脳内お花畑から帰還したダメ王子の不器用な愛し方

伊織愁

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36話

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 謁見の間に堂々としたファブリツィオの声が響いた。国王は何処かホッとした様な表情を浮かべ、王妃は扇子で表情を隠している。きっと口元は悔しくそうに歪めている事だろう。

 推測だけど、俺が逃げ出したとか噂されてたんだろうな。

 跪いているファブリツィオの頭上に、陛下の低い声が落ちてくる。

 何を言われても全て王妃の所為だと言ってやろうかっ……。概ね合っているが。

 「うむ、学園の芸術祭の前日、違法植物を持ち込み、生花の花に混ぜて飾り、学園の生徒を危険な目に合わせた事は本当か?」
 「いいえ、私には身に覚えがありません。私が用意した生花に違法植物を混ぜたのは、王妃に指示されたアドルフォ・ダッラ・ガリツィア公爵子息です」
 「王妃が?それは本当か」

 集まっていた貴族たちも、ファブリツィオの口から王妃の名が出た事で、落ち着きなく騒ぎ出した。しかし、二人の仲がよろしくないのは、周知の事実。

 「劣る王子が王妃に罪を擦り付けているんじゃないか?」
 「そうだな、お二人は仲が良い訳ではないしな」
 
 密かに呟く噂話が貴族から飛んでくる。

 目元は笑っていないが、王妃の口元には笑みが広がっているだろう。

 「今、劣る王子と言ったのは誰だ?」

 国王の低い声が謁見の間で響く。 

 声には威厳があり、身体の底から震える怒気が混じっていた。

 「ファブリツィオの学園の成績はとても良いと聞いている。テストでも学年で三位、武術大会も三位だ。ファブリツィオの出した成績に、お前たちやお前たちの子供は勝てているのか?テストではストラーネオ侯爵家の令嬢が首位、次点は伯爵家の令嬢だが、彼女はファブリツィオに媚薬を盛った罪で修道院に行っていたな」
 
 媚薬を盛ったという話に貴族たちは、騒然となり、ざわつきが大きくなった。

 「武術大会も三位に終わったが、優勝と準優勝はお前たちの子供だったのか?」

 誰も答える事が出来なかったが、準優勝はロンコー二家、騎士団総団長の息子だ。

 総団長は何も言わず、瞳を閉じて無言を貫いている。しかし、驚いたのはファブリツィオも貴族たちと同じである。

 武術大会の結果は見ていたから知っていると思っていた。でも、すっかり忘れているだろうと思っていた……学園の成績まで知られているなんて。

 「生徒会も良く運営していて、公務も真面目に熟していると聞いている。何処の誰かが王子を貶める為に流した戯れ事を間に受け、私の息子を愚弄する事はいい加減に辞めてもらおうか。私は親バカだと言われようが、息子は三人共、優秀だと思っている」

 王妃が国王の隣で細い肩を震わせているが、怒りか恐怖からか、琥珀色の瞳しか見えない表情では分からない。

 完全に黙り込んだ謁見の間に、自身には無関心だっただろう国王の言葉が響き、ファブリツィオは信じられない気持ちで瞳を大きく見開いた。口元も無意識に開き、間抜けな顔を晒している事にも気づかなかった。

 国王と視線が合い、今まで見た事がない眼差しを受けたが、直ぐに紺色の瞳は厳しい眼差しに変わった。隣で王妃も不機嫌さを隠せないでいた。

 「で、王妃が指示をしたと言う証拠はあるのだろうな?王子とて、王妃の罪を暴くのだ。ファブリツィオ、お前にはそこまでの覚悟があるのだろう。間違いでしたでは許されないぞ」

 国王の威厳に震える身体を抑え、何とか声を出した。
 
 「はい、アドルフォ本人から聞きましたし、他にも証人がおります」
 「うむ、分かった。ファブリツィオはこう申しておるが、王妃はどうだ?」
 「私も覚えがありませんわ。そんな嫌がらせをしても、私には何の得にもなり得ませんので」    

