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16.父の作品
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「ドロイ伯! 私と一緒に殿下へ説明を!」
「……ドロイ? わざわざこの屋敷まで連れて来たのか」
「うん、彼は今回の件に深く関わっているからね」
「ドロイといえば、書状のやり取りをした程度だが……他にもあるのか?」
そう聞き返したタイミングでドロイが入室してくる。彼は相変わらず飄々としており、最後に会った時の印象と変わらない。
「お久し振りです、殿下~」
「久しいな、ドロイ。研究の虫が持ち場を離れるとは珍しいじゃないか」
俺がドロイに挨拶すると、彼はへらへらした笑いを浮かべた。ロージオはドロイを俺のベッドの傍まで案内し、二匹並んで腰掛ける。ドロイは暫く無言だったが、ロージオに肘で突かれて口を開いた。
「……あの、殿下……すみませんねぇ。今日は説明半分、謝罪半分で来たんですよぉ」
「……何があった?」
「実はボク、皇帝陛下に自白剤を使われて、色々喋っちゃったんです。エド皇子との馴れ初め、どんな人間、初めての交尾、そのほか全部。ロージオ君によると、そのせいで墓と遺品が出来上がっちゃったみたいでぇ」
軽く言われた、その告白。俺は数十秒ほど呆気に取られてから、じわじわと理解する。最初にドロイへエドの件を話した時の、包み隠さぬ質疑応答が悪い方に向かった訳だ。後々の研究品の参考になれば――と思った俺の気持ちが完全なる裏目に出てしまった。
俺は基本的に、ドロイの口の堅さを信用かつ評価している。だからこそ秘密裏に行いたいエドの調査を託す事も出来た。俺はドロイが重要な事ほど笑顔でのらりくらりとして、絶対に喋らないのを知っているのだ。
しかし俺は、その思い込みで、今の今までエドの情報がドロイ発という可能性を完全に排除してしまっていた。俺の判断は結果的に誤りだったが、自白剤などという物騒なものを使われたのなら、読み違えも致し方あるまい。父は一体どこから、そんな薬品を入手したのか――。
「ドロイよ、父の横暴でお前も災難だったな。副作用などは大丈夫だったか?」
「平気ですよぉ、ボクが作った自白剤、よく出来てたみたいで」
「……なに? お前が作った……? なぜ、それを父に使われるんだ……?」
俺が細切れに質問すると、ドロイは何故か胸を張った。
「突然の閃きと偶然から生まれた、素晴らしい自白剤だったんですよぉ! でも効果を試したくて裏ルートに流したら、陛下が入手されたみたいで」
「……はぁ!?」
「陛下はエド皇子に関する情報を収集するため、まずは噂好きの女性型に片っ端から使ったそうですよぉ。その後、都在住の殿下の関係者には一匹残らず、なのでボクも。いや~、よく効いたなぁボクの薬は」
俺は未だへらへらしているドロイの頭を、思わず全力で殴ってしまう。するとドロイが膨れた部分を何度もさすった。
「殿下、い、痛いですぅ~」
「自白剤を無責任に流通させた当然の報い! いっそ頭蓋骨を割ってもいい位だ!」
「怒らないでくださいよ~。殿下が使ったボクの研究品の中にも、裏で流して効果を確認した物があるんですから~」
裏ルートとやらには、期せずして俺も随分世話になっていたらしい。その真実に、俺はコホンと咳払いした。少々気まずいような感じもするが、それを加味したってドロイへの文句は尽きない。
「まったくドロイよ……お前のお陰で、すっかり父に騙されたぞ。何が墓だ! 何が遺品だ!」
「だから、すみませんって謝ってるじゃないですかぁ」
ちっとも謝罪している雰囲気の無いドロイに鋭い視線を送りながら、墓と遺品が出来上がった真相を考えてみる。そこで得た結論は、ある程度の時間を掛ければ可能だろう、というものだった。
エドの情報が手元にあるのなら、生きている人間とは一切接触しないで済む。それは羽飾りや髪、遺体の入手が格段にやりやすくなる事を意味した。何せ浜辺が常時、激しい戦場になっているのだ。その場所自体には近づけないかもしれないが、やがて遺体は波に浚われ手元までやって来る。その収容と選別ならば、人魚にも出来ない事は無かった。
