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3章 二つの誓約、ぜったいに
32 二人の男
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カク・シの言葉に解は思わず身ぶるいした。
そして同時に疑問が浮かんだ。
(だったらどうしてカク・シはこの人を殺してしまわないんだろう?)
すると、まるで解の疑問にこたえるかのように、レシャバールがカク・シに向かって言った。
「もしかしてカク・シ、儂が死ねばお前が儂のあとを襲うつもりか? だから儂を直接その手にかけて殺さぬのか? だがお前には不可能だ。儂が認めぬ。」
カク・シが鼻でわらう気配がした。
「バカバカしい。私のことをずいぶんな小者に見つもっているようだ。私が貴様の後継などとは! 貴様が自分に高い価値をつけるのは勝手だが、そのものさしで私を測ることなど不可能だ。」
「では一体、お前の望みはなんなのだ?」
カク・シが横たわる男を見つめた。
男もカク・シを見つめかえした。
解は息をつめた。解の目には二人の男は二人とも彫像のように見えた。
たたずむほうの彫像が横たわる彫像を見おろし、口元をゆがめてわらった。
「私はためしたいのだ。」
「ためす? なにを?」
「創詩の真実を。天流衆を支える柱を一つ、また一つと失くしてゆけば、どうなるか――。」
レシャバールがハッと息をのむ気配がした。
「お前、カク・シ、まさか。」
カク・シが手にした灯りを彼自身の顔に近づけた。
深い眼窩の影によって隠れていた二つの目が、灯りに照らされてあらわになった。
カク・シの琥珀色の目がうっとりと光った。
「私は見たいのだ。それにかなうことなら祀りあおぎたい。創詩が語る最後の存在を。なぜならそれは並の者には決してかなわず、それができるのは私だけだから。」
「バカな!」
レシャバールが叫んだ。
カク・シは縛りつけられた男にほほえんでみせた。
「貴様にはどうあがこうが不可能な話だ。なぜなら貴様の身が滅ぶことも条件の一つだからな。その身は所詮、露払いだ。むしろ死でもって露を払うことを名誉に思うがいい。」
カク・シは身をひるがえした。
灰色にも緑色にも青色にも見える装束の裾が舞った。
「待て、待たぬかカク・シ!」
横たわる男の身体に力が入ったのが、隠れて様子をうかがう解の目にも判別できた。
「カク・シ!」
レシャバールが声を枯らして叫んだ。
が、カク・シは足をとめることなく進み、やがて解と結生がかくれた場所の反対側にある坑道へ姿を消した。
カク・シが手にした灯りもカク・シとともに失せた。
あたりは湿り気をおびた濃い闇につつまれた。
しばらくの間、その場がシンとしずまりかえった。
レシャバールは横たわったままだ。
もっとも身体が縄で杭に縛りつけられていることを考えれば、この男にできるたった一つのことが横たわることだった。
解と結生も身じろぎ一つせずにいた。
いま目にした光景に圧倒されてすぐには動けずにいたのだ。
それに解は動いてはいけないような気がした。
見てはいけないものを見て、聞いてはいけない話を聞いてしまったのではないか、と強く思った。
が、そのとき解の背後で生きものが動く気配がした。
解はドキッとして振りかえった。
卵から手足が出てくる。
タンだ。
やばい、と解は思った。
なにがやばいのか解自身にもわからないが、とにかくやばいぞと思った。
解はいそいでタンの卵の殻に手でふれ、声を出さずにヒソヒソとささやいた。
「しっ、タン、しずかに、それに動いちゃダメだよ。」
「たいくツ。」
タンがもぞもぞと手を動かした。
「そんな場合じゃないだろ、とにかくじっとしてくれよ。」
タンの目がキョロリと解を見て、つまらなさそうな気配をあからさまに発した。
こんなときになんてやつだ、と解は思ったが、いまここでタンに怒っている場合じゃないぞと考えなおした。
解はいそいでささやいた。
「タン、歯磨き粉がほしかったら大人しくしてよ。」
「うまいやツ?」
この声は大きすぎた。少なくとも、他に物音一つしない洞窟の中では。
「だれだ? そこにいるのは何者だ?」
レシャバールが声をあげた。
解は思わず声をあげた。
「ごめんなさい、立ち聞きをするつもりはなかったんです。」
「立ち聞きだと? つまりお前達は儂とカク・シの話を聞いておったのか?」
「あ、しまった。言わなくてもよかった。」
解はつぶやいた。
結生が解の腕をそっと引いた。
「行こう、解くん。あの人と話をしてみよう。」
「ええと、ちょっと待って。」
解はリュックサックのサイドポケットから歯磨き粉を取りだしてチューブから少しばかり捻りだし、それをタンの卵の殻へこすりつけた。
「うまッ。」
タンが満足そうな声をあげた。
「タン、しばらくここで待ってて。」
解は歯磨き粉でタンを懐柔したつもりだったが、タンには通じなかった。タンは、
「もっト。」
と言いだした。
「ダメダメ。ここで待つんだよ、タン。」
「いヤ、もっト。」
つきあいきれないぞ、と解は思った。
そして同時に疑問が浮かんだ。
(だったらどうしてカク・シはこの人を殺してしまわないんだろう?)
