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8章 地徒人の少年がもたらすもの
111 おしまいに
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凱風がだまって解を見つめた。
そしてそのままなにも言わないので、解のほうで言葉をつづけた。
「結生くんも伝話貝を持っています。それを思いだしました。でも、結生くんの伝話貝につなげるのはいけないと思います。結生くんがいまどういう状況にいるのかわからない、もしかしたらすぐそばに大河内がいて、ぼくが伝話貝をつなげたら、結生くんがひどい目にあうかもしれない。」
凱風がおだやかに言った。
「そこのところはよく考えてみるべきだろうね。」
解は頭を上げて凱風の顔を見た。
凱風が牡蠣殻のような自分の顎をなでた。そして言った。
「ふむ、そうだな、こういうのはどうだろう。君が君の友だちの持つ伝話貝とつながってすぐに、話ができなければ合図をするようにと頼む。たとえば咳払いをしてくれとかね。そして実際に咳払いが聞こえたらすぐに話を止める。大丈夫そうだったら話をする。ふーむ、それとも咳払いよりクシャミのほうがよいかね、どうだろう。」
解はとまどった。
「ぼくは、凱風先生、考えるっていうのは、結生くんの伝話貝につなげることがいいのか悪いのか考えるということかと思いました。ちがうんですか?」
「そのことについては、考えるまでもないと私は思う。ふむ。友だちの声を聞くのはうれしいものだ。」
あまりにも当然のように言われたので解はだまりこんだ。
凱風がたずねた。
「だからこそ君だって伝話貝をつなげたいとまっ先に思ったのではないかな?」
「ぼくは、そうです。ぼくは結生くんと話がしたいと思いました。でもそれは、ただぼくがそうしたいだけのことで、必要なことだとか、やるべきことではないと思いました。」
「大切な人とつながることは、やりたいことだし、必要なことだし、やるべきことでもある。私はそう考えるがね。もちろん、ものごとはいろいろな角度から考えてみるべきだが。」
凱風は伝話貝をつまんで腰をかがめると、解に渡した。
「ふむ、そういえば君はその結生くんという地徒人が持っている伝話貝の名前を知っているのかね?」
「ぼく、おぼえてます。スノです。」
解は伝話貝を受けとった。
凱風が小さく顎を動かして解をうながした。
解は伝話貝を見つめた。
しばらく見つめてから、口を動かした。解は小声で呼びかけた。
「――スノにつながれ。」
白い巻貝のなかからオレンジ色の貝が姿を現した。
そして貝の身が、人間の口と耳のかたちに変わった。
解はウソみたいだと思った。現実感がなかった。本当にいいのかなと思った。
解は言った。
「結生くん、ぼくだよ、解だ。」
解はいそいで言葉をつづけた。
「もし話すのがやばかったら咳払いをして。クシャミでもいい。すぐに止める。」
そして待った。
息を殺して待った。
とても、とても長い一瞬のあと、口のかたちの貝の身から、
『大丈夫だよ。』
という声が聞こえた。
『いまそばにだれもいない。だから話をしても大丈夫。解くん? 本当に?』
解の目からいきなり涙があふれた。
解はうなずいた。
「うん、そう。結生くん、結生くん、元気? けがしてない? あのあと大河内にひどい目にあわなかった?」
『ぼくは大丈夫だよ。君は?』
「うん、ぼくも。あのね、凱風先生に会えたよ。いま凱風先生の伝話貝を借りているんだ。結生くんのことを伝えた。レシャバールさんのことも伝えた。話を聞いてくれたのは凱風先生だけじゃないよ、いろんな人が聞いてくれた。日本人にも会ったんだよ。あんまりしゃべらない女の子に会った。助けてもらったんだ。それにタンにも。タンがいるおかげでぼくの話を信じてもらえたんだよ。あいつワガママだし、高所恐怖症だけど。」
ぼくはなにを言っているんだ、と解は我にかえった。
「結生くん、あの、遅くなってごめん。すぐにそっちに行くから、いや、ええと。」
解はさっと凱風を見た。
凱風はうなずくことをしなかった。
解はふたたび伝話貝に話しかけた。
「いや、もしかしてすぐじゃないのかもしれないけど、明日ってわけじゃないかもだけど、たぶん、わかんないけど。結生くん、待たせてごめん。」
結生がこたえた。
いや、正確には返事ではなかった。
結生は、
『よかった。』
と言ったのだ。
『君が生きていてよかった、解くん。』
解の目から涙がどんどん出てきた。
「ぼくも。」
解は言った。
「結生くん、ぼくも。結生くんが生きていてよかった。声が聞けてよかった。また会おう、結生くん、迎えにいくからね。ぜったい行く。」
明日、と解は思った。
明日には四ツ谷枢がいろいろなことを説明してくれるはずだ。
それに凱風が、花連が、トウィードが、骨鉱山へ行くためにきっと力を貸してくれる。
解は九神神殿の青い天井を見あげた。そこには解のあけた穴があった。
この上にある室にいたとき解はひとりぼっちの気分だった。
だけどちがった。
そしてそのことを結生に伝えたかった。
とても伝えたかった。
今日つらくても離れたところにだれかがいる、そして明日、そのだれかに会えるかもしれない、そのことを。
