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4.第二界
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綿部兼ってああいう時代劇出たことあったんだ。
KEN WATABEのイメージが強すぎて全く知らなかった。
だがそもそも今ここにいるのは役者さんではない。
その人が演じている時代劇のキャラクター。
コウダ曰く見せ場の数分でかっこよく勝てちゃう達人だ。
声を出す一瞬だけスライディングしながら多少あの角で止まっていたが、今また兼さんは走り出している。
気持ち広がっていた距離が縮まって元に戻り、さらに縮まってきた。
ヤバイ。
あと三歩くらい?
もしかすると刀が届くところに来る。
校門はもう目前。
やるしかないのか?
百円。
どうせ当たんないだろ俺ノーコンだし。
百円。
こんな平たいの投げたことない。
百円。
でもまあなんもしないで死ぬよりましだな。
犬にフリスピーを投げる動画を思い出し、百円をつまんで横向きに腕を振る。
思いのほか勢いよく飛び出したその金属片は、真っ直ぐ横にではなく変な方向に回りながら弧を描いてスーッと伸びていった。
兼さんは走りながらその軌道から頭を動かす。
が、顔の直前から急にぐいっと斜め下に曲がった。
結果、よけた兼さんの眉間にジャストミート。
「つうっ!」
ありがとう俺のノーコン!
最初から最後まで完全にまぐれ。
きっと十円じゃなくて百円だったからだ。
ありがとう百円!
「お前なんかしたのか?」
コウダが振り返る。
「百円投げた」
「…銭形かよ」
俺世界的大泥棒を追うインターポールの警官になる気ないぞ。
しかし兼さんのかっこいいアクションシーン見てみたいなぁ。
けど今見たら俺の人生が即エンディングに突入してしまう。後で動画とかで見よう。
後で、だからな。断じて死亡フラグじゃないからな。
向こうの角にまた別の誰かの着物の端が出たのを目の端でとらえながら、兼さんが起き上がる前に校門をくぐる。
そのまま校舎内の下駄箱がだんだんと近づいてきた。
俺の足の速さが保てるのももう限界。
実際の距離は普通に短距離走だろうけど、気持ち的には42.195キロ走りきる直前の感じ。
当然校庭のほうなど見る余裕もない。
下駄箱へ駆け込み勢いよく蹴りあがると、足元のすのこがミシミシきしんだ。
安い人工芝風の緑のマットに足をのせて踏ん張る。
マットが滑った。
前に進まずその場で出した次の一歩もマットにのったがまたちょっと滑った。
が、その次の一歩でこの靴でも滑らないリノリウムの床を踏みしめる。
すぐ手前には階段。
廊下には誰もいない。渡りに船ってこれか。
「3階は教室がないから上がったほうが安全だと思う」
校門付近に数人、火盗も含めた着物の男がうちの学校のセーラー服と混ざり合っているのが見えた。
「了解。上がるぞ」
一気に駆け上がる。
1階から2階。
一応2階の廊下を見るが、だれもいない。
そしてそのまま3階建て校舎の3階に行きつくと、改めて階下を見た。
1階から2階の階段には若干俺たちが上った足跡がある。
だが3階に上がる階段にはほぼ見えない。
あの緑のマットで大部分の土が落ち、1階から2階でほぼ完全に落ち切ったのだろう。
コウダははぁはぁ言いながらそれでも廊下のほうを見ている。
誰もいない。
校庭からのあのリズミカルな爆音のBGM以外、校舎内は静かだった。
コウダと俺の、はぁーっという吐息がかぶる。
「歩こう。そのほうがまだ足音が聞こえる」
コウダは吐く息と一緒に何とか言葉を出した。
「できれば誰もいない教室に入るのが望ましい」