すると、まるで解の疑問にこたえるかのように、レシャバールがカク・シに向かって言った。
「もしかしてカク・シ、儂が死ねばお前が儂のあとを襲うつもりか? だから儂を直接その手にかけて殺さぬのか? だがお前には不可能だ。儂が認めぬ。」
カク・シが鼻でわらう気配がした。
「バカバカしい。私のことをずいぶんな小者に見つもっているようだ。私が貴様の後継などとは! 貴様が自分に高い価値をつけるのは勝手だが、そのものさしで私を測ることなど不可能だ。」
「では一体、お前の望みはなんなのだ?」
カク・シが横たわる男を見つめた。
男もカク・シを見つめかえした。
解は息をつめた。解の目には二人の男は二人とも彫像のように見えた。
たたずむほうの彫像が横たわる彫像を見おろし、口元をゆがめてわらった。
「私はためしたいのだ。」
「ためす? なにを?」
「創詩の真実を。天流衆を支える柱を一つ、また一つと失くしてゆけば、どうなるか――。」
レシャバールがハッと息をのむ気配がした。
「お前、カク・シ、まさか。」
カク・シが手にした灯りを彼自身の顔に近づけた。
深い眼窩の影によって隠れていた二つの目が、灯りに照らされてあらわになった。
カク・シの琥珀色の目がうっとりと光った。
「私は見たいのだ。それにかなうことなら祀りあおぎたい。創詩が語る最後の存在を。なぜならそれは並の者には決してかなわず、それができるのは私だけだから。」
「バカな!」
レシャバールが叫んだ。
カク・シは縛りつけられた男にほほえんでみせた。
「貴様にはどうあがこうが不可能な話だ。なぜなら貴様の身が滅ぶことも条件の一つだからな。その身は所詮、露払いだ。むしろ死でもって露を払うことを名誉に思うがいい。」
カク・シは身をひるがえした。
灰色にも緑色にも青色にも見える装束の裾が舞った。
「待て、待たぬかカク・シ!」
横たわる男の身体に力が入ったのが、隠れて様子をうかがう解の目にも判別できた。
「カク・シ!」
レシャバールが声を枯らして叫んだ。
が、カク・シは足をとめることなく進み、やがて解と結生がかくれた場所の反対側にある坑道へ姿を消した。
カク・シが手にした灯りもカク・シとともに失せた。
あたりは湿り気をおびた濃い闇につつまれた。
しばらくの間、その場がシンとしずまりかえった。
レシャバールは横たわったままだ。
もっとも身体が縄で杭に縛りつけられていることを考えれば、この男にできるたった一つのことが横たわることだった。
解と結生も身じろぎ一つせずにいた。
いま目にした光景に圧倒されてすぐには動けずにいたのだ。
それに解は動いてはいけないような気がした。
見てはいけないものを見て、聞いてはいけない話を聞いてしまったのではないか、と強く思った。
が、そのとき解の背後で生きものが動く気配がした。
解はドキッとして振りかえった。
卵から手足が出てくる。
タンだ。
やばい、と解は思った。
なにがやばいのか解自身にもわからないが、とにかくやばいぞと思った。
解はいそいでタンの卵の殻に手でふれ、声を出さずにヒソヒソとささやいた。
「しっ、タン、しずかに、それに動いちゃダメだよ。」
「たいくツ。」
タンがもぞもぞと手を動かした。
「そんな場合じゃないだろ、とにかくじっとしてくれよ。」
タンの目がキョロリと解を見て、つまらなさそうな気配をあからさまに発した。
こんなときになんてやつだ、と解は思ったが、いまここでタンに怒っている場合じゃないぞと考えなおした。
解はいそいでささやいた。
「タン、歯磨き粉がほしかったら大人しくしてよ。」
「うまいやツ?」
この声は大きすぎた。少なくとも、他に物音一つしない洞窟の中では。
「だれだ? そこにいるのは何者だ?」
レシャバールが声をあげた。
解は思わず声をあげた。
「ごめんなさい、立ち聞きをするつもりはなかったんです。」
「立ち聞きだと? つまりお前達は儂とカク・シの話を聞いておったのか?」
「あ、しまった。言わなくてもよかった。」
解はつぶやいた。
結生が解の腕をそっと引いた。
「行こう、解くん。あの人と話をしてみよう。」
「ええと、ちょっと待って。」
解はリュックサックのサイドポケットから歯磨き粉を取りだしてチューブから少しばかり捻りだし、それをタンの卵の殻へこすりつけた。
「うまッ。」
タンが満足そうな声をあげた。
「タン、しばらくここで待ってて。」
解は歯磨き粉でタンを懐柔したつもりだったが、タンには通じなかった。タンは、
「もっト。」
と言いだした。
「ダメダメ。ここで待つんだよ、タン。」
「いヤ、もっト。」
つきあいきれないぞ、と解は思った。
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