36 / 38
36話
しおりを挟む
謁見の間に堂々としたファブリツィオの声が響いた。国王は何処かホッとした様な表情を浮かべ、王妃は扇子で表情を隠している。きっと口元は悔しくそうに歪めている事だろう。
推測だけど、俺が逃げ出したとか噂されてたんだろうな。
跪いているファブリツィオの頭上に、陛下の低い声が落ちてくる。
何を言われても全て王妃の所為だと言ってやろうかっ……。概ね合っているが。
「うむ、学園の芸術祭の前日、違法植物を持ち込み、生花の花に混ぜて飾り、学園の生徒を危険な目に合わせた事は本当か?」
「いいえ、私には身に覚えがありません。私が用意した生花に違法植物を混ぜたのは、王妃に指示されたアドルフォ・ダッラ・ガリツィア公爵子息です」
「王妃が?それは本当か」
集まっていた貴族たちも、ファブリツィオの口から王妃の名が出た事で、落ち着きなく騒ぎ出した。しかし、二人の仲がよろしくないのは、周知の事実。
「劣る王子が王妃に罪を擦り付けているんじゃないか?」
「そうだな、お二人は仲が良い訳ではないしな」
密かに呟く噂話が貴族から飛んでくる。
目元は笑っていないが、王妃の口元には笑みが広がっているだろう。
「今、劣る王子と言ったのは誰だ?」
国王の低い声が謁見の間で響く。
声には威厳があり、身体の底から震える怒気が混じっていた。
「ファブリツィオの学園の成績はとても良いと聞いている。テストでも学年で三位、武術大会も三位だ。ファブリツィオの出した成績に、お前たちやお前たちの子供は勝てているのか?テストではストラーネオ侯爵家の令嬢が首位、次点は伯爵家の令嬢だが、彼女はファブリツィオに媚薬を盛った罪で修道院に行っていたな」
媚薬を盛ったという話に貴族たちは、騒然となり、ざわつきが大きくなった。
「武術大会も三位に終わったが、優勝と準優勝はお前たちの子供だったのか?」
誰も答える事が出来なかったが、準優勝はロンコー二家、騎士団総団長の息子だ。
総団長は何も言わず、瞳を閉じて無言を貫いている。しかし、驚いたのはファブリツィオも貴族たちと同じである。
武術大会の結果は見ていたから知っていると思っていた。でも、すっかり忘れているだろうと思っていた……学園の成績まで知られているなんて。
「生徒会も良く運営していて、公務も真面目に熟していると聞いている。何処の誰かが王子を貶める為に流した戯れ事を間に受け、私の息子を愚弄する事はいい加減に辞めてもらおうか。私は親バカだと言われようが、息子は三人共、優秀だと思っている」
王妃が国王の隣で細い肩を震わせているが、怒りか恐怖からか、琥珀色の瞳しか見えない表情では分からない。
完全に黙り込んだ謁見の間に、自身には無関心だっただろう国王の言葉が響き、ファブリツィオは信じられない気持ちで瞳を大きく見開いた。口元も無意識に開き、間抜けな顔を晒している事にも気づかなかった。
国王と視線が合い、今まで見た事がない眼差しを受けたが、直ぐに紺色の瞳は厳しい眼差しに変わった。隣で王妃も不機嫌さを隠せないでいた。
「で、王妃が指示をしたと言う証拠はあるのだろうな?王子とて、王妃の罪を暴くのだ。ファブリツィオ、お前にはそこまでの覚悟があるのだろう。間違いでしたでは許されないぞ」
国王の威厳に震える身体を抑え、何とか声を出した。
「はい、アドルフォ本人から聞きましたし、他にも証人がおります」
「うむ、分かった。ファブリツィオはこう申しておるが、王妃はどうだ?」
「私も覚えがありませんわ。そんな嫌がらせをしても、私には何の得にもなり得ませんので」
当然だが、王妃も認めなかった。ファブリツィオは、ピエトロから開いていた用意された証人たちを見た。
