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6.第三界
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当の本人はそんな俺になど気付きもしないままキャリーケースを開けている。
取り出したスピーカーは左右の石の上に配置。
さらに丁度その真ん中に折りたたみ式の椅子を広げる。
何かセットアップ中? だったらチャンス!
コウダもそう考えたようだ。
「右斜め後ろにあとずさって壁際を直進」
植え込みの裏に少し戻って迂回し、駅舎に寄ったらいけるんじゃないかということらしい。
黙って頷き足音を立てないように斜めに、そして壁についてからは直進すると、佐藤のいる区画の隣にある植え込みに到着した。
近付いたけどあの位置からなら確かにここは死角。隙間から佐藤も観察できる好ポイント。
但し駅舎の駅改札のある入り口からは二人共丸見え。あそこからは誰も出てこないよう願うしかない。
ごそごそしてた佐藤はセットアップを終わらせて椅子に腰かけたようだ。
ぷっ…ピッ
静けさの中に響く軽やかな電子音が空気をピンと張り詰めさせる。
何か始まるのか?
…ピッ……
ちゃーっちゃららっちゃっ
広場中に大音量が広がると、脳裏にちょっと前の音楽の授業が蘇った。
ちゃらちゃっちゃーちゃらちゃっちゃっ
『威風堂々』。
こんなところでイントロをおさらいできるとは。テストに出てもばっちり。じゃなくって。
駅前の商業ビル外壁のくらがりにはプロジェクションマッピングの画像。
12個あるその全てに佐藤が写っている。
『中』でここまで見て来た佐藤も含まれていた。
と、駅改札のある入り口から一人、佐藤が現れる。
こっちにきたら? と一瞬思ったけど取り越し苦労だったようだ。
その佐藤は全力疾走で椅子に腰かけた佐藤に重なって消えた。同時に画面も1つ消える。
一人、また一人佐藤が佐藤に重なって、画面も消えていく。
腰かけた佐藤は空を仰ぎ見ていた。
俺、どうかしてる。でも誰かに言いたくてしょうがない。
この情景にピッタリの言葉が思い浮かんでしまった。
この人しかいないし、嫌な顔されるだろうけど…。
「一個だけ、言っていい?」
この危機的状況。なのにどうしてもどうしても言いたい。
馬鹿なんじゃないか? 俺。
「早く言え」
苛立ちを隠さないものの許可は出た。
よし、じゃあ、言うぞ。
「すっげえ中二病っぽいね」
コウダは口を手でおおった。目尻が多少下がって、肩が震えている。
だよね!! やっぱそう思うよね!!!
自意識過剰感パネェっていうかさ!!
いや、まあ、わかるよ。わかるけどさ。
実際に佐藤、超デキるやつだし。うまいことやれてるし。
あいつの生き方ってか世の中観がコウダと予想したとおりなら、この展開…ズレては、いない。
うん。まあそうか、確かにねって感じ。
だから、『そうだよね』で終わり、問題ないっちゃないんだけど。でもこれ、ねぇ…。
コウダが言ってた佐藤っぽい人間像のーー『高給取りでデキるビジネスパーソン』的なーー人の『中』もこんな中二病感満載なのかなぁ。
いやいや、またまたぁ。 …うん、でも、えぇー…? なんだかなぁ…。
ここまで佐藤の『中』で見て来た色々とか、日頃の佐藤の様子も含め、総合的に判断すると。
俺だったらヤだな、こういう生き方。
佐藤全員が重なって、画面が全て消えたその時だった。
佐藤のすぐ後ろの植え込みから人が躍り出た。
田室。
手には包丁。
田室はそれを佐藤の背中に垂直になるように持ち、真っ直ぐ突進していった。
うそだろ。
佐藤は後ろを向いたままそっと横に避け、振り返る。
更に田室は上から振り下ろしにかかった。
が、今度は腕ごと止められた。田室が動かそうとしてもびくともしない。
これも実話か?
