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怖い夢
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下から物音が聞こえる。母の怒鳴り散らす声だ。耳が痛い。怒られてるのは弟。罵声は近づくと近づく程、はっきりしてくる。怖い怖い怖い怖い。近くになれば段々と、私も恐ろしくなってきた。何て怖いんだ。母親の声は影響力が強いと言うのは、はこれか。これはきっと、子供の本能的なものであって、怒られてるのは自分ではないのにとても怖く感じる。ここだ。階段下の物置部屋の前で立ちすくんだ。ここから、小さいながらも。微かにごにょごにょ母の声がした。家で一人、留守番中は。弟のかけるあの鬱陶しいCDの音も消え去る。余計に静かな空虚が原因だ。声が聞こえるのはもう前からということになっていた。今日こそ……。行ってやる。母親の悪事を暴きに。こないだ母とは私の事で揉めた。リスカくらいさせてくれたらいいじゃん。死ぬよりマシでしょ。彼奴ははっきり言わせてもらうと。嫌いだ。人を決めつけて判断し、圧倒的に自分が悪くても正当化しようとする。鳥みたいに声がキンキン。言いくるめてきやがる。しつこくて、陰湿で。オマケにナーバス。ワガママ鳥人間。そんな鳥人間の事だ。きっと怒る時もサイテイなんだろう。怒る姿でも写して訴えてやろう。意気込んで階段下の引き戸を開ける。物が捨てられない鳥人間は物置部屋が詰まっていた。が、躊躇うこともなく、奥の奥に続く狭い隙間をすり抜け、大きなクローゼットの前に来た。私の背丈より高いクローゼットは何か不気味なアンティークのベージュのものだ。 クローゼットの下には小物入れの様な物が三つほど引き出しとしてあって。そこを順々に開閉する。と、クローゼットが開いた。開け方は母親しか知らないが、開いた。薄暗い地下水道の様な気味悪い階段が、遥か下の下まで続き暗がりをより一層濃くしている。階段を下った記憶は無いが、目の前には開き直った様子の母がいた。廃墟のような廃れた部屋は、コンクリートに錆が付いた広い所で。私の左斜め前にこれまた広い牢屋が三つ奥に向かって連なっていた。その中の一番奥の牢に弟がいた。駆け寄ると後方から母の声が。「今さー、勉強してるんだけどー。邪魔しないで。こいつさー、やるの遅いんだよねー。だからこれぐらいするのも仕方なくない?ほんと疲れるんだけど。何でもっと早く出来ないかな!なぁ!聞いてんのかゆうと!」弟は体育座りで俯いて、ごめんなさい……と細い声で言った。今にも消えて無くなりそうな声に悲しみを感じた。「ねえ、おばさんうるさいんだけど。その怒り方辞めてよ。」私は正論を言ってると思った。だが、「やめてよ……まきちゃん……」消えそうだが、今度は芯のある声。弟からは私が悪人らしい。「私はね、ゆうとの為を思ってやってるの。勉強に付き合ってあげてるの!本当だったら、お茶碗洗ったり、掃除したりやることいっぱいあるんだから!何でママはこんな大変なのかな。こんなに頑張ってるのにゆうとはだめだめだし、なぁ!お前がちゃんとすればママは楽なのになぁ!」牢屋で俯いていたゆうとの頬を鷲掴んで、顔を上げさせた。手を離すと弟はもう俯かなかった。いや、きっと恐怖で俯けなかった……憎い。弟の哀愁感と比例する母への憎悪。待ってて、助けに来る……ふと、顔を上げると牢屋と牢屋の繋ぎ目に、橙に差す光が。覗くと遊郭のがあった。紺の法被を着た狐面の男が数人、忙しく歩き回っている。その光沢のある床を中央に気取って歩く花魁。朱の着物の中に、華やかな金縁が香った。いつの間にか辺りには牢屋などなく、てかてかの室内街が繰りなされていた。「ちょいと。おまいさん。」鼻声のような濁った声が掛かった。「こちらへ来ておくんなまし。」はっ、見つかった。手招きをされただけで、銃口を向けられたように怖い。確かに、ただ手招きをされただけなのに。やだ、やだ!来ないで……!後ろに向かって走った走っている。が、もう遊郭ではない。ここは、永遠に続く道である。後ろからは黒糸の塊のような化物が、追ってくる。両脇はコンクリの塀で、逃げ場は……ない。ずぶずぶと不安になってくる。追いつかれるかもしれない。取り殺されるかもしれない。あれ、友達に嫌われるかもしれない。今度こそ家族に疎外されるかもしれない。私は生きる意味がないかもしれない。不安だ。不安で不安が不安に不安の不安を不安を…………ぐちゃっと。あ、死んだ。
「まき!まき!起きて!もう、六時半過ぎてるよ!」
あああ、眠い。窓から漏れる陽光はまだこんなに弱々しいのに。もう、朝だ。布団に項垂れて、諦めを覚えて、温もりを去った。ひんやりとした床はアドレナリンを分泌して、あっ、急がないと、友達が待ってる。思い出させた。何か今日はだめだ。寝たのに疲れがまだまだ、残っている。昨夜は何か夢を見たな。どんな夢だっけ……?洗面台の鏡に映った階段下倉庫をまじまじと見た。影が、階段下の扉を開いているように見せたから……トーストの匂いと、生理の香り。対比が私を喜ばせた。。
「まき!まき!起きて!もう、六時半過ぎてるよ!」
あああ、眠い。窓から漏れる陽光はまだこんなに弱々しいのに。もう、朝だ。布団に項垂れて、諦めを覚えて、温もりを去った。ひんやりとした床はアドレナリンを分泌して、あっ、急がないと、友達が待ってる。思い出させた。何か今日はだめだ。寝たのに疲れがまだまだ、残っている。昨夜は何か夢を見たな。どんな夢だっけ……?洗面台の鏡に映った階段下倉庫をまじまじと見た。影が、階段下の扉を開いているように見せたから……トーストの匂いと、生理の香り。対比が私を喜ばせた。。
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