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28話
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夜空に花火があがり、幾つもの火薬の花が咲く。広場のあちらこちらで花火を楽しむ生徒たちがいた。
夜空を見上げたファブリツィオは、瞳を細める。ヴァレリアと見たかったな、と密かに胸の奥で思ったが、そっとしまう事にした。
隣ではしゃぐカーティアに視線を向ける。彼女は可愛いらしく微笑んではいるが、ファブリツィオの目には、彼女の背後に見せられた映像の幻が見える。
駄目だな、どうしても不快感が拭えん! どうすればフラヴィオみたいに出来るんだ?!
目の前でフラヴィオは数人の女生徒を連れ、甘い言葉を囁いている。彼はいつも数人の美女を周囲に侍らせている。
お手本の様な女ったらしなフラヴィオの背中を見つめるファブリツィオの眼差しには、彼を軽蔑する色が混じっている。
「殿下、綺麗ですね」
カーティアが満面の笑みを向けてくる。
「ああ、そうだな」
ファブリツィオの瞳には、何の感情も籠っていない。冷たく感じたのか、カーティアの笑みが固まったのが分かった。
「最近、冷たく感じる時があるんですけど……私、何かしましたか?」
カーティアが悲しそうに瞳を伏せる。
小さく笑ったファブリツィオは、少し意地悪な眼差しを浮かべる。
「君は、自身の全ての行動が正しいと思うか?」
「えっ……」
ファブリツィオが何を言いたいのかカーティアは理解していないが、今までの事が脳裏に過ぎったのか、表情を引き攣らせた。夜空に最後の花火が上がる。
最後の花火は星空を背景に、一番大きな花火が上がった。
「もう、花火も終わったな。気をつけてコテージまで帰るといい」
ファブリツィオはカーティアを置いて広場を離れた。カーティアの姿が見えなくなった後、急いでヴァレリアを探した。
今、とてもリアに会いたい……。
◇
夜空に幾つもの花を咲かせている花火を見上げる。ヴァレリアの瞳には、花火を見上げるファブリツィオの後ろ姿が映し出されていた。
ヴァレリアの左右には、いつもトロヴァート家の双子がいて、周囲から無遠慮に見られる視線から守ってくれていた。
ヴァレリアたち三人の横を、花火をよく見ようと通り過ぎる生徒たちが、ヒソヒソと噂話をしながら、歩き去って行く。
「気にする事ないわよ、ヴァレリア」
「そうだよ、殿下の気持ちはヴァレリアにあるんだからな」
左右からフィオレラとフリオが慰めの言葉をくれる。優しい二人の友人に、眉尻を下げた。
「分かっているわ」
しかし、思いの外、多くの生徒が周囲に集まり騒つくので、三人はあまり人がいない場所へ移動した。
「皆、暇人よね。きっとアレ、何か騒ぎが起きないか、期待してこちらを見てたのよ」
「本当、娯楽が少ないから、噂話に花が咲くんだろう」
騒ぎを期待している生徒たちを非難する双子に苦笑を零し、移動した場所で花火を楽しむ。移動した先には、ヴァレリオとジャンカルロがいた。
「ヴァレリオ」
「姉上、トロヴァート令息、ご令嬢。 こんばんわ」
一瞬、驚いた表情を浮かべたが、ヴァレリオは優しい眼差しで微笑んできた。
「こんばんわ、ヴァレリオ、グイディ様」
「こんばんわ、年下の叔父さま、グイディ様」
「こんばんわ、年下の叔父さま、グイディ」
ヴァレリアたちも挨拶をしたが、双子はいつもの様にヴァレリオを揶揄った。
ヴァレリアとヴァレリオの色々な事情を知っているのか、ジャンカルロは何も突っ込まず、ヴァレリアに優しい笑みを向けてきた。
「こんばんわ、トロヴァートのご令嬢、フリオ先輩、ストラーネオ侯爵令嬢」
ジャンカルロはヴァレリアには、殊更甘い声だった様に聞こえた。ヴァレリアの背中に、少しだけ危険だと訴える悪寒が走った。
「綺麗な花火です」
ジャンカルロの声に危険な色が混じっている。言葉とは裏腹に、ジャンカルロの視線の先には、ファブリツィオとカーティアの後ろ姿があった。ジャンカルロの口元が歪に歪められる。
