薔薇の恋人

夏目綾

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第一幕 新しい世界

第九話

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次の日。
ジークフリートにとってアカデミーでの生活が本格的に始まった。

ジークフリートが教室に入るや否や、昨夜と同じような騒ぎが起こった。
転校生とはかように大変なものなのかとジークフリートは少々うんざりしていたが、城にいた頃とは違って皆自分に平等に接してくれることがまだありがたかった。
また、昨日知り合ったクラスメートのアンリがいつもそばに来てくれて色々と話しをしてくれるのが何より心強く、王子という身分を忘れさせてくれた。

クラスメートといえば、アルバートもジークフリートと同じクラスである。
もっともアルバートにとってはそのようなことはどうでもいいことのようで、ジークフリートが教室に入ってきても見向きもしなかったが。
ジークフリートもそれを受け、話したい気持ちは山々だが何も言うことなく彼とすれ違ったのだった。

授業が始まり、一時間目、二時間目と休憩のたびに相変わらず何人かは寄ってくるものの、それ以外は特に問題なくジークフリートは皆と受ける授業を堪能していた。

そして、四時間目のこと。
この時間は“ヴァルス”の授業。

ヴァルスとはヴァルティの言語のことである。
この世界の公用語としては人口の関係からディアティスタンの共通語とも言えるディアティスが使用されており、ヴァルティでも現在ヴァルスを日常語として話す者はほとんどいない。ヴァルスが話せないヴァルティも近年では多くなっているほどだ。
そんなヴァルスをなぜ習うのかというと、古典文学や合唱曲、または歴史的資料を読むために必要だからである。
ヴァルティは昔から芸術方面に優れている種族で、名作といわれる物語や詩、曲などはほとんどがヴァルティの作なのだ。物語など訳されてもいるのだが、知識人は教養としてヴァルティをたしなむべきとされアカデミーでもヴァルスを教えているというわけなのである。

「“・・・あなたを振り向かせるためなら何でもしましょう。たとえそれが世界を滅ぼすことだとしても、私は全く厭いません。あぁ、私が恐れることは貴方の愛を失うこと。それ以外は何も恐れるものはないのです。”」

静かな教室にアルバートのヴァルスでの朗読が響く。

“なんて綺麗なヴァルスだろう!”

ジークフリートはアルバートの朗読を聞き入っていた。
実際、アルバートのヴァルスの発音は素晴らしいものである。そこに
はディアティス特有のアクセントなど見受けられず、ヴァルティの格調高さや壮麗さを見事なまでに物にしていた。ネオでここまで完璧なヴァルスを話す者はそういないだろう。
それが天賦のものなのか努力の賜物なのかはわからないが、とにかくアルバートはすごいとジークフリートは思い感動した。

授業が終わり、この感動をアルバートに伝えようとジークフリートは彼の元へ駆け寄った。
「クロケット君!さっきのヴァルスの発音、とても素晴らしかったよ。ヴァルティでもあんな風に綺麗に話す者はいない。ましてやヴァルティ以外なんてもっと・・・。」
両手を合わせながら高揚して言うジークフリートを横目で見て、アルバートはふっと皮肉めいた笑みをこぼす。
「では、君もそのもっと少ないうちの一人か?先程の君の朗読は俺よりも完璧に聞こえたが?」
「そ、そういう意味じゃ・・・。それに僕は母がヴァルティだったから家ではヴァルティで話すよう言われていて・・・それで。」
「出来て当たり前か?それは素晴らしい英才教育だな。」

冷めた目でアルバートがそう言い放ったのでジークフリートは慌てて誤解を解こうとした。
「そうじゃなくて!ただ・・・僕は・・・。」
その時のこと、後ろから「さがれ。」という声が聞こえた。
ジークフリートが驚いて振り返ってみると、そこにはウィリアムが何人かの生徒を引き連れて立っていた。彼は蔑むような目でジークフリートを見た。
「アルバートはお前みたいなやつの相手をしているほど暇じゃないんだ。」
やはり迷惑だったのだろうかと心配になり、ジークフリートはアルバートの方を見たが彼はこちらを見向きもせずに席を立つ。
「自分の立場をわきまえたらどうだ?」
ウィリアムの横にいる青年がそう言うと、ウィリアムもふんっといやみたらしく鼻で笑って、「僕たちも行こう。」と言い仲間を引き連れアルバートの後を追い教室から出て行った。

