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【第七話 みずほ先輩と美術部の不思議な絵】

【7-1】

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「こんちはー。宇和野先輩、久しぶりっすね」

 生徒会室の扉を開けると、卒業式を間近に控えた宇和野先輩の姿があった。生徒会長を引き継いだ清川瑞穂――みずほ先輩と机を挟んで向かい合っている。机上には紙と筆記用具が広げられていた。

「おう、黒澤か。副生徒会長、だいぶ板についたみたいだな」

 副生徒会長は生徒会長が指名することになっているので、俺はみずほ先輩のオファーを心して引き受けた。

「あざーっす。それと先輩、大学合格おめっとーございまーす。でも今日はなんでここに?」
「ああ、実は高校生活で最後の仕事があってな」

 宇和野先輩がみずほ先輩にちらりと視線を送る。

「わたしが卒業式の『送辞』、宇和野先輩が『答辞』の役目なのよ。だからその打ち合わせをしてるの」
「そうっすか、最後までおつかれさまーっす」
「ははっ、相変わらずノリが軽いな、黒澤は。社会人になったら初日に上司の雷が落ちるとみた」
「すみません、かつき君はわたしがちゃんと教育しますから」

 俺、黒澤克樹はみずほ先輩に誘われて生徒会に引きずり込まれた。どんなにこき使われても頑張るけなげな下僕の一年生である。

 だが、副生徒会長という立場は荷が重い。

 体育祭や音楽祭の運営に携わったし、生徒会費の予算や決算書作成、それに出納管理までやっている。

 慣れない仕事にはミスがつきもので、だからみずほ先輩にフォローしてもらったことは一度や二度ではない。

「いやほんと、俺がいたらなすぎて迷惑かけてばっかりです。みずほ先輩からはおしおきの嵐っすよ」
「そっ、そうか。――それはなんともうらやましい」
「は?」
「あっ、いや、コホン。――それはなんとも裏山の椎茸のごとく厳しい環境だな、と言いかけて言葉に詰まった」
「まじですか、裏山ってそんなに嵐が多いんっすか」
「ああ、温暖化の影響らしいな」
「なんで裏山だけ温暖化の影響が⁉」
「それはこの学校が局所的にアツアツだからだ」
「どこっすか、その元凶は⁉」

 驚いて尋ねると、宇和野先輩はにやりと笑って視線をみずほ先輩に移す。

 みずほ先輩は目をそらしてうつむき、黙り込んでしまった。

 俺はその様子から事情を察した。

 どうやら学校の裏山に潜む謎は、歴代の生徒会長のみが知る極秘事項のようだ、と。



「よし、これで問題はないだろう。生徒会を通じて感じた学校の印象や、教師への感謝の言葉を含める構成は巧みだな」
「最後までお世話になり、ありがとうございます。おかげさまでいい原稿になったと思います」
「じゃあ当日はきっちりと締めくくろうな」
「はいっ!」

 打ち合わせを終えたところでみずほ先輩は猫のようにうーんと体を伸ばした。

「先輩、これから大学生活、楽しみですねー」
「生徒会も順風満帆なようで安心したよ」
「宇和野先輩が地盤を固めてくださったおかげです。ところで――」

 みずほ先輩はひと息ついて真剣な表情になる。

「最近、美術室の外壁に貼られた絵のひとが消えたっていう事件、ご存知ですか?」

 ――絵のひとが、消えた?

「ああ、現三年生の引退記念として美術部員が全員で描いた絵のことだろ」

 俺はまったく知らなかったが、宇和野先輩は承知しているらしい。

「はい、部員たちが並んで夜空を見上げている絵で、それぞれが自分自身の絵を担当したらしいです」
「その真ん中に立っている部長の村本が消えたってやつな」
「気持ち悪いから原因を突き止めてくれっていう投書がたくさんあって」
「それで調査をせざるを得なくなったってことか」
「そういうことです」

 ふたりの会話で事情はおおむね飲み込めた。

「しかし、誰かの嫌がらせだろうか」
「いえ、わたしにはどうしても嫌がらせには思えないです」
「どういうことだ、瑞穂」
「なんとなくの印象なんですが……もっと違う意味がありそうに思うんです」

 みずほ先輩は疑問を抱いている雰囲気。何か違和感があるのだろうか。

 そこで俺に声をかけてきた。

「そういえばかつき君はこのこと、知ってた?」
「いや、初耳でした」
「じゃあ、一緒に見てくれないかしら」
「はい、同伴させていただきます!」

 考える間もなく直立し敬礼する。今日も下僕反射はキレが良い。

「僕も謎を残したまま卒業するのは後味悪いからな」
「そうっすよね、じゃあ行きますか!」

 そして俺たち三人は美術室へと足を運んだ。
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