彼らの顔色は悪いが、恐らく大丈夫だろう。証人の後ろでピエトロが笑顔で立っている。ピエトロと視線が合うと、彼は頷いた。証人を出そうと、顔を上げる。
「では、こちらの証人を出しても宜しいですか?」
「うむ、いいだろう」
「陛下!」
王妃が甲高い声を出して国王を止める。
「王妃よ、王子に犯罪の嫌疑が掛けられているのだ。私は全ての話を聞き、吟味して判断する必要がある」
「……っ」
眉間に皺を寄せた王妃は、何も言えなくなり、引き結んだ口元を扇子で隠した。
「ファブリツィオ、続けろ」
「はい、陛下」
後ろで、侍従が集まっている中で、証人と一緒に混ざっていたピエトロへ視線を向ける。視線を受け、頷いたピエトロは三人の男女を連れて来た。
ファブリツィオの後ろに証人を並ばせ、跪かせる。頭を垂れている男女が誰か気づき、貴族たちから騒めきが起こった。
一人の若者は先程話が出ていた真犯人のアドルフォで、二人の侍女は王妃の所で仕えている侍女だった。自身の侍女の姿を見て、王妃のこめかみに青筋が立つ。
「顔を上げよ。では、アドルフォから話を聞こうか」
「はい、陛下。今回の件、私は王妃様の侍女に『王妃様の言う通りにすれば、王太子の補佐官になれる』と言われました。王妃様の事はカーティアの件もありましたので、信じてはおりませんでしたから、最初は断ろうと思っておりました。しかし、私はファブリツィオ殿下を恨んでいました」
アドルフォが言葉を切り、眉を歪めて小さく笑った。銀髪の髪が揺れ、琥珀の瞳に、今までの事を思い出しているのか、琥珀色が濁った。
「ファブリツィオ殿下の事は、幼い頃から大嫌いでしたので、最後の嫌がらせだと思い、王妃様の言う通り、殿下が生けた花瓶に違法植物を混ぜました。 その事により、体調不良を起こした生徒には悪い事をしたと思っております」
「アドルフォ、お前という奴は!」
貴族の中に宰相がいた。アドルフォの父は宰相であり王弟だ。理由が理由だけに、宰相は情けなく眉尻を下げている。
「先のない未来です。死刑にでもしてください」
「アドルフォ」
アドルフォは投げやりになっているのか、ファブリツィオは複雑な気持ちになった。
アドルフォとは従弟だが、仲直りが出来そうにない。アドルフォに降りる沙汰を思うと、少しだけ胸が痛んだ。
「アドルフォ、お前は今回の事がなければ、ファブリツィオには何もしていなかったか?」
国王の質問に、アドルフォは眉間に皺を寄せたが、暫し考えた後、『していなかった』と答えた。アドルフォの答えに頷いた国王は、次に侍女二人に視線を向けた。
「では、次に侍女たちだが、正直に申してみよ。お前たちは王妃の指示で、アドルフォに今回の件を伝えたのだな」
「はい」
侍女たちは顔を上げられず、震える声を出した。
「分かった。お前たちはもういい、下がって沙汰が出るまで謹慎だ」
「「「はい」」」
三人は騎士に連れられ、謁見の間を出て行った。王妃が国王に噛み付く。
「何が分かったんですか?!」
「ああ、王妃がもの凄く恐ろしい顔で侍女を睨みつけていれば、彼女たちは何も話せませんよ」
ファブリツィオが漏らした声に、王妃は眦をあげて睨みつけてきた。
「侍女には、王妃がいない場所で話を詳しく聞く」
国王と宰相がアイコンタクトを取ると、素早く宰相と侍従たちも動く。
「実はな、王妃よ。王太子から事前に王妃の事で色々と報告が上がっている」
「はっ?どうしてあの子がそんな事を?」
「ああ、それは王妃がファブリツィオを排斥に追い込み、ストラーネオ侯爵令嬢との婚約を破棄させようとしているからだ」
国王が言い切った事に、王妃だけでなく、貴族もファブリツィオも驚いた。
父上は、王妃が俺の事を排斥させようとしていた事を知っていたのか……その事にも興味がないと思っていたのに。
「私が何も知らないとでも思っていたか」