…多分そうだろう。
田室は真っ赤な顔だし、佐藤は例によって冷静そのもの。
田室が諦めたように力を抜いた。手を下ろし、包丁を握る手を開く。
が。
佐藤はその包丁を掴み、田室の手を下から支えた。
改めてその柄の部分をゆっくりと、しかし確かに田室の両手に握らせる。
何か話しているようだがボリュームがデカすぎて全く聞こえない。
そして一歩下がって立ち、両手を広げて大の字になった。
サイレント映画って見たことないけど、こんな感じなんだろうか。
田室は包丁を持ったまま震え、それを振り上げ、泣きながら地面に突き刺し、抜き、突き刺し。
そしてそこにもう一人。
田室を背にして再び広場の方を向いた佐藤の正面にそいつは現れた。
鶴見。
黒い帯を締めた道衣。
瞬き一つせず睨むような顔で一礼し、佐藤に対して構える。佐藤も構えた。
鶴見の道衣、空手のだったか。
そして始まった。
構えは全然違うけど動きそのものは割と似てる。
ただ実力差が大きい。
1回目。5秒。
佐藤の掌打。
2回目。7秒
佐藤の突き。
鶴見は文字通りでも足も出ていない様子で屈んで佐藤を見上げた。苦しそうに歯噛みしている。
そして3回目。
鶴見が佐藤の目を指で潰しに行った。
それ、反則なんじゃないのか?
佐藤はお見通しかのように、目潰しを払ってからの前蹴り。
そこまでやっても、6秒。
鶴見は地面、恐らく段差の下に飛ばされた。大丈夫か?
佐藤は冷静な顔で構えすら解いて立っている。
立ち上がった田室と登ってきた鶴見が、佐藤を挟んで目を合わせた。
鶴見が田室に向かって何か叫んでいる。たぶん口の動きと表情からすると、『見てんじゃねえよ!』。
佐藤に一礼し、体を引きずるように段を下りて見えなくなっていく鶴見。
その後に続くように見えなくなっていく田室。
二人の後ろ姿に目もくれず、服についた何かを払い落として再び冷静に腰かける佐藤。
なんなんだこれ。
あいつら、友達、なんだよな?
佐藤、あんなことされて、それでも普段は普通に喋ったりしてて。
あんだけなんでもできたらもっと、鼻持ちならない奴になってても不思議じゃないのに。
本当に普段の佐藤はそんな様子微塵もない。匂わせもしない。
「あいつ、すげえな」
諦めでも嫌味でもなく、田中に対するのとも違う純粋な敬意が、ぽっと口をついて沸きあがった。
視界には佐藤だけ。
阻害情報のない純粋な音楽に満たされ、佐藤は座ったまままた上を向いた。
あとたぶん5~6分。
全部、終わったのか?
「残念、まだ続きがあるみたいだぞ」
コウダの呟きにその目線の先を追うと、東京駅入り口からまた人が出てきた。
…やばいんじゃね? あいつ。
見慣れたシルエット。
というより見飽きたシルエット。
どこでといえば、家の姿見で。
音楽が止まった。
俺二号は、無音になった東京駅の入り口で辺りを見回している。
それからゆっくりとした足取りで進み出し、そのまま真っ直ぐ駅から離れていく。
佐藤はすくっと立ち上がると走り出した。
その走りが織り成す聞き覚えのあるリズム。
去年の体育祭のリレー。
スタート直後の隣、中盤は左斜め後ろの、むこうからしたら抜かせそうで抜かせないむちゃくちゃもどかしいポジション、そして徐々に再び近付き、最後胸の差になって俺がゴールテープを切るまでの間ずっと聞こえていた佐藤のピッチだった。
それは俺の良く言えばのんびり、悪く言えばだらしない足音に向かっていき、その両方が同時に止まった。
静まり返る。
絶対に佐藤と俺二号がいるのに、誰も居なくなったようだ。
動くのも危険か? でも見えないのも危険な気が。
もやもやしているうちに、その沈黙は破られた。
佐藤の、普段とは違う声色。
空気全体を震えさせるような、地の底から響き渡るような、物凄い声量の怒鳴り声で。
「相羽!! いつもいつもちょろちょろちょろちょろ…僕はお前が大っっっっっっっっっっっ嫌いなんだよ!!!」
もしかして俺、裏番に目ぇ付けられてる?