俺は眉間に皺を寄せつつ、遺品と墓の件に納得する。けれど、俺にはまだドロイへの疑問があった。自白剤の件を知った今は、恨み節に近くなるが――あの書状の中身に関しても、ひとこと言ってやらねばなるまい。なのでドロイを見据えたまま問い詰めようとする。
「なぜお前は俺宛ての書状に、喋ってしまった旨を記さなかった? それどころか、お前が寄越したのはエドの死の顛末だけで――いや、ちょっと待て」
俺は自分が発した内容に違和感を覚えた。よくよく考えれば、ドロイと父の書状が同じ内容になる方が、よっぽど不自然であると気づいたのだ。なぜならエドの死は捏造なので、本当にドロイが自分で調査をした場合、当然ながらエドの生存が記される事となる。それは、つまり。
「……俺宛ての書状は、父に無理やり書かされた物なのか?」
「そうなんですよぉ。殿下にいただいたものは何とか読めたんですけどねぇ、お返事の方はちょっと無理でした~」
「書状一つ自由にならんとは……だいぶきつい暮らしだったな」
ドロイが俺の読みを肯定する。自業自得と言えるけれど、情報源であるドロイは父によって身動きが取れない状態にされていたようだ。ドロイが俺に接触した瞬間に父の嘘が露見してしまうのだから、当たり前の措置だった。抜け目の無い父のこと、かなりのレベルでドロイを外界から隔離していたに違いない。
俺はドロイからの書状の文面を思い起こした。妙に淡々とした文章は、研究者らしさというよりも、嘘を書かされる虚しさが滲んでいたと考えるべきだろう。これは普段こつこつと事実を積み上げ研究しているドロイにとって、かなり不本意だったはずだ。そんな書状に対し、ドロイが何の小細工も出来ないという事態には、彼を襲っていた非日常が無言で語られている。
そうやって完成した父の作品の目的は――俺にエドの死を信じさせる、ただそれのみ。
父は上手くやったらしい。あの時ロージオから、書類の授受に対して違和感ありという報告は無かった。むしろ手渡しで行った、間違いないとの確認すら取っている。つまり、父は偽りの書状を自然な形で俺に届けようと、あくまでロージオへの手渡しに拘ったのだ。場所はもちろんドロイの研究室。取り引きは十分にドロイを脅迫してから。そこかしこに監視の人魚も控えていた事だろう。
俺がその推察をロージオとドロイへ話すと、二匹は同時に頷いた。
「……ドロイ? わざわざこの屋敷まで連れて来たのか」
「うん、彼は今回の件に深く関わっているからね」
「ドロイといえば、書状のやり取りをした程度だが……他にもあるのか?」
そう聞き返したタイミングでドロイが入室してくる。彼は相変わらず飄々としており、最後に会った時の印象と変わらない。
「お久し振りです、殿下~」
「久しいな、ドロイ。研究の虫が持ち場を離れるとは珍しいじゃないか」
俺がドロイに挨拶すると、彼はへらへらした笑いを浮かべた。ロージオはドロイを俺のベッドの傍まで案内し、二匹並んで腰掛ける。ドロイは暫く無言だったが、ロージオに肘で突かれて口を開いた。
「……あの、殿下……すみませんねぇ。今日は説明半分、謝罪半分で来たんですよぉ」
「……何があった?」
「実はボク、皇帝陛下に自白剤を使われて、色々喋っちゃったんです。エド皇子との馴れ初め、どんな人間、初めての交尾、そのほか全部。ロージオ君によると、そのせいで墓と遺品が出来上がっちゃったみたいでぇ」
軽く言われた、その告白。俺は数十秒ほど呆気に取られてから、じわじわと理解する。最初にドロイへエドの件を話した時の、包み隠さぬ質疑応答が悪い方に向かった訳だ。後々の研究品の参考になれば――と思った俺の気持ちが完全なる裏目に出てしまった。
俺は基本的に、ドロイの口の堅さを信用かつ評価している。だからこそ秘密裏に行いたいエドの調査を託す事も出来た。俺はドロイが重要な事ほど笑顔でのらりくらりとして、絶対に喋らないのを知っているのだ。
しかし俺は、その思い込みで、今の今までエドの情報がドロイ発という可能性を完全に排除してしまっていた。俺の判断は結果的に誤りだったが、自白剤などという物騒なものを使われたのなら、読み違えも致し方あるまい。父は一体どこから、そんな薬品を入手したのか――。
「ドロイよ、父の横暴でお前も災難だったな。副作用などは大丈夫だったか?」
「平気ですよぉ、ボクが作った自白剤、よく出来てたみたいで」
「……なに? お前が作った……? なぜ、それを父に使われるんだ……?」