王妃が何かを言いかけた時、謁見の間の扉が王妃の言葉を遮る様に開かれた。
「母上、もう観念して下さいね」
静まり返った謁見の間を颯爽と歩くマウリツィオの声が響いた。マウリツィオはファブリツィオの横で跪く。
「陛下、新たな証人を連れて参りました」
頭を垂れた彼の後ろには、震えながら歩く一人の老人と、カーティアとアリーチェの二人だった。
口を開けて、どう言う事なのか理解が追いつかず、間抜けな顔で隣の兄を見た。
「ファブリツィオ、真実には辿り着けなかったか」
「真実?」
「ああ、母上がどうして、ヴァレリア嬢が欲しいのか」
「……っ、はい」
悔しそうに顔を歪めるファブリツィオに、マウリツィオは優しい眼差しを向けて、幼い頃の様に頭を撫でられた。
感傷に浸っていた所で、王妃が王太子の名を呼ぶ。
「……マウリツィオ!」
「母上、本日は貴方の罪を詳らかにする。後に、私は王太子を廃嫡されてもいい」
「……っ」
「その覚悟を持って貴方に問う。私は本当に陛下の子ですか?」
マウリツィオが言い放った言葉に、周囲で見守っていた貴族たちから、どよめきが起こる。ファブリツィオにも言葉の衝撃が身体中を駆け巡った。
今、なんて言った?マウリツィオ兄上が父上の子ではない?それを実の母である王妃に問うているのか?
「な、何を言っているのです!貴方は私と陛下の子です!」
あれ? 今回の嫌疑は俺が違法植物を持ち込んだか否かではなかったか?何故、兄の出生の話に?!
「ファブリツィオの疑問は最もだけど、全ての事が一つの事に繋がっているんだ」
「まさかここで暴露するとは思っていなかった」
新たな声が聞こえて振り返ると、同じ母を持つ兄、オラツィオが立っていた。
彼はファブリツィオの隣で静かに跪く。
「オラツィオ兄上、マウリツィオ兄上が変な事を言っているんです。父上の子ではないと」
「ああ、分かっている」
国王の声が静かに落ちてくる。
「マウリツィオ、詳しく説明をしろ」
「はい、陛下」
そして、マウリツィオは静かに語り出した。幼い頃、オラツィオと遊んでいた時、お喋りな侍女が口を滑らせ、マウリツィオが国王の子ではないのではないかと、侍女仲間と噂話をしていた。
偶然に聞いてしまった自身の出生の秘密に、マウリツィオは幼いながらも調べ始めた。侍女が言うには、長年子供が授からず、惻妃を迎えた事で国王と王妃の仲が悪くなり、閨の回数が月にあるかないかまで減った。時期を同じくして、王妃はマウリツィオを授かった。
国王も少なからず覚えはあったので、特段気にはしなかった。しかし、ごく一部の侍女は王妃の秘密を知っている。
国王との閨がほぼ無かった頃、王妃の元に出入りしている者がいた。彼は王妃が身籠ると、二度と王妃の元には通って来なかった。
「その者の名は?」
国王が低い声でマウリツィオを促す。
「はい、陛下。申し上げます、その者はストラーネオ前侯爵です。もう既に故人ですので、本人に確認は出来ません。まぁ、生きていたとしても、恐ろしくて彼には聞けませんけどね」
マウリツィオが言い放った言葉に、再び謁見の間に衝撃が走った。集まった貴族の中に居たヴァレリアと、現ストラーネオ侯爵と夫人に視線が集中する。
ファブリツィオもかなりの衝撃を受けた。ヴァレリアが心配で視線をやると、彼女は誰が見ても震えていた。
ファブリツィオが何とか出した声も震えていた。
「で、でも、王妃はリアをマウリツィオ兄上の妻にと、望んでいましたよね?」
理解が追いつかないが、嫌な予感が先に胸に過ぎる。
「ああ、そうだよ。私の血にストラーネオ家の血が流れていて、生まれてきた私の子が、ストラーネオ家の特徴を持って生まれてきては、色々と各方面に疑われて面倒だろう。私の元にヴァレリア嬢が嫁げば、ストラーネオ家に似た子が生まれても不思議ではないと、母上は考えたんだ」
