薔薇の恋人

夏目綾

文字の大きさ
6 / 10
第一幕 新しい世界

第五話

しおりを挟む
“侯爵は好い人だ!”

ファーディナントと別れた後、廊下を歩きながらジークフリートは思った。
優しく紳士的な態度、気の利いた言葉。それらは一朝一夕で身につくものではない。普段から彼はあのような素晴らしい振る舞いなのであろうと、ジークフリートは感服した。
ジークフリートは侯爵の人柄の良さに好感を持った。なかでも、“父親似だ”と言われたことに彼は殊更感銘を受けたのだ。
今まで一度もそんなことを言われたことがなかった。会う人は皆、一様に自分のことを“母親似だ”と言う。どこにいっても皆、“エルダ、エルダ”と言っては、その容姿を称賛する。しかし、侯爵は違う。自分のことを本当に見てくれた・・・・・そんな気がして、ジークフリートは嬉しかったのだ。

アカデミーに行ってはじめての休日には侯爵を訪ねに行こう・・・などと、計画していると自然にジークフリートの顔も明るくなる。だが、しかし、顔を上げた次の瞬間それは一変した。

「ジークムント・・・。」
ジークフリートの前には、あのジークムントが立っていた。
ジークフリートと目が合うと、ジークムントは彼のほうへと歩み寄ってきた。

「・・・どうしたんだい?何か、僕に用でも・・・。」
「噂には聞いていたけれど、まさか本当に城を出て行くなんてね。」
ジークフリートの言葉を遮るようにジークムントがそう言う。
「あ、あぁ、そのことか・・・。母さんの薔薇祭が終わったらと、前々から決めていたんだ。」
「兄上はとんだ恥知らずだ!」
「え・・・?」
「第一王子が家庭教師ではなく、アカデミーで普通の生徒と一緒に授業を受けるというだけでも大恥だというのに、兄上は身分を偽って、皆と平等に扱ってもらうそうじゃないか?どこまでヴァルハラ家の名を汚すつもり!?」

問い詰められて、ジークフリートは思わず目線を下にそらす。そんな反論さえしない兄の姿を見て、ジークムントの機嫌は益々悪くなるばかりである。
「大体、兄上はただでさえ体が弱いというのに、寮生活なんて。いつものように発作や貧血で倒れたら、向こうに人たちに迷惑をかけるだけだ。ああ、どこまで迷惑をかければ気が済むのだろう!兄上は!!」
「それは・・・。」
言葉に詰まり、少しの間黙り込んだジークフリートであったが、すぐさまそれについての弁解を始めた。だがやはり、目線は相変わらずジークムントから逸らしたままである。

「・・・この頃は、体の調子も良いし、あまり無理をしなければ大丈夫・・・だと思う。それに、カレン地方は空気の澄んだ場所で保養地でも有名だと聞いている。だから、たぶん体のほうは・・・。・・・それより、留守中、あまりサラ様を困らせないように。ジークリンデのことも・・・。」
「僕がいつ、あの女を困らせたというんだ!?いつもあの女のほうが悪いだけだ!」
話を逸らそうとして思わず持ち出したが、サラという名前を聞いて、ジークムントの表情は一層険しくなった。
「ジークムント、言葉が過ぎる。」
「構うものか!ネオ風情が、自分の立場もわきまえず、いい気になって!!」
継母であるサラに対して暴言を吐くジークムントを見て、ジークフリートはため息をついた。

見ての通りジークムントは、サラのことを嫌っていた。元々ジークムントは、ヴァルティが最も優れている人種であるという考えを持っている。
ネオであり、しかも後妻であるサラが国民の支持を集め、城内ではさも初めから正妻であったかのように扱われて敬われているのがジークムントは気にくわなかった。

また彼は、リヒャルトとサラの子であるジークリンデについても良く思っていなかった。
ヴァルハラ家にネオの血が入ることをひどく嫌っていたからだ。その点ではセカンドであるジークフリートも嫌なのであろうが、ジークフリートは自分と同じヴァルティオリジナルであるエルダの血を引いているので認めているようである。
それに加え、ジークフリートの父親がネオではなくただのディアティスタンであるということも大きく関係しているようである。他のヴァルティ至上主義者もそうなのであるが、ジークムントにとって最も忌むべき存在は、亜流であるネオなのだ。

