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6章 閉じこめられた解
80 状況は
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解はシェルギの影のなかで出会ったカク・シがトウィードに述べた言葉の数々を思いうかべた。
四ツ谷枢がうなずいた。
「カク・シ意裁官がトウィード殿に強く興味を示したことは花連から聞いている。トウィード殿とよしみを結びたいようだな。だがトウィード殿が拘束されたままでいるところを見ると、説得がうまくいった気配がない。」
「よかった。」
解はうれしくなった。
ところが四ツ谷枢がますますむずかしい顔になった。
「そうでもない。トウィード殿の拘束が長すぎるのだ。アシファット族のあいだに動揺が広がっている。」
「あ、そうか、族長さんだから。」
「時期が悪い。トウィード殿が拘束されてからすでに月をまたぎ、いまは水神メルテミアの月、放牧民の祭の月だ。水神祭はそれぞれの一族の族長が司ることになっている。」
解はキョトンとした。
お祭りがそんなにだいじなのかな、と思ったのだ。
解の表情に気づいたのだろうか、四ツ谷枢が苦笑した。
「解くんは日本のどこに住んでいたのかね?」
「東京です。」
「代々その土地で暮らしてきた?」
「いいえ。おじいちゃんおばあちゃんは千葉県です。」
「だとしたら君の家で『祭』と言ったとき、ただ単に催しや人のにぎわいのなかへ出かけるという話だっただろう。だがここではちがう。神々や流霊を敬い、祭祀を大切にあつかう世界だ。君も天流衆国に来た以上このことをよくおぼえておくといい。」
「はい。」
「アシファット族の若者には私たち北流の武道を習う者が多い。」
「ええと、はい。聞きました。」
解はバローの顔を思いうかべた。
バローはブドーを習っていることをずいぶん自慢にしていた。
四ツ谷枢が言った。
「亜陸ですごす三か月のあいだ彼らは四使たちが開く武道場へ通う。ところが昨日から一様にその足がとだえている。それも十あるアシファット族の定住地すべてで一斉にだ。おだやかでない兆候だ。」
「アシファット族の人たちはなにをするつもりでしょうか。」
「彼らは放牧民のなかでもとくに武器のあつかいに長けた一族だ。誇り高い一族でもある。もし族長になにかあったとき、武力にものを言わせることをためらわないだろう。」
「いや、でも、トウィードさんになにかあったわけじゃないですよね?」
解はいそいでたずねた。四ツ谷枢がうなずいた。
「いまのところはな。」
解がホッとする間もなく花連がつぶやいた。
「明後日。」
「えっ?」
「花連、それでは言葉が足らない。」
四ツ谷枢が娘へ苦笑した。そしてすぐに表情を引きしめた。
「明後日が水神メルテミアの祭だ。本来なら放牧民の若者が族長のもとに参じて祝福を受ける日だ。成人式のような意味合いの儀式を兼ねる。アシファット族の人達は明後日までにトウィード殿の開放を望んでいるはずだ。」
「ええと、じゃあ明日のうちにトウィードさんがアシファット族の人達のところへ戻ればいいんですよね。」
言いながら解はだんだん息苦しくなってきた。
「もし明後日までにもどらなかったら、どうなるんでしょうか。」
四ツ谷枢がそれにこたえようと口を開いたとき、彼が声をあげるより先に、それまでずっと黙って話を聞いていた伊吹が割って入った。
「待ってください先生。」
伊吹が筒袖の着物の懐からなにかを取りだした。
伝話貝だ。
伊吹はだれかと話をはじめた。そしてすぐにパッと顔を輝かせた。
「ぼくだ、伊吹だ。うん、うん、えっ、バローを見つけた? それはいい知らせだ、ありがとう。えっ、そうなのか、ううん、それは確かに? わかった、枢先生に伝えるよ、では。」
解は思わず花連を見た。花連はじっと伊吹を見つめている。
伊吹は伝話貝をしまいこむと四ツ谷枢に声をかけた。
「枢先生、日方がバローを見つけたそうです。バローはほかのアシファット族の男たちと一緒にシャジン峡谷へ向かおうとしているようですよ。どうもアシファット族の男ばかり、大勢がシャジン峡谷に集結するつもりみたいです。」
「半日。」
「花連さん、半日ってどういうことですか?」
「シャジン峡谷からこのツキクサ大峡谷まで天流衆の飛ぶ速さで半日かかる場所ということだよ。」
四ツ谷枢が花連の言葉に言葉を足した。彼は窓のほうへ顔を向けた。
「この峡谷の下に川が流れている。解くんは窓から川を見たかね?」
「はい。」
「サシブ川、青の亜陸でいちばんの長流だ。サシブ川の上流には三つの支川があり、そのすべてが峡谷をなしている。このツキクサ大峡谷は三本の川があつまって一つになった場所から二里、日本の尺度では二十キロメートルほどの位置にある。シャジン峡谷はここから北へ半日進んだ位置だ。そこは三川のなかでもっとも豊かな水量の支流をはさむ峡谷でもある。そしてそこにはアシファット族最大の定住地がある。」
伊吹が口をはさんだ。