玉座から立ち上がった王妃が叫ぶ。
「そんな訳がないでしょう!全て憶測で貴方の思い込みです!その噂話をしていた侍女とやらを、此処へ連れて来なさい!」
「母上、その侍女は先程のお喋りな侍女で、貴方への恐怖で固まっていた彼女の事ですよ」
「……っ」
目を見開いて言葉に詰まった王妃は、玉座に座り込んだ。きっと既に別室での尋問は終わっているのだろう。国王も衝撃の事実に言葉をなくしている。
「本当なのか?」
国王の静かな声が謁見の間に響いた。
「陛下、違います!マウリツィオは私と陛下の子です!」
国王は王妃に聞いたのではなく、マウリツィオが連れて来た老人に視線を向けていた。老人は自身に問われているのだと理解し、静かに顔を上げた。
「絶対にとは申せません。当時、陛下との閨も確かにありました。しかしながら、アンドレアスが通って来ていた回数の方が多い事は、この記録にはっきりと残っております。もしかしたら必要になるのではないかと思い、残しておりました。まさか、結婚させようとするとは、思いもしませんでしたが」
アンドレアスとは、ヴァレリアの祖父の名前だ。二人は旧知の仲の様だ。
老人は元侍従で、主に後宮で働いていた。老人の言うもしかしては、王位争いの事を示唆してだろう。
「そうか、王妃を連れて行け」
「陛下!」
「王妃、沙汰が出るまで謹慎を言い渡す。クローチェ家の令嬢と、オルモ家の令嬢には詳しい話を聞くから別室へ連れて行け」
「……っ」
直ぐに騎士が動き、指示をされた者たちを連れて行く。王妃も謁見の間を騎士に連れられて出された。彼女は最後まで、マウリツィオは国王の子だと叫んでいた。
「話が逸れたな。ファブリツィオ、お前の容疑は晴れた。今後も勉学と公務に励む様に」
「はい、陛下」
肩に手を置かれ、マウリツィオが囁いてくる。
「ファブリツィオ、ヴァレリア嬢の側に行ってやれ」
「はい」
リアの側に駆け寄ると、震えている肩を抱いた。背中に国王の声が聞こえる。
「マウリツィオ」
「はい、陛下」
「私はお前の事を息子だと思っている。 しかし、議会の事もある。暫し答えを出す時間をくれ」
「はい、ご随意に。陛下の気の済むままお調べ下さい」
「うむ、これにて謁見は終わりだ。皆、大義であった。速やかに自身の職場へ戻る様に」
国王の声で謁見の終了が告げられた。
ファブリツィオは頭の中を整理したい気持ちと、ヴァレリアを落ち着かせたい気持ちもあり、彼女を温室へ誘った。
推測だけど、俺が逃げ出したとか噂されてたんだろうな。
跪いているファブリツィオの頭上に、陛下の低い声が落ちてくる。
何を言われても全て王妃の所為だと言ってやろうかっ……。概ね合っているが。
「うむ、学園の芸術祭の前日、違法植物を持ち込み、生花の花に混ぜて飾り、学園の生徒を危険な目に合わせた事は本当か?」
「いいえ、私には身に覚えがありません。私が用意した生花に違法植物を混ぜたのは、王妃に指示されたアドルフォ・ダッラ・ガリツィア公爵子息です」
「王妃が?それは本当か」
集まっていた貴族たちも、ファブリツィオの口から王妃の名が出た事で、落ち着きなく騒ぎ出した。しかし、二人の仲がよろしくないのは、周知の事実。
「劣る王子が王妃に罪を擦り付けているんじゃないか?」
「そうだな、お二人は仲が良い訳ではないしな」
密かに呟く噂話が貴族から飛んでくる。
目元は笑っていないが、王妃の口元には笑みが広がっているだろう。
「今、劣る王子と言ったのは誰だ?」
国王の低い声が謁見の間で響く。
声には威厳があり、身体の底から震える怒気が混じっていた。
