恋のまにまに

羽元樹

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銀髪青瞳の戦国姫3

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 以前より軽く感じるドアが隔てる外の景色に目をやると、眩しい日差しが降り注ぎ一瞬視界を奪う。
 鼻から大きく息を吸うと、肺を満たすは、おひさまの香りと仄かなフローラルなリンスの香りが満ちる。
「……おはよう、翼姫」
 家から出た私に声がかけられた。
 低く静かで、包み込むような安心感を与える声だった。
 その声の主は、二軒となりに住んでいる私と同い年の幼馴染、織田深朱だった。
 幼馴染といっても、たまにすれ違うと挨拶を交わす程度で、それほど仲のいいわけではない。
 こうして声をかけられたのも、母以上に久しぶりである。
 今回は、たまたま通学途中で家の前を歩いていただけのようだ。
 時刻は7時10分。普段は7時40分頃出てギリギリ、30分で少し余裕がある感じだ。
 従って、今日はかなり早いことになる。深朱はいつもこの時間に登校しているのだろうか?
「おはようじゃ」
 扉を閉めて、ゆっくりと門扉に手をかける。
「……体は、もう大丈夫なのか?」
 私の怪訝な視線も、さして気に止めない様子で言葉を紡ぐ。
 頼れる印象与える彼は1年生にして生徒会の仕事を手伝っている優等生だ。背は高く180センチに届くくらいだろうか。中学の頃はサッカー部に所属し、活躍をしていたことを私は知っている。その細いように見えて、筋肉質の彼は『頼れるお兄さん』を具現化したような存在であろう。しかし、冷気を帯びた視線、言葉を多く発さない静寂を友とする彼の周囲には、人を寄せ付けないオーラを感じさせた。
 さすがに、生まれた頃から知っているので、そのオーラなど気にもならないのだが。
「心配をかけてすまぬな。おかげさまで壮健じゃよ」
 深朱は、その返事に僅かに頬を緩めた。
「それはよかったな」
「深朱は、どの程度知っておるのじゃ?」
 眉間の間に皺を寄せたが、それも一瞬で、皺は溶けるように姿を失った。
「……自分の知らないところで、自分のことを知られているというのは不愉快ではないのか?」
「気にはせぬよ。最近は疎遠にはなったが、幼馴染であろう?」
「……そうか。ある程度は羽衣から聞いている。羽衣を責めないでやってほしい」
「責めなどせぬよ。むしろ、羽衣が頼る相手は深朱しかおらぬのだ。相談相手になってくれた事に感謝しておるよ」
 珍しく深朱は視線を泳がせた。
「羽衣を生徒会長に推薦したのは俺だ。完璧な生徒会長であろうと無理をしているのを知っている。まぁ、相談相手くらいしかできないがな」
 少し自重めいた笑いを浮かべた深朱は、視線を私から外した。
「では、俺は生徒会があるから、先に行かせてもらう」
「おぉ、気をつけてな」
「……翼姫も気をつけてな」
「心得た」
 ゆっくりと歩き出す深朱は、ふと立ち止まり、こちらへ振り返った。
「……そのほうがいい。翼姫は翼姫だ。忘れぬようにな」
「……忘れてはおらぬよ」
「ならいい。ではな」
 深朱は深朱なりに、私ことを心配していたのだろうか。
 小さくなっていく、大きな彼の背中を眺めていた。
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