 当然だが、王妃も認めなかった。ファブリツィオは、ピエトロから開いていた用意された証人たちを見た。

 彼らの顔色は悪いが、恐らく大丈夫だろう。証人の後ろでピエトロが笑顔で立っている。ピエトロと視線が合うと、彼は頷いた。証人を出そうと、顔を上げる。

 「では、こちらの証人を出しても宜しいですか?」
 「うむ、いいだろう」
 「陛下!」

 王妃が甲高い声を出して国王を止める。

 「王妃よ、王子に犯罪の嫌疑が掛けられているのだ。私は全ての話を聞き、吟味して判断する必要がある」
 「……っ」

 眉間に皺を寄せた王妃は、何も言えなくなり、引き結んだ口元を扇子で隠した。

 「ファブリツィオ、続けろ」
 「はい、陛下」

 後ろで、侍従が集まっている中で、証人と一緒に混ざっていたピエトロへ視線を向ける。視線を受け、頷いたピエトロは三人の男女を連れて来た。

 ファブリツィオの後ろに証人を並ばせ、跪かせる。頭を垂れている男女が誰か気づき、貴族たちから騒めきが起こった。

 一人の若者は先程話が出ていた真犯人のアドルフォで、二人の侍女は王妃の所で仕えている侍女だった。自身の侍女の姿を見て、王妃のこめかみに青筋が立つ。

 「顔を上げよ。では、アドルフォから話を聞こうか」

 「はい、陛下。今回の件、私は王妃様の侍女に『王妃様の言う通りにすれば、王太子の補佐官になれる』と言われました。王妃様の事はカーティアの件もありましたので、信じてはおりませんでしたから、最初は断ろうと思っておりました。しかし、私はファブリツィオ殿下を恨んでいました」

 アドルフォが言葉を切り、眉を歪めて小さく笑った。銀髪の髪が揺れ、琥珀の瞳に、今までの事を思い出しているのか、琥珀色が濁った。

 「ファブリツィオ殿下の事は、幼い頃から大嫌いでしたので、最後の嫌がらせだと思い、王妃様の言う通り、殿下が生けた花瓶に違法植物を混ぜました。 その事により、体調不良を起こした生徒には悪い事をしたと思っております」

 「アドルフォ、お前という奴は!」

 貴族の中に宰相がいた。アドルフォの父は宰相であり王弟だ。理由が理由だけに、宰相は情けなく眉尻を下げている。

 「先のない未来です。死刑にでもしてください」
 「アドルフォ」

 アドルフォは投げやりになっているのか、ファブリツィオは複雑な気持ちになった。

 アドルフォとは従弟だが、仲直りが出来そうにない。アドルフォに降りる沙汰を思うと、少しだけ胸が痛んだ。
 
 「アドルフォ、お前は今回の事がなければ、ファブリツィオには何もしていなかったか?」

 国王の質問に、アドルフォは眉間に皺を寄せたが、暫し考えた後、『していなかった』と答えた。アドルフォの答えに頷いた国王は、次に侍女二人に視線を向けた。

 「では、次に侍女たちだが、正直に申してみよ。お前たちは王妃の指示で、アドルフォに今回の件を伝えたのだな」
 「はい」

 侍女たちは顔を上げられず、震える声を出した。

 「分かった。お前たちはもういい、下がって沙汰が出るまで謹慎だ」
 「「「はい」」」

 三人は騎士に連れられ、謁見の間を出て行った。王妃が国王に噛み付く。

 「何が分かったんですか?!」
 「ああ、王妃がもの凄く恐ろしい顔で侍女を睨みつけていれば、彼女たちは何も話せませんよ」

 ファブリツィオが漏らした声に、王妃は眦をあげて睨みつけてきた。

 「侍女には、王妃がいない場所で話を詳しく聞く」

 国王と宰相がアイコンタクトを取ると、素早く宰相と侍従たちも動く。

 「実はな、王妃よ。王太子から事前に王妃の事で色々と報告が上がっている」
 「はっ?どうしてあの子がそんな事を?」
 「ああ、それは王妃がファブリツィオを排斥に追い込み、ストラーネオ侯爵令嬢との婚約を破棄させようとしているからだ」

