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渋谷かな

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オリンピック、前夜4

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「私は何も変わらないんです。普通に生活はできてます。」
 彼女は入院する前に水泳の練習場に挨拶に来た。彼女は顔色も良く普段通り、ひょうひょうとしていた。特に体がフラフラであったり、髪の毛が抜けてしまったりということはない。彼女も自分が白血病になったという実感がなかった。
「入院するので、みんなはがんばって練習してください。」
「ありがとう。小池さん。早く病気を治してね。」
「一緒に東京オリンピックにでようね。」
「ありがとうございます。がんばります。」
 彼女は挨拶を終えた。水泳選手の先輩、後輩たち仲間も彼女が一日でも早く復帰することを願ってくれた。その場には温かさがあった。彼女は自分のことを心配してくれる仲間がいることを幸せに思った。これからの闘病生活をがんばって、早く水泳の舞台に戻って来たいと思った。

「ああ、スッキリした。」
 彼女は帰る前にトイレに寄った。便器に座り用事を済ませ、水を流してトイレの個室から出ようとした。
「白血病だって!」
「マジ笑う! キャッハッハ!」
 その時、トイレに水泳選手の先輩と後輩がやってきた。彼女は白血病というワードから、先輩たちが自分のことを噂話していると気づいた。
「今まで調子に乗って、試合に出まくるから病気になるんだよ!」
「小池が出たら、私たち勝てない! あいつ分かってて試合に出まくってるですよ! 私たちを潰す気ですよ!」
「ざまあみろ! 白血病で本当に死んじゃえよ!」
「これからは私たちの時代ですよ! やっとテレビやマスコミ取材が回ってくる。 CMとか決まったら、契約料のお金をいっぱいもらうんだ!」
「!?」
 彼女は言葉を失った。彼女は信じていた水泳選手の先輩と後輩に裏切られた。笑顔で私の心配をしてくれた仲間たちが、本当は普段から自分のことを嫌っていたことを知ってしまった。
「白血病じゃあ、東京オリンピックも無理だろう。水泳選手として終わりだな。」
「あいつの分の強化費が私たちに回ってきますよ。やったー!」
「キャッハッハー!!!」
 トイレから水泳選手の先輩と後輩が出て行った。再び彼女はトイレの個室で1人になった。
「・・・・・・。」
 トイレから出てきた彼女はショックを受けていた。仲間と思っていた者に裏切られることは、白血病と聞いた時よりもショックで放心状態だった。
「小池、もう終わりだろう。日本代表の強化選手から外すか?」
「!?」
 彼女は、水泳協会の社員たちが話をしている所も聞いてしまった。もう彼女の居場所は、水泳選手としていた場所に、彼女の居場所は無くなっていたことに、彼女は初めて気がついた。

 つづく。
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