シャイな異形領主様に代わりまして、後家のわたくしが地代を徴収(とりたて)いたします。

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7章 永久の凍土:ブルームーン・トロイカ

125話 ブルームーン・トロイカより【前編】

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 息まで凍る、氷雪の都――ブルームーン・トロイカ領。
 こたつに入って『幻想国家シビュラ』をプレイしている時は、こんなに過酷な場所だとは思わなかった。

「ほれ、奥方殿。手を」
「……はい」

 街頭ランプのかすかな灯り、滑りやすい煉瓦道、誰もいない“もみの木”並木の大通り。
 エスコートするように手を引いてくれるのは、この領出身のショタじじ吸血鬼――ではなく。

「商店街に入ったか。どうじゃ? お主にならば、何でも買ってやるぞ」

 分厚い革製の財布を取り出したのは、紅のコートが似合う青年吸血鬼・アレスター。
 グロウサリア家で執事をしている時は、私と同じ背丈だったのに――今は見上げなければ表情が見えない。

「ゔっ!」
「どうしたんじゃ、奥方どの!?」

 しまった、思わず目を合わせてしまった。
 今の彼は、色香漂う大人の姿――少年の姿でも危ない魅力が漂っていたというのに、大人化されたら輝きで目が潰れる。

「はははっ! お主、ドラグと契ったのじゃろ? あんまりワシを意識しておると、ヤツが見ていないうちに喰ってしまうぞ」
「ひぇっ……」

 もはや、顔が良いとかのレベルではない。この吸血鬼の色気が限界突破して、同じ空間にいるだけで狂いそうになる。

「あれ……? そういえば、どうしてご存知なのですか!?」

 先日、私たちがついに本当の夫婦になったこと。
 まさか、また部屋の前で一晩中待機されていたのでは――意識が遠のく前に、アレスターが笑い声を上げた。

「そりゃあ、お主らの態度を見ておればのう」

 だめだ、このままでは平常心でいられない。
 話題を変えなければ――。

「……ところで、アレスターはどうして元の姿に?」

 それも、この領に入ってから。

 アレスターは「ふむ」と視線を丘の上へ持ち上げた。血のように赤い瞳には、氷漬けの城が映っている。

「……これから、奴に会うからのう」

 奴――アレスターの弟にして、ブルームーン・トロイカの領主である吸血鬼。
 元の世界のゲームでは、この領の領主はアレスターだった。なぜ弟が領主をしているのか――。

「おや?」

 灰色の空から舞い降りてくるのは、真っ白な封筒。
 私の手をめがけて、着地した瞬間。

『エメル……!』

 震える低音が響いた。

「え……ドラグ様?」

 シオン領を出発して以来、7日ぶりに聞く声。
 これは声を直接閉じ込めた、魔法の手紙だ。きっと、シスコンエルフあたりに頼んで出してもらったのだろう。

『もう、トロイカにはついたかな? アレスターのことは信頼してるけど……』

 ドラグの声が、低く落ち込んでいく。

『君だけを行かせるなんて、僕はまだ納得いってないよ……』
「……ドラグ様」

 先週、グロウサリア家に届いた手紙。

 隣領ブルームーン・トロイカと、人間の都市トウキョウトが戦争を始めるかもしれない――トロイカの領主からの手紙に書かれていたのは、「援軍要請」。
 シオン領は、いざ戦争になった際にトロイカへ味方するように、と。

 あの手紙を見た時、ドラグは「正直どちらにも味方したくない」と言った。
 だから私は――ある提案をしたのだ。

『とにかく、今は君の返事を待つよ』

『愛してる』――縋るような言葉を残し、手紙は沈黙した。

「……はぁ。私だって会いたいわ」

 余計な火種を生まないよう、ドラグには「移動しない方がいい」と助言した。そしてドラグに代わり、もうひとりの領主である私が、アレスターとトロイカを訪れることにしたのだ――不安と期待を胸に、ドラグの手紙を抱きしめた。

「冬の道端は、人の身には過酷じゃろう。さっさと屋敷へ向かうこととしよう」
「……はい。トロイカの領主様のところへ参りましょう」

 再びアレスターに手を引かれ、丘の上に立つ氷の城を見据える。

 ブラッド・クラウディウス卿。
 どんな当主なのか――ゲームの印象だと、アレスターの双子の弟としては弱々しい性格だった。初期のドラグみたいに。

「……500年ぶりじゃな」

 か細い声に、「え?」と訊き返したが。アレスターは実家の前で足を止めると、こちらへ向き直った。
 500年――まさか、その間一度も実家に帰っていないのだろうか。

「良いか? ワシは、お主の命だけは何があっても守る。だが……」

 決して離れるな――真剣な声と視線に、硬く冷えた身体がより引き締まった。
 海外旅行気分でここまで来てしまったが、この雰囲気はただ事ではない。
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