた。
「で、お前はどうするつもりなんた?」
「僕は遠出だね。二人乗りの約束をしているからね」
敢えて詳しく聞かなかった。フラヴィオの事だから、何処かの美少女な令嬢に決まっている。
フラヴィオと話している内に、生徒が教師と共に移動を始めた。昼食は保養所が用意した軽食の弁当を持たされる。
釣りと狩猟チームは皆の夕食の為、張り切って川や森の中へ向かって行った。
馬での遠出チームは令嬢が多く、開けた草原へ向かい、見晴らしのいい場所で馬と戯れる。
森の中で弓を射つ音が響き、別の場所では猟銃の音が響いている。
狩猟チームは弓隊と猟銃隊に別れていた。危険がない様に、両者は背中を向けて歩き、獲物は目の前に現れた物のみだ。
音の様子から矢は外れた様で、木にあたったらしい。ファブリツィオは狩猟チームに混じっていた。今後の事を思うと、少しでもストレスを発散させておきたい。
クローチェ伯爵令嬢が動くなら、夜の天体観測だろうな。天体観測か……昔を思い出すな。
幼い頃、王宮の裏に広がっている森でかくれんぼしたことを思い出した。
背後を振り返り、弓を担ぐヴァレリアの姿を見つめる。ヴァレリアは森でかくれんぼがしたいと言っていたから、狩猟を選ぶと思っていた。
トロヴァート家の双子、ヴァレリオやジャンカルロが居ても不思議ではないが、サヴェリオやアドルフォが居たことには驚いた。中でもフィオレラとアドルフォは意外だった。如何にも嫌がりそうなのに。
「殿下、前!」
余所見をしている所に、ヴァレリオの声で前を見る。目の前の草むらに獲物が素早く隠れた。音を鳴らさずに静かに矢を番え、逃げる為に出て来る所を狙う。
葉擦れの音が鳴り、番えた矢を放つ。
草叢から出て来た獲物に矢が刺さり、小さい悲鳴があがる。
序でに着いて来ていた数人の令嬢からも悲鳴が上がる。彼女らはヴァレリオとジャンカルロが目当ての様だ。出発前、素人の彼女たちはヴァレリアに手解きを受けていたが、ちゃんと理解していなかった様だ。
「あぁ、彼女たち、今夜のご飯は食べられませんね」
ヴァレリオが小さく呟く。
「仕方ないな、解体現場は見せない方がいいだろう。直ぐに血抜きするぞ」
「はい、でもこれで肉確保ですね」
「ああ、それに釣りや狩猟で人数分は確保できないし、保養所からシチューの材料が用意されているしな」
「ええ」
「思ったんですけど、令嬢たちは素直に料理するんですか?」
ヴァレリオと獲物の解体をしながら話していると、ジャンカルロが話に入って来た。チラリと彼らの取り巻きの令嬢たちを見る。
令嬢たちの相手は、ヴァレリアとフィオレラがしている。彼女たちは弓を担いではいるが、明らかに狩猟に嫌悪感を見せている。
「まぁ、手伝わないなら、飯抜きにすればいい」
「……中々、鬼畜ですね」
ジャンカルロは少しだけファブリツィオに厳しい眼差しを向けてくる。理由は知っている。園遊会では、ファブリツィオとヴァレリア、カーティアの三人の噂話が面白おかしくされているからだ。
本当にリアのことを心配しているんだな。でも、俺もリアが誰よりも大事だからな。負けないぞ!
