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第一幕 新しい世界
第二話
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城の裏手にある薔薇園。
ここは、王族と庭師以外の者は立ち入ることができないプライベートガーデンである。広間から出て行ったジークフリートはここにいた。彼は何をするでもなく、ただぼんやりと薔薇の花を眺めてこの賑やかな祭典が終わるのを待っていた。
ジークフリートは華やかな社交の場が苦手だった。病弱な身であることをいいことに、舞踏会には今までほとんど参加していなかった。
見知らぬ大勢の人々に愛想よく踊ることも苦痛であったが、それ以上にジークフリートは、皆からエルダの息子だともてはやされ称賛されることが嫌だった。
確かに自分はエルダの血を引いているのだが本当の父親は名もない一介の軍人、言うなれば庶子である。しかも今はエルダも死に、父違いの弟以外誰一人として城内に血縁者はいない。それなのに第一王子という肩書き。これほど不安定で無意味なものはなかった。
もてはやされるのは正統な血統である弟のジークムントであり、リヒャルトとサラの娘であるジークリンデだけでよいのだ。いつ城を追い出されてもおかしくない立場の自分が表舞台に立つことほど馬鹿らしいものはないとジークフリートは常々思っていた。
それに対して義父であるリヒャルトはというと、ジークリンデが生まれた今もジークフリートを邪険にすることなくよくしてくれていた。
ジークフリートがしたいことは何でもさせてくれたし、頼んでもいないのに、沢山の物を事あるごとに買い与えてくれた。ジークフリートが熱で寝込んだ時には、公務を押してでも毎日のように部屋に見舞いに来てくれていた。もちろん第一王子であるということも何の異存なく認めてくれている。
リヒャルトは血が繋がってはいないとはいえ、三人の子供たちの中でジークフリートを一番可愛がっていた。
だがそれらは結局ジークフリートにとって、ただの負い目でしかなかった。義父のことだけではない。ジークフリートは、弟をはじめこの城に関わる人すべてに対して負い目を感じていた。彼にとって第一王子であること、この城にいることはただの苦痛でしかなかった。
もう祭りは終わる頃だろうか。
そんなことを考えながらジークフリートは空を見上げた。空は雲ひとつない青空である。祭には絶好の天候だが母親には不似合いなものだなとジークフリートは思い、皮肉めいた笑みをこぼした。
風が一吹きして、薔薇の花びらがひらひらと舞い散った。その翳りなき空に吸い込まれるように花びらは、高く、高く舞い上がっていく。それをジークフリートは、ぼうっと見つめた。
「あれから四年・・・。これで僕は母さんから・・・。」
そう小声でつぶやいた時だった。背後からジークフリートを呼ぶ声が聞こえた。
「兄上!」
振り返るとそこには、一人の少年が不機嫌そうな顔をして立っていた。少し、くせのある金髪にエメラルドグリーンの大きな瞳。まるで絵画に描かれる天使のように愛らしく美しい顔をしている。この少年の名は、ジークムント・パルジファル・ヴァルハラ。エルダとリヒャルトの血を引く純血のヴァルティである。
「・・・・・・ジークムント。」
ジークフリートは虚ろな目でジークムントを見た。すると、ジークムントは腹立たしそうに言った。
「父上がお呼びだ。もう祭りは終わりだというのに顔も出さず、こんな所で何をしているの!?」
「・・・ごめん。今、行こうと思ったのだけれど・・・・・・。」
それを聞いたジークムントは、益々眉間にしわを寄せる。
「兄上はいつもそうだ。これが次期国王だとは聞いて呆れる!」
「ジークムント・・・まだ僕が次期国王だとは決まっていない。」
「決まっている!!」
冷めた目で反論するジークフリートを見て、ジークムントは思わず声を荒げてしまった。
「・・・・・・。兄上は、第一王子だ。それに僕とは違って母上にあんなに愛されていたのだから。・・・父上だってそうだ。兄上が王位を継ぐのは決まっているようなものだ。」