「ファブリツィオの学園の成績はとても良いと聞いている。テストでも学年で三位、武術大会も三位だ。ファブリツィオの出した成績に、お前たちやお前たちの子供は勝てているのか?テストではストラーネオ侯爵家の令嬢が首位、次点は伯爵家の令嬢だが、彼女はファブリツィオに媚薬を盛った罪で修道院に行っていたな」
媚薬を盛ったという話に貴族たちは、騒然となり、ざわつきが大きくなった。
「武術大会も三位に終わったが、優勝と準優勝はお前たちの子供だったのか?」
誰も答える事が出来なかったが、準優勝はロンコー二家、騎士団総団長の息子だ。
総団長は何も言わず、瞳を閉じて無言を貫いている。しかし、驚いたのはファブリツィオも貴族たちと同じである。
武術大会の結果は見ていたから知っていると思っていた。でも、すっかり忘れているだろうと思っていた……学園の成績まで知られているなんて。
「生徒会も良く運営していて、公務も真面目に熟していると聞いている。何処の誰かが王子を貶める為に流した戯れ事を間に受け、私の息子を愚弄する事はいい加減に辞めてもらおうか。私は親バカだと言われようが、息子は三人共、優秀だと思っている」
王妃が国王の隣で細い肩を震わせているが、怒りか恐怖からか、琥珀色の瞳しか見えない表情では分からない。
完全に黙り込んだ謁見の間に、自身には無関心だっただろう国王の言葉が響き、ファブリツィオは信じられない気持ちで瞳を大きく見開いた。口元も無意識に開き、間抜けな顔を晒している事にも気づかなかった。
国王と視線が合い、今まで見た事がない眼差しを受けたが、直ぐに紺色の瞳は厳しい眼差しに変わった。隣で王妃も不機嫌さを隠せないでいた。
「で、王妃が指示をしたと言う証拠はあるのだろうな?王子とて、王妃の罪を暴くのだ。ファブリツィオ、お前にはそこまでの覚悟があるのだろう。間違いでしたでは許されないぞ」
国王の威厳に震える身体を抑え、何とか声を出した。
「はい、アドルフォ本人から聞きましたし、他にも証人がおります」
「うむ、分かった。ファブリツィオはこう申しておるが、王妃はどうだ?」
「私も覚えがありませんわ。そんな嫌がらせをしても、私には何の得にもなり得ませんので」
当然だが、王妃も認めなかった。ファブリツィオは、ピエトロから開いていた用意された証人たちを見た。
彼らの顔色は悪いが、恐らく大丈夫だろう。証人の後ろでピエトロが笑顔で立っている。ピエトロと視線が合うと、彼は頷いた。証人を出そうと、顔を上げる。
「では、こちらの証人を出しても宜しいですか?」
「うむ、いいだろう」
「陛下!」
王妃が甲高い声を出して国王を止める。
「王妃よ、王子に犯罪の嫌疑が掛けられているのだ。私は全ての話を聞き、吟味して判断する必要がある」
「……っ」
眉間に皺を寄せた王妃は、何も言えなくなり、引き結んだ口元を扇子で隠した。
「ファブリツィオ、続けろ」
「はい、陛下」
後ろで、侍従が集まっている中で、証人と一緒に混ざっていたピエトロへ視線を向ける。視線を受け、頷いたピエトロは三人の男女を連れて来た。
ファブリツィオの後ろに証人を並ばせ、跪かせる。頭を垂れている男女が誰か気づき、貴族たちから騒めきが起こった。
一人の若者は先程話が出ていた真犯人のアドルフォで、二人の侍女は王妃の所で仕えている侍女だった。自身の侍女の姿を見て、王妃のこめかみに青筋が立つ。
「顔を上げよ。では、アドルフォから話を聞こうか」
「はい、陛下。今回の件、私は王妃様の侍女に『王妃様の言う通りにすれば、王太子の補佐官になれる』と言われました。王妃様の事はカーティアの件もありましたので、信じてはおりませんでしたから、最初は断ろうと思っておりました。しかし、私はファブリツィオ殿下を恨んでいました」
アドルフォが言葉を切り、眉を歪めて小さく笑った。銀髪の髪が揺れ、琥珀の瞳に、今までの事を思い出しているのか、琥珀色が濁った。
