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4章 コバルトブルーの放牧篭
54 招かれざる来訪者
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だが様子からしてその水は解にくれたのだろう。
トウィードのこれまでの言葉がやさしさの欠片もないものだったので意外だったが、解はおとなしくそれを受けとった。
「ええと、どうもありがとうございます。」
「そっちのやつは水を飲むのか?」
「タンですか? どうだろう。ねえタン、水要る?」
「のム。」
解はトウィードが寄こした器をタンに差しだした。
タンはそれを受けとると、手を器のなかへ突っこんで濡らした。
そして濡れた手を殻にこすりつけた。
「うまッ。」
ガタ、とまた枝室がゆれた。ガタガタ、ガタ。
ゆれが大きいな、と解は思った。
(だって宙に浮いているんだものな。)
飛行機に乗ったらこんな感じなのかな、と飛行機に乗ったことのない解は考えた。
プオオ、という音がした。
音じゃない、ノルダーの声だ。
解は自分が吹いた草笛の音を思いだした。
あれほどじゃないけど、でも汚い音に聞こえた。
そう、いちばんはじめに聞いたホルンのような音とはずいぶんちがう。
「騒がしいな。」
トウィードがさっと身をひるがえし、丸窓から外へ上体を乗りだした。
解もそのとなりの丸窓へ近づいておなじことをした。
ガタンッ、と枝室が大きくゆれた。
窓の外からノルダーの声が聞こえた。
それも一度にたくさんの声だ。不快な声が響きあった。
それに人の声が混ざった。
悲鳴だ。
枝室がはげしくゆれた。
「うわっ!」
解は声をあげた。いやな浮遊感が解の身体を、とくに耳のあたりをおそった。
エレベーターに乗ったときみたいだと解は気づいた。
耳の奥が詰まった。それに一気に吐き気も感じた。一瞬でだ。
エレベーターどころではない、解は思わず手で耳を押さえた。
トウィードが丸窓から飛びだした。
解はどうにか体勢をたてなおすと丸窓にかじりつき、いそいで外の様子をながめた。
たくさんのノルダーが放牧篭のなかを無茶苦茶に飛びまわっている。
ほんのつい先ほどまでのおだやかでのんびりした空気とは明らかにちがう。
群れ全体が動揺している。
なかには篭の目から外へ飛びだすノルダーもいた。
ぐちゃぐちゃに動きまわるノルダーが、それでも上へ上へと移動したがっているのを解は感じた。
また人の悲鳴がした。
解は下を見た。眉をギュッと寄せて目をこらした。
さらにまた悲鳴だ。
「なんだ、あれ。」
解は思わず声に出してつぶやいた。
放牧篭のいちばん下の部分の篭の目になにかが入りこんでいる。
よーく目をこらして初めて見えるくらい、それを目でたしかめるのはむずかしかった。
そいつは透けていた。
「雑夙だ!」
だれかの声がした。
同時にふたたびはげしいゆれが放牧篭を襲った。
今度はエレベーターに乗ったときとはちがって、横にはげしく振動した。
解は必死で窓の縁につかまった。
天流衆の人々とちがって落下したらおしまいだと思った。
それでも解はどうにかして外を見つづけた。
そのときよく通る声が放牧篭に響きわたった。
「女と子どもは篭目から外へ出ろ! 上へ行け! 急げ!」
トウィードの声だ。解は声のした方角を頼りに彼の姿を探した。
そして見つけた。
トウィードは飛翔しながら放牧篭の下のほうへ突きすすんでいく。
「ジュバー、クユニ、私について来い! イサナ、お前は逃す者を外へ誘導しろ!」
放牧篭のなかほどにケルキトの母親イサナがいた。
彼女はトウィードに負けずおとらずの大声をはりあげた。
「ノルダーはっ? トウィード様、ノルダーも誘導しないと。」
「人間が先だ! まず女子どもを出してからだ!」
「わかりましたっ。」
バキキッ、と大きな音が響いた。
そして同時に放牧篭がこれまでよりいっそうはげしくゆれた。
人の悲鳴とノルダーの悲鳴であたりは騒然となった。
解は真下へ目をこらした。
そしてギョッとした。
篭の底にあたる場所で、篭をかたちづくる青い枝がちぎれていく。
透けたものが引きちぎったのだ。
いやな音がする。一本、また一本と青い枝が放牧篭から離れていく。
放牧篭の底に大きな穴が開いた。
解は息をのんだ。
(目が……。)
穴から巨大な目が見えた。ギョロリと光るむきだしの眼球だ。
まぶたに覆われていない。
白目の部分は透けているが虹彩の部分には濁った色がついている。
ヘドロのような色だ。そして瞳の部分はよりいっそう濁って暗い。
解は呆然と目をこらした。
透けた眼球に何本も細い管のようなものが走っているのが見える。
ふつうの動物の眼球とおなじだったらあれは血管だろう。
その管がだんだんと先へ先へと伸び、枝分かれしているのも見えた。
まるで、いままさに育ちつつあるようだった。
濁った眼球が、解を見た。
解は一瞬息をとめた。
大きくてギョロリとした眼球と少年の視線がはっきりと絡みあった。
眼球がわずかに動いた、ような気がした。そして声が聞こえた。
「――見つけタ。」
解の背中にゾッとふるえが走った。
ギョロリとした眼球は解を探しに来たのだ。