取り出したスピーカーは左右の石の上に配置。
さらに丁度その真ん中に折りたたみ式の椅子を広げる。
何かセットアップ中? だったらチャンス!
コウダもそう考えたようだ。
「右斜め後ろにあとずさって壁際を直進」
植え込みの裏に少し戻って迂回し、駅舎に寄ったらいけるんじゃないかということらしい。
黙って頷き足音を立てないように斜めに、そして壁についてからは直進すると、佐藤のいる区画の隣にある植え込みに到着した。
近付いたけどあの位置からなら確かにここは死角。隙間から佐藤も観察できる好ポイント。
但し駅舎の駅改札のある入り口からは二人共丸見え。あそこからは誰も出てこないよう願うしかない。
ごそごそしてた佐藤はセットアップを終わらせて椅子に腰かけたようだ。
ぷっ…ピッ
静けさの中に響く軽やかな電子音が空気をピンと張り詰めさせる。
何か始まるのか?
…ピッ……
ちゃーっちゃららっちゃっ
広場中に大音量が広がると、脳裏にちょっと前の音楽の授業が蘇った。
ちゃらちゃっちゃーちゃらちゃっちゃっ
『威風堂々』。
こんなところでイントロをおさらいできるとは。テストに出てもばっちり。じゃなくって。
駅前の商業ビル外壁のくらがりにはプロジェクションマッピングの画像。
12個あるその全てに佐藤が写っている。
『中』でここまで見て来た佐藤も含まれていた。
と、駅改札のある入り口から一人、佐藤が現れる。
こっちにきたら? と一瞬思ったけど取り越し苦労だったようだ。
その佐藤は全力疾走で椅子に腰かけた佐藤に重なって消えた。同時に画面も1つ消える。
一人、また一人佐藤が佐藤に重なって、画面も消えていく。
腰かけた佐藤は空を仰ぎ見ていた。
俺、どうかしてる。でも誰かに言いたくてしょうがない。
この情景にピッタリの言葉が思い浮かんでしまった。
この人しかいないし、嫌な顔されるだろうけど…。
「一個だけ、言っていい?」
この危機的状況。なのにどうしてもどうしても言いたい。
馬鹿なんじゃないか? 俺。
「早く言え」
苛立ちを隠さないものの許可は出た。
よし、じゃあ、言うぞ。
「すっげえ中二病っぽいね」
コウダは口を手でおおった。目尻が多少下がって、肩が震えている。
だよね!! やっぱそう思うよね!!!
自意識過剰感パネェっていうかさ!!
いや、まあ、わかるよ。わかるけどさ。
実際に佐藤、超デキるやつだし。うまいことやれてるし。
あいつの生き方ってか世の中観がコウダと予想したとおりなら、この展開…ズレては、いない。
うん。まあそうか、確かにねって感じ。
だから、『そうだよね』で終わり、問題ないっちゃないんだけど。でもこれ、ねぇ…。
コウダが言ってた佐藤っぽい人間像のーー『高給取りでデキるビジネスパーソン』的なーー人の『中』もこんな中二病感満載なのかなぁ。
いやいや、またまたぁ。 …うん、でも、えぇー…? なんだかなぁ…。
ここまで佐藤の『中』で見て来た色々とか、日頃の佐藤の様子も含め、総合的に判断すると。
俺だったらヤだな、こういう生き方。
佐藤全員が重なって、画面が全て消えたその時だった。
佐藤のすぐ後ろの植え込みから人が躍り出た。
田室。
手には包丁。
田室はそれを佐藤の背中に垂直になるように持ち、真っ直ぐ突進していった。
うそだろ。
佐藤は後ろを向いたままそっと横に避け、振り返る。
更に田室は上から振り下ろしにかかった。
が、今度は腕ごと止められた。田室が動かそうとしてもびくともしない。
これも実話か?