「ファブリツィオ殿下の事は、幼い頃から大嫌いでしたので、最後の嫌がらせだと思い、王妃様の言う通り、殿下が生けた花瓶に違法植物を混ぜました。 その事により、体調不良を起こした生徒には悪い事をしたと思っております」
「アドルフォ、お前という奴は!」
貴族の中に宰相がいた。アドルフォの父は宰相であり王弟だ。理由が理由だけに、宰相は情けなく眉尻を下げている。
「先のない未来です。死刑にでもしてください」
「アドルフォ」
アドルフォは投げやりになっているのか、ファブリツィオは複雑な気持ちになった。
アドルフォとは従弟だが、仲直りが出来そうにない。アドルフォに降りる沙汰を思うと、少しだけ胸が痛んだ。
「アドルフォ、お前は今回の事がなければ、ファブリツィオには何もしていなかったか?」
国王の質問に、アドルフォは眉間に皺を寄せたが、暫し考えた後、『していなかった』と答えた。アドルフォの答えに頷いた国王は、次に侍女二人に視線を向けた。
「では、次に侍女たちだが、正直に申してみよ。お前たちは王妃の指示で、アドルフォに今回の件を伝えたのだな」
「はい」
侍女たちは顔を上げられず、震える声を出した。
「分かった。お前たちはもういい、下がって沙汰が出るまで謹慎だ」
「「「はい」」」
三人は騎士に連れられ、謁見の間を出て行った。王妃が国王に噛み付く。
「何が分かったんですか?!」
「ああ、王妃がもの凄く恐ろしい顔で侍女を睨みつけていれば、彼女たちは何も話せませんよ」
ファブリツィオが漏らした声に、王妃は眦をあげて睨みつけてきた。
「侍女には、王妃がいない場所で話を詳しく聞く」
国王と宰相がアイコンタクトを取ると、素早く宰相と侍従たちも動く。
「実はな、王妃よ。王太子から事前に王妃の事で色々と報告が上がっている」
「はっ?どうしてあの子がそんな事を?」
「ああ、それは王妃がファブリツィオを排斥に追い込み、ストラーネオ侯爵令嬢との婚約を破棄させようとしているからだ」
国王が言い切った事に、王妃だけでなく、貴族もファブリツィオも驚いた。
父上は、王妃が俺の事を排斥させようとしていた事を知っていたのか……その事にも興味がないと思っていたのに。
「私が何も知らないとでも思っていたか」
王妃が何かを言いかけた時、謁見の間の扉が王妃の言葉を遮る様に開かれた。
「母上、もう観念して下さいね」
静まり返った謁見の間を颯爽と歩くマウリツィオの声が響いた。マウリツィオはファブリツィオの横で跪く。
「陛下、新たな証人を連れて参りました」
頭を垂れた彼の後ろには、震えながら歩く一人の老人と、カーティアとアリーチェの二人だった。
口を開けて、どう言う事なのか理解が追いつかず、間抜けな顔で隣の兄を見た。
「ファブリツィオ、真実には辿り着けなかったか」
「真実?」
「ああ、母上がどうして、ヴァレリア嬢が欲しいのか」
「……っ、はい」
悔しそうに顔を歪めるファブリツィオに、マウリツィオは優しい眼差しを向けて、幼い頃の様に頭を撫でられた。
感傷に浸っていた所で、王妃が王太子の名を呼ぶ。
「……マウリツィオ!」
「母上、本日は貴方の罪を詳らかにする。後に、私は王太子を廃嫡されてもいい」
「……っ」
「その覚悟を持って貴方に問う。私は本当に陛下の子ですか?」
マウリツィオが言い放った言葉に、周囲で見守っていた貴族たちから、どよめきが起こる。ファブリツィオにも言葉の衝撃が身体中を駆け巡った。
今、なんて言った?マウリツィオ兄上が父上の子ではない?それを実の母である王妃に問うているのか?
「な、何を言っているのです!貴方は私と陛下の子です!」
あれ? 今回の嫌疑は俺が違法植物を持ち込んだか否かではなかったか?何故、兄の出生の話に?!