「それは・・・・・・。」
ジークフリートは言葉に詰まってしまった。
確かに、エルダはジークフリートを溺愛していた。暇さえあれば、ジークフリートを自室に呼んで彼を片時も放さなかった。保養地に行くと言ってジークフリートを連れ出し、何日も城に帰らないこともしばしばあった。エルダが死ぬ間際、彼女が病床についている時に至っては四六時中部屋にジークフリートをいさせて彼女の世話を一任させていたほどであった。
エルダの生前、ジークフリートはほとんどの時間を彼女と過ごした。その為、リヒャルトとまともに話し出したのは彼女が死んでからだというから驚きである。しかしそれくらいエルダはジークフリートを放さなかったのである。ジークフリートとエルダは傍から見て非常に仲のよい親子であった。
それに対して、エルダのジークムントに対する扱いは酷いものであった。一緒にすごす時間は全くといっていいほどなく、すれ違っても声すらかけずにただ疎ましげな目で彼を見ていた。わざとひけらかすように、ジークムントの前でジークフリートを可愛がったことも幾度ともなくある。
ジークムントがつらい思いをしているのはわかっていたが、幼かったジークフリートにはどうすることもできず、母の言うことをただ黙って聞いているしかなかった。
そして、エルダが死んだ今もそれは変わらなかった。ジークフリートが下手に弁解しようとしても事実は変わることはないし、ジークムントのあの性格では、ただ彼を逆撫でするだけである。ジークフリートは、ジークムントにどう接したらよいか未だに分からずじまいであった。
ジークフリートはため息を一つ吐くと、重い口を開いた。
「ジークムント、今日は母さんの薔薇祭だ。今、このことで言い争っていても仕方がない。・・・・・・行こう。義父さんが待っているのだろう?」
ジークムントは、じっと兄の顔を見つめた。ジークフリートは、あわてて目をそらす。そして、もう一度ジークムントに“行こう”と促すと、彼に背を向け足早に薔薇園を出ようとした。ジークムントはそれを怪訝そうな目で見たが、何も言わず自分も兄の後を追って薔薇園を後にした。
ここは、王族と庭師以外の者は立ち入ることができないプライベートガーデンである。広間から出て行ったジークフリートはここにいた。彼は何をするでもなく、ただぼんやりと薔薇の花を眺めてこの賑やかな祭典が終わるのを待っていた。
ジークフリートは華やかな社交の場が苦手だった。病弱な身であることをいいことに、舞踏会には今までほとんど参加していなかった。
見知らぬ大勢の人々に愛想よく踊ることも苦痛であったが、それ以上にジークフリートは、皆からエルダの息子だともてはやされ称賛されることが嫌だった。
確かに自分はエルダの血を引いているのだが本当の父親は名もない一介の軍人、言うなれば庶子である。しかも今はエルダも死に、父違いの弟以外誰一人として城内に血縁者はいない。それなのに第一王子という肩書き。これほど不安定で無意味なものはなかった。
もてはやされるのは正統な血統である弟のジークムントであり、リヒャルトとサラの娘であるジークリンデだけでよいのだ。いつ城を追い出されてもおかしくない立場の自分が表舞台に立つことほど馬鹿らしいものはないとジークフリートは常々思っていた。
それに対して義父であるリヒャルトはというと、ジークリンデが生まれた今もジークフリートを邪険にすることなくよくしてくれていた。
ジークフリートがしたいことは何でもさせてくれたし、頼んでもいないのに、沢山の物を事あるごとに買い与えてくれた。ジークフリートが熱で寝込んだ時には、公務を押してでも毎日のように部屋に見舞いに来てくれていた。もちろん第一王子であるということも何の異存なく認めてくれている。
リヒャルトは血が繋がってはいないとはいえ、三人の子供たちの中でジークフリートを一番可愛がっていた。
だがそれらは結局ジークフリートにとって、ただの負い目でしかなかった。義父のことだけではない。ジークフリートは、弟をはじめこの城に関わる人すべてに対して負い目を感じていた。彼にとって第一王子であること、この城にいることはただの苦痛でしかなかった。