ファブリツィオは真剣な眼差しでジャンカルロに視線を送った。
「働かずもの食うべからずだ」
「まぁ、食べられない令嬢も出るだろうし、その辺のフォローはしましょう」
息を吐いたファブリツィオとジャンカルロは、ヴァレリオの意見に同意した。
解体も終わり、もう少し奥へ行こうと話し合い、ファブリツィオは森の奥へ入って行った。
◇
馬での遠出を選んだカーティアは、少ない参加人数の男子生徒に囲まれていた。
大抵がカーティアの信奉者だ。
少し離れた場所で、フラヴィオは溜め息をついた。釣りや狩猟を避けたのは、カーティアを見張る為だ。何やらカーティアがよからぬ事を考えていると聞き、元々遠出志望だったたフラヴィオに、面倒な役割が回って来た。
カーティア、ペアで狩猟とか提案してたんじゃなかったっけ?何を考えているのやらだな。
カーティアとしては、どうやって合法的にファブリツィオと二人っきりになれるか考えていただけだ。狩猟に興味があった訳ではない。
殿下も、排斥を狙っているカーティアにずっと狙われるのは面倒だろうし、彼女ももう終わりかな……しぶとく生きそうだけど。
「ジラルデンゴ侯爵子息?何処を見ているのかしら?」
前に乗せていた自身の補佐である実行委員の令嬢から冷たい視線を送られる。
「あぁ、ごめんね。一応、生徒会のメンバーとして何も問題ないか見てたんだよ」
「そうですか、私はクローチェ伯爵令嬢を見ているのかと思いましたわ」
「あれ?もしかしてヤキモチかな?」
「ち、違いますわ!あ、貴女の様な女ったらしは大っ嫌いですから。今日、一緒に乗馬しているのも、殿下の補佐官に頼まれたからで、べ、別に他意はありません!」
彼女は一気に捲し立てた。貼り付けた笑みを浮かべたフラヴィオの手が強く手綱を握りしめる。突然、腹を蹴られた馬は直ぐに駆け出し、スピードをあげる。
令嬢の悲鳴が草原中に響き渡った。
何事かと、草原で乗馬を楽しむ学園の生徒たちがフラヴィオたちを見ていた。
◇
森での自由行動が終わり、キャンプ場へ戻って来た狩猟チームのファブリツィオたちは、自分たちの成果を皆に見せていた。
釣りチームもいい結果だったらしく、夕食のテーブルには、悪戦苦闘して生徒たちが作り上げた魚料理と肉料理、シチューが並び、果物とサラダが並んでいた。
魚料理と肉料理は小皿に乗せられた分だけだったが、自分たちで作った物なので、それなりに美味しく感じられた。
各々、好きなグループを作って夕食を摂る。今夜は天体観測で最後の夜だ。
今夜はファブリツィオの周囲には、生徒会の面々が集まっていた。来月の終わりには芸術祭もあり、また忙しくなるので、皆とゆっくり話す機会もないだろう。
背後から近づいて来る足音に振り返る。
「殿下、こちらにいたんですね。探しました。あら、皆も居たんですね。もしかして、生徒会の話をされてました?」
「いや、ゆっくり出来る最後の夜だらな。皆と今日の出来事を話していただけだ」
「そうですか、あの、お隣いいですか? 殿下」
ファブリツィオの右隣にはヴァレリアが座っていて、左側は空いていた。
丸太で作られたテーブルとベンチは暖かみが感じられる。カーティアの一言で、一瞬にして暖かみが減った様な気がする。
カーティアの行動を皆がじっと眺めていたが、ファブリツィオは和かな笑みを浮かべた。
「ああ、いいぞ」
「ありがとうございます」
安堵した様に微笑んだカーティアは、本性を知らない者から見たら、とても可愛らしく映っている事だろう。
丸太のベンチに座ったカーティアが少し近い位置まで寄って来る。皆が一斉にファブリツィオとヴァレリア、カーティアの三人から視線を逸らした。
そっと腕に細い手が触れる感触を感じた。にこりと微笑むと、カーティアは躊躇う事なく言った。
「殿下、今夜の天体観測、私も一緒にしてもよろしいですか?」
「私は生徒会の面々とする。君が良ければ混ざればいい」
「ありがとうございます、殿下」
本当は二人っきりがいいと、カーティアの表情には出ていた。
夕食が終わり、暫しの休憩の後、天体観測の準備が始められた。好きなグループごとに分かれ、満天の星を観測して楽しむ。
「殿下、私、いい場所を知っているんです。事前に調べましたの」