 国王が言い切った事に、王妃だけでなく、貴族もファブリツィオも驚いた。

 父上は、王妃が俺の事を排斥させようとしていた事を知っていたのか……その事にも興味がないと思っていたのに。

 「私が何も知らないとでも思っていたか」

 王妃が何かを言いかけた時、謁見の間の扉が王妃の言葉を遮る様に開かれた。

 「母上、もう観念して下さいね」
 
 静まり返った謁見の間を颯爽と歩くマウリツィオの声が響いた。マウリツィオはファブリツィオの横で跪く。

 「陛下、新たな証人を連れて参りました」

 頭を垂れた彼の後ろには、震えながら歩く一人の老人と、カーティアとアリーチェの二人だった。

 口を開けて、どう言う事なのか理解が追いつかず、間抜けな顔で隣の兄を見た。

 「ファブリツィオ、真実には辿り着けなかったか」
 「真実?」
 「ああ、母上がどうして、ヴァレリア嬢が欲しいのか」
 「……っ、はい」
 
 悔しそうに顔を歪めるファブリツィオに、マウリツィオは優しい眼差しを向けて、幼い頃の様に頭を撫でられた。 

 感傷に浸っていた所で、王妃が王太子の名を呼ぶ。

 「……マウリツィオ!」
 「母上、本日は貴方の罪を詳らかにする。後に、私は王太子を廃嫡されてもいい」
 「……っ」
 「その覚悟を持って貴方に問う。私は本当に陛下の子ですか?」

 マウリツィオが言い放った言葉に、周囲で見守っていた貴族たちから、どよめきが起こる。ファブリツィオにも言葉の衝撃が身体中を駆け巡った。

 今、なんて言った?マウリツィオ兄上が父上の子ではない?それを実の母である王妃に問うているのか?

 「な、何を言っているのです!貴方は私と陛下の子です!」

 あれ? 今回の嫌疑は俺が違法植物を持ち込んだか否かではなかったか?何故、兄の出生の話に?!

 「ファブリツィオの疑問は最もだけど、全ての事が一つの事に繋がっているんだ」
 「まさかここで暴露するとは思っていなかった」

 新たな声が聞こえて振り返ると、同じ母を持つ兄、オラツィオが立っていた。

 彼はファブリツィオの隣で静かに跪く。

 「オラツィオ兄上、マウリツィオ兄上が変な事を言っているんです。父上の子ではないと」
 「ああ、分かっている」

 国王の声が静かに落ちてくる。
 
 「マウリツィオ、詳しく説明をしろ」
 「はい、陛下」

 そして、マウリツィオは静かに語り出した。幼い頃、オラツィオと遊んでいた時、お喋りな侍女が口を滑らせ、マウリツィオが国王の子ではないのではないかと、侍女仲間と噂話をしていた。

 偶然に聞いてしまった自身の出生の秘密に、マウリツィオは幼いながらも調べ始めた。侍女が言うには、長年子供が授からず、惻妃を迎えた事で国王と王妃の仲が悪くなり、閨の回数が月にあるかないかまで減った。時期を同じくして、王妃はマウリツィオを授かった。

 国王も少なからず覚えはあったので、特段気にはしなかった。しかし、ごく一部の侍女は王妃の秘密を知っている。

 国王との閨がほぼ無かった頃、王妃の元に出入りしている者がいた。彼は王妃が身籠ると、二度と王妃の元には通って来なかった。

 「その者の名は?」

 国王が低い声でマウリツィオを促す。

 「はい、陛下。申し上げます、その者はストラーネオ前侯爵です。もう既に故人ですので、本人に確認は出来ません。まぁ、生きていたとしても、恐ろしくて彼には聞けませんけどね」
 