もう祭りは終わる頃だろうか。
そんなことを考えながらジークフリートは空を見上げた。空は雲ひとつない青空である。祭には絶好の天候だが母親には不似合いなものだなとジークフリートは思い、皮肉めいた笑みをこぼした。
風が一吹きして、薔薇の花びらがひらひらと舞い散った。その翳りなき空に吸い込まれるように花びらは、高く、高く舞い上がっていく。それをジークフリートは、ぼうっと見つめた。
「あれから四年・・・。これで僕は母さんから・・・。」
そう小声でつぶやいた時だった。背後からジークフリートを呼ぶ声が聞こえた。
「兄上!」
振り返るとそこには、一人の少年が不機嫌そうな顔をして立っていた。少し、くせのある金髪にエメラルドグリーンの大きな瞳。まるで絵画に描かれる天使のように愛らしく美しい顔をしている。この少年の名は、ジークムント・パルジファル・ヴァルハラ。エルダとリヒャルトの血を引く純血のヴァルティである。
「・・・・・・ジークムント。」
ジークフリートは虚ろな目でジークムントを見た。すると、ジークムントは腹立たしそうに言った。
「父上がお呼びだ。もう祭りは終わりだというのに顔も出さず、こんな所で何をしているの!?」
「・・・ごめん。今、行こうと思ったのだけれど・・・・・・。」
それを聞いたジークムントは、益々眉間にしわを寄せる。
「兄上はいつもそうだ。これが次期国王だとは聞いて呆れる!」
「ジークムント・・・まだ僕が次期国王だとは決まっていない。」
「決まっている!!」
冷めた目で反論するジークフリートを見て、ジークムントは思わず声を荒げてしまった。
「・・・・・・。兄上は、第一王子だ。それに僕とは違って母上にあんなに愛されていたのだから。・・・父上だってそうだ。兄上が王位を継ぐのは決まっているようなものだ。」
「それは・・・・・・。」
ジークフリートは言葉に詰まってしまった。
確かに、エルダはジークフリートを溺愛していた。暇さえあれば、ジークフリートを自室に呼んで彼を片時も放さなかった。保養地に行くと言ってジークフリートを連れ出し、何日も城に帰らないこともしばしばあった。エルダが死ぬ間際、彼女が病床についている時に至っては四六時中部屋にジークフリートをいさせて彼女の世話を一任させていたほどであった。
エルダの生前、ジークフリートはほとんどの時間を彼女と過ごした。その為、リヒャルトとまともに話し出したのは彼女が死んでからだというから驚きである。しかしそれくらいエルダはジークフリートを放さなかったのである。ジークフリートとエルダは傍から見て非常に仲のよい親子であった。
それに対して、エルダのジークムントに対する扱いは酷いものであった。一緒にすごす時間は全くといっていいほどなく、すれ違っても声すらかけずにただ疎ましげな目で彼を見ていた。わざとひけらかすように、ジークムントの前でジークフリートを可愛がったことも幾度ともなくある。
ジークムントがつらい思いをしているのはわかっていたが、幼かったジークフリートにはどうすることもできず、母の言うことをただ黙って聞いているしかなかった。
そして、エルダが死んだ今もそれは変わらなかった。ジークフリートが下手に弁解しようとしても事実は変わることはないし、ジークムントのあの性格では、ただ彼を逆撫でするだけである。ジークフリートは、ジークムントにどう接したらよいか未だに分からずじまいであった。
ジークフリートはため息を一つ吐くと、重い口を開いた。
「ジークムント、今日は母さんの薔薇祭だ。今、このことで言い争っていても仕方がない。・・・・・・行こう。義父さんが待っているのだろう?」
ジークムントは、じっと兄の顔を見つめた。ジークフリートは、あわてて目をそらす。そして、もう一度ジークムントに“行こう”と促すと、彼に背を向け足早に薔薇園を出ようとした。ジークムントはそれを怪訝そうな目で見たが、何も言わず自分も兄の後を追って薔薇園を後にした。
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