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梅香

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山桜桃 梅香ゆすら うめかはギャップが激しい。

 背は平均より少し高めのスレンダーな体型で、黒髪のストレートロングにぱっつん前髪。整った顔立ちで、シュッとした美人である。
 しかし、その端正な美人の口から出てくる話は、ほぼほぼ猥談だ。
 しかも、相当な女好きらしく、男子高校生のそれと……もしかすると男子中学生の猥談と同じようなレベルのしょうもないものばかりである。まぁ、百合の素養はありそうという点は期待通りだけど。

 彼女とは、夏に川遊びをした時からなんとなく友達になって、今では頼んでもいないのに、校内でエンカウントすると、真っ先に猥褻な妄想を垂れ流してくる。そんな訳のわからない間柄になっている。
 おかげで俺は梅香の好きなおっぱいの大きさまで知っている。
 因みにデカければデカいほどいいらしい。
 ついでにその相方の女神こと、霧島らいちも仲良くなったが、梅香はらいちの前では猥談をしない。
 普通に仲良し女子高生コンビだ。
 フワフワした雰囲気で可愛い系のらいちは、梅香と合わせて、俺の理想の百合カップルのビジュアルだ。しかし、どうもそんな気配はない。
 現状は、梅香がらいちのいない時に俺を見つけると、嬉々として猥談を浴びせてくる事と、らいちはらいちで俺がバイトしているのをいいことに、何かにつけてたかってくるようになった。
 変な女と、うざい女のコンビが友達になっただけである。

 夜に差しかかった時間に授業が終わり、さて帰ろうかとスマホを確認すると、梅香から「ひま?」とメッセージが入っていた。

 今日も休み時間にばったり会い、どうでもいい妄想を聞いた。まだ言い足りないのだろうか? ブラひもの透け具合から考察する、リアルなブラジャーの色なんて、俺はそんな事どうでもいい。正直お腹いっぱいだったので「間に合ってます」と送ると、すぐに返信がきた。
「美味しいコーヒーをご馳走しますのでちょっと来て欲しい」
 いつもと様子が違う。なぜか胸騒ぎがして、行くことにした。

「あー…確かに。美味しいよねーコンビニのコーヒー…」

 クソがつくレベルの田舎町なので、定時制の授業が終わる時間になると、コーヒーが飲めるような店なんて開いていない。
 コンビニでコーヒーを買うと、公園のベンチに2人で腰掛けた。

きょうちゃんてさ、意外とクールだよね」
 梅香はブラックコーヒーをすすりながら渋い顔をして言った。
 長い付き合いでは無いけれど、彼女たちは俺のことをそう呼んでいる。
「え、そう? 俺、そんなにかっこいい?」
「あ、そっちじゃない。冷たい? とか冷めてるの方。この前、川で遊んだ時さ、ものすごいテンション高かったから…ギャップがあるなぁって」

 百合に挟まれて死にたい。

 という罪な野望が芽生えたばかりの俺に、百合の女神たちがいらっしゃーいと手招きしたら、テンションは控えめに言ってもブチ上がる。
 実際は女友達同士が遊んでいただけだったけれど……。
 事実を妄想で上塗りして飛び込んだあの時の俺は、確かにものすごいハイテンションだった。
「暑すぎて頭おかしくなってたんだよ」
「あーね。わかる」
 ずず。とコーヒーを啜る梅香。おかしい。いつもの猥談が出てこない。
 今日は誰のブラが透けていたのか言ってこない。聞いてもないのに毎日報告をしてくるので、梅香のクラスの女子のスケ具合などを俺は網羅してしまっている。
「あのさ……あの、藤井杏ふじい きょうくん」
 梅香は珍しく言葉を探して口籠っている。探しすぎて迷走したのか、フルネームで呼ばれて妙な気分だ。
 ちょっと待てよ……これは、この雰囲気は……。
 もしかして、俺、今から告白されるのか? 梅香の、あの男子校生を通り越して、おっさんくさい猥談は、もしかして彼女なりのスキンシップだったのだろうか? 女好きはフェイクか? だとしたら不器用すぎるだろ。……ちょっと、かわいいじゃないか。
 彼女が言葉を探す間、高速で梅香と付き合うシミュレーションをした俺は、答えを導き出した。
 別腹で、有りだ。
 よし、来い。
 受け入れ態勢が整ったのと同時に、緊張してきた。
 沈黙を破り彼女が口を開く。
「らいちってさ、かわいいよね」
 ん? なんで今らいちの話が出てくるんだよ。
「あーうん。かわいいね」
 まぁ確かに、かわいい系の顔をしている。適当に話を合わせた。
 そして再び沈黙。
 一体なんなんだ。がんばれ梅香! 告白の返事はOKだ。心の中で彼女を応援する。
「あのね、お願いなんだけど……」
 来た!
「らいちさ、最近彼氏できたんだけどね、別れさせたいの。協力してくれない?」
「いやだ」
 気がついたら即答していた。
 そんな面倒くさそうなことをするメリットが全くない。あと、期待が外れてイライラしたのもある。
「……だよねぇ……」
 梅香は頭上に『ガッカリ』と文字が見えるくらいうな垂れた。なんでこんなしょうもないことをお願いしてきたのか。
「それで、なんで?」
 一応理由も聞いた。梅香は幼児みたいに口を尖らせて不貞腐れている。
「なんか彼氏できたら遊んでくれなくなった」
「子供かよ。友達の幸せくらい応援しろよ」
「彼氏誰か知ってる? あいつクズだよ」              
「知らないし、らいちが良いなら放っておけよ」
「だめ。絶対不幸になる。クズが伝染する。らいち可哀想」
 梅香は実の無い悪口を並べている。
 こいつはもしかして? 俺の百合センサーが作動した。
「もしかして梅香さ、それジェラシー的なやつ?」
 梅香は顔を上げて、前を向いたまま赤面した。
 ほう。これは百合だな。まじかよ、大本命じゃん。ありがとう、梅香。ナイス百合。って、いや待て、まだ早い。もしかしたら、らいちの新しい彼氏を、梅香が好きで別れさせようとしているのかもしれない。実はとんだ性悪女の可能性もある。
 
「え? 梅香さ、らいちのこと好きなの?」
 一世一代大勝負だ。百合好きとバレても構わない。俺は夢へ進む大きな一歩を踏み出した。
「うん。杏ちゃん……もしかして気付いてた?」
 ビンゴ。神様ありがとう。
「いや……そうでも無いけど」
 だったらいいなが現実になった。しかし、百合に挟まりたい! ……なんてことはまだ言えない。それは梅香とらいちがくっついてからだ。そこから考えよう。まずは2人を結ぶキューピットにならなくては。
 ならばこの話、乗るしかない。
「梅香、さっきはごめん。らいちの彼氏のクズ野郎さ、どうにかするの手伝うわ」
「杏ちゃんほんと?」
 パッと花が咲いたようにほころぶ笑顔。梅香はきれいだ。
「うん。どうしたらいいのかわかんないけど、協力する」
 俺の百合ライフのために。
「ありがとう! 杏ちゃん! じゃ、明日から作戦会議ね」
 梅香はキラキラの笑顔で帰っていった。

 百合の女の子が喜んでいる。私欲まみれではあるが、なんだかいいことをしたような、晴れ晴れとした気分だ。
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