そういったことで、ジークムントはサラの言動を見ては腹を立て、彼女を責め立てていた。そしてその度にジークフリートが割って入り、仲裁役を務めていたのだった。

「兄上は、あの女のことを黙認しているようだけれど、油断しているとジークリンデに王位を取って代わられるよ。」
「・・・油断も何も、ジークムント、僕は・・・。」
「サラの父親は噂では、ネオの右翼団体に所属しているそうだ。何がヴァルティとディアティスタンの調和だ。見え透いた嘘を!ヴァルハラ家をのっとる気に決まっている!!」
怒りに身を任せて物を言うジークムントを見て、ジークフリートは首を振った。
「ジークムント、サラ様は優しい方だよ。そんなこと考えているわけは・・・。」
「兄上!兄上は、その性格をいいように使われているんだ。あの女は、うまく兄上に取り入って王位を貰おうって寸法なんだろうよ。」
ジークムントはジークフリートに近寄ると、彼の肩をつかんだ。そしてジークフリートを自分にぐいっと引き寄せると、彼の耳元でこう言った。
「兄上、僕は兄上のことを認めているわけではない。だけど、あいつらに比べたら何千倍もましだ。・・・ヴァルハラ家をネオの血で汚すわけにはいかない。そうだろ?・・・母上の血を受け継いでいるのは僕達だけなんだから。」
困り果てたジークフリートはこう冷ややかに言い放った。
「ジークムント。・・・僕たちは、もう少し別のことで手を取り合うべきじゃないだろうか?」

それを聞いたジークムントは鋭い目つきをして思いきりジークフリートを引き離した。
「どうして・・・。・・・これ以外に、何に手をとれというんだい?」
ジークムントはジークフリートの目を睨むようにして見る。
ヴァルティでも稀である紫色の瞳。
その瞳には、一体何が映っているのか。怒る自分の姿か?
だが、その美しい紫の水晶には光すら差しておらずただ暗く、虚ろなままである。

“ああ、いつもこの目だ!何を言っても同じ!何も変わらない!!”

ジークムントは、逆に今度は腹を立てている自分自身に対して腹立たしくなってきた。
「もういい・・・。アカデミーも何も好きにすればいいさ。すべては兄上の望むままに、だ!まったく羨ましいものだ。」

吐き捨てるようにジークムントは言うと、ふん、とジークフリートをひと睨みして、彼の前から去っていった。その背中をジークフリートは止めることなく、ただ眺めていた。
 
「羨ましい?僕が・・・?」

今までにはない侮蔑の目でジークムントを見据えなおすと、自分もまた彼に背を向け、その場を去っていったのであった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

復讐の鎖に繋がれた魔王は、光に囚われる。

篠雨
BL
予言の魔王として闇に閉ざされた屋敷に隔離されていたノアール。孤独な日々の中、彼は唯一の光であった少年セレを、手元に鎖で繋ぎ留めていた。 3年後、鎖を解かれ王城に連れ去られたセレは、光の勇者としてノアールの前に戻ってきた。それは、ノアールの罪を裁く、滅却の剣。 ノアールが死を受け入れる中、勇者セレが選んだのは、王城の命令に背き、彼を殺さずに再び鎖で繋ぎ直すという、最も歪んだ復讐だった。 「お前は俺の獲物だ。誰にも殺させないし、絶対に離してなんかやらない」 孤独と憎悪に囚われた勇者は、魔王を「復讐の道具」として秘密裏に支配下に置く。しかし、制御不能な力を持つ勇者を恐れた王城は、ついに二人を排除するための罠を仕掛ける。 歪んだ愛憎と贖罪が絡み合う、光と闇の立場が逆転した物語――彼らの運命は、どこへ向かうのか。