小さく息を吐いたファブリツィオは、素早くヴァレリオ、フラヴィオ、最後にトロヴァート家の双子に挟まれたヴァレリアを見た。皆が頷くとカーティアと向き合う。
「そうか、いい場所を知っているなら案内してくれ」
「はい、殿下!」
嬉しそうに微笑むカーティアは、ファブリツィオの腕を引いて森の奥へ連れて行く。生徒会の面々も二人を追いかけて森の奥へ入ったが、逸れてしまった。
「くそっ、何で殿下は、あの女に簡単に着いて行くんだ?!」
ジャンカルロはヴァレリアが居るにも関わらず、大きな声を出した。ジャンカルロは二人を追って更に奥へ入ろうとして、ヴァレリオに止められた。
「待て、ジャン!それ以上は行くな! 危ない」
「何故、止めるんだ、リオ?!」
「殿下がクローチェ伯爵令嬢を自由に振る舞わせているのには、訳があるんだ」
「それはどういう事だ!」
周囲の木々の影で、何かが蠢く気配を感じ、皆が身構えた。溜め息を吐いたヴァレリオは、隠し持っていた短剣をジャンカルロに投げると、ヴァレリアたちの背後を庇って短剣を構えた。
「説明は後でする。俺たちの任務は、ここから姉上を無事に逃すことだ」
「はぁ?!任務?」
ジャンカルロが戸惑っている間に木々の間から十数人の破落戸が現れた。
「マジか……」
「マジだ」
「僕は争い事は苦手なのに!殿下の馬鹿!」
「ヴァレリア、フィオレラ、俺から離れるなよ」
「分かっているわ」
「ええ」
ヴァレリアとフィオレラは、フラヴィオが嘆いている後ろで、フリオに力強く頷いた。フラヴィオも嘆いている割に、彼女たちを背中で庇い、離れる気はない様だ。
「後でキッチリと説明してもらうからな!」
「ああ」
◇
狩猟から戻って来て直ぐに、ピエトロの送り込んだコマ使いから報告があった。
「……やっぱり、そんな手で来るんだな」
報告を聞いたファブリツィオは、頭が痛いと両手で頭を抱えた。コマ使いから指示を仰がれた。
「どうされます?破落戸は、もう森に潜んでいると思います」
「そうか。しかし、動きが早いな。もしかしなくても、失敗した時の為に予め用意していたのか?」
「はい、殿下に薬が聞かないという事もありますし」
「なるはどな、分かった。罠にかかる振りをするのだから、天体観測は生徒会のメンバーでする。ヴァレリアに誰も触れさせない、俺が側にいなくてもな。で、今度こそ片をつける。破落戸を影で囲め、ヴァレリオとフリオがいるし、後、ジャンカルロも、あいつもそこそこできるだろう。お前は俺の護衛だ」
「了解しました」
コマ使いは森の奥へと消えた。
ファブリツィオはカーティアに腕を引かれて森の奥へ来た。暫し森を行くと、小さく開けた場所に出た。
「こちらです、殿下。見上げて下さい。 星が綺麗ですよ」
見上げたファブリツィオは、夜空に浮かぶ満天の星に瞳を細めた。
「ああ、綺麗だな」
こんな状況ではなかったら、ヴァレリアと楽しめたのにな。
ファブリツィオの周囲で紅茶の香りが漂い、カーティアがいた方へ視線をやる。
何処から現れたのか、アリーチェがいて、草叢に布が敷かれ、天体観測の為の望遠鏡が置かれる。シートの上には、他にも軽食が用意され、大きなクッションが置かれていた。
何故、クッション?分からなくもないが、大き過ぎないか?そして、用意周到過ぎないか?
「皆様は、もう少し後に来られます。 先にお二人で天体観測をお楽しみ下さい」
「あ、あぁ……」
俺に不信がられない様にか!
「では、ごゆっくり。私は少し他の方の様子を見に行って参ります」
「……あぁ」
アリーチェは森の奥へ消えた。程なく影に捉えられるだろう。ファブリツィオは、等々、カーティアと二人っきりにされてしまった。
「殿下、紅茶をどうぞ、温まりますわ」
「ああ、ありがとう」
シートへ腰を下ろしたファブリツィオは、紅茶が入ったカップを眺め、喉を鳴らした。
『入れ替えた中身はただの栄養剤ですから安心して飲んでください』
ファブリツィオの脳裏で再生されたコマ使いの声が響く。
俺はお前を信じているからな!
紅茶カップを傾け、ファブリツィオは一気に中身を喉に流し込み、紅茶を飲み干す。ファブリツィオの瞳が大きく見開かれ、力が抜けて身体が傾ぐ。
草地に手を付いて震えるファブリツィオ。
ま、不味すぎる!何だこの味!苦過ぎて喉が痛いし、身体の震えが止まらないじゃないか!俺に何を飲ませた、ピエトロ?!