俺が細切れに質問すると、ドロイは何故か胸を張った。
「突然の閃きと偶然から生まれた、素晴らしい自白剤だったんですよぉ! でも効果を試したくて裏ルートに流したら、陛下が入手されたみたいで」
「……はぁ!?」
「陛下はエド皇子に関する情報を収集するため、まずは噂好きの女性型に片っ端から使ったそうですよぉ。その後、都在住の殿下の関係者には一匹残らず、なのでボクも。いや~、よく効いたなぁボクの薬は」
俺は未だへらへらしているドロイの頭を、思わず全力で殴ってしまう。するとドロイが膨れた部分を何度もさすった。
「殿下、い、痛いですぅ~」
「自白剤を無責任に流通させた当然の報い! いっそ頭蓋骨を割ってもいい位だ!」
「怒らないでくださいよ~。殿下が使ったボクの研究品の中にも、裏で流して効果を確認した物があるんですから~」
裏ルートとやらには、期せずして俺も随分世話になっていたらしい。その真実に、俺はコホンと咳払いした。少々気まずいような感じもするが、それを加味したってドロイへの文句は尽きない。
「まったくドロイよ……お前のお陰で、すっかり父に騙されたぞ。何が墓だ! 何が遺品だ!」
「だから、すみませんって謝ってるじゃないですかぁ」
ちっとも謝罪している雰囲気の無いドロイに鋭い視線を送りながら、墓と遺品が出来上がった真相を考えてみる。そこで得た結論は、ある程度の時間を掛ければ可能だろう、というものだった。
エドの情報が手元にあるのなら、生きている人間とは一切接触しないで済む。それは羽飾りや髪、遺体の入手が格段にやりやすくなる事を意味した。何せ浜辺が常時、激しい戦場になっているのだ。その場所自体には近づけないかもしれないが、やがて遺体は波に浚われ手元までやって来る。その収容と選別ならば、人魚にも出来ない事は無かった。
俺は眉間に皺を寄せつつ、遺品と墓の件に納得する。けれど、俺にはまだドロイへの疑問があった。自白剤の件を知った今は、恨み節に近くなるが――あの書状の中身に関しても、ひとこと言ってやらねばなるまい。なのでドロイを見据えたまま問い詰めようとする。
「なぜお前は俺宛ての書状に、喋ってしまった旨を記さなかった? それどころか、お前が寄越したのはエドの死の顛末だけで――いや、ちょっと待て」
俺は自分が発した内容に違和感を覚えた。よくよく考えれば、ドロイと父の書状が同じ内容になる方が、よっぽど不自然であると気づいたのだ。なぜならエドの死は捏造なので、本当にドロイが自分で調査をした場合、当然ながらエドの生存が記される事となる。それは、つまり。
「……俺宛ての書状は、父に無理やり書かされた物なのか?」
「そうなんですよぉ。殿下にいただいたものは何とか読めたんですけどねぇ、お返事の方はちょっと無理でした~」
「書状一つ自由にならんとは……だいぶきつい暮らしだったな」
ドロイが俺の読みを肯定する。自業自得と言えるけれど、情報源であるドロイは父によって身動きが取れない状態にされていたようだ。ドロイが俺に接触した瞬間に父の嘘が露見してしまうのだから、当たり前の措置だった。抜け目の無い父のこと、かなりのレベルでドロイを外界から隔離していたに違いない。
俺はドロイからの書状の文面を思い起こした。妙に淡々とした文章は、研究者らしさというよりも、嘘を書かされる虚しさが滲んでいたと考えるべきだろう。これは普段こつこつと事実を積み上げ研究しているドロイにとって、かなり不本意だったはずだ。そんな書状に対し、ドロイが何の小細工も出来ないという事態には、彼を襲っていた非日常が無言で語られている。
そうやって完成した父の作品の目的は――俺にエドの死を信じさせる、ただそれのみ。
父は上手くやったらしい。あの時ロージオから、書類の授受に対して違和感ありという報告は無かった。むしろ手渡しで行った、間違いないとの確認すら取っている。つまり、父は偽りの書状を自然な形で俺に届けようと、あくまでロージオへの手渡しに拘ったのだ。場所はもちろんドロイの研究室。取り引きは十分にドロイを脅迫してから。そこかしこに監視の人魚も控えていた事だろう。
俺がその推察をロージオとドロイへ話すと、二匹は同時に頷いた。
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