「貴方は大丈夫なのですか?」
ジャンカルロは徐に訊ねてきた。
「アレを見て何も思うことも、責めることも、今までの不誠実な態度を責めたりしないのですか?」
ヴァレリアは不思議と、自然に言葉が出て来た。
「ファブリツィオ様からは謝罪と説明がありました」
「……受け入れたんですか?!」
「ジャン、これには」
ヴァレリオの声を遮り、ジャンカルロは続ける。
「俺は貴方に……これ以上悲しんでほしくない!」
顔を伏せたジャンカルロの姿に、何処かで見たことがある様な既視感を覚えたが、ヴァレリアは記憶の底を探るより、今は彼に自身の気持ちを伝えることにした。
「グイディ様、私はファブリツィオ様を恨んだことはないです」
顔を上げたジャンカルロは不思議そうに眉根を寄せている。誰もヴァレリアの気持ちを理解できないだろう。
「ファブリツィオ様は、私を救ってくれたんです。恨むよりも感謝していますし、約束を守って頂いて、私はとても嬉しかったんですよ」
誰にも想像ができないと思うわ。恐ろしい祖父から解放された時の私の気持ちは。 祖父から解放してくれたのは、他でもないファブリツィオ様だから、私は彼を恨むことも、離れたいと思うことはない。
いい笑顔で、ファブリツィオを許すと言うヴァレリアに、誰も何も言えなかった。
ヴァレリアの背後で、一番大きな花火が夜空に上がった。
◇
ヴァレリアを探し回っているファブリツィオは、肩を掴まれた。背後から女ったらしが殿下と呼ぶ声が聞こえ、不機嫌な顔で振り返る。
「何だ、フラヴィオ?俺は今、忙しい」
「いや、さっきのは何?!女の子が不安がってる時は優しい言葉を掛けるものなんだよ。殿下は彼女を嵌める気があるの?」
「……っ」
「しかも、置いて帰るし、普通はコテージまで送るでしょ」
「いや、彼女は自身が何も悪いことをしていない気でいるみたいに感じたからな」
「まぁ、彼女は全く悪いと思ってないでしょうね。自業自得だけど、アドルフォとサヴェリオの未来を潰したことなんて、何とも思ってはいないだろう」
二人は気づかなかった。ファブリツィオの何の感情が込められていない瞳、今までにない冷たい態度に、カーティアに火をつけたことに。
「ストラーネオ侯爵令嬢の所へ行くんでしょ?それならこれくらいは持って行きなよ」
フラヴィオが渡してきたのは、教師たちが配っていた市販の花火だった。
「二人っきりの花火もいいよ。お堅い令嬢も意外と簡単に落ちる」
「おい!」
「他意はないよ。純粋にどうぞってことだよ」
「……っ」
素直に受け取ったファブリツィオは、踵を返して駆け出した。
ファブリツィオの背中に、フラヴィオの最後の忠告が投げかけられる。
「殿下、帰りはちゃんとコテージに送り届けて下さいよ!」
「分かっている!」
ヴァレリアがトロヴァートの双子と一緒に居る所を見つけ、ファブリツィオはヴァレリアに駆け寄った。
「リア!」
「ファブリツィオ様!」
双子もファブリツィオの名を呼んだが、二人には聞こえていない様だ。
「リアを借りていいか?」
「「ちゃんとコテージまで送り届けてくれたらね」」
「点呼までには返して」
「分かった、約束する」
先程まで、ヴァレリオとジャンカルロも居たが、花火も終わったので二人ともコテージに戻っていた。双子がコテージに帰って行く後ろ姿を見送り、ファブリツィオはヴァレリアを広場の端まで連れて行った。
「教師が配っていた花火をフラヴィオから少しだけ分けてもらった。一緒にやろう」
「まぁ、花火なんて、小さい時以来ですね」
「ああ。ほら、今、火を付けてやる」
「はい」
打ち上げ花火は終わったが、周囲では教師から配られた花火をしている生徒が残っていた。あちこちで花火の光が暗い中で浮き上がり、楽しそうな声も聞こえてくる。
「綺麗ですね」
花火の光で照らされたヴァレリアの顔を見つめる。楽しそうに花火を見つめるヴァレリアの方が綺麗だと、ファブリツィオは見惚れていた。自然と身体が動く。