…多分そうだろう。
田室は真っ赤な顔だし、佐藤は例によって冷静そのもの。
田室が諦めたように力を抜いた。手を下ろし、包丁を握る手を開く。
が。
佐藤はその包丁を掴み、田室の手を下から支えた。
改めてその柄の部分をゆっくりと、しかし確かに田室の両手に握らせる。
何か話しているようだがボリュームがデカすぎて全く聞こえない。
そして一歩下がって立ち、両手を広げて大の字になった。
サイレント映画って見たことないけど、こんな感じなんだろうか。
田室は包丁を持ったまま震え、それを振り上げ、泣きながら地面に突き刺し、抜き、突き刺し。
そしてそこにもう一人。
田室を背にして再び広場の方を向いた佐藤の正面にそいつは現れた。
鶴見。
黒い帯を締めた道衣。
瞬き一つせず睨むような顔で一礼し、佐藤に対して構える。佐藤も構えた。
鶴見の道衣、空手のだったか。
そして始まった。
構えは全然違うけど動きそのものは割と似てる。
ただ実力差が大きい。
1回目。5秒。
佐藤の掌打。
2回目。7秒
佐藤の突き。
鶴見は文字通りでも足も出ていない様子で屈んで佐藤を見上げた。苦しそうに歯噛みしている。
そして3回目。
鶴見が佐藤の目を指で潰しに行った。
それ、反則なんじゃないのか?
佐藤はお見通しかのように、目潰しを払ってからの前蹴り。
そこまでやっても、6秒。
鶴見は地面、恐らく段差の下に飛ばされた。大丈夫か?
佐藤は冷静な顔で構えすら解いて立っている。
立ち上がった田室と登ってきた鶴見が、佐藤を挟んで目を合わせた。
鶴見が田室に向かって何か叫んでいる。たぶん口の動きと表情からすると、『見てんじゃねえよ!』。
佐藤に一礼し、体を引きずるように段を下りて見えなくなっていく鶴見。
その後に続くように見えなくなっていく田室。
二人の後ろ姿に目もくれず、服についた何かを払い落として再び冷静に腰かける佐藤。
なんなんだこれ。
あいつら、友達、なんだよな?
佐藤、あんなことされて、それでも普段は普通に喋ったりしてて。
あんだけなんでもできたらもっと、鼻持ちならない奴になってても不思議じゃないのに。
本当に普段の佐藤はそんな様子微塵もない。匂わせもしない。
「あいつ、すげえな」
諦めでも嫌味でもなく、田中に対するのとも違う純粋な敬意が、ぽっと口をついて沸きあがった。
視界には佐藤だけ。
阻害情報のない純粋な音楽に満たされ、佐藤は座ったまままた上を向いた。
あとたぶん5~6分。
全部、終わったのか?
「残念、まだ続きがあるみたいだぞ」
コウダの呟きにその目線の先を追うと、東京駅入り口からまた人が出てきた。
…やばいんじゃね? あいつ。
見慣れたシルエット。
というより見飽きたシルエット。
どこでといえば、家の姿見で。
音楽が止まった。
俺二号は、無音になった東京駅の入り口で辺りを見回している。
それからゆっくりとした足取りで進み出し、そのまま真っ直ぐ駅から離れていく。
佐藤はすくっと立ち上がると走り出した。
その走りが織り成す聞き覚えのあるリズム。
去年の体育祭のリレー。
スタート直後の隣、中盤は左斜め後ろの、むこうからしたら抜かせそうで抜かせないむちゃくちゃもどかしいポジション、そして徐々に再び近付き、最後胸の差になって俺がゴールテープを切るまでの間ずっと聞こえていた佐藤のピッチだった。
それは俺の良く言えばのんびり、悪く言えばだらしない足音に向かっていき、その両方が同時に止まった。
静まり返る。
絶対に佐藤と俺二号がいるのに、誰も居なくなったようだ。
動くのも危険か? でも見えないのも危険な気が。
もやもやしているうちに、その沈黙は破られた。
佐藤の、普段とは違う声色。
空気全体を震えさせるような、地の底から響き渡るような、物凄い声量の怒鳴り声で。
「相羽!! いつもいつもちょろちょろちょろちょろ…僕はお前が大っっっっっっっっっっっ嫌いなんだよ!!!」
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