コウダも俺も息切れしながら体をまっすぐに起こす。
汗だく。垂れてきた汗を袖で拭った。
大通りでゆっくりと歩くいていた時よりちょっと早足くらいの歩速で3階を進みだす。
廊下の窓は誰もいないのに全開。
多少吹き込む風が爽やかだ。
「なんの教室がある?」
「家庭科室、視聴覚室なんかの特殊教室ばっかり」
「一番階段から遠いのはどこだ?」
「理科室か、視聴覚室」
「じゃあ理科室だ。机が固い」
理由それかよ。
「こうなったら人間は全員敵だからな」
首をかしげると、騒ぎ起こしちゃったし火盗改ってつまり警官だから市民は全面協力だ、とのこと。
「残り時間は」
「10分。
校舎を出ようにも多分もう追っ手の火盗達が到着してるだろうから、出るのはあきらめる。
逃げの一手ならなんとかなるだろう」
理科室はドアも窓も全開。
さっきの屋敷では雪が降ったのに、ここは夏っぽい。
理科室の様子自体は普段と変わったところはほぼなく、いつも通り椅子はすべて机の下にしまわれていた。
たろうとはなこが隣り合っているくらい。
掃除中に『イチャイチャさせよーぜ』と言って誰かが移動させたりするから、まあこれもいつも通りと言って差し支えないだろう。
黒い理科室の机は窓から差し込む光を吸収して多少あったかくなっていた。
お説教時に手をついた時と同じだった。
だから、隠れるところは机の下くらいだ。
椅子をどけようとしたところ、コウダに止められた。
「これだと椅子が出っ張って普段と違うからばれる。
ばれたときも机が備え付けだから、その場から逃げられん。
足音がしたら死角になるような机の影に隠れよう」
今のところ気配はない。
窓から校庭は見えず、追っ手がどうなっているかはわからない。
覗いて見つかったら嫌だった。
教室の窓側、たろうのすぐ脇を通る。
あのカンニング冤罪のお説教現場だ。
BGMは全く違うものの、嫌な記憶がよみがえる。
見ても見ても薄笑いはその時と変わらなかった。
なくなった飛び道具、これでいいか。
たしかここ、肝臓…だったよな。これはさくっと外せたはず。
たろうの腹部のそれをひっぱった。
ぎぎぎぎっ
俺じゃない。
ぎっ
動いた。たろうが自発的に。
「コウダ」
「ん?」
コウダは返事をしながらあたりを見回している。
ぎぎぎぎっぎっ
かしゃかしゃかしゃ
たろうは肝臓を半分つかみだしていた俺の手を振り払い、自分の肝臓を自分の腹に押し戻す。
結構音がするからさすがにコウダも変だと思ったのか振り返った。
はなこはたろうを気遣うように見つめている。
たろうははなこの目…いや眼窩をみて頷いた。
示し合わせたように同時にこっちを向く。
「これって人間に入る?」
「いいことはない…と思う」
そういう俺たちを見ながら、たろうはおもむろにはなこの肩に腕を回し、空いている手でしっしっと俺たちを追い払うような仕草をした。
ムカつく。
ムカついてる場合じゃないけど。
「下手にさわらないほうがよさそうだね」
「そうだな」
骨ばった彼女とお幸せに。
目に入った飛び道具によさそうなものは、あとは試験管立てくらいか。
手に取ってちらりと見返すと、たとうとはなこは元の位置に戻り、横目で俺たちを見ている。
今のところこの世界の人間よりもだいぶ安全そうだった。
「こっち」
コウダに引っ張られた。
「なに?」
「足音」
教室の奥の机の影に隠れる。
ぱたっ
ぱたっ
斜め向こう、俺たちが入ってきたのと同じ方向から足音がしたから、ここは死角のはずだ。
学校指定のスリッパとそっくりの音だったけど誰だ。
たろうを見ると、右手で親指を立てるジェスチャーをして頷いた後戻って止まった。
そして多少窓からの風で揺れるはなこに対し、たろうはどっしり構えて微動だにしない。
任せろってことか?
