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1.僕と付き合ってください
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それは月曜の夜だったか、私が営む結婚相談所のドアを元気よく開けたのは、一年ほど前までウチでバイトしていた大学生だった。育ち盛りなのか身長なんかも伸び、顔つきも少し変わっていたけれど、パッと見で判る。
「久し振り、守くん! 元気だった!?」
「元気でしたけど、ある意味たいへん困っていまして……三田さんに話を聞いて欲しいんです」
「……どうしたの? そこのソファに座ってよ」
本日は社員の角野くんもバイトちゃんも休みなため、自分でお茶を二つ淹れた。それをソファテーブルに置き、守くんと対面する。
「で? 言ってみなよ、守くん」
守くんは膝の辺りで拳を握り、冷や汗をハンカチで拭っていた。ものすごく緊張しているのが伝わってくる。
なのでしばらく待ってみた。でも守くんは黙ったままだ。
「そんなに深刻な話なの? まさか犯罪に関わるような……?」
「いえ、違います。三田さんが好きなだけです」
「なるほど、私が好きなのね。良かった、それは犯罪じゃないな――ちょっと待て、私のことが好き?」
「はい」
私は驚き、固まってしまった。そんな私に聞かされたのは、守くんの恋愛遍歴だ。どれを取っても相手から告白されるパターン、でも肉体関係にまで及ぶと上手く行かず、そのうち気まずくなってのお別れ。
「皆さん可愛いし性格も良い子ばかりで……しかし無理なものは無理でした。これは全部、三田さんが好きだからです」
「なんでその結論に至ったの! 私は可愛くもないし、年齢相応にスレてる平々凡々な女だよ!」
「……ええと、自慰の時、三田さんのあられもない姿がチラつくので邪魔だなと感じていたんですが、実はそれがメインディッシュだったという……」
私は守くんから、とても聞きたくなかった言葉を耳に入れてしまう。今度はこっちの冷や汗が止まらずハンカチを出した。ああ、化粧が崩れる。
「……守くん、今のやつ冗談だよね?」
「至って本気です……内容はお恥ずかしい限りですが」
ふう、と守くんが溜息をついた。それから、ゆっくり私の方を見てひとこと。
「僕と付き合ってください」
「無理」
「なぜですか? ちょっといい会社に内定してますし、将来有望ですよ」
「私はアラサーでも上の方だよ!? 年齢差があり過ぎる!」
「魅力の本質は人間味だと聞きましたが」
守くんが鞄の中から折り畳まれた紙を出す。それを丁寧に開くと、半年前に頼まれて講演した地域誌の記事が出てきた。結婚相談所が生業の私なので『重要なのは見た目じゃないですよねー』という意味で『人間味が大事』と喋っている。
「まぁそれ、間違ってないけど!」
私は頭を掻きむしる。過去の自分に追い詰められている気分だ。その一方で守くんは冷静。私に全てを話した事で落ち着いたらしい。
「三田さん、現在の僕の人間味を試食してくれませんか? 食わず嫌いはいけませんよ」
「ったく、仕方ないなぁ……」
「まずはアドレス交換から始めましょう」
守くんが言うのでスマホを取り出す。自分のメールアドレスが判らなくてすいすいやっていたら、守くんはふふっと微笑んでいた。
「使いこなせてないですね」
「うるさい! それより守くん、いまどきメアドに『3tasanlove』とか仕込まないでよ! 恥ずかしいでしょ!」
「どうも気持ちが昂りまして……ええと、今の僕は三田さんにとって危険人物なので、そろそろ帰ります」
「う、うん……」
守くんの背中を見送った後、へなへなとソファに座り込んだ私。いきなりやって来た守くんに生々しい告白をされ、でも押されて何となく守くんの案をOKしてしまった私にびっくりだ。正直、少々だけれど腰が抜けていた。明日から一体どうなるんだろうか。
戦々恐々としていた翌朝。私は守くんからメールを受け取った。内容は『おはようございます』という簡素なものだ。私はオウム返しな文章を送る。
(何だ、かなり普通じゃん)
あれだけ明け透けに言ってきた守くんだから、もうちょっと色々書いてくるかと思っていた。
(いやいや待て、簡素のどこが悪いのよ。むしろ熱いメールが来なくて感謝しろっての! 返信に困る!)