軽くリップ音が鳴り、ヴァレリアの瞳が見開く。ファブリツィオは驚くヴァレリアに構わず、口付けを続けた。
広場の端にいたファブリツィオとヴァレリアの姿は、誰にも見つからない。
見つめ合う二人の瞳には、お互いを想っている感情が滲んでいた。
◇
どうも上手く行かないと、カーティアは内心で焦っていた。表面上は和かに笑みを浮かべて、カーティアに接してくれるが、ファブリツィオの中には、もうカーティアを想う気持ちがないことに気づいていた。
「私への気持ちの方が強いと思っていたのに!」
カーティアはコテージが集まっている場所から少し離れ、呼び出していた人物を待っていた。
花火が終わると、早々にカーティアから離れて行ったファブリツィオを思い出し、溜め息を吐いたカーティアは、もの凄く後悔していた。ファブリツィオの気持ちが離れた理由を未だに気づいていない。
「こんな事になるなら、襲ってでも殿下と寝るんだったわ。でも、王太子妃は純潔を求められるし……まぁ、既に純潔でもないんだけど」
カーティアの初めては13歳の頃、早い段階で純潔を捨てた。襲われたのではなく、当時、クローチェ家に仕えていた侍従が好みの美男子だった。簡単に落ちたカーティアは直ぐに彼と仲良くなったのだ。
後に、伯爵にバレて彼はいなくなったが、侍従に手を付けるという事案を繰り返されたクローチェ家には、男性の侍従がいなくなっていた。
「カーティア様」
「あぁ、遅いわよ。例の物、持って来てくれた?」
「はい、どうぞ。確かめて下さい、ちゃんと王妃様から頂きましたので」
「ありがとう」
「では、私はこれで」
カーティアに届け物をしたのは、ピエトロが送り込んだコマだ。カーティアの好みを調べて美男子を選んだ。
「待ちなさい」
帰ろうとするコマ使いを引き留めるカーティアの表情は不機嫌だった。まさか、バレたかと思われたが、違った。
ファブリツィオの所為で、不機嫌なだけだった。カーティアはいい事を思いついたと、ニヤリと笑う。
ふふっ、いい事を思いついたわ。ちょっと下衆だけど、いいわよね。私の物に手をつけたのだから。
「貴方、暫くこの付近で隠れていなさい。私が指示を出したら、直ぐ動くのよ」
「承知致しました」
今度こそ、カーティアから離れようとしたが、再びカーティアに止められた。
コマ使いの首に手を回し、自身に引き寄せた。妖艶な雰囲気がカーティアから醸し出された。
「私の相手をしてからよ」
「分かりました」
口元に笑みを浮かべ、美男子なコマ使いはカーティアを抱きしめた。瞳を閉じたカーティアは気づいていない。
コマ使いの瞳には軽蔑する眼差しが滲んでおり、口付けを交わすと、カーティアから力が抜けた。
カーティアを抱き上げたコマ使いは、呟く。
「はぁ、全く、こんな身体を売る様な仕事が含まれているなんて、聞いてませんよピエトロ様」
草むらで物音が鳴り、木の影からピエトロが顔を出した。本来なら、学園寮の執務室で仕事をしているはずである。
「おや、貴方は諜報員なんですから、こういう事もあると理解してもらわないといけませんね」
「分かっていますけど、俺にも好みがありますし、好みじゃない女性を抱くのは、まぁまぁな精神を削るんですけど」
「文句は寝て言えですよ。貴方は、彼女とした風に装って下さい」
「はい、承知しました」
「後、彼女に渡した物は本当に王妃様からですか?」
「ええ、お顔を拝見して渡されましたので」
小さく息を吐いたピエトロは、『残念な人だな』と小さく呟いた。コマ使いも苦笑をこぼす。
「良くも悪くも、世間知らずのお姫様ですからね」
「箱の中身は、栄養剤と入れ替えて下さい。私は急いで王妃様が渡した物を調べます。後、殿下に報告もお願いします」
「はい、私はこのまま彼女をコテージへ連れて行きます」
中身を入れ替えた物をカーティアのワンピースのポケットに忍ばせ、カーティアを再び抱き上げ、コテージへ向かった。