コウダは鞄を静かに探り、大きめの手鏡を取り出した。
斜めに向けて日光が入らない絶妙な位置から机の向こう側を映す。
鏡の中で長細くうっすらと弧を描いた銀色のそれは、『中』でだいぶ見慣れた形だった。
「たろう、はなこ」
女の人だ。もうちょっとで姿が映る。
もうちょっと。
…最悪だ。
そこに映ったのは日本刀を手にした安藤さんだった。
KEN WATABEのイメージが強すぎて全く知らなかった。
だがそもそも今ここにいるのは役者さんではない。
その人が演じている時代劇のキャラクター。
コウダ曰く見せ場の数分でかっこよく勝てちゃう達人だ。
声を出す一瞬だけスライディングしながら多少あの角で止まっていたが、今また兼さんは走り出している。
気持ち広がっていた距離が縮まって元に戻り、さらに縮まってきた。
ヤバイ。
あと三歩くらい?
もしかすると刀が届くところに来る。
校門はもう目前。
やるしかないのか?
百円。
どうせ当たんないだろ俺ノーコンだし。
百円。
こんな平たいの投げたことない。
百円。
でもまあなんもしないで死ぬよりましだな。
犬にフリスピーを投げる動画を思い出し、百円をつまんで横向きに腕を振る。
思いのほか勢いよく飛び出したその金属片は、真っ直ぐ横にではなく変な方向に回りながら弧を描いてスーッと伸びていった。
兼さんは走りながらその軌道から頭を動かす。
が、顔の直前から急にぐいっと斜め下に曲がった。
結果、よけた兼さんの眉間にジャストミート。
「つうっ!」
ありがとう俺のノーコン!
最初から最後まで完全にまぐれ。
きっと十円じゃなくて百円だったからだ。
ありがとう百円!
「お前なんかしたのか?」
コウダが振り返る。
「百円投げた」
「…銭形かよ」
俺世界的大泥棒を追うインターポールの警官になる気ないぞ。
しかし兼さんのかっこいいアクションシーン見てみたいなぁ。
けど今見たら俺の人生が即エンディングに突入してしまう。後で動画とかで見よう。
後で、だからな。断じて死亡フラグじゃないからな。
向こうの角にまた別の誰かの着物の端が出たのを目の端でとらえながら、兼さんが起き上がる前に校門をくぐる。
そのまま校舎内の下駄箱がだんだんと近づいてきた。
俺の足の速さが保てるのももう限界。
実際の距離は普通に短距離走だろうけど、気持ち的には42.195キロ走りきる直前の感じ。
当然校庭のほうなど見る余裕もない。
下駄箱へ駆け込み勢いよく蹴りあがると、足元のすのこがミシミシきしんだ。
安い人工芝風の緑のマットに足をのせて踏ん張る。
マットが滑った。
前に進まずその場で出した次の一歩もマットにのったがまたちょっと滑った。
が、その次の一歩でこの靴でも滑らないリノリウムの床を踏みしめる。
すぐ手前には階段。
廊下には誰もいない。渡りに船ってこれか。
「3階は教室がないから上がったほうが安全だと思う」
校門付近に数人、火盗も含めた着物の男がうちの学校のセーラー服と混ざり合っているのが見えた。
「了解。上がるぞ」
一気に駆け上がる。
1階から2階。
一応2階の廊下を見るが、だれもいない。
そしてそのまま3階建て校舎の3階に行きつくと、改めて階下を見た。
1階から2階の階段には若干俺たちが上った足跡がある。
だが3階に上がる階段にはほぼ見えない。
あの緑のマットで大部分の土が落ち、1階から2階でほぼ完全に落ち切ったのだろう。
コウダははぁはぁ言いながらそれでも廊下のほうを見ている。
誰もいない。
校庭からのあのリズミカルな爆音のBGM以外、校舎内は静かだった。
コウダと俺の、はぁーっという吐息がかぶる。
「歩こう。そのほうがまだ足音が聞こえる」
コウダは吐く息と一緒に何とか言葉を出した。
「できれば誰もいない教室に入るのが望ましい」
コウダも俺も息切れしながら体をまっすぐに起こす。
汗だく。垂れてきた汗を袖で拭った。
大通りでゆっくりと歩くいていた時よりちょっと早足くらいの歩速で3階を進みだす。
廊下の窓は誰もいないのに全開。