何故よりにもよって恋愛ゲームの親友ルートに突入するのか

BL
平凡な学生だったはずの俺が転生したのは、恋愛ゲーム世界の“王子”という役割。 ……けれど、攻略対象の女の子たちは次々に幸せを見つけて旅立ち、 気づけば残されたのは――幼馴染みであり、忠誠を誓った騎士アレスだけだった。 「僕は、あなたを守ると決めたのです」 いつも優しく、忠実で、完璧すぎるその親友。 けれど次第に、その視線が“友人”のそれではないことに気づき始め――? 身分差? 常識? そんなものは、もうどうでもいい。 “王子”である俺は、彼に恋をした。 だからこそ、全部受け止める。たとえ、世界がどう言おうとも。 これは転生者としての使命を終え、“ただの一人の少年”として生きると決めた王子と、 彼だけを見つめ続けた騎士の、 世界でいちばん優しくて、少しだけ不器用な、じれじれ純愛ファンタジー。

残念でした。悪役令嬢です【BL】

渡辺 佐倉
BL
転生ものBL この世界には前世の記憶を持った人間がたまにいる。 主人公の蒼士もその一人だ。 日々愛を囁いてくる男も同じ前世の記憶があるらしい。 だけど……。 同じ記憶があると言っても蒼士の前世は悪役令嬢だった。 エブリスタにも同じ内容で掲載中です。

劣等アルファは最強王子から逃げられない

BL
リュシアン・ティレルはアルファだが、オメガのフェロモンに気持ち悪くなる欠陥品のアルファ。そのことを周囲に隠しながら生活しているため、異母弟のオメガであるライモントに手ひどい態度をとってしまい、世間からの評判は悪い。 ある日、気分の悪さに逃げ込んだ先で、ひとりの王子につかまる・・・という話です。

貴方に復讐しようと、思っていたのに。

黒狐
BL
 前世、馬車の事故で亡くなった令嬢(今世は男)の『私』は、幽霊のような存在になってこの世に残っていた。  婚約者である『彼』が私と婚約破棄をする為に細工をしたのだと考え、彼が無惨な末路を迎える様を見てやろうと考えていた。  しかし、真実はほんの少し違っていて…?  前世の罪や罰に翻弄される、私と彼のやり直しの物語。 ⭐︎一部残酷な描写があります、ご注意下さい。

優秀な婚約者が去った後の世界

月樹《つき》
BL
公爵令嬢パトリシアは婚約者である王太子ラファエル様に会った瞬間、前世の記憶を思い出した。そして、ここが前世の自分が読んでいた小説『光溢れる国であなたと…』の世界で、自分は光の聖女と王太子ラファエルの恋を邪魔する悪役令嬢パトリシアだと…。 パトリシアは前世の知識もフル活用し、幼い頃からいつでも逃げ出せるよう腕を磨き、そして準備が整ったところでこちらから婚約破棄を告げ、母国を捨てた…。 このお話は捨てられた後の王太子ラファエルのお話です。

君さえ笑ってくれれば最高

大根
BL
ダリオ・ジュレの悩みは1つ。「氷の貴公子」の異名を持つ婚約者、ロベルト・トンプソンがただ1度も笑顔を見せてくれないことだ。感情が顔に出やすいダリオとは対照的な彼の態度に不安を覚えたダリオは、どうにかロベルトの笑顔を引き出そうと毎週様々な作戦を仕掛けるが。 (クーデレ?溺愛美形攻め × 顔に出やすい素直平凡受け) 異世界BLです。

隊長さんとボク

ばたかっぷ
BL
ボクの名前はエナ。 エドリアーリアナ国の守護神獣だけど、斑色の毛並みのボクはいつもひとりぼっち。 そんなボクの前に現れたのは優しい隊長さんだった――。 王候騎士団隊長さんが大好きな小動物が頑張る、なんちゃってファンタジーです。 きゅ~きゅ~鳴くもふもふな小動物とそのもふもふを愛でる隊長さんで構成されています。 えろ皆無らぶ成分も極小ですσ(^◇^;)本格ファンタジーをお求めの方は回れ右でお願いします~m(_ _)m

処理中です...