見送ったピエトロは、王妃様から渡されたと言うガラスの瓶を見つめ、眉を顰めた。
「まさか、アレではないでしょうね」
ピエトロの呟きは薄暗い草叢に落ちた。
◇
園遊会の三日目は、森の中にあるキャンプ場、自由時間やグループ行動など、好きな時間を過ごす。
青空が広がり、天気も良く爽やかな風も吹いている。夜まで天気が保てば、天体観測で星が綺麗に見えるだろう。
キャンプに出発する前、ファブリツィオはピエトロが送り込んでいるコマ使いから報告を受けた。
王妃がカーティアには渡したであろうガラス瓶に、ファブリツィオは覚えがある。
代々、王家に伝わっている物は幾つかある。ガラス瓶と聞いて、きっとアレだろうと辺りを付けた。
多分、秘伝の媚薬だろ。アレは門外不出で調薬するにも王宮に申請しないと駄目だろう。申請しても、アレは初夜にしか調薬されないはずなんだが。
政略結婚が多い王家には、初夜を滞りなく行える様に、破瓜の痛みを和らげる薬や、媚薬が用意されている。王妃が手を出した方法にファブリツィオは愕然とした。
「安直すぎるし、ハニートラップにしても、お粗末過ぎないか」
「ええ、所詮は世間知らずのお姫様が考える事ですから」
「……そうだな。で、俺は飲んだふりをすればいいんだな?」
「はい、入れ替えた中身はただの栄養剤ですから安心して飲んでください。後、他にも企んでいる様で、私は暫くキャンプ場付近におります」
「……何を企んでいるんだ?」
「それは分かりませんが、その時になれば指示を出すので、直ぐに動けと言われております」
「分かった。なら、お前はその通りに動け。彼女の指示は直ぐに俺にも報告しろ」
「承知致しました。では、私は下がります」
「ああ、ご苦労だった。後は頼む」
「はい」
コマ使いは直ぐに何処かへ消えた。
見届けたファブリツィオは、虫の知らせなのか、嫌な予感が過ぎり、影を呼び出して指示を出した。
夜空を見上げたファブリツィオは、瞳を細める。ヴァレリアと見たかったな、と密かに胸の奥で思ったが、そっとしまう事にした。
隣ではしゃぐカーティアに視線を向ける。彼女は可愛いらしく微笑んではいるが、ファブリツィオの目には、彼女の背後に見せられた映像の幻が見える。
駄目だな、どうしても不快感が拭えん! どうすればフラヴィオみたいに出来るんだ?!
目の前でフラヴィオは数人の女生徒を連れ、甘い言葉を囁いている。彼はいつも数人の美女を周囲に侍らせている。
お手本の様な女ったらしなフラヴィオの背中を見つめるファブリツィオの眼差しには、彼を軽蔑する色が混じっている。
「殿下、綺麗ですね」
カーティアが満面の笑みを向けてくる。
「ああ、そうだな」
ファブリツィオの瞳には、何の感情も籠っていない。冷たく感じたのか、カーティアの笑みが固まったのが分かった。
「最近、冷たく感じる時があるんですけど……私、何かしましたか?」
カーティアが悲しそうに瞳を伏せる。
小さく笑ったファブリツィオは、少し意地悪な眼差しを浮かべる。
「君は、自身の全ての行動が正しいと思うか?」
「えっ……」
ファブリツィオが何を言いたいのかカーティアは理解していないが、今までの事が脳裏に過ぎったのか、表情を引き攣らせた。夜空に最後の花火が上がる。
最後の花火は星空を背景に、一番大きな花火が上がった。
「もう、花火も終わったな。気をつけてコテージまで帰るといい」
ファブリツィオはカーティアを置いて広場を離れた。カーティアの姿が見えなくなった後、急いでヴァレリアを探した。
今、とてもリアに会いたい……。
◇
夜空に幾つもの花を咲かせている花火を見上げる。ヴァレリアの瞳には、花火を見上げるファブリツィオの後ろ姿が映し出されていた。
ヴァレリアの左右には、いつもトロヴァート家の双子がいて、周囲から無遠慮に見られる視線から守ってくれていた。
ヴァレリアたち三人の横を、花火をよく見ようと通り過ぎる生徒たちが、ヒソヒソと噂話をしながら、歩き去って行く。
「気にする事ないわよ、ヴァレリア」