「ファブリツィオの疑問は最もだけど、全ての事が一つの事に繋がっているんだ」
「まさかここで暴露するとは思っていなかった」
新たな声が聞こえて振り返ると、同じ母を持つ兄、オラツィオが立っていた。
彼はファブリツィオの隣で静かに跪く。
「オラツィオ兄上、マウリツィオ兄上が変な事を言っているんです。父上の子ではないと」
「ああ、分かっている」
国王の声が静かに落ちてくる。
「マウリツィオ、詳しく説明をしろ」
「はい、陛下」
そして、マウリツィオは静かに語り出した。幼い頃、オラツィオと遊んでいた時、お喋りな侍女が口を滑らせ、マウリツィオが国王の子ではないのではないかと、侍女仲間と噂話をしていた。
偶然に聞いてしまった自身の出生の秘密に、マウリツィオは幼いながらも調べ始めた。侍女が言うには、長年子供が授からず、惻妃を迎えた事で国王と王妃の仲が悪くなり、閨の回数が月にあるかないかまで減った。時期を同じくして、王妃はマウリツィオを授かった。
国王も少なからず覚えはあったので、特段気にはしなかった。しかし、ごく一部の侍女は王妃の秘密を知っている。
国王との閨がほぼ無かった頃、王妃の元に出入りしている者がいた。彼は王妃が身籠ると、二度と王妃の元には通って来なかった。
「その者の名は?」
国王が低い声でマウリツィオを促す。
「はい、陛下。申し上げます、その者はストラーネオ前侯爵です。もう既に故人ですので、本人に確認は出来ません。まぁ、生きていたとしても、恐ろしくて彼には聞けませんけどね」
マウリツィオが言い放った言葉に、再び謁見の間に衝撃が走った。集まった貴族の中に居たヴァレリアと、現ストラーネオ侯爵と夫人に視線が集中する。
ファブリツィオもかなりの衝撃を受けた。ヴァレリアが心配で視線をやると、彼女は誰が見ても震えていた。
ファブリツィオが何とか出した声も震えていた。
「で、でも、王妃はリアをマウリツィオ兄上の妻にと、望んでいましたよね?」
理解が追いつかないが、嫌な予感が先に胸に過ぎる。
「ああ、そうだよ。私の血にストラーネオ家の血が流れていて、生まれてきた私の子が、ストラーネオ家の特徴を持って生まれてきては、色々と各方面に疑われて面倒だろう。私の元にヴァレリア嬢が嫁げば、ストラーネオ家に似た子が生まれても不思議ではないと、母上は考えたんだ」
玉座から立ち上がった王妃が叫ぶ。
「そんな訳がないでしょう!全て憶測で貴方の思い込みです!その噂話をしていた侍女とやらを、此処へ連れて来なさい!」
「母上、その侍女は先程のお喋りな侍女で、貴方への恐怖で固まっていた彼女の事ですよ」
「……っ」
目を見開いて言葉に詰まった王妃は、玉座に座り込んだ。きっと既に別室での尋問は終わっているのだろう。国王も衝撃の事実に言葉をなくしている。
「本当なのか?」
国王の静かな声が謁見の間に響いた。
「陛下、違います!マウリツィオは私と陛下の子です!」
国王は王妃に聞いたのではなく、マウリツィオが連れて来た老人に視線を向けていた。老人は自身に問われているのだと理解し、静かに顔を上げた。
「絶対にとは申せません。当時、陛下との閨も確かにありました。しかしながら、アンドレアスが通って来ていた回数の方が多い事は、この記録にはっきりと残っております。もしかしたら必要になるのではないかと思い、残しておりました。まさか、結婚させようとするとは、思いもしませんでしたが」
アンドレアスとは、ヴァレリアの祖父の名前だ。二人は旧知の仲の様だ。
老人は元侍従で、主に後宮で働いていた。老人の言うもしかしては、王位争いの事を示唆してだろう。
「そうか、王妃を連れて行け」
「陛下!」
「王妃、沙汰が出るまで謹慎を言い渡す。クローチェ家の令嬢と、オルモ家の令嬢には詳しい話を聞くから別室へ連れて行け」
「……っ」
直ぐに騎士が動き、指示をされた者たちを連れて行く。王妃も謁見の間を騎士に連れられて出された。彼女は最後まで、マウリツィオは国王の子だと叫んでいた。
「話が逸れたな。ファブリツィオ、お前の容疑は晴れた。今後も勉学と公務に励む様に」
「はい、陛下」
肩に手を置かれ、マウリツィオが囁いてくる。
「ファブリツィオ、ヴァレリア嬢の側に行ってやれ」
「はい」
リアの側に駆け寄ると、震えている肩を抱いた。背中に国王の声が聞こえる。
「マウリツィオ」
「はい、陛下」
「私はお前の事を息子だと思っている。 しかし、議会の事もある。暫し答えを出す時間をくれ」
「はい、ご随意に。陛下の気の済むままお調べ下さい」
「うむ、これにて謁見は終わりだ。皆、大義であった。速やかに自身の職場へ戻る様に」
国王の声で謁見の終了が告げられた。
ファブリツィオは頭の中を整理したい気持ちと、ヴァレリアを落ち着かせたい気持ちもあり、彼女を温室へ誘った。
1
あなたにおすすめの小説
初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】
星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。
だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。
しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。
