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第一幕 新しい世界
第六話
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ジークフリートは疲れきった表情で、城の離れにある自分専用の小さな館へと帰ってきた。
この館は、寝室を初めとした二、三の部屋から成っている小さなもので、三年ほど前にリヒャルトから貰ったものである。
もちろん自室は城内にもあるのだが、ジークフリートはそこにいると大勢の使用人たちの目や客人たちの出入りが気になり、常々それを煩わしく感じていた。
そんなある日のこと、いつものようにリヒャルトに何か欲しいものはあるかと聞かれたので、ジークフリートは病弱なことを理由に静かで落ち着いて休める場所が欲しいと、冗談半分で彼に言ってみた。
すると、リヒャルトはこれに快く承諾してくれたのである。元・使用人の館で空き家になっていたところをすぐさま改築し、ジークフリートに専用の離れとして何のためらいもなくリヒャルトは与えてくれた。
これにはさすがのジークフリートも驚いたが、喧騒から離れたいという気持ちの方が強かったので、気が咎めたもののこの好意に甘えることにしたのだった。
この館を貰ってからというもの、ジークフリートはほとんど毎日といっていいほどそこで生活するようになった。本来ならば食事は家族そろってするものであったが、彼はまたもや体の調子が悪いと言っては食事すらもそこで取るようにしていた。ジークフリートに甘いリヒャルトは、無理をしてはならないからと彼を咎めたりはせず好きなようにさせていた。(もちろん、ジークムントはそのことについて怒っているが)そのおかげで、ジークフリートの引きこもり癖は増す一方であった。
「お帰りなさいませ、ジークフリート様。」
ジークフリートが館の扉を開けると、そこには黒の給仕服を着た若い男が立っていた。
年のころは二十代後半、黒い髪に緑色の瞳。この男の名前は、ルードヴィヒ・ヒンデンブルクといい、ヴァルティである。
ルードヴィヒの母親はエルダお抱えの使用人の一人で、彼もまた、幼い頃よりヴァルハラ家に仕えてきた。そしてジークフリートが生まれると、彼専任の執事になるよう任されたのであった。物心ついた時からずっとルードヴィヒはそばにいたので、ジークフリートも彼には少なからず本心が言えるようである。
「今、お茶をお入れしますね。・・・どうでしたか、薔薇祭は?」
「疲れた・・・。」
ジークフリートは一言そう言うと、ソファにどさっと倒れこむようにして座った。ルードヴィヒはそれを見て、くすっと笑った。
「ジークフリート様は、いつもそうおっしゃいますね。」
「じゃあ、聞かないで。」
ふてくされたようにジークフリートが言うと、“申し訳ありません”とルードヴィヒは、ちっとも反省していない口調で応じた。
「どうぞ。」
ルードヴィヒは、紅茶の入ったカップをジークフリートに手渡した。ジークフリートはそれを受け取ると、ため息交じりで再び話しはじめた。
「あと・・・ジークムントに嫌味を言われたよ・・・。」
「ジークムント様にですか?・・・これもまた、いつもの如く・・・ですね。」
「あぁ、どうすれば仲良くなれるのだろうか・・・。僕は努力しているつもりなのに・・・。」
「ジークフリート様の方から、もっとお話をされてはどうですか?」
「僕が・・・?ジークムントに?・・・話すことなんて何も。」
それを聞いてルードヴィヒは、毎度のことながらと呆れた。毎回ジークフリートは仲良くしたいのにとぼやいてはこの始末。この兄弟の仲はずっとこの調子なのではないかと、ルードヴィヒはその度に思っていた。
「せっかくよい気持ちでいたところに・・・・・・ああ!そうだった!!」
ジークフリートは何かを思い出したようにそう言うと、立ち上がって嬉しそうな顔でルードヴィヒを見上げた。
「そう!ルーイ、聞いて!今日、すてきな人に出会ったよ。」
「すてきな人・・・ですか?」
「うん。ウィンダミア侯爵といってね、カレンに住んでいらっしゃるからと義父さんが紹介してくれたのだけど・・・・まだ若いのに貫禄があって、紳士的で・・・とても感じのよい方だった・・・。」
普段、他人に無関心のジークフリートが夢見心地で次々と喋る姿にルードヴィヒは驚いた。
「・・・めずらしいですね。ジークフリート様がそこまでおっしゃるなんて。」