「そうだよ、殿下の気持ちはヴァレリアにあるんだからな」
左右からフィオレラとフリオが慰めの言葉をくれる。優しい二人の友人に、眉尻を下げた。
「分かっているわ」
しかし、思いの外、多くの生徒が周囲に集まり騒つくので、三人はあまり人がいない場所へ移動した。
「皆、暇人よね。きっとアレ、何か騒ぎが起きないか、期待してこちらを見てたのよ」
「本当、娯楽が少ないから、噂話に花が咲くんだろう」
騒ぎを期待している生徒たちを非難する双子に苦笑を零し、移動した場所で花火を楽しむ。移動した先には、ヴァレリオとジャンカルロがいた。
「ヴァレリオ」
「姉上、トロヴァート令息、ご令嬢。 こんばんわ」
一瞬、驚いた表情を浮かべたが、ヴァレリオは優しい眼差しで微笑んできた。
「こんばんわ、ヴァレリオ、グイディ様」
「こんばんわ、年下の叔父さま、グイディ様」
「こんばんわ、年下の叔父さま、グイディ」
ヴァレリアたちも挨拶をしたが、双子はいつもの様にヴァレリオを揶揄った。
ヴァレリアとヴァレリオの色々な事情を知っているのか、ジャンカルロは何も突っ込まず、ヴァレリアに優しい笑みを向けてきた。
「こんばんわ、トロヴァートのご令嬢、フリオ先輩、ストラーネオ侯爵令嬢」
ジャンカルロはヴァレリアには、殊更甘い声だった様に聞こえた。ヴァレリアの背中に、少しだけ危険だと訴える悪寒が走った。
「綺麗な花火です」
ジャンカルロの声に危険な色が混じっている。言葉とは裏腹に、ジャンカルロの視線の先には、ファブリツィオとカーティアの後ろ姿があった。ジャンカルロの口元が歪に歪められる。
「貴方は大丈夫なのですか?」
ジャンカルロは徐に訊ねてきた。
「アレを見て何も思うことも、責めることも、今までの不誠実な態度を責めたりしないのですか?」
ヴァレリアは不思議と、自然に言葉が出て来た。
「ファブリツィオ様からは謝罪と説明がありました」
「……受け入れたんですか?!」
「ジャン、これには」
ヴァレリオの声を遮り、ジャンカルロは続ける。
「俺は貴方に……これ以上悲しんでほしくない!」
顔を伏せたジャンカルロの姿に、何処かで見たことがある様な既視感を覚えたが、ヴァレリアは記憶の底を探るより、今は彼に自身の気持ちを伝えることにした。
「グイディ様、私はファブリツィオ様を恨んだことはないです」
顔を上げたジャンカルロは不思議そうに眉根を寄せている。誰もヴァレリアの気持ちを理解できないだろう。
「ファブリツィオ様は、私を救ってくれたんです。恨むよりも感謝していますし、約束を守って頂いて、私はとても嬉しかったんですよ」
誰にも想像ができないと思うわ。恐ろしい祖父から解放された時の私の気持ちは。 祖父から解放してくれたのは、他でもないファブリツィオ様だから、私は彼を恨むことも、離れたいと思うことはない。
いい笑顔で、ファブリツィオを許すと言うヴァレリアに、誰も何も言えなかった。
ヴァレリアの背後で、一番大きな花火が夜空に上がった。
◇
ヴァレリアを探し回っているファブリツィオは、肩を掴まれた。背後から女ったらしが殿下と呼ぶ声が聞こえ、不機嫌な顔で振り返る。
「何だ、フラヴィオ?俺は今、忙しい」
「いや、さっきのは何?!女の子が不安がってる時は優しい言葉を掛けるものなんだよ。殿下は彼女を嵌める気があるの?」
「……っ」
「しかも、置いて帰るし、普通はコテージまで送るでしょ」
「いや、彼女は自身が何も悪いことをしていない気でいるみたいに感じたからな」
「まぁ、彼女は全く悪いと思ってないでしょうね。自業自得だけど、アドルフォとサヴェリオの未来を潰したことなんて、何とも思ってはいないだろう」
二人は気づかなかった。ファブリツィオの何の感情が込められていない瞳、今までにない冷たい態度に、カーティアに火をつけたことに。
「ストラーネオ侯爵令嬢の所へ行くんでしょ?それならこれくらいは持って行きなよ」
フラヴィオが渡してきたのは、教師たちが配っていた市販の花火だった。