王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。
そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。
地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。
⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。
はじめまして、私の知らない婚約者様
有木珠乃@『ヒロ弟』コミカライズ配信中
ファンタジー
ミルドレッド・カーマイン公爵令嬢は突然、学園の食堂で話しかけられる。
見覚えのない男性。傍らには豊満な体型の女性がいる。
けれどその女性から発せられた男性の名前には、聞き覚えがあった。
ミルドレッドの婚約者であるブルーノ王子であることを。
けれどミルドレッドの反応は薄い。なぜなら彼女は……。
この世界を乙女ゲームだと知った人々による、悪役令嬢とヒロイン、魔女の入れ替え話です。
悪役令嬢を救いたかったはずなのに、どうしてこんなことに?
※他サイトにも掲載しています。
お好きになさって下さい、私は一切気にしませんわ
Kouei
恋愛
婚約者のクレマンド様は、いつも私との約束を破ってばかり。
理由は決まって『従妹ライラ様との用事』
誕生日会にすら来なかった彼に、私はついに告げた。
「どうぞ、私以外のご令嬢をエスコートするなり、お出かけするなり、関係を持つなり、お好きになさって下さい。私は一切気にしませんわ」
二人の想いは、重なり合えるのだろうか ……
※他のサイトにも公開しています。
真実の愛は水晶の中に
立木
恋愛
学園の卒業を祝うパーティーの最中、レイシア・マレーニ侯爵令嬢は第三王子とピンク髪の女、その取り巻きたちによって断罪されようとしていた。
しかし断罪劇は思わぬ方向へ進んでいく。
※AIイラスト使用
※「なろう」にも重複投稿しています。
王女様は温かいごはんが食べたい ~冷えた王宮料理を変えたら、オープンキッチンと政略婚約がついてきました~
しおしお
恋愛
異世界の王女リリアーヌは、前世の記憶を持つ転生者。
豪華絢爛な王宮で暮らし始めた彼女だったが、ひとつだけどうしても耐えられないことがあった。
――食事が、冷めているのだ。
どれほど立派な料理でも、ぬるいスープや冷めた肉ではホッとできない。
「温かいごはんが食べたい」
そのささやかな願いを口にしたことから、王宮ではなぜか大騒動が巻き起こる。
地下厨房からの高速搬送。
専用レーンを爆走するカートメイド。
扉の開閉に命をかけるオープナー。
ついには食堂に火を持ち込むオープンキッチンまで誕生して――!?
温かさは、ホッとさせてくれる。
それは料理だけではなく、人との距離まで少しずつ変えていくものだった。
冷えた王宮に湯気と笑顔を取り戻す、
食と温かさをめぐる宮廷日常コメディ!
-
「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある
柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった
王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。
リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。
「わかりました。あなたには、がっかりです」
微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。
つまらない妃と呼ばれた日
柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。
舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。
さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。
リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。
――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。
夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い
青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。
神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。
もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。
生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。
過去世と同じ轍を踏みたくない……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる