シャイな異形領主様に代わりまして、後家のわたくしが地代を徴収(とりたて)いたします。

見早

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5章 黒竜覚醒と病める妻

103話 ブラックの代償【前編】

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「自身の力で治すことも、強さ……?」

 そう繰り返すも、ゲルダはこちらを無視して、薬液漬けのボロネロを引っ張り出そうとしている。

「待ってください! 治療を受けなければ、『彼は危ない』と言われたのですよ?」
「でもロードンは、貴女のところの小人さんにやられた傷を自力で治したわ!」

 ギルド落成式の日のことか――。

 確かにあの時、強引に地代を巻き上げようとしたロードンを、ノームの傭兵たちが追い払ってくれた。
 でも、ロードンとボロネロは状況が違う。このままでは死んでしまうかもしれない――。

「『誇り高きシオンの竜』とおっしゃいますけれど。もしこれで貴女の夫に万が一のことがあるとしたら……」
「それまでのおとこだった。それだけのことよ」

 ゲルダの剥き出しの牙に、喉が詰まった。しかし、本当に彼女はそこまで割り切れているのだろうか。
 私が彼女だったら、プライドなんて迷わず捨てるだろう。
 夫のことを一番に考えるのならば――。

「ロードンがいるから、ボロネロはどうなってもいいと?」
「……なんですって?」

 ようやくゲルダの手が止まった。
 蛇のような黄金眼が、今まで見たことのないほどに鋭い。

「ドラグ様のことだって、そうやって切り捨てたのでしょう? お金はもう使い果たしたから、あとは用済みと」

 余裕をかましていた美魔女フェイスが崩れた。

「小娘が、言わせておけば!」

 彼女の赤い鱗が陽炎のようにぶれ、熱を発している。
 集中治療室の中を、黄金の粒子が飛び交いはじめた――いつか見た、彼女のフェロモンだ。
 冷たい汗が額を伝う――。
 でも、引くわけにはいかない。
 
「何も知らないクセに。アタシがどれほど――」

 豊満な胸元で輝く、極光石の首飾り。
 それを握りしめた彼女の目が丸くなり、背後にあるドアの方を向いていた。

「……ドラグ様」

 振り返ると、夫の手が肩に触れた。
 彼の横顔に、もうゲルダへの恐れはない。

「ゲルダ。君はもう、僕の妻じゃない……でも」

 大切な幼馴染――弱々しい声に、目を見開いた。
 ゲルダも呆然としている。

「彼らも同じなんだ。ロードンは乱暴で嫌なやつだし、ボロネロは何考えてるのか分からないけど……『いなくなるのは嫌だ』って思いだけは、昔から変わらない」

 だから。
 大切な幼馴染たちのために、最良の選択をとって欲しい。
 誇りのためではなく、未来のために――。
 ドラグの真っ直ぐな視線と言葉に、ゲルダの肩が震えた。

「あ……ご、ごめん。気に障った……よね」
「昔から、アンタのそういうところが嫌いだったわ」

 ゲルダは、そう早口に言うと。撒き散らしていた黄金の粒子を、赤い翼の羽ばたきで吹き飛ばした。
 そして――。

「……あのスライムに、ボロネロの治療をさせてあげるわ」

 彼女は意識を失ったボロネロの身体から手を離し、彼の土色の顔を見下ろした。
 その目には、不安と焦りが滲んでいる。

「ゲルダ……ありがとう」

 ドラグの消えそうな感謝の言葉に、ゲルダは牙を剥き出した。

「別にアンタのためじゃないわ! いいから早く出て行って。後妻さんもよ」

 ボロネロを見下ろしたままの彼女から離れ、ドラグと治療室を出て行った。
 最強種としての『矜持』。
 それは本物だったのだろう。
 でも――。
 夫を想う彼女の気持ちの方が、静かに、そして確かに輝いて見えた。
 


 日が傾く前には、スライム族の医療師、ポチャン先生の治療が終わった。
 意識を取り戻したボロネロは、生死の境をさまよっていたにも関わらず――。

「ゲルダ、今日も可愛い」

 やはり、このイケメン竜の考えは読めない。
 開口一番がこれ、しかもみんなの前で言えるのだから。

「はぁ……アンタ、心配して損したわ」

 赤い尻尾の先を、こっそり揺らしているゲルダ。

「やいボロ公! 驚かせやがって……今日から鍛え直してやっからな!」

 治療室をソワソワ歩き回っていくせに、強がるロードン。
 この間まであんなに憎らしかったのに。こうして見ると、一妻多夫ドラゴンたちのやり取りが微笑ましく感じてしまう。

「はぁ。私たちもホッとしましたわね」
「うん……ボロネロが回復して、良かった」

 部屋の隅で、ドラグと微笑み合っていると。

「後妻さん、ちょっと」

 すっかり通常運転へ戻った美魔女が、燃える長髪をなびかせながら歩み寄ってきた。
 一瞬、彼女の黄金眼がドラグを見た気がしたが――気のせいだろうか。
  尋ねる間もなく、廊下の奥へと連れ出された。
 夕日が差し込むラウンジには、私たち以外誰もいない。

「……アナタの挑発、ビンタより効いたわ」

『ロードンがいるから、ボロネロはどうなってもいいと?』

 どうやら、あの言葉が彼女の胸を揺さぶることに成功したらしい。

「お優しいことね。アタシたちは後妻さんの邪魔ばっかりしてあげたってのに」
「それは……」

 同じ人を愛した者同士、『大切な人を失う悲しみ』を知ってほしくなかったから――。
 そう告げると、ゲルダは眉根を寄せて「はぁ?」と吐き出した。

「ずっと、不思議に思っていたことがあるのです」

 なぜゲルダは、領主家の妻の証である首飾りを外さないのか――私たちから奪ったそれを、彼女はいつ見ても胸に掲げている。
 最初は自分が新しい領主家の妻であることを知らしめるための、象徴として身につけているのかと思ったが。

「貴女……本当は、ドラグ様を愛していらっしゃったのでは?」
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