悪態を吐かれてどうすればいいのかわからずジークフリートが立ち尽くしているとアンリが駆け寄る。
「ヴォルフェ、気にするなよ。あんなやつら放って置けばいい。あいつらアルバートのおとりまきなんだ。馬鹿みたいにアルバートの尻ばっかり追いかけてさ。」
そう言われたものの、ジークフリートは不安そうな目で「でも・・・。」と、アンリを見つめた。
その不安に濡れた紫の瞳と弱々しく噛みしめられた薔薇色の唇は、たよりなくも一層美しくあり、男でも惑わされるものがあった。
もちろんクラスの男達も例外ではなく、彼を見た者たちは次から次へとやってきて我こそはとジークフリートを囲んでなだめだす。

「あいつら事あるごとに“アルバート、アルバート”なんだぜ。」
「大体アルバートもアルバートだよな。」
「学年首席だからって調子に乗っているんだよ。たいした家柄でもないくせに。」
「いつも自分が正しいと思っている。」
「品行方正の嫌なやつさ。」

皆が口々にアルバートの悪口を言い出したので、ジークフリートは少し驚いた。
「そうなの・・・?でもあの人たちは彼のことをとても慕っているように見えたけど・・・。」
「だからあいつらは特別さ。古い人間の集まり。これだからオールドヴァージルは・・・。」
そう気に入らなさそうにアンリは言った。

オールドヴァージルとは宗教の一種である。この世界における三大宗教と呼ばれるものの一つでもあり、他の二つはライン、ニューヴァージルとなっている。

ラインは主にヴァルティが信仰している宗教で、あとの二つは主にディアティスタンが信仰しているものである。ちなみにオールドヴァージルとニューヴァージルは元はひとつの宗教であり信仰する神も同じものなのだが、信仰に対する考え方の違いから二つの流派に分かれていって現在に至っている。
元は同じといえども、この二つの流派は全く違うものとなっている。オールドは禁欲派と呼ばれ、戒律主義で欲を禁ずることで信仰を保っている。それに対してニューは快楽派と呼ばれ、欲を開放することで神に近づくと考えていた。現在、禁欲派は少数となっており快楽派が主流となってきている。

「アルバート信奉者が集まって一派を作っているんだよ、団長(アルバート)非公認のね。」
そう言って生徒達は大笑いをした。
「でもまぁ、あまりあいつらに近づかないほうがいいぞ?アルバートはともかく、他のやつらはネオ至上主義者ばかりだからな。」
そう言われジークフリートは曖昧に“うん”と頷いた。アルバートにとってやはり自分の存在は迷惑だったのだろうかと、伏し目がちにジークフリートは考え込んだ。
その姿が不安定で儚くも見え、周りにいた生徒達は何も悪いことはしていないのだが何か罪悪感のようなものを感じうろたえた。そんな雰囲気を察したのか、アンリは話題を変えジークフリートに話しかけた。

「そういえば、ヴォルフェは何を信仰しているんだい?」
「あ・・・僕はラインを・・・。」
と答えると、ジークフリートは何かを思い出したのか付け加えるようにして言った。
「あの、ラインの教会ってこの近くにあるかな?」
「・・・ラインの教会?確か、この学園を出て北へ少し行ったところにあったと思うんだけど・・・何か用でも?」
「うん・・・用ってほどでもないんだけど・・・ここに来る前は、毎朝教会に行っていたから。今は毎朝ってわけにはいかないだろうけど、出来るだけは足を運びたいなって思って。」
「ふうん。ヴォルフェってけっこう熱心なんだな。」
「・・・・・・かな?」

確かにジークフリートの宗教に対する姿勢は熱心なものであった。
城にいた頃は毎朝城内の教会に行き、毎夜寝る前には欠かさず部屋で祈りをささげていた。時には昼間から教会にこもって一、二時間出てこないということもざらではない。
母であるエルダも熱心なライン信者で知られており寄付や教会を各地に建てるなどして尽くしていたが、ジークフリートはそのような主だった活動こそしていないもののその信仰の熱心さは彼女を上回るものがあった。

「さっそく今日の放課後にでも行ってみようかな・・・教えてくれてありがとう。」
そう言ってジークフリートは力なく微笑んだ。
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