そのために明日という日があるんだ、解はそう思った。
〈了〉
そしてそのままなにも言わないので、解のほうで言葉をつづけた。
「結生くんも伝話貝を持っています。それを思いだしました。でも、結生くんの伝話貝につなげるのはいけないと思います。結生くんがいまどういう状況にいるのかわからない、もしかしたらすぐそばに大河内がいて、ぼくが伝話貝をつなげたら、結生くんがひどい目にあうかもしれない。」
凱風がおだやかに言った。
「そこのところはよく考えてみるべきだろうね。」
解は頭を上げて凱風の顔を見た。
凱風が牡蠣殻のような自分の顎をなでた。そして言った。
「ふむ、そうだな、こういうのはどうだろう。君が君の友だちの持つ伝話貝とつながってすぐに、話ができなければ合図をするようにと頼む。たとえば咳払いをしてくれとかね。そして実際に咳払いが聞こえたらすぐに話を止める。大丈夫そうだったら話をする。ふーむ、それとも咳払いよりクシャミのほうがよいかね、どうだろう。」
解はとまどった。
「ぼくは、凱風先生、考えるっていうのは、結生くんの伝話貝につなげることがいいのか悪いのか考えるということかと思いました。ちがうんですか?」
「そのことについては、考えるまでもないと私は思う。ふむ。友だちの声を聞くのはうれしいものだ。」
あまりにも当然のように言われたので解はだまりこんだ。
凱風がたずねた。
「だからこそ君だって伝話貝をつなげたいとまっ先に思ったのではないかな?」
「ぼくは、そうです。ぼくは結生くんと話がしたいと思いました。でもそれは、ただぼくがそうしたいだけのことで、必要なことだとか、やるべきことではないと思いました。」
「大切な人とつながることは、やりたいことだし、必要なことだし、やるべきことでもある。私はそう考えるがね。もちろん、ものごとはいろいろな角度から考えてみるべきだが。」
凱風は伝話貝をつまんで腰をかがめると、解に渡した。
「ふむ、そういえば君はその結生くんという地徒人が持っている伝話貝の名前を知っているのかね?」
「ぼく、おぼえてます。スノです。」
解は伝話貝を受けとった。
凱風が小さく顎を動かして解をうながした。
解は伝話貝を見つめた。
しばらく見つめてから、口を動かした。解は小声で呼びかけた。
「――スノにつながれ。」
白い巻貝のなかからオレンジ色の貝が姿を現した。
そして貝の身が、人間の口と耳のかたちに変わった。
解はウソみたいだと思った。現実感がなかった。本当にいいのかなと思った。
解は言った。
「結生くん、ぼくだよ、解だ。」
解はいそいで言葉をつづけた。
「もし話すのがやばかったら咳払いをして。クシャミでもいい。すぐに止める。」
そして待った。
息を殺して待った。
とても、とても長い一瞬のあと、口のかたちの貝の身から、
『大丈夫だよ。』
という声が聞こえた。
『いまそばにだれもいない。だから話をしても大丈夫。解くん? 本当に?』
解の目からいきなり涙があふれた。
解はうなずいた。
「うん、そう。結生くん、結生くん、元気? けがしてない? あのあと大河内にひどい目にあわなかった?」
『ぼくは大丈夫だよ。君は?』
「うん、ぼくも。あのね、凱風先生に会えたよ。いま凱風先生の伝話貝を借りているんだ。結生くんのことを伝えた。レシャバールさんのことも伝えた。話を聞いてくれたのは凱風先生だけじゃないよ、いろんな人が聞いてくれた。日本人にも会ったんだよ。あんまりしゃべらない女の子に会った。助けてもらったんだ。それにタンにも。タンがいるおかげでぼくの話を信じてもらえたんだよ。あいつワガママだし、高所恐怖症だけど。」
ぼくはなにを言っているんだ、と解は我にかえった。
「結生くん、あの、遅くなってごめん。すぐにそっちに行くから、いや、ええと。」
解はさっと凱風を見た。
凱風はうなずくことをしなかった。
解はふたたび伝話貝に話しかけた。
「いや、もしかしてすぐじゃないのかもしれないけど、明日ってわけじゃないかもだけど、たぶん、わかんないけど。結生くん、待たせてごめん。」
結生がこたえた。
いや、正確には返事ではなかった。
結生は、
『よかった。』
と言ったのだ。
『君が生きていてよかった、解くん。』
解の目から涙がどんどん出てきた。
「ぼくも。」
解は言った。
「結生くん、ぼくも。結生くんが生きていてよかった。声が聞けてよかった。また会おう、結生くん、迎えにいくからね。ぜったい行く。」
明日、と解は思った。
明日には四ツ谷枢がいろいろなことを説明してくれるはずだ。
それに凱風が、花連が、トウィードが、骨鉱山へ行くためにきっと力を貸してくれる。
解は九神神殿の青い天井を見あげた。そこには解のあけた穴があった。
この上にある室にいたとき解はひとりぼっちの気分だった。
だけどちがった。
そしてそのことを結生に伝えたかった。
とても伝えたかった。
今日つらくても離れたところにだれかがいる、そして明日、そのだれかに会えるかもしれない、そのことを。
そのために明日という日があるんだ、解はそう思った。
〈了〉
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