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第九話
しおりを挟む「やっぱり、ミカエル様は私といるべきではありません。私は馬鹿な人間だし、踊ることしか能がないし。価値がないんです。だからきっと、ミカエル様の品位を落としてしまいます。自分が情けなくなる一方です。呼んでくださって、すごく嬉しいのですが、もう、これきりにしてください。」
だが、れいこはそんなこと言われても、どこ吹く風。自分を卑下するすみれの姿はむしろそそられる。
すみれの言葉をかき消すようにどんどん彼女に話を持ち掛けた。
「それは、とても変な話ね。私は、私が気に入ってるから貴女を呼んだ。なのに貴女は自分が価値がない、情けないと自ら言う。じゃあ、回り回って私が価値のない人間が好きみたいじゃない?貴女が自分を卑下するほど、私の品位は落ちるのだわ。」
「そ、それは・・・。」
「何度も言うけど、貴女は素敵よ。」
すみれはまた黙ってしまい下を向いてスカートをぎゅっと握りしめる。
恥ずかしさが余るとそうしちゃうのかしら?
それとも、困り果てるとする仕草なのかしら?
れいこは畳みかけるようにすみれに話しかける。
「そうだわ!徳島さんって言うからよそよそしく感じるのね。貴女のこと、すみれちゃんって呼んでいい?」
「え・・・?えええっ!?」
全く思ってもいない展開に、すみれはスカートを握ったまま手を振り上げる。
「見えちゃうわよ。」
「きゃっ!!」
慌てて手を離すと今度はテーブルの上のお茶をこぼしてしまう。
「あら。」
「すみませんっ!!すぐに拭きます!!」
すみれがそう言うや否や、れいこは手を挙げて雑務係を呼ぶ。
「山代さん!すぐにテーブルを拭いて頂戴。」
2人のやり取りをずっと怪訝そうに後ろから見ていたみちるは急に呼ばれて驚く。しかし、もっと驚いたことは、この訳の分からない年下の無礼な女の後始末を命令されたことである。
この女は、さっきからミカエル様になんて失礼なことをしているのだろう!
何もかもがみちるの気に触る。
とはいえ、やはり・・・れいこの言うことは絶対である。
みちるは唇を噛み締めながら「はい。」と絞り出すように答えた。
みちるがせっせとテーブルを拭くのを見ながら、すみれは彼女にも頭を下げる。みちるは、余計にそれが癇に障った。
だがそれを尻目にれいこは話を続ける。
「すみれちゃん、可愛い響き。やっぱり、そう呼ばせてもらうわ。いいわよね?」
「あ・・・その・・・。」
「嫌?」
すみれはまたスカートを握りしめた。だが今度は彼女はほのかに頬を赤く染めている。
「嫌では、ないです。ミカエル様に名前で呼ばれて・・・嫌な気持ちになる子なんていませんから・・・。」
「ありがとう、すみれちゃん。」
優しい眼差しで見つめられ、すみれは恥ずかしいを通り過ぎて泣きそうである。
れいこは、こんな笑顔を簡単にできる。どんなに性格が悪かろうが、この美貌が魅せる鉄壁の笑顔で彼女は全てのものを手に入れてきた。
彼女は自分の表面上の感情をいとも容易く操ることができるし、他人の感情もまた同じだった。
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