「ん?そうかな?・・・でも、本当にすてきな方なんだよ。僕も侯爵を見習わなければ・・・。」
いつも口数が少なく、暗い表情ばかりのジークフリートが嬉しそうに話すのを見て、ルードヴィヒもにこにこと微笑む。
「ああ、そういえばリヒャルト様からプレゼントを預かっておりますよ。」
「プレゼント?それならさっき会った時に渡せばよかったのに・・・。」
「それですと、ジークフリート様がお受け取りにならないからでしょう。・・・あちらにお置きしておりますのでご覧下さい。」
見ると、暖炉のそばに綺麗に包装された箱が山積みになって置いてある。
「こんなに・・・?」
「はい。ジークフリート様のお好きなチョコレート、それから外出用の洋服、あとは確か・・・宝飾類もあるとお聞きしました。」
それを聞いてジークフリートは呆れかえり、ため息を吐いた。
「あぁ・・・。洋服はこの前貰ったばかりなのに・・・また、こんなにも・・・。」
「ジークフリート様がアカデミーに行かれるので、リヒャルト様もお寂しいのでしょう・・・。」
「寂しい・・・ね。・・・ルーイ、僕はそのうちこの館を改築して、ミュージアムでもつくることにするよ・・・。」
ジークフリートはそんな皮肉を言うと、納得のいかなさそうな顔でプレゼントの箱の一つを手に取った。ワインレッドの包装にかかるゴールドのリボンをジークフリートがほどいていると、ふいにルードヴィヒが口を開いた。
「・・・・・・でも、本当に行ってしまわれるのですね。・・・私も寂しくなります。」
それを聞いたジークフリートは、持っていた箱をソファに放り投げるとルードヴィヒに抱きついた。
「あぁ、ルーイ・・・僕もだよ。ルーイも連れていけたら・・・!」
「・・・それでは、あまり意味がないでしょう?」
ルードヴィヒはくすっと笑った。
「アカデミーは、きっとすてきな所ですよ。・・・私はここから毎日、ジークフリート様のことを想っています。」
「ルーイ・・・ありがとう・・・。」
ジークフリートは寂しそうに微笑むと、ルードヴィヒの両頬にキスをした。
これから、この城を出て新しい生活が始まる。ルードヴィヒとも離れ、初めて城以外の場所で生活するジークフリートにとってそれは不安であったが、重い鎖につながれたこの牢獄から出ることができるのなら・・・と、彼は見知らぬ自由の土地に期待や様々な思いを馳せてやまなかった。
この館は、寝室を初めとした二、三の部屋から成っている小さなもので、三年ほど前にリヒャルトから貰ったものである。
もちろん自室は城内にもあるのだが、ジークフリートはそこにいると大勢の使用人たちの目や客人たちの出入りが気になり、常々それを煩わしく感じていた。
そんなある日のこと、いつものようにリヒャルトに何か欲しいものはあるかと聞かれたので、ジークフリートは病弱なことを理由に静かで落ち着いて休める場所が欲しいと、冗談半分で彼に言ってみた。
すると、リヒャルトはこれに快く承諾してくれたのである。元・使用人の館で空き家になっていたところをすぐさま改築し、ジークフリートに専用の離れとして何のためらいもなくリヒャルトは与えてくれた。
これにはさすがのジークフリートも驚いたが、喧騒から離れたいという気持ちの方が強かったので、気が咎めたもののこの好意に甘えることにしたのだった。
この館を貰ってからというもの、ジークフリートはほとんど毎日といっていいほどそこで生活するようになった。本来ならば食事は家族そろってするものであったが、彼はまたもや体の調子が悪いと言っては食事すらもそこで取るようにしていた。ジークフリートに甘いリヒャルトは、無理をしてはならないからと彼を咎めたりはせず好きなようにさせていた。(もちろん、ジークムントはそのことについて怒っているが)そのおかげで、ジークフリートの引きこもり癖は増す一方であった。
「お帰りなさいませ、ジークフリート様。」
ジークフリートが館の扉を開けると、そこには黒の給仕服を着た若い男が立っていた。
年のころは二十代後半、黒い髪に緑色の瞳。この男の名前は、ルードヴィヒ・ヒンデンブルクといい、ヴァルティである。
ルードヴィヒの母親はエルダお抱えの使用人の一人で、彼もまた、幼い頃よりヴァルハラ家に仕えてきた。そしてジークフリートが生まれると、彼専任の執事になるよう任されたのであった。物心ついた時からずっとルードヴィヒはそばにいたので、ジークフリートも彼には少なからず本心が言えるようである。
「今、お茶をお入れしますね。・・・どうでしたか、薔薇祭は?」