口を開閉させて震えるファブリツィオを見て、カーティアは媚薬が効いているのだと、勘違いをした様だ。ファブリツィオの隣で怪しく微笑むカーティアが寄り添った。
各教師の注意事項や、釣りや狩猟、遠出の引率者からの説明がされている。
「殿下はどうするの?」
『誰とどうするのか?』とは聞かれなかった。隣にいるフラヴィオから訊ねられ、そう言えば決めていなかった事を思い出した。
「いや、決めてなかったな」
「えぇぇ、まぁ、余分に準備はされているだろうけれど…….」
「……仕方ないだろう。園遊会までピエトロに公務を詰め詰めにされたんだ。考える余裕がなかったし、すっかり忘れてた」
「それは、ご愁傷様です」
本当に同情したのか、フラヴィオが眉尻を下げて見つめられる。フラヴィオを半眼で見つめ、反対にフラヴィオはどうするのか聞いてみた。
「で、お前はどうするつもりなんた?」
「僕は遠出だね。二人乗りの約束をしているからね」
敢えて詳しく聞かなかった。フラヴィオの事だから、何処かの美少女な令嬢に決まっている。
フラヴィオと話している内に、生徒が教師と共に移動を始めた。昼食は保養所が用意した軽食の弁当を持たされる。
釣りと狩猟チームは皆の夕食の為、張り切って川や森の中へ向かって行った。
馬での遠出チームは令嬢が多く、開けた草原へ向かい、見晴らしのいい場所で馬と戯れる。
森の中で弓を射つ音が響き、別の場所では猟銃の音が響いている。
狩猟チームは弓隊と猟銃隊に別れていた。危険がない様に、両者は背中を向けて歩き、獲物は目の前に現れた物のみだ。
音の様子から矢は外れた様で、木にあたったらしい。ファブリツィオは狩猟チームに混じっていた。今後の事を思うと、少しでもストレスを発散させておきたい。
クローチェ伯爵令嬢が動くなら、夜の天体観測だろうな。天体観測か……昔を思い出すな。
幼い頃、王宮の裏に広がっている森でかくれんぼしたことを思い出した。
背後を振り返り、弓を担ぐヴァレリアの姿を見つめる。ヴァレリアは森でかくれんぼがしたいと言っていたから、狩猟を選ぶと思っていた。
トロヴァート家の双子、ヴァレリオやジャンカルロが居ても不思議ではないが、サヴェリオやアドルフォが居たことには驚いた。中でもフィオレラとアドルフォは意外だった。如何にも嫌がりそうなのに。
「殿下、前!」
余所見をしている所に、ヴァレリオの声で前を見る。目の前の草むらに獲物が素早く隠れた。音を鳴らさずに静かに矢を番え、逃げる為に出て来る所を狙う。
葉擦れの音が鳴り、番えた矢を放つ。
草叢から出て来た獲物に矢が刺さり、小さい悲鳴があがる。
序でに着いて来ていた数人の令嬢からも悲鳴が上がる。彼女らはヴァレリオとジャンカルロが目当ての様だ。出発前、素人の彼女たちはヴァレリアに手解きを受けていたが、ちゃんと理解していなかった様だ。
「あぁ、彼女たち、今夜のご飯は食べられませんね」
ヴァレリオが小さく呟く。
「仕方ないな、解体現場は見せない方がいいだろう。直ぐに血抜きするぞ」
「はい、でもこれで肉確保ですね」
「ああ、それに釣りや狩猟で人数分は確保できないし、保養所からシチューの材料が用意されているしな」
「ええ」
「思ったんですけど、令嬢たちは素直に料理するんですか?」
ヴァレリオと獲物の解体をしながら話していると、ジャンカルロが話に入って来た。チラリと彼らの取り巻きの令嬢たちを見る。
令嬢たちの相手は、ヴァレリアとフィオレラがしている。彼女たちは弓を担いではいるが、明らかに狩猟に嫌悪感を見せている。
「まぁ、手伝わないなら、飯抜きにすればいい」
「……中々、鬼畜ですね」
ジャンカルロは少しだけファブリツィオに厳しい眼差しを向けてくる。理由は知っている。園遊会では、ファブリツィオとヴァレリア、カーティアの三人の噂話が面白おかしくされているからだ。
本当にリアのことを心配しているんだな。でも、俺もリアが誰よりも大事だからな。負けないぞ!