「二人っきりの花火もいいよ。お堅い令嬢も意外と簡単に落ちる」
「おい!」
「他意はないよ。純粋にどうぞってことだよ」
「……っ」
素直に受け取ったファブリツィオは、踵を返して駆け出した。
ファブリツィオの背中に、フラヴィオの最後の忠告が投げかけられる。
「殿下、帰りはちゃんとコテージに送り届けて下さいよ!」
「分かっている!」
ヴァレリアがトロヴァートの双子と一緒に居る所を見つけ、ファブリツィオはヴァレリアに駆け寄った。
「リア!」
「ファブリツィオ様!」
双子もファブリツィオの名を呼んだが、二人には聞こえていない様だ。
「リアを借りていいか?」
「「ちゃんとコテージまで送り届けてくれたらね」」
「点呼までには返して」
「分かった、約束する」
先程まで、ヴァレリオとジャンカルロも居たが、花火も終わったので二人ともコテージに戻っていた。双子がコテージに帰って行く後ろ姿を見送り、ファブリツィオはヴァレリアを広場の端まで連れて行った。
「教師が配っていた花火をフラヴィオから少しだけ分けてもらった。一緒にやろう」
「まぁ、花火なんて、小さい時以来ですね」
「ああ。ほら、今、火を付けてやる」
「はい」
打ち上げ花火は終わったが、周囲では教師から配られた花火をしている生徒が残っていた。あちこちで花火の光が暗い中で浮き上がり、楽しそうな声も聞こえてくる。
「綺麗ですね」
花火の光で照らされたヴァレリアの顔を見つめる。楽しそうに花火を見つめるヴァレリアの方が綺麗だと、ファブリツィオは見惚れていた。自然と身体が動く。
軽くリップ音が鳴り、ヴァレリアの瞳が見開く。ファブリツィオは驚くヴァレリアに構わず、口付けを続けた。
広場の端にいたファブリツィオとヴァレリアの姿は、誰にも見つからない。
見つめ合う二人の瞳には、お互いを想っている感情が滲んでいた。
◇
どうも上手く行かないと、カーティアは内心で焦っていた。表面上は和かに笑みを浮かべて、カーティアに接してくれるが、ファブリツィオの中には、もうカーティアを想う気持ちがないことに気づいていた。
「私への気持ちの方が強いと思っていたのに!」
カーティアはコテージが集まっている場所から少し離れ、呼び出していた人物を待っていた。
花火が終わると、早々にカーティアから離れて行ったファブリツィオを思い出し、溜め息を吐いたカーティアは、もの凄く後悔していた。ファブリツィオの気持ちが離れた理由を未だに気づいていない。
「こんな事になるなら、襲ってでも殿下と寝るんだったわ。でも、王太子妃は純潔を求められるし……まぁ、既に純潔でもないんだけど」
カーティアの初めては13歳の頃、早い段階で純潔を捨てた。襲われたのではなく、当時、クローチェ家に仕えていた侍従が好みの美男子だった。簡単に落ちたカーティアは直ぐに彼と仲良くなったのだ。
後に、伯爵にバレて彼はいなくなったが、侍従に手を付けるという事案を繰り返されたクローチェ家には、男性の侍従がいなくなっていた。
「カーティア様」
「あぁ、遅いわよ。例の物、持って来てくれた?」
「はい、どうぞ。確かめて下さい、ちゃんと王妃様から頂きましたので」
「ありがとう」
「では、私はこれで」
カーティアに届け物をしたのは、ピエトロが送り込んだコマだ。カーティアの好みを調べて美男子を選んだ。
「待ちなさい」
帰ろうとするコマ使いを引き留めるカーティアの表情は不機嫌だった。まさか、バレたかと思われたが、違った。
ファブリツィオの所為で、不機嫌なだけだった。カーティアはいい事を思いついたと、ニヤリと笑う。
ふふっ、いい事を思いついたわ。ちょっと下衆だけど、いいわよね。私の物に手をつけたのだから。
「貴方、暫くこの付近で隠れていなさい。私が指示を出したら、直ぐ動くのよ」
「承知致しました」
今度こそ、カーティアから離れようとしたが、再びカーティアに止められた。
コマ使いの首に手を回し、自身に引き寄せた。妖艶な雰囲気がカーティアから醸し出された。
「私の相手をしてからよ」
「分かりました」