「疲れた・・・。」
ジークフリートは一言そう言うと、ソファにどさっと倒れこむようにして座った。ルードヴィヒはそれを見て、くすっと笑った。
「ジークフリート様は、いつもそうおっしゃいますね。」
「じゃあ、聞かないで。」
ふてくされたようにジークフリートが言うと、“申し訳ありません”とルードヴィヒは、ちっとも反省していない口調で応じた。
「どうぞ。」
ルードヴィヒは、紅茶の入ったカップをジークフリートに手渡した。ジークフリートはそれを受け取ると、ため息交じりで再び話しはじめた。
「あと・・・ジークムントに嫌味を言われたよ・・・。」
「ジークムント様にですか?・・・これもまた、いつもの如く・・・ですね。」
「あぁ、どうすれば仲良くなれるのだろうか・・・。僕は努力しているつもりなのに・・・。」
「ジークフリート様の方から、もっとお話をされてはどうですか?」
「僕が・・・?ジークムントに?・・・話すことなんて何も。」
それを聞いてルードヴィヒは、毎度のことながらと呆れた。毎回ジークフリートは仲良くしたいのにとぼやいてはこの始末。この兄弟の仲はずっとこの調子なのではないかと、ルードヴィヒはその度に思っていた。
「せっかくよい気持ちでいたところに・・・・・・ああ!そうだった!!」
ジークフリートは何かを思い出したようにそう言うと、立ち上がって嬉しそうな顔でルードヴィヒを見上げた。
「そう!ルーイ、聞いて!今日、すてきな人に出会ったよ。」
「すてきな人・・・ですか?」
「うん。ウィンダミア侯爵といってね、カレンに住んでいらっしゃるからと義父さんが紹介してくれたのだけど・・・・まだ若いのに貫禄があって、紳士的で・・・とても感じのよい方だった・・・。」
普段、他人に無関心のジークフリートが夢見心地で次々と喋る姿にルードヴィヒは驚いた。
「・・・めずらしいですね。ジークフリート様がそこまでおっしゃるなんて。」
「ん?そうかな?・・・でも、本当にすてきな方なんだよ。僕も侯爵を見習わなければ・・・。」
いつも口数が少なく、暗い表情ばかりのジークフリートが嬉しそうに話すのを見て、ルードヴィヒもにこにこと微笑む。
「ああ、そういえばリヒャルト様からプレゼントを預かっておりますよ。」
「プレゼント?それならさっき会った時に渡せばよかったのに・・・。」
「それですと、ジークフリート様がお受け取りにならないからでしょう。・・・あちらにお置きしておりますのでご覧下さい。」
見ると、暖炉のそばに綺麗に包装された箱が山積みになって置いてある。
「こんなに・・・?」
「はい。ジークフリート様のお好きなチョコレート、それから外出用の洋服、あとは確か・・・宝飾類もあるとお聞きしました。」
それを聞いてジークフリートは呆れかえり、ため息を吐いた。
「あぁ・・・。洋服はこの前貰ったばかりなのに・・・また、こんなにも・・・。」
「ジークフリート様がアカデミーに行かれるので、リヒャルト様もお寂しいのでしょう・・・。」
「寂しい・・・ね。・・・ルーイ、僕はそのうちこの館を改築して、ミュージアムでもつくることにするよ・・・。」
ジークフリートはそんな皮肉を言うと、納得のいかなさそうな顔でプレゼントの箱の一つを手に取った。ワインレッドの包装にかかるゴールドのリボンをジークフリートがほどいていると、ふいにルードヴィヒが口を開いた。
「・・・・・・でも、本当に行ってしまわれるのですね。・・・私も寂しくなります。」
それを聞いたジークフリートは、持っていた箱をソファに放り投げるとルードヴィヒに抱きついた。
「あぁ、ルーイ・・・僕もだよ。ルーイも連れていけたら・・・!」
「・・・それでは、あまり意味がないでしょう?」
ルードヴィヒはくすっと笑った。
「アカデミーは、きっとすてきな所ですよ。・・・私はここから毎日、ジークフリート様のことを想っています。」
「ルーイ・・・ありがとう・・・。」
ジークフリートは寂しそうに微笑むと、ルードヴィヒの両頬にキスをした。
これから、この城を出て新しい生活が始まる。ルードヴィヒとも離れ、初めて城以外の場所で生活するジークフリートにとってそれは不安であったが、重い鎖につながれたこの牢獄から出ることができるのなら・・・と、彼は見知らぬ自由の土地に期待や様々な思いを馳せてやまなかった。
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