ファブリツィオは真剣な眼差しでジャンカルロに視線を送った。
「働かずもの食うべからずだ」
「まぁ、食べられない令嬢も出るだろうし、その辺のフォローはしましょう」
息を吐いたファブリツィオとジャンカルロは、ヴァレリオの意見に同意した。
解体も終わり、もう少し奥へ行こうと話し合い、ファブリツィオは森の奥へ入って行った。
◇
馬での遠出を選んだカーティアは、少ない参加人数の男子生徒に囲まれていた。
大抵がカーティアの信奉者だ。
少し離れた場所で、フラヴィオは溜め息をついた。釣りや狩猟を避けたのは、カーティアを見張る為だ。何やらカーティアがよからぬ事を考えていると聞き、元々遠出志望だったたフラヴィオに、面倒な役割が回って来た。
カーティア、ペアで狩猟とか提案してたんじゃなかったっけ?何を考えているのやらだな。
カーティアとしては、どうやって合法的にファブリツィオと二人っきりになれるか考えていただけだ。狩猟に興味があった訳ではない。
殿下も、排斥を狙っているカーティアにずっと狙われるのは面倒だろうし、彼女ももう終わりかな……しぶとく生きそうだけど。
「ジラルデンゴ侯爵子息?何処を見ているのかしら?」
前に乗せていた自身の補佐である実行委員の令嬢から冷たい視線を送られる。
「あぁ、ごめんね。一応、生徒会のメンバーとして何も問題ないか見てたんだよ」
「そうですか、私はクローチェ伯爵令嬢を見ているのかと思いましたわ」
「あれ?もしかしてヤキモチかな?」
「ち、違いますわ!あ、貴女の様な女ったらしは大っ嫌いですから。今日、一緒に乗馬しているのも、殿下の補佐官に頼まれたからで、べ、別に他意はありません!」
彼女は一気に捲し立てた。貼り付けた笑みを浮かべたフラヴィオの手が強く手綱を握りしめる。突然、腹を蹴られた馬は直ぐに駆け出し、スピードをあげる。
令嬢の悲鳴が草原中に響き渡った。
何事かと、草原で乗馬を楽しむ学園の生徒たちがフラヴィオたちを見ていた。
◇
森での自由行動が終わり、キャンプ場へ戻って来た狩猟チームのファブリツィオたちは、自分たちの成果を皆に見せていた。
釣りチームもいい結果だったらしく、夕食のテーブルには、悪戦苦闘して生徒たちが作り上げた魚料理と肉料理、シチューが並び、果物とサラダが並んでいた。
魚料理と肉料理は小皿に乗せられた分だけだったが、自分たちで作った物なので、それなりに美味しく感じられた。
各々、好きなグループを作って夕食を摂る。今夜は天体観測で最後の夜だ。
今夜はファブリツィオの周囲には、生徒会の面々が集まっていた。来月の終わりには芸術祭もあり、また忙しくなるので、皆とゆっくり話す機会もないだろう。
背後から近づいて来る足音に振り返る。
「殿下、こちらにいたんですね。探しました。あら、皆も居たんですね。もしかして、生徒会の話をされてました?」
「いや、ゆっくり出来る最後の夜だらな。皆と今日の出来事を話していただけだ」
「そうですか、あの、お隣いいですか? 殿下」
ファブリツィオの右隣にはヴァレリアが座っていて、左側は空いていた。
丸太で作られたテーブルとベンチは暖かみが感じられる。カーティアの一言で、一瞬にして暖かみが減った様な気がする。
カーティアの行動を皆がじっと眺めていたが、ファブリツィオは和かな笑みを浮かべた。
「ああ、いいぞ」
「ありがとうございます」
安堵した様に微笑んだカーティアは、本性を知らない者から見たら、とても可愛らしく映っている事だろう。
丸太のベンチに座ったカーティアが少し近い位置まで寄って来る。皆が一斉にファブリツィオとヴァレリア、カーティアの三人から視線を逸らした。
そっと腕に細い手が触れる感触を感じた。にこりと微笑むと、カーティアは躊躇う事なく言った。
「殿下、今夜の天体観測、私も一緒にしてもよろしいですか?」
「私は生徒会の面々とする。君が良ければ混ざればいい」
「ありがとうございます、殿下」
本当は二人っきりがいいと、カーティアの表情には出ていた。
夕食が終わり、暫しの休憩の後、天体観測の準備が始められた。好きなグループごとに分かれ、満天の星を観測して楽しむ。
「殿下、私、いい場所を知っているんです。事前に調べましたの」
小さく息を吐いたファブリツィオは、素早くヴァレリオ、フラヴィオ、最後にトロヴァート家の双子に挟まれたヴァレリアを見た。皆が頷くとカーティアと向き合う。
「そうか、いい場所を知っているなら案内してくれ」