多少吹き込む風が爽やかだ。
「なんの教室がある?」
「家庭科室、視聴覚室なんかの特殊教室ばっかり」
「一番階段から遠いのはどこだ?」
「理科室か、視聴覚室」
「じゃあ理科室だ。机が固い」
理由それかよ。
「こうなったら人間は全員敵だからな」
首をかしげると、騒ぎ起こしちゃったし火盗改ってつまり警官だから市民は全面協力だ、とのこと。
「残り時間は」
「10分。
校舎を出ようにも多分もう追っ手の火盗達が到着してるだろうから、出るのはあきらめる。
逃げの一手ならなんとかなるだろう」
理科室はドアも窓も全開。
さっきの屋敷では雪が降ったのに、ここは夏っぽい。
理科室の様子自体は普段と変わったところはほぼなく、いつも通り椅子はすべて机の下にしまわれていた。
たろうとはなこが隣り合っているくらい。
掃除中に『イチャイチャさせよーぜ』と言って誰かが移動させたりするから、まあこれもいつも通りと言って差し支えないだろう。
黒い理科室の机は窓から差し込む光を吸収して多少あったかくなっていた。
お説教時に手をついた時と同じだった。
だから、隠れるところは机の下くらいだ。
椅子をどけようとしたところ、コウダに止められた。
「これだと椅子が出っ張って普段と違うからばれる。
ばれたときも机が備え付けだから、その場から逃げられん。
足音がしたら死角になるような机の影に隠れよう」
今のところ気配はない。
窓から校庭は見えず、追っ手がどうなっているかはわからない。
覗いて見つかったら嫌だった。
教室の窓側、たろうのすぐ脇を通る。
あのカンニング冤罪のお説教現場だ。
BGMは全く違うものの、嫌な記憶がよみがえる。
見ても見ても薄笑いはその時と変わらなかった。
なくなった飛び道具、これでいいか。
たしかここ、肝臓…だったよな。これはさくっと外せたはず。
たろうの腹部のそれをひっぱった。
ぎぎぎぎっ
俺じゃない。
ぎっ
動いた。たろうが自発的に。
「コウダ」
「ん?」
コウダは返事をしながらあたりを見回している。
ぎぎぎぎっぎっ
かしゃかしゃかしゃ
たろうは肝臓を半分つかみだしていた俺の手を振り払い、自分の肝臓を自分の腹に押し戻す。
結構音がするからさすがにコウダも変だと思ったのか振り返った。
はなこはたろうを気遣うように見つめている。
たろうははなこの目…いや眼窩をみて頷いた。
示し合わせたように同時にこっちを向く。
「これって人間に入る?」
「いいことはない…と思う」
そういう俺たちを見ながら、たろうはおもむろにはなこの肩に腕を回し、空いている手でしっしっと俺たちを追い払うような仕草をした。
ムカつく。
ムカついてる場合じゃないけど。
「下手にさわらないほうがよさそうだね」
「そうだな」
骨ばった彼女とお幸せに。
目に入った飛び道具によさそうなものは、あとは試験管立てくらいか。
手に取ってちらりと見返すと、たとうとはなこは元の位置に戻り、横目で俺たちを見ている。
今のところこの世界の人間よりもだいぶ安全そうだった。
「こっち」
コウダに引っ張られた。
「なに?」
「足音」
教室の奥の机の影に隠れる。
ぱたっ
ぱたっ
斜め向こう、俺たちが入ってきたのと同じ方向から足音がしたから、ここは死角のはずだ。
学校指定のスリッパとそっくりの音だったけど誰だ。
たろうを見ると、右手で親指を立てるジェスチャーをして頷いた後戻って止まった。
そして多少窓からの風で揺れるはなこに対し、たろうはどっしり構えて微動だにしない。
任せろってことか?
コウダは鞄を静かに探り、大きめの手鏡を取り出した。
斜めに向けて日光が入らない絶妙な位置から机の向こう側を映す。
鏡の中で長細くうっすらと弧を描いた銀色のそれは、『中』でだいぶ見慣れた形だった。
「たろう、はなこ」
女の人だ。もうちょっとで姿が映る。
もうちょっと。
…最悪だ。
そこに映ったのは日本刀を手にした安藤さんだった。
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