恋のまにまに

羽元樹

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銀髪青瞳の戦国姫4

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 深朱が消えていった道へとゆっくりと歩みを進める。
 おひさまと木々の香りは次第にアスファルトとコンクリートの無機質なものへと変貌していく。
 それに比例して疎らだった人の姿も増え、校舎が見えてきた頃には青と白の制服が密度を増していた。
 戦国時代では、識字率はお世辞にも高いと言えず、民への通達は基本的に平仮名で行っていた。
 とは言っても当時では世界最高水準の識字率だったという話も存在する。
 今、視界内にいる学生全てが高水準の教育を受けていると思うと、戦国時代の教育レベルを知っている私にとっては感動すら覚えるのは無理もない話しではないだろうか?
 学生の比率が増えてくると、今までは感じなかった視線というものが、まるで針の様に私にチクチクと刺さる。
 太陽を浴びて、この白に近い銀髪というのは漆黒の髪が行き交う中では、とかく目立つモノである。気にしても仕方がない。
「まぁ、今までが地味すぎたのじゃがのう」
 髪も瞳も黒くし、癖っ毛を隠すようにきつく髪を結っていた。術があるなら白い肌すら日本人の肌の色に変えたであろう。
 日本人とロシア人のハーフである私にとって、『日本人』というものに強い憧れを抱いていたのは確かであった。
 顔立ちだけでも日本人っぽかったのは、せめてもの救いである。
「あ、えっと、つばきちゃん?おはよう?」
 後ろから声をかけられ、振り向くとメガネの少女が立っていた。親友の史華だ。
「おはようじゃ。じゃが、なぜ、疑問系なのじゃ?」
 史華は歩みが遅い。私は、少し歩くペースを落とした。
 横に並ぶ形になる史華は、私に視線を送ったり、外したりを繰り返し、挙動不審だ。
「いや、あの、髪の毛、もう染めるの止めたんだ?」
「そうだったのう。クラスでは史華しか黒く染めていたのを知らなんだな」
「……う、うん。喋り方、変だね?」
「わらわもそう思っておるよ。自覚はあるのじゃが、どうにも治らんのじゃよ」
「でも、私、嫌いじゃないよ?」
「史華がそう言うてくれるだけでも安心じゃ。すまんかったのう、二週間ばかり連絡も取れんで」
 史華は激しく首を降った。
「いいのいいのっ!ういちゃんから、連絡はあったし!お医者様から携帯電話、取り上げられてたんでしょ?」
「その通りなのじゃよ。精神疾患者扱いじゃったからのう。コミュニケーションが負荷になったのではないかと疑われておったからな」
 耳にかかる髪を少しかき上げる。
「ふ、ふぁぁあああ」
「な、なんじゃ?」
「つばきちゃん、綺麗だよ……!」
「あ、ありがとうじゃ?」
 そういう史華の声は、とてもよく通り、可愛い。アニメの声優さんのようだった。本人もその道に進みたいようだが、売れるのはひと握りの世界なうえに、最近ではルックスも求められつつある声優業界に、自分を卑下する史華は『所詮、夢だ』と諦めていることを隠しはしなかった。
 彼女とは中学校からの親友で、とても大事な存在だった。
 先ほどルックスの話が出たが、彼女はメガネの奥にある大きな瞳、小柄な身長、引き締まったウエスト、バランスのいいスタイルの持ち主で、地味な装いの彼女だが、非常に魅力的でクラスメイトからの評価は高い。
 だが、内気すぎる性格が災いして、他者を寄せ付けないオーラを纏っている。
「……今、思えば……わらわたちは、よく親友になれたのう」
「そうだね。つばきちゃんと親友になれて、私、幸せだよ」
 思えば。
 昔は、そこまで暗くはなかったように思える。
 まぁ、その頃から人付き合いは苦手だったようで、友達こそ居たようだが、人数は多い方ではなかった。
 気づけば、その多くない友達もいなくなり、元々友達のいなかった私と『類は友を呼ぶ』と言わんばかりに次第に仲良くなっていったような記憶がある。もう3年も昔の話しだ。記憶の詳細が霞かかっている。
「改めて言われると恥ずかしいものじゃな」
「ずっと一緒だよ、つばきちゃん」
「あぁ、そうじゃな」
 史華は私の言葉に満足した笑顔を浮かべ、私の手を取った。
「もうすぐ校門だね。あっ、始めてじゃない?一緒に登校したの」
「そうだったかのう」
 3年だ。3年も友達をしておきながら、一緒に登校したことがないはずもないと思うのだが。
「だって、いつもつばきちゃんは、遅刻ギリギリに登校するじゃない」
「……一緒に登校した記憶も、余裕を持って登校した記憶もないのは、きっと絶姫の……」
「そ、それ、関係ないでしょ?だって、事実ないんだもん」
「……なんであろう……申し訳ないのう……」
「あ、謝らなくてもいいんだよ!」
 学生服の青と白、そして頭髪の黒。視界は三色に彩られ、あまり人ごみというモノを経験していない絶姫の立場から見れば、このいつもの光景がとても衝撃的なものに映った。絶姫の住んでいた当時の都であった京は、戦乱の渦中にあり閑散としたものだった。
 それを踏まえれば、人に囲まれるというのは存外幸せなことなのかも知れない。
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