「はい、殿下!」
嬉しそうに微笑むカーティアは、ファブリツィオの腕を引いて森の奥へ連れて行く。生徒会の面々も二人を追いかけて森の奥へ入ったが、逸れてしまった。
「くそっ、何で殿下は、あの女に簡単に着いて行くんだ?!」
ジャンカルロはヴァレリアが居るにも関わらず、大きな声を出した。ジャンカルロは二人を追って更に奥へ入ろうとして、ヴァレリオに止められた。
「待て、ジャン!それ以上は行くな! 危ない」
「何故、止めるんだ、リオ?!」
「殿下がクローチェ伯爵令嬢を自由に振る舞わせているのには、訳があるんだ」
「それはどういう事だ!」
周囲の木々の影で、何かが蠢く気配を感じ、皆が身構えた。溜め息を吐いたヴァレリオは、隠し持っていた短剣をジャンカルロに投げると、ヴァレリアたちの背後を庇って短剣を構えた。
「説明は後でする。俺たちの任務は、ここから姉上を無事に逃すことだ」
「はぁ?!任務?」
ジャンカルロが戸惑っている間に木々の間から十数人の破落戸が現れた。
「マジか……」
「マジだ」
「僕は争い事は苦手なのに!殿下の馬鹿!」
「ヴァレリア、フィオレラ、俺から離れるなよ」
「分かっているわ」
「ええ」
ヴァレリアとフィオレラは、フラヴィオが嘆いている後ろで、フリオに力強く頷いた。フラヴィオも嘆いている割に、彼女たちを背中で庇い、離れる気はない様だ。
「後でキッチリと説明してもらうからな!」
「ああ」
◇
狩猟から戻って来て直ぐに、ピエトロの送り込んだコマ使いから報告があった。
「……やっぱり、そんな手で来るんだな」
報告を聞いたファブリツィオは、頭が痛いと両手で頭を抱えた。コマ使いから指示を仰がれた。
「どうされます?破落戸は、もう森に潜んでいると思います」
「そうか。しかし、動きが早いな。もしかしなくても、失敗した時の為に予め用意していたのか?」
「はい、殿下に薬が聞かないという事もありますし」
「なるはどな、分かった。罠にかかる振りをするのだから、天体観測は生徒会のメンバーでする。ヴァレリアに誰も触れさせない、俺が側にいなくてもな。で、今度こそ片をつける。破落戸を影で囲め、ヴァレリオとフリオがいるし、後、ジャンカルロも、あいつもそこそこできるだろう。お前は俺の護衛だ」
「了解しました」
コマ使いは森の奥へと消えた。
ファブリツィオはカーティアに腕を引かれて森の奥へ来た。暫し森を行くと、小さく開けた場所に出た。
「こちらです、殿下。見上げて下さい。 星が綺麗ですよ」
見上げたファブリツィオは、夜空に浮かぶ満天の星に瞳を細めた。
「ああ、綺麗だな」
こんな状況ではなかったら、ヴァレリアと楽しめたのにな。
ファブリツィオの周囲で紅茶の香りが漂い、カーティアがいた方へ視線をやる。
何処から現れたのか、アリーチェがいて、草叢に布が敷かれ、天体観測の為の望遠鏡が置かれる。シートの上には、他にも軽食が用意され、大きなクッションが置かれていた。
何故、クッション?分からなくもないが、大き過ぎないか?そして、用意周到過ぎないか?
「皆様は、もう少し後に来られます。 先にお二人で天体観測をお楽しみ下さい」
「あ、あぁ……」
俺に不信がられない様にか!
「では、ごゆっくり。私は少し他の方の様子を見に行って参ります」
「……あぁ」
アリーチェは森の奥へ消えた。程なく影に捉えられるだろう。ファブリツィオは、等々、カーティアと二人っきりにされてしまった。
「殿下、紅茶をどうぞ、温まりますわ」
「ああ、ありがとう」
シートへ腰を下ろしたファブリツィオは、紅茶が入ったカップを眺め、喉を鳴らした。
『入れ替えた中身はただの栄養剤ですから安心して飲んでください』
ファブリツィオの脳裏で再生されたコマ使いの声が響く。
俺はお前を信じているからな!
紅茶カップを傾け、ファブリツィオは一気に中身を喉に流し込み、紅茶を飲み干す。ファブリツィオの瞳が大きく見開かれ、力が抜けて身体が傾ぐ。
草地に手を付いて震えるファブリツィオ。
ま、不味すぎる!何だこの味!苦過ぎて喉が痛いし、身体の震えが止まらないじゃないか!俺に何を飲ませた、ピエトロ?!
口を開閉させて震えるファブリツィオを見て、カーティアは媚薬が効いているのだと、勘違いをした様だ。ファブリツィオの隣で怪しく微笑むカーティアが寄り添った。
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