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24.全くもって悪くない
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その時だった。俺の心がどくんと跳ねる。同時に、しゅわしゅわと消えていくような感覚を起こした為、俺は非常に困惑した。
「何だ、これは……?」
俺はエドの身体を見回した。特に異常は無い。そして、黙ったままのエドの様子からは何も異変が無いように見受けられた。つまり、この異常を感じているのは俺だけだ。
「……ああ、なるほど」
俺は暫く考え、原因に思い当たった。ドロイが言っていたじゃないか。身体と魂が離れ過ぎれば泡になる、と。だが、それは言われた時間よりもだいぶ早かった。ドロイは八時間と言っていたが、いまはせいぜい四時間――いや、ドロイが試算しただけなので、時間に固執するのは滑稽だ。
俺は呆けた様子のエドから離れた。そして水面のロージオに乗り移り、泡になる時間が来たようだと伝える。ロージオはとても慌てていたが、最期の時間をエドと共に過ごしたい旨を申し出たところ、辛そうな表情で受け入れてくれた。
「ロージオ、今までありがとう。俺はこの戦に終止符を打つため全力でエドに嫌われ、何とか隣国との縁談を纏める。お前は他の人魚を引き連れ黙って去って欲しいんだが――そのついでに、一つだけいいか?」
「な、何でも言って!」
「俺のベッドの上に宝石箱がある。中の羽飾りを俺の泡と一緒に葬ってくれ」
「殿下……!」
「ロージオよ、お前に幸福がたくさん訪れるよう祈っているからな」
ぐしゃぐしゃと崩れるロージオに別れを告げ、俺はエドの身体に向かった。エドは先程とは一転、俺を探して大暴れしている。
「……エド、落ち着け!」
「ト、トニー! いま一瞬、居なくなったでしょ!?」
「いや、居たぞ。これを言うか言うまいか、少し気持ちを整理する為に黙っていたんだ」
「……これ? 何のこと?」
俺はエドの身体を動かし、なるべく家臣の傍から離れた。そして、小さな声で囁く。
「……今まで黙っていたが、俺には婚約者がいる。その女性型は尾びれの無い俺に尽くしてくれ、今度の発情期には契りを結ぶと約束した。俺の子も産んでくれる。皇族として子孫を作る義務があるんだ。それは人間の男であるお前には出来ない事だろう?」
「は!?」
「エドよ、一時の戯れだったが楽しかったぞ。やはり人間の研究には、人間を誑し込むのが最善だな」
「トニー! 何を言って……!」
俺はこのあいだ覚えた『誑し込む』という単語を使ってみた。本当に酷い言葉だ。そのせいか、俺が消えるスピードは早まって行く。もう半分くらいは無くなってしまったのではなかろうか。なので俺は、エドに最期の別れを告げた。
「さらばエド、騙されやすい箱入り皇子。今度、人魚を見掛けた時は、せいぜい気をつける事だな――ふ、ふふ、はははは!」
「……嘘だ、君がそんな事を言う訳が! ねぇ、トニー、嘘でしょ!?」
返事はもう二度としない。俺はエドの心から抜け出た振りをして、ずっとエドの中に入っていた。このまま消えられるのなら本望だ。しかし――。
「何だろう、これ……泡? いや、それよりも――トニー、どこ? そこに居るんだよね?」
俺はエドの言葉で我に返る。見ればエドの足元からぶくぶくと真っ白な泡が生み出されていた。俺の魂が具現化しているのだろうか。泡になるのは身体の方だけ、と思っていた俺には誤算だった。
俺は不審がっているエドには申し訳ないと思いつつ、エドの中に居続けた。エドは先程からずっと、俺を心配し慌てている。やはり人間の心理は難しく、俺が全力で嫌われる作戦は失敗してしまったらしい。エドに俺への未練を残させるのは不本意だ。俺は少し残念に思ったが、エドが惜しんでくれるのも悪くないなと考え直した。