私はそんな風に思い直してから、シャワーを浴びたり歯磨きしたりなどのルーチンワークをこなして相談所へ向かう。今日は午前と午後に一件ずつ予約が入っている。
相談所では、私より早く出勤していた角野くんが掃除をしていた。
「おはよう、角野くん」
「おはようございます、三田さん! 今日はいいお天気ですね!」
「本当! 夏って感じ! 暑いね~!」
昨日の事が嘘みたいな平和な相談所である。
その晩。ちょうどアパートに着いた頃、私のスマホがけたたましく鳴った。相手は守くん。私はスーツのまま椅子に腰掛け、通話を開始する。
「ど……どうしたの守くん」
『今度の週末、僕とデートして貰えませんか?』
「相談所は土日が忙しいの、知ってるでしょ!」
『土曜日だけ角野さんにお任せしましょう。その分のお手当は僕が出します』
この提案に私は驚いてしまった。なんという発想だ。
「守くん大学生の癖に、そんなお金持ってんの?」
『いえいえ、ちょっとだけですよ』
「もしかして悪いビジネスをしてたり?」
『ただの家庭教師です。わりと太い客がついてますけど』
「生徒は女だけだったりしない?」
『よくわかりましたね』
「守くんイケメンだからなぁ。ちょっとしたホストみたいなものか……」
『おかげさまで儲かります。では、土曜日ご自宅まで迎えに行きますから』
通話を終えて思ったこと。それは――恐ろしや、現在の守くんが自分のスペックを十分に理解している事だ。もともと頭もいいし聡いし、バイトを辞めていた空白の一年間で、一体どんな男になっているんだろうか。
「久し振り、守くん! 元気だった!?」
「元気でしたけど、ある意味たいへん困っていまして……三田さんに話を聞いて欲しいんです」
「……どうしたの? そこのソファに座ってよ」
本日は社員の角野くんもバイトちゃんも休みなため、自分でお茶を二つ淹れた。それをソファテーブルに置き、守くんと対面する。
「で? 言ってみなよ、守くん」
守くんは膝の辺りで拳を握り、冷や汗をハンカチで拭っていた。ものすごく緊張しているのが伝わってくる。
なのでしばらく待ってみた。でも守くんは黙ったままだ。
「そんなに深刻な話なの? まさか犯罪に関わるような……?」
「いえ、違います。三田さんが好きなだけです」
「なるほど、私が好きなのね。良かった、それは犯罪じゃないな――ちょっと待て、私のことが好き?」
「はい」
私は驚き、固まってしまった。そんな私に聞かされたのは、守くんの恋愛遍歴だ。どれを取っても相手から告白されるパターン、でも肉体関係にまで及ぶと上手く行かず、そのうち気まずくなってのお別れ。
「皆さん可愛いし性格も良い子ばかりで……しかし無理なものは無理でした。これは全部、三田さんが好きだからです」
「なんでその結論に至ったの! 私は可愛くもないし、年齢相応にスレてる平々凡々な女だよ!」
「……ええと、自慰の時、三田さんのあられもない姿がチラつくので邪魔だなと感じていたんですが、実はそれがメインディッシュだったという……」
私は守くんから、とても聞きたくなかった言葉を耳に入れてしまう。今度はこっちの冷や汗が止まらずハンカチを出した。ああ、化粧が崩れる。
「……守くん、今のやつ冗談だよね?」
「至って本気です……内容はお恥ずかしい限りですが」
ふう、と守くんが溜息をついた。それから、ゆっくり私の方を見てひとこと。
「僕と付き合ってください」
「無理」
「なぜですか? ちょっといい会社に内定してますし、将来有望ですよ」
「私はアラサーでも上の方だよ!? 年齢差があり過ぎる!」
「魅力の本質は人間味だと聞きましたが」
守くんが鞄の中から折り畳まれた紙を出す。それを丁寧に開くと、半年前に頼まれて講演した地域誌の記事が出てきた。結婚相談所が生業の私なので『重要なのは見た目じゃないですよねー』という意味で『人間味が大事』と喋っている。
「まぁそれ、間違ってないけど!」
私は頭を掻きむしる。過去の自分に追い詰められている気分だ。その一方で守くんは冷静。私に全てを話した事で落ち着いたらしい。
「三田さん、現在の僕の人間味を試食してくれませんか? 食わず嫌いはいけませんよ」
「ったく、仕方ないなぁ……」
「まずはアドレス交換から始めましょう」
守くんが言うのでスマホを取り出す。自分のメールアドレスが判らなくてすいすいやっていたら、守くんはふふっと微笑んでいた。
「使いこなせてないですね」
「うるさい! それより守くん、いまどきメアドに『3tasanlove』とか仕込まないでよ! 恥ずかしいでしょ!」
「どうも気持ちが昂りまして……ええと、今の僕は三田さんにとって危険人物なので、そろそろ帰ります」
「う、うん……」
守くんの背中を見送った後、へなへなとソファに座り込んだ私。いきなりやって来た守くんに生々しい告白をされ、でも押されて何となく守くんの案をOKしてしまった私にびっくりだ。正直、少々だけれど腰が抜けていた。明日から一体どうなるんだろうか。
戦々恐々としていた翌朝。私は守くんからメールを受け取った。内容は『おはようございます』という簡素なものだ。私はオウム返しな文章を送る。
(何だ、かなり普通じゃん)
あれだけ明け透けに言ってきた守くんだから、もうちょっと色々書いてくるかと思っていた。
(いやいや待て、簡素のどこが悪いのよ。むしろ熱いメールが来なくて感謝しろっての! 返信に困る!)
私はそんな風に思い直してから、シャワーを浴びたり歯磨きしたりなどのルーチンワークをこなして相談所へ向かう。今日は午前と午後に一件ずつ予約が入っている。
相談所では、私より早く出勤していた角野くんが掃除をしていた。
「おはよう、角野くん」
「おはようございます、三田さん! 今日はいいお天気ですね!」
「本当! 夏って感じ! 暑いね~!」
昨日の事が嘘みたいな平和な相談所である。
その晩。ちょうどアパートに着いた頃、私のスマホがけたたましく鳴った。相手は守くん。私はスーツのまま椅子に腰掛け、通話を開始する。
「ど……どうしたの守くん」
『今度の週末、僕とデートして貰えませんか?』
「相談所は土日が忙しいの、知ってるでしょ!」
『土曜日だけ角野さんにお任せしましょう。その分のお手当は僕が出します』
この提案に私は驚いてしまった。なんという発想だ。
「守くん大学生の癖に、そんなお金持ってんの?」
『いえいえ、ちょっとだけですよ』
「もしかして悪いビジネスをしてたり?」
『ただの家庭教師です。わりと太い客がついてますけど』
「生徒は女だけだったりしない?」
『よくわかりましたね』
「守くんイケメンだからなぁ。ちょっとしたホストみたいなものか……」
『おかげさまで儲かります。では、土曜日ご自宅まで迎えに行きますから』
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