人魚皇子

けろけろ

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22.凶弾

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 俺が必死で耐えていると、目的の場所が見えてきた。拷問のような時間が終わりを告げ、俺は早速エドに憑依する。
「戻ったぞ」
「お、お帰り! よかった……!」
「何がだ?」
「喧嘩っぽくなってたし、もう戻ってこないかと……!」
「互いの愛を信じているのでは無かったか?」
 俺がそう言った瞬間、エドが両手をぎゅっと握り締めた。痛いくらいだ。
「君を抱きたい、今すぐに」
「俺も断らない方だが、今はさすがに無理だ。それより――ナルネルは無事だった。お前の意見が正しかったので謝罪したい」
「……そう! ほっとしたよ……!」
 エドは喜んでから、甲板に横たわっているルパートの頭を踏む。
「こいつの力は危険だ。僕は殺す事が嫌いだから、どこか人の来ない場所に幽閉する」
「確かに、この人間を野に放つのは不安だな。こんな不思議な能力が存在するとは――」
「人魚だって、僕たち人間にとっては伝説の生き物だ。だったら何が居たっておかしくない」
「そう、そうだよお二人さん!」
 そこで意識を戻したらしいルパートが、くつくつと笑い出した。
「聞こえる聞こえるよ――面白いね、君たちは。種族が違うのに愛し合っている」
「……俺とエドは本気だ。悪いか?」
「いや、羨ましいよ。実は僕にも大切な人が居るんだ。でも彼女は、魔女だから住む世界が違うと言い訳して、お隣の国に逃げてしまったのさ」
「その魔女って……赤髪の? つい最近、うちの領土の西の森に住み始めたみたいだけど……」
 エドの問いに対し、ルパートが頷いた。俺はそのやり取りを見て、この世界には魔女まで居たのかと感心する。エドによれば、魔女は隣国からエドの国に移り住んで来て、主に占いの見料と煎じ薬を売って生計を立てているらしい。
 エドはそれを俺に説明してから、ルパートに向かって溜息を吐いた。
「……ルパート。君の迫り方が強引だったんじゃない? だから彼女は逃げたんだよ、解ってる?」
「強引にもなるさ。だって彼女は魔法を使っているせいか、僕が唯一、心を読めない存在なんだ!」
 俺とエドはこの発言で、同時に首を傾げる。ルパートはそれが面白かったのか、得意げに話を続けた。
「僕は誰の心でも読めてしまう。例えばエド皇子がいま何を考えてるかな? と思えば聞こえてきて作戦を作れるのさ。ただ、一緒に汚い思いや欲望も聞こえてくるのが難点かな。皇子様が相手でも興覚めしちゃうよね。でも魔女の心だけは読めない。だから彼女は僕の中で永遠に美しい。この気持ちは僕以外には判らないだろうなぁ」
 うっとりした様子のルパートが、俺の方をちらりと見る。俺は先ほどから「魔女を追いたいのなら軍艦などに乗っていないで、恋愛を描いた本の一つでも読めばいい」と考えていた。そのせいかルパートは、俺に向かって返答を寄越す。
「殿下、僕が艦に乗る意味はね……この戦争に勝ち、褒美として彼女と彼女が住む森を手に入れる事さ! そうしたら森の真ん中に家を建てて――ずっと二人きりで暮らすんだ!」
 この発言には、俺もエドもげんなりするしかない。戦いの動機は人それぞれだが、ルパートのそれは幼稚すぎた。俺はエドの身体を操り、這いつくばったままのルパートと視線を合わせる。
「ルパート、よく考えろ。そうしたら魔女はまた逃げて行くぞ? 逃げた先を次々に滅ぼすつもりか?」
「今度こそ逃がさない。動けない程度に傷を負わせて、僕が面倒を見る」
 そう聞いた途端、思わずぱぁんとルパートの頬を叩いていた。父に切られた尾びれの件と重なったからだ。
「例えその身が動かなくとも、心はお前の思うようにはならん! 身体という器だけが欲しいのなら、人形でも抱いていろ!」
「……偉そうに言うけど、君さぁ、何でこの戦が起こったか大もとの理由を知ってる? 僕はそれに乗っかっただけ、その下らなさに比べれば大したこと無いよ」
 ルパートの言葉に、少々だが考えを巡らす。人間が戦を起こすには、資源や利権を奪うためという理由だけで十分だ。
「そう! 人間はその程度の事で戦を起こす!」
 俺の思考を読んだルパートが、楽しげに口端を吊り上げた。
「でもねトニー殿下。そこのエド皇子は問題を円満に解決できる、うちの姫様との縁談を断ったのさ。だから思ったより早く戦が起こった。お解り? 人魚さん……うぐっ!」
 今度はサラがルパートを蹴り飛ばした為、周囲はしんと静かになった。この行動から察するに――エドの陣営は、死屍累々の戦場が俺とエドのせいだと承知していたのだ。
 それを知った俺に、強い眩暈が襲いかかってくる。ああ、身分のある人間と付き合うのに、このようなしがらみがあるとは考えが及ばなかった。エドを愛し、エドに愛される事だけが幸せで――それで良いと思っていたのに。
 俺は衝撃を受けて動けない。そこに、強くて熱い痛みが走った。脇腹の辺りだ。
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