赤い月

夏目綾

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第二話

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「ザハロフ皇帝一家を滅ぼす。私たちは革命を起こす。」
上司であるアヴェリン中将にそう告げられたのは、あの舞踏会から半年も経たない日のことであった。
「え・・・、中将、どういう・・・ことでしょうか。」
あまりのことに頭の整理が全くできず、ミハイルがただただ戸惑っていると、アヴェリン中将は冷たく言い放つ。
「言葉のままだ、ミーシャ。ザハロフ一族をこの世から抹殺し、新しい世を創るのだよ。」
「な、何を仰っているのですか!?中将はザハロフ家に使えている軍人、なぜ!?」
「なぜ?では、逆に聞こう。今の世で民衆は良いのだろうか?皆は不満なく暮らしているのか?私は、民衆のために軍人になった。皆が望む世界を創る手助けとなるように。だが、どうだ、今の世は。ザハロフ一族そしてそれに群がる貴族だけが私腹を肥やす世の中ではないのか?」
そう言われミハイルは言葉に詰まる。ザハロフに忠義は誓っている。そして皆が平和に暮らす世の中を望んでいる。だが・・・実際、民衆の生活はこのところ悪化するばかりだ。
ミハイルは忠誠心でそれを見ないようにしていた。
「ついてこい、ミーシャ。」
そう言ってアヴェリン中将に連れて行かれたのは、首都アトラニチーダからさほど離れていない荒廃した村だった。作物は実ることなどない。だが、貴族たちは食べるものもないのに税を払えという。この村ではすでに餓死者も出ているという。
上着を着込んでいるミハイルたちでも寒いというのに、薄い上着を一枚羽織っただけの子供達は、どうにか生きようとミハイルに施しを縋ってくる。そこにはもう人間としての尊厳はない。
「これが現実だ、ミーシャ。それでもお前は今の生活を望むのか?」
「そ、それは・・・でもだからといって争いを招くなんてできません。そ、それに中将も貴族では・・・?」
「私たちがやらなくても、ほかの軍人・・・そして民衆は動くさ。私は未来を読んでその側につくのだ。ファミィンツィン陸軍大将が手はずを整え、私たちを導いてくださる。そう・・・勝利は目に見えているのだ。」
アヴェリン中将のその言葉にはただ民衆を思って動くだけではない、何か利害に絡んだものを感じた。
ミハイルはそれに納得がいかず、アヴェリン中将を問い詰めようとした。するとその前に、アヴェリン中将は打って出る。
「ミーシャ、爵位もなにも持たないお前を私はここまで取り立てた。将来はわが娘、オリガをお前に嫁がせ伯爵家を継がせてもいいと思っている。お前が皇族家に思い入れがあるのは分かっている。だが、今が大事な分岐点なのだ。だから私はあえてお前に革命の話を持ちかけたのだ。」
「中将・・・。」
「ミーシャは我が子同然。だから猶予を与えている。私とともに新しい世の道しるべとなるのか。それとも・・・、お前の一家もろとも皆殺しにされるかだ。」
中将の顔つきは戦場での顔つきと同じそれをしている。
「脅しているのですか?」
「そうとも捉えられるな。秘密を知ったのだから。だが、お前は私のもとについてくると信じている。民衆思いで、家族思いのミーシャ、お前ならな。」
そう言われミハイルはやるせない思いで拳を握り締めた。家族をも人質に取るとは・・・。簡単にミハイルも反対はできない。そんな時、ミハイルの裾を誰かが引っ張ってきた。見ると、先程の今にも飢えて死にそうな子供である。
「おにいちゃん、たべものちょうだい。」
ミハイルは、ハッとして、思わず自分の持っていた携帯食を与えた。するとどこからそれを見ていたのだろう、子供たちが次々と現れ縋ってくるではないか。
「ぼくにもちょうだい。」
「わたしにも。」
その子供たちの目は薄暗く、光など全く差していなかった。宮殿にいた子供たちとは違う。皇室の未来を守る、だがしかし、誰がこの子たちの未来を守るのか・・・?
ミハイルはその現実に震えが止まらなかった。
「さぁ、ミハイル・ムソルグスキー答えは一つだ。」
アヴェリン中将の最後の問い掛けにミハイルは心を決めた。


その夜、ミハイルはエドゥアールドに心の内をうちあけた。
エドゥアールドはすでに革命計画のことを知っていたようで、彼は中将と民衆側につくと決意していた。彼ならば当然の判断だろうが・・・。
「確かに僕たちは中将に世話になった、しかしその前に僕たちは皇族を守る軍人だろう。」
「なにを今更。貴族か、お前は。皇族に媚び売る貴族たちと数える程の軍人以外皇族側につくやつなんぞいやしない。」
「でも、それでも皇族側につく軍人はいるのだろう?」
「馬鹿!そんな側に回ってどうすんだよ。無駄死にするだけだぞ。人生もっと賢く生きろ、ミーシャ。お前が皇族ファンだってのは知っているし大真面目というのも知っている。だが現実を見ろ、お前が皇族についてなにが得する?負け戦だ。結局、皇族は死ぬ、それからお前の家族も死ぬ、そしてお前も死ぬ。何が楽しい。」
「それは・・・。」
「もっと言ってやるよ。お前は民衆の幸せのために軍人になったのだろ?今日だって見てきたのだろ?現実を。そんな巻き添えになった民衆たちを革命の時殺せるのか?戦力は俺たちのほうが圧倒的に上だ。皇族を一発ドカンとやれば、被害は一番少ない。迷ってごちゃごちゃ考えるな、単純に考えろ。避らけれない戦いならば被害が一番少ない方を選べ。軍人だろ。」
ミハイルは黙りこんだ。確かに彼の言うことも一理ある。戦いが避けられないのであれば、それが一番に収束はつく。それにミハイルとて何も悪くない民衆に銃を向けたくはない。彼らの未来を守りたい。それが軍隊に入った一番の目的なのだから。

賢く生きろ。

エドゥアールドの言葉が突き刺さる。
「エーディク、君のようになりたい。でも、ならなければならないのだな・・・。」
「そうさ、ミーシャ、酒でも飲め、俺の言う事を聞けばいつだって悪いことなんてなかったじゃないか。」
「・・・・・。」
エドゥアールドはきつい言い方をしたもののミハイルを心配する気持ちは人一倍あるようで、彼の性格を思って肩を強くたたくと酒を注いだ。ミハイルはその酒を一気飲みすると、消え入りそうな声で呟く。
「戦いは本当に避けられないのか、エーディク。」
「俺だって無駄な戦いはしたくない。だが、避らけれない。これだけは。そして俺たちは賢い選択をしなければならない。」
「そうか・・・。それで、世の中がよくなるのならば、僕は心を決めよう。」
ミハイルは、その夜自分の部屋に帰ると、エリーナから貰った扇子をハンカチで巻き箪笥の奥深くへとしまいこんだ。
そう、あの思い出は、美しい過去として心の奥底に鍵をつけてしまいこんだのだった。
すべては民衆のため、すべては、良い未来を創るため。
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