「先生、アシファット族はシャジン峡谷に集結したあと、このツキクサ大峡谷を目指すつもりですかね? 族長をとりもどすために。」
「もちろん、その可能性はある。」
四ツ谷枢がうなずいた。
「カク・シ意裁官がトウィード殿に強く興味を示したことは花連から聞いている。トウィード殿とよしみを結びたいようだな。だがトウィード殿が拘束されたままでいるところを見ると、説得がうまくいった気配がない。」
「よかった。」
解はうれしくなった。
ところが四ツ谷枢がますますむずかしい顔になった。
「そうでもない。トウィード殿の拘束が長すぎるのだ。アシファット族のあいだに動揺が広がっている。」
「あ、そうか、族長さんだから。」
「時期が悪い。トウィード殿が拘束されてからすでに月をまたぎ、いまは水神メルテミアの月、放牧民の祭の月だ。水神祭はそれぞれの一族の族長が司ることになっている。」
解はキョトンとした。
お祭りがそんなにだいじなのかな、と思ったのだ。
解の表情に気づいたのだろうか、四ツ谷枢が苦笑した。
「解くんは日本のどこに住んでいたのかね?」
「東京です。」
「代々その土地で暮らしてきた?」
「いいえ。おじいちゃんおばあちゃんは千葉県です。」
「だとしたら君の家で『祭』と言ったとき、ただ単に催しや人のにぎわいのなかへ出かけるという話だっただろう。だがここではちがう。神々や流霊を敬い、祭祀を大切にあつかう世界だ。君も天流衆国に来た以上このことをよくおぼえておくといい。」
「はい。」
「アシファット族の若者には私たち北流の武道を習う者が多い。」
「ええと、はい。聞きました。」
解はバローの顔を思いうかべた。
バローはブドーを習っていることをずいぶん自慢にしていた。
四ツ谷枢が言った。
「亜陸ですごす三か月のあいだ彼らは四使たちが開く武道場へ通う。ところが昨日から一様にその足がとだえている。それも十あるアシファット族の定住地すべてで一斉にだ。おだやかでない兆候だ。」
「アシファット族の人たちはなにをするつもりでしょうか。」
「彼らは放牧民のなかでもとくに武器のあつかいに長けた一族だ。誇り高い一族でもある。もし族長になにかあったとき、武力にものを言わせることをためらわないだろう。」
「いや、でも、トウィードさんになにかあったわけじゃないですよね?」
解はいそいでたずねた。四ツ谷枢がうなずいた。
「いまのところはな。」
解がホッとする間もなく花連がつぶやいた。
「明後日。」
「えっ?」
「花連、それでは言葉が足らない。」
四ツ谷枢が娘へ苦笑した。そしてすぐに表情を引きしめた。
「明後日が水神メルテミアの祭だ。本来なら放牧民の若者が族長のもとに参じて祝福を受ける日だ。成人式のような意味合いの儀式を兼ねる。アシファット族の人達は明後日までにトウィード殿の開放を望んでいるはずだ。」
「ええと、じゃあ明日のうちにトウィードさんがアシファット族の人達のところへ戻ればいいんですよね。」
言いながら解はだんだん息苦しくなってきた。
「もし明後日までにもどらなかったら、どうなるんでしょうか。」
四ツ谷枢がそれにこたえようと口を開いたとき、彼が声をあげるより先に、それまでずっと黙って話を聞いていた伊吹が割って入った。
「待ってください先生。」
伊吹が筒袖の着物の懐からなにかを取りだした。
伝話貝だ。
伊吹はだれかと話をはじめた。そしてすぐにパッと顔を輝かせた。
「ぼくだ、伊吹だ。うん、うん、えっ、バローを見つけた? それはいい知らせだ、ありがとう。えっ、そうなのか、ううん、それは確かに? わかった、枢先生に伝えるよ、では。」
解は思わず花連を見た。花連はじっと伊吹を見つめている。
伊吹は伝話貝をしまいこむと四ツ谷枢に声をかけた。
「枢先生、日方がバローを見つけたそうです。バローはほかのアシファット族の男たちと一緒にシャジン峡谷へ向かおうとしているようですよ。どうもアシファット族の男ばかり、大勢がシャジン峡谷に集結するつもりみたいです。」
「半日。」
「花連さん、半日ってどういうことですか?」
「シャジン峡谷からこのツキクサ大峡谷まで天流衆の飛ぶ速さで半日かかる場所ということだよ。」
四ツ谷枢が花連の言葉に言葉を足した。彼は窓のほうへ顔を向けた。
「この峡谷の下に川が流れている。解くんは窓から川を見たかね?」
「はい。」
「サシブ川、青の亜陸でいちばんの長流だ。サシブ川の上流には三つの支川があり、そのすべてが峡谷をなしている。このツキクサ大峡谷は三本の川があつまって一つになった場所から二里、日本の尺度では二十キロメートルほどの位置にある。シャジン峡谷はここから北へ半日進んだ位置だ。そこは三川のなかでもっとも豊かな水量の支流をはさむ峡谷でもある。そしてそこにはアシファット族最大の定住地がある。」
伊吹が口をはさんだ。
「先生、アシファット族はシャジン峡谷に集結したあと、このツキクサ大峡谷を目指すつもりですかね? 族長をとりもどすために。」
「もちろん、その可能性はある。」
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