薔薇の恋人

夏目綾

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第一幕 新しい世界

第三話

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一時間後。

長くて格式ばったリヒャルトの閉会の辞を持って、華やかな祭の幕は閉じた。
貴族達の見送りを終え、城内が落ち着いた頃にジークフリートは義父に呼ばれ執務室へと呼ばれた。

「失礼します。」
そう言ってジークフリートが執務室の中へと入ると、リヒャルトが椅子に座って待っていた。

金髪緑眼、その顔立ちは、なるほどジークムントに似ていたが、彼に比べどこか少しやつれている。
「ジーク、今日は大変だっただろ?疲れていないかい?」
リヒャルトは、ジークフリートを気遣うように優しく微笑む。
「大丈夫です。・・・お気遣い、ありがとうございます。」
「途中でいなくなったから、気分でも悪くなったのではないかと心配していたのだよ。」
「・・・・・・すみません。・・・それより、お話とは・・・?」
それを聞きリヒャルトは椅子から立ち上がると、ちらりと不安そうにジークフリートを見つめる。
「あぁ・・・。いや、その・・・アカデミーの件なのだが・・・。やはり、城から出て行くのか?」
リヒャルトの不安そうな目線に気づき、ジークフリートは申し訳なさそうな顔をして答えた。
「はい・・・。」
ジークフリートの返事を聞いてリヒャルトは“あぁ”と、首を横に振った。
「別にアカデミーでなくとも、城でも勉強は十分にできるだろうに。ましてや寄宿制なんて・・・。もしかして、今の家庭教師に不満なのかい?それならすぐにやめさせてもっと優秀なものを呼ぼう。ああ!それとも、周りの召使達が何か粗相をしたのかい?それなら・・・。」
「あの!いえ・・・不満とか、そういうのではなくて・・・。このことは、大分前から決めていたことなのです。城にいるだけでは、見えてこないこともありますし・・・。それに、同じ世代の人たちと一緒に学んでみたいのです。以前からの夢だったのですが、ただ、母さんが・・・。・・・いえ、母さんの薔薇祭が終わるまでは、ここにいてあげなければならないと思っていて・・・それで、その・・・・・・だから・・・。」
そこまで言うとジークフリートは目線を下にそらし、口ごもってしまった。

アカデミーとは、学問や武芸を習う場所でいわゆる学校である。七~十一歳の子供が通うアカデミーを初等、十二歳~十五歳を中等、十六歳~十九歳を高等とする。
アカデミーは、比較的裕福な家庭の子供が通うものだったが、戦乱後、初等アカデミーまでを義務教育とするようになった。
が、現実はそうはいかず、まだまだ普及できていない状態である。
ちなみに、アカデミーは共学ではなく男女別が基本である。

ジークフリートは今年で、十七になるので高等アカデミーに当たるのだが、今まで専属の家庭教師が城で教えていたので彼は生まれてこの方アカデミーというものに行ったことがなかった。
実際、家柄が侯爵以上になるとジークフリートのように家に専属の家庭教師をつけるという者が多かったのだが。 
「そうか・・・。いや、お前の心は変わらないだろうとは思っていたし、無理にとめるつもりなんてない。・・・・・・ただ、な・・・・・・。」
リヒャルトは、苦笑いをすると窓の外の空を見上げた。
「義父さん・・・。」
ジークフリートが困惑したような顔をするとリヒャルトは我に返り、今度はにこりと微笑みながら穏やかな口調で言う。
「・・・・・・カレン王立アカデミーは、教師生徒共に優れた者ばかりの名門校だ。きっと多くのことが学べるだろう。」
ジークフリートはその言葉を聞き、安堵した。

「ああ、そうだ、ジーク。君に紹介しておきたい人がいるんだ。もうすでに、応接室で待ってもらっているんだがね。」
そう言うと、リヒャルトは応接室へとつながっているドアに手をかける。ジークフリートは、一体誰なのだろうと思いながら義父の後についていくと、そこには品のよい男が一人、ソファに腰掛けていた。

「やあ、お話は終わりましたかな?」
その男はリヒャルトたちを見ると、ゆっくりと立ち上がった。
年は、二十代後半から三十代前半といったところであろうか。深い緑色の瞳に肩まである藍色の髪を後ろで一つに束ねている。
臙脂色に金の刺繍の入った別珍のロングジャケットに深緑のタイ。そして黒の皮のパンツにロングブーツと少し派手目な格好であるが彼の器量がそうさせているのかあまり気になることもなく、逆に落ち着いた感じにまとまっていた。

「お待たせして申し訳ありません。・・・ジーク、こちらはウィンダミア侯爵といってね、カレン地方にお住まいなんだ。今度、お前がカレンに行くにあたってぜひ紹介しておこうと思って、お呼び立てしたのだよ。」
リヒャルトがそう説明すると、男は片手を胸に当てて一礼した。
「ファーディナント・ウィンダミアと申します。爵位は侯爵。種族はセカンドになります。以後お見知りおきを。」

このファーディナントという男、まだ若いのだが堂々としていて何か貫禄のある雰囲気を漂わせている。その雰囲気に圧倒されていたジークフリートは、はっと我に返りあわてて礼をした。
「あ・・・ジークフリート・ヴォルフェ・ヴァルハラです。本日は、わざわざお越しいただいて、感謝します。」
「侯爵のウィンダミア家とは古くからの付き合いでね。お前は小さくて覚えていないだろうけれど、昔はよくこの城にいらっしゃっていたのだよ。」
「この度、ジークフリート様がご入学されるというアカデミーの近くに我が城がございます。何か困ったことがあれば、いつでもいらして下さい。私でよければ、お相手いたしますよ。」
ファーディナントは、にこりと微笑んだ。その優しそうな笑みにつられて、自然とジークフリートの顔もほころぶ。
彼の笑顔は、皆がいつも使う媚やへつらいのようなものとは違うとジークフリートは思った。
心からの笑顔・・・といったところであろうか、何となくだが、そんな感じがしたのだ。

ジークフリートがそんなことを思っている間、ファーディナントとリヒャルトは政治や国の情勢など何やら難しい話を、二、三交わしていた。
途中ファーディナントが窓際に置かれている柱時計をちらりと見たところで、それらの話は中断された。
「お会いして早々に申し訳ないのですが、このあと少し、私用がありまして。そろそろ失礼してもよろしいでしょうか?私としては、もう少しゆっくりしていきたいところなのですが・・・。」
ファーディナントが残念そうにそう言うと、リヒャルトは呼び鈴を鳴らそうとした。
「ええ。今日はありがとうございます。今、使いの者を呼びましょう。」
それを聞いたジークフリートは、呼び鈴を鳴らすのをあわてて止め、リヒャルトに申し出た。
「義父上、使いの者を呼ばずとも、私が侯爵をお送りいたします。」
「そうだな・・・では、そうしてもらおうか。・・・よろしいでしょうか、侯爵?」
「もちろんですよ。」
ファーディナントは快く承諾すると、またにっこりと微笑んだのだった。
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