(どうして、なんで。)という言葉が解の頭のなかでぐるぐるした。
放牧篭が大きく横ゆれした。
解は必死で丸窓の縁にしがみついた。
トウィードのこれまでの言葉がやさしさの欠片もないものだったので意外だったが、解はおとなしくそれを受けとった。
「ええと、どうもありがとうございます。」
「そっちのやつは水を飲むのか?」
「タンですか? どうだろう。ねえタン、水要る?」
「のム。」
解はトウィードが寄こした器をタンに差しだした。
タンはそれを受けとると、手を器のなかへ突っこんで濡らした。
そして濡れた手を殻にこすりつけた。
「うまッ。」
ガタ、とまた枝室がゆれた。ガタガタ、ガタ。
ゆれが大きいな、と解は思った。
(だって宙に浮いているんだものな。)
飛行機に乗ったらこんな感じなのかな、と飛行機に乗ったことのない解は考えた。
プオオ、という音がした。
音じゃない、ノルダーの声だ。
解は自分が吹いた草笛の音を思いだした。
あれほどじゃないけど、でも汚い音に聞こえた。
そう、いちばんはじめに聞いたホルンのような音とはずいぶんちがう。
「騒がしいな。」
トウィードがさっと身をひるがえし、丸窓から外へ上体を乗りだした。
解もそのとなりの丸窓へ近づいておなじことをした。
ガタンッ、と枝室が大きくゆれた。
窓の外からノルダーの声が聞こえた。
それも一度にたくさんの声だ。不快な声が響きあった。
それに人の声が混ざった。
悲鳴だ。
枝室がはげしくゆれた。
「うわっ!」
解は声をあげた。いやな浮遊感が解の身体を、とくに耳のあたりをおそった。
エレベーターに乗ったときみたいだと解は気づいた。
耳の奥が詰まった。それに一気に吐き気も感じた。一瞬でだ。
エレベーターどころではない、解は思わず手で耳を押さえた。
トウィードが丸窓から飛びだした。
解はどうにか体勢をたてなおすと丸窓にかじりつき、いそいで外の様子をながめた。
たくさんのノルダーが放牧篭のなかを無茶苦茶に飛びまわっている。
ほんのつい先ほどまでのおだやかでのんびりした空気とは明らかにちがう。
群れ全体が動揺している。
なかには篭の目から外へ飛びだすノルダーもいた。
ぐちゃぐちゃに動きまわるノルダーが、それでも上へ上へと移動したがっているのを解は感じた。
また人の悲鳴がした。
解は下を見た。眉をギュッと寄せて目をこらした。
さらにまた悲鳴だ。
「なんだ、あれ。」
解は思わず声に出してつぶやいた。
放牧篭のいちばん下の部分の篭の目になにかが入りこんでいる。
よーく目をこらして初めて見えるくらい、それを目でたしかめるのはむずかしかった。
そいつは透けていた。
「雑夙だ!」
だれかの声がした。
同時にふたたびはげしいゆれが放牧篭を襲った。
今度はエレベーターに乗ったときとはちがって、横にはげしく振動した。
解は必死で窓の縁につかまった。
天流衆の人々とちがって落下したらおしまいだと思った。
それでも解はどうにかして外を見つづけた。
そのときよく通る声が放牧篭に響きわたった。
「女と子どもは篭目から外へ出ろ! 上へ行け! 急げ!」
トウィードの声だ。解は声のした方角を頼りに彼の姿を探した。
そして見つけた。
トウィードは飛翔しながら放牧篭の下のほうへ突きすすんでいく。
「ジュバー、クユニ、私について来い! イサナ、お前は逃す者を外へ誘導しろ!」
放牧篭のなかほどにケルキトの母親イサナがいた。
彼女はトウィードに負けずおとらずの大声をはりあげた。
「ノルダーはっ? トウィード様、ノルダーも誘導しないと。」
「人間が先だ! まず女子どもを出してからだ!」
「わかりましたっ。」
バキキッ、と大きな音が響いた。
そして同時に放牧篭がこれまでよりいっそうはげしくゆれた。
人の悲鳴とノルダーの悲鳴であたりは騒然となった。
解は真下へ目をこらした。
そしてギョッとした。
篭の底にあたる場所で、篭をかたちづくる青い枝がちぎれていく。
透けたものが引きちぎったのだ。
いやな音がする。一本、また一本と青い枝が放牧篭から離れていく。
放牧篭の底に大きな穴が開いた。
解は息をのんだ。
(目が……。)
穴から巨大な目が見えた。ギョロリと光るむきだしの眼球だ。
まぶたに覆われていない。
白目の部分は透けているが虹彩の部分には濁った色がついている。
ヘドロのような色だ。そして瞳の部分はよりいっそう濁って暗い。
解は呆然と目をこらした。
透けた眼球に何本も細い管のようなものが走っているのが見える。
ふつうの動物の眼球とおなじだったらあれは血管だろう。
その管がだんだんと先へ先へと伸び、枝分かれしているのも見えた。
まるで、いままさに育ちつつあるようだった。
濁った眼球が、解を見た。
解は一瞬息をとめた。
大きくてギョロリとした眼球と少年の視線がはっきりと絡みあった。
眼球がわずかに動いた、ような気がした。そして声が聞こえた。
「――見つけタ。」
解の背中にゾッとふるえが走った。
ギョロリとした眼球は解を探しに来たのだ。
(どうして、なんで。)という言葉が解の頭のなかでぐるぐるした。
放牧篭が大きく横ゆれした。
解は必死で丸窓の縁にしがみついた。
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