しかし――その時間にも終わりが来る。俺の意識はいよいよ薄くなり、最後らしき小さな一粒がぱちんと弾けた。視界は真っ暗。ああ、これがきっと死なのだ。上々じゃないか。最期がエドと一緒なら、全くもって悪くない――。
「何だ、これは……?」
俺はエドの身体を見回した。特に異常は無い。そして、黙ったままのエドの様子からは何も異変が無いように見受けられた。つまり、この異常を感じているのは俺だけだ。
「……ああ、なるほど」
俺は暫く考え、原因に思い当たった。ドロイが言っていたじゃないか。身体と魂が離れ過ぎれば泡になる、と。だが、それは言われた時間よりもだいぶ早かった。ドロイは八時間と言っていたが、いまはせいぜい四時間――いや、ドロイが試算しただけなので、時間に固執するのは滑稽だ。
俺は呆けた様子のエドから離れた。そして水面のロージオに乗り移り、泡になる時間が来たようだと伝える。ロージオはとても慌てていたが、最期の時間をエドと共に過ごしたい旨を申し出たところ、辛そうな表情で受け入れてくれた。
「ロージオ、今までありがとう。俺はこの戦に終止符を打つため全力でエドに嫌われ、何とか隣国との縁談を纏める。お前は他の人魚を引き連れ黙って去って欲しいんだが――そのついでに、一つだけいいか?」
「な、何でも言って!」
「俺のベッドの上に宝石箱がある。中の羽飾りを俺の泡と一緒に葬ってくれ」
「殿下……!」
「ロージオよ、お前に幸福がたくさん訪れるよう祈っているからな」
ぐしゃぐしゃと崩れるロージオに別れを告げ、俺はエドの身体に向かった。エドは先程とは一転、俺を探して大暴れしている。
「……エド、落ち着け!」
「ト、トニー! いま一瞬、居なくなったでしょ!?」
「いや、居たぞ。これを言うか言うまいか、少し気持ちを整理する為に黙っていたんだ」
「……これ? 何のこと?」
俺はエドの身体を動かし、なるべく家臣の傍から離れた。そして、小さな声で囁く。
「……今まで黙っていたが、俺には婚約者がいる。その女性型は尾びれの無い俺に尽くしてくれ、今度の発情期には契りを結ぶと約束した。俺の子も産んでくれる。皇族として子孫を作る義務があるんだ。それは人間の男であるお前には出来ない事だろう?」
「は!?」
「エドよ、一時の戯れだったが楽しかったぞ。やはり人間の研究には、人間を誑し込むのが最善だな」
「トニー! 何を言って……!」
俺はこのあいだ覚えた『誑し込む』という単語を使ってみた。本当に酷い言葉だ。そのせいか、俺が消えるスピードは早まって行く。もう半分くらいは無くなってしまったのではなかろうか。なので俺は、エドに最期の別れを告げた。
「さらばエド、騙されやすい箱入り皇子。今度、人魚を見掛けた時は、せいぜい気をつける事だな――ふ、ふふ、はははは!」
「……嘘だ、君がそんな事を言う訳が! ねぇ、トニー、嘘でしょ!?」
返事はもう二度としない。俺はエドの心から抜け出た振りをして、ずっとエドの中に入っていた。このまま消えられるのなら本望だ。しかし――。
「何だろう、これ……泡? いや、それよりも――トニー、どこ? そこに居るんだよね?」
俺はエドの言葉で我に返る。見ればエドの足元からぶくぶくと真っ白な泡が生み出されていた。俺の魂が具現化しているのだろうか。泡になるのは身体の方だけ、と思っていた俺には誤算だった。
俺は不審がっているエドには申し訳ないと思いつつ、エドの中に居続けた。エドは先程からずっと、俺を心配し慌てている。やはり人間の心理は難しく、俺が全力で嫌われる作戦は失敗してしまったらしい。エドに俺への未練を残させるのは不本意だ。俺は少し残念に思ったが、エドが惜しんでくれるのも悪くないなと考え直した。
しかし――その時間にも終わりが来る。俺の意識はいよいよ薄くなり、最後らしき小さな一粒がぱちんと弾けた。視界は真っ暗。ああ、これがきっと死なのだ。上々じゃないか。最期がエドと一緒なら、全くもって悪くない――。
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