 マウリツィオが言い放った言葉に、再び謁見の間に衝撃が走った。集まった貴族の中に居たヴァレリアと、現ストラーネオ侯爵と夫人に視線が集中する。

 ファブリツィオもかなりの衝撃を受けた。ヴァレリアが心配で視線をやると、彼女は誰が見ても震えていた。

 ファブリツィオが何とか出した声も震えていた。

 「で、でも、王妃はリアをマウリツィオ兄上の妻にと、望んでいましたよね?」 

 理解が追いつかないが、嫌な予感が先に胸に過ぎる。

 「ああ、そうだよ。私の血にストラーネオ家の血が流れていて、生まれてきた私の子が、ストラーネオ家の特徴を持って生まれてきては、色々と各方面に疑われて面倒だろう。私の元にヴァレリア嬢が嫁げば、ストラーネオ家に似た子が生まれても不思議ではないと、母上は考えたんだ」

 玉座から立ち上がった王妃が叫ぶ。

 「そんな訳がないでしょう!全て憶測で貴方の思い込みです!その噂話をしていた侍女とやらを、此処へ連れて来なさい!」
 「母上、その侍女は先程のお喋りな侍女で、貴方への恐怖で固まっていた彼女の事ですよ」
 「……っ」

 目を見開いて言葉に詰まった王妃は、玉座に座り込んだ。きっと既に別室での尋問は終わっているのだろう。国王も衝撃の事実に言葉をなくしている。

 「本当なのか?」
 
 国王の静かな声が謁見の間に響いた。

 「陛下、違います!マウリツィオは私と陛下の子です!」

 国王は王妃に聞いたのではなく、マウリツィオが連れて来た老人に視線を向けていた。老人は自身に問われているのだと理解し、静かに顔を上げた。

 「絶対にとは申せません。当時、陛下との閨も確かにありました。しかしながら、アンドレアスが通って来ていた回数の方が多い事は、この記録にはっきりと残っております。もしかしたら必要になるのではないかと思い、残しておりました。まさか、結婚させようとするとは、思いもしませんでしたが」

 アンドレアスとは、ヴァレリアの祖父の名前だ。二人は旧知の仲の様だ。

 老人は元侍従で、主に後宮で働いていた。老人の言うもしかしては、王位争いの事を示唆してだろう。

 「そうか、王妃を連れて行け」
 「陛下!」
 「王妃、沙汰が出るまで謹慎を言い渡す。クローチェ家の令嬢と、オルモ家の令嬢には詳しい話を聞くから別室へ連れて行け」
 「……っ」

 直ぐに騎士が動き、指示をされた者たちを連れて行く。王妃も謁見の間を騎士に連れられて出された。彼女は最後まで、マウリツィオは国王の子だと叫んでいた。

 「話が逸れたな。ファブリツィオ、お前の容疑は晴れた。今後も勉学と公務に励む様に」
 「はい、陛下」
 
 肩に手を置かれ、マウリツィオが囁いてくる。

 「ファブリツィオ、ヴァレリア嬢の側に行ってやれ」
 「はい」

 リアの側に駆け寄ると、震えている肩を抱いた。背中に国王の声が聞こえる。

 「マウリツィオ」
 「はい、陛下」
 「私はお前の事を息子だと思っている。 しかし、議会の事もある。暫し答えを出す時間をくれ」
 「はい、ご随意に。陛下の気の済むままお調べ下さい」
 「うむ、これにて謁見は終わりだ。皆、大義であった。速やかに自身の職場へ戻る様に」

 国王の声で謁見の終了が告げられた。

 ファブリツィオは頭の中を整理したい気持ちと、ヴァレリアを落ち着かせたい気持ちもあり、彼女を温室へ誘った。
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