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【第五話 みずほ先輩の壮絶な生徒会長選挙】

【5-4】

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 そして、入念に演説の原稿を仕上げ、練習を繰り返すこと二週間。ついに生徒会長選挙の日がやってきた。

 全生徒が体育館に集められ着席する。その場で演説を聴き、投票が行われるのだ。

 立候補者は『清川瑞穂』と『玉城圭吾』のふたりで、まさに一騎打ち。

 生徒たちは、名の知れたふたりの対決を心待ちにしているようで、演説の内容や結末の予測でざわめいている。

 聞き耳を立てて情報をかき集める限り、どちらが有利ということはなさそうだ。それなら、演説でのアピール力が決め手になるだろう。

「よっし、それじゃあいいか瑞穂」
「準備万端です。この勝負、絶対に勝ってみせるわ。生徒会の伝統にかけて!」

 こちらの陣営は校庭側の非常口に、玉城圭吾の陣営は廊下側の出入口に布陣している。

 生徒会のメンバーは六人。みずほ先輩と宇和野先輩、それから俺が前列に並んで構える。

 非常口から空を見上げる。前日はひどい大雨だったが、今日は晴れやかだ。

 けれどみずほ先輩は終始、緊張した様子だから、その目に空の色は映っていないだろう。

「それでは次期生徒会長選を開始します。演説の持ち時間は十五分。最初に玉城圭吾さんの演説になります。玉城さん、ご登壇ください」

 アナウンスに続いて玉城圭吾が登場する。両手足をぴんと伸ばして軍の行進のような歩みで壇に上がった。

 いにしえのサラリーマンを彷彿とさせる七三分けで、口元はヘの字に固められている。そして演説が始まった。

「私はこの街に生まれ、この街で育ちました。そして入学以来、勉学に勤しみ、友人の輪を広げてきました。その結果、多くの学生に支持されて生徒会長選に出馬するにいたりました。そう、私は誰よりもこの学校を愛しているからこそ、立ち上がったのです」

 冒頭から勢いのある演説だ。けれど玉城圭吾の本領発揮はここからだった。

「余談ですが、私の父は政治家として教育の推進、治安の改善、それに文化財の保護に貢献しており、この地域の支援に尽力してきました。私はそんな父の背中を追っているうちに、自分自身が指導者としての能力を有していることに気づきました。そう、私は生まれたときから他人の力になれるDNAを有していたのです!」

 虎の威を借る狐と言うか、親の七光りと言うか、とにかく貢献度アピールのオンパレード演説。

「――かたや、才色兼備で人気者の生徒会員であっても、生徒会長の器となれば話は別だと考えます。広報誌の執筆のような地道な仕事が適任の者は、やはりその道を邁進するべきなのです。適材適所という慣用句があるではありませんか!」

 さらにはみずほ先輩を陥れることまで言い出した。が、一部で褒め言葉を駆使して非難の目を回避している。なんて手ごわい奴だ。

「だから、だから……私が生徒会長になり、骨身を惜しまず働き、皆様の平和と幸せのために貢献したいと考えている所存です! ウオオォォォォン!」

 自身の演説に感極まったのか、涙を流して絶叫する。会場からはどよめきが上がる。

 むう、そうまでされては敵対する俺でさえ、奴の熱意を信用しそうになる。

 そこで宇和野先輩が俺に耳打ちをする。

「あいつの親、選挙で同じような事言って泣いてたぞ。さては親伝授の泣き落とし作戦だな」
「マジデスカ⁉」
「ああ、まじだ」

 まさか涙の真相が全校生徒を欺く演技だとは。そんなずるい奴には、なおさら負けるわけにいかない。

「みずほ先輩、こうなったら圧勝で打ち負かしましょう!」

 振り向いてみずほ先輩に声をかける。

 ところがみずほ先輩の意識は外の校庭に向けられている。

 確かめると、視線の先にはあの猫の姿があった。親の三毛猫に、黒いほうの子猫がいっぴき。

「ニャー、ニャー、ニャー!」

 猫はみずほ先輩と目が合うやいなや派手に鳴き始めた。

 おいおい、今は戦いの真っ最中だ。餌をねだっても無駄だ。どこかへ行ってくれ。

 全校生徒が見ているんだ、野良猫になつかれていると気づかれたら餌付けがバレるかもしれない。

 しっしと手を振るが、猫は俺に構わず、みずほ先輩との距離を詰めてくる。みずほ先輩の目は猫に釘付けになっている。

 猫は体育館の入り口まで近づいてきた。鳴き声はさらに派手になり、体育館の中に響き渡る。気づいた生徒たちの視線は壇上から猫へと移る。

 演説中の玉城圭吾も鳴き声に気づいたようだ。「ウオオォォ……ん?」と猫を見、ちっ、と舌打ちをする。一瞬、本性が垣間見えた。

 猫はみずほ先輩を目指し、館内に侵入しようとしていた。

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