口元に笑みを浮かべ、美男子なコマ使いはカーティアを抱きしめた。瞳を閉じたカーティアは気づいていない。
コマ使いの瞳には軽蔑する眼差しが滲んでおり、口付けを交わすと、カーティアから力が抜けた。
カーティアを抱き上げたコマ使いは、呟く。
「はぁ、全く、こんな身体を売る様な仕事が含まれているなんて、聞いてませんよピエトロ様」
草むらで物音が鳴り、木の影からピエトロが顔を出した。本来なら、学園寮の執務室で仕事をしているはずである。
「おや、貴方は諜報員なんですから、こういう事もあると理解してもらわないといけませんね」
「分かっていますけど、俺にも好みがありますし、好みじゃない女性を抱くのは、まぁまぁな精神を削るんですけど」
「文句は寝て言えですよ。貴方は、彼女とした風に装って下さい」
「はい、承知しました」
「後、彼女に渡した物は本当に王妃様からですか?」
「ええ、お顔を拝見して渡されましたので」
小さく息を吐いたピエトロは、『残念な人だな』と小さく呟いた。コマ使いも苦笑をこぼす。
「良くも悪くも、世間知らずのお姫様ですからね」
「箱の中身は、栄養剤と入れ替えて下さい。私は急いで王妃様が渡した物を調べます。後、殿下に報告もお願いします」
「はい、私はこのまま彼女をコテージへ連れて行きます」
中身を入れ替えた物をカーティアのワンピースのポケットに忍ばせ、カーティアを再び抱き上げ、コテージへ向かった。
見送ったピエトロは、王妃様から渡されたと言うガラスの瓶を見つめ、眉を顰めた。
「まさか、アレではないでしょうね」
ピエトロの呟きは薄暗い草叢に落ちた。
◇
園遊会の三日目は、森の中にあるキャンプ場、自由時間やグループ行動など、好きな時間を過ごす。
青空が広がり、天気も良く爽やかな風も吹いている。夜まで天気が保てば、天体観測で星が綺麗に見えるだろう。
キャンプに出発する前、ファブリツィオはピエトロが送り込んでいるコマ使いから報告を受けた。
王妃がカーティアには渡したであろうガラス瓶に、ファブリツィオは覚えがある。
代々、王家に伝わっている物は幾つかある。ガラス瓶と聞いて、きっとアレだろうと辺りを付けた。
多分、秘伝の媚薬だろ。アレは門外不出で調薬するにも王宮に申請しないと駄目だろう。申請しても、アレは初夜にしか調薬されないはずなんだが。
政略結婚が多い王家には、初夜を滞りなく行える様に、破瓜の痛みを和らげる薬や、媚薬が用意されている。王妃が手を出した方法にファブリツィオは愕然とした。
「安直すぎるし、ハニートラップにしても、お粗末過ぎないか」
「ええ、所詮は世間知らずのお姫様が考える事ですから」
「……そうだな。で、俺は飲んだふりをすればいいんだな?」
「はい、入れ替えた中身はただの栄養剤ですから安心して飲んでください。後、他にも企んでいる様で、私は暫くキャンプ場付近におります」
「……何を企んでいるんだ?」
「それは分かりませんが、その時になれば指示を出すので、直ぐに動けと言われております」
「分かった。なら、お前はその通りに動け。彼女の指示は直ぐに俺にも報告しろ」
「承知致しました。では、私は下がります」
「ああ、ご苦労だった。後は頼む」
「はい」
コマ使いは直ぐに何処かへ消えた。
見届けたファブリツィオは、虫の知らせなのか、嫌な予感が過ぎり、影を呼び出して指示を出した。
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専用レーンを爆走するカートメイド。
扉の開閉に命をかけるオープナー。
ついには食堂に火を持ち込むオープンキッチンまで誕生して――!?
温かさは、ホッとさせてくれる。
それは料理だけではなく、人との距離まで少しずつ変えていくものだった。
冷えた王宮に湯気と笑顔を取り戻す、
食と温かさをめぐる宮廷日常コメディ!
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