新説 六界探訪譚

楕草晴子

文字の大きさ
50 / 133
6.第三界

13

しおりを挟む
「おい、なんとか言えよ!」
 やばい。演説に聞き入ってて声が段々でかくなってたことに全く気付いてなかった。
 佐藤に追われて俺二号ともども元々佐藤がいた記念撮影スポットに戻ってる。
 声がデカいのもあるけど、今の一言が俺に直接言ってるように聞こえる。
 実際の佐藤は俺二号に詰め寄り、今にもつかみかかりそうだった。
 佐藤、たぶんその俺二号が俺そっくりの出来なら、お前の叫びに答える能力ないぞ。
 お前だって分かってるはずだ。
 多分『…?』か『どうやってこいつから逃げるか』、このどっちかでいっぱいいっぱい。
 第三者的に聞いてた俺でさえ、だいたい当たってそうっていうざっくりしたところと、佐藤も俺と同じおっぱい星人だってことぐらいしか理解できなかった。
 あれだけ女子引きつれておいて、安藤さんにも目つけているなんて。
 今の話自体、武藤さんあたりに聞かれてたらちょっとした修羅場じゃないのか?
 コウダはいつの間にか俺から5歩くらい離れた場所に移動してゲートを取り出している。
 俺も向こうに行かないと。今ならまだ。
「あっ、武藤さん!!」
 普段の佐藤でも『中』の佐藤でもない声。
 俺二号から発せられた、普段聞きなれない俺の声だった。
 佐藤が俺二号の指差した方を振り返る。
 やっぱ俺二号。ここで武藤さんの名前を出すとは。
 が、言うや否や、ソイツは向こうではなくこちら側に走ってきた。
 予想通り逃げることしか考えてねーーー!!
 よりによってなんでこっちなんだ。
 広場側に逃げりゃいいじゃんかよぉ!
 最高速度でやってくる俺二号。
 高台になっているあの植え込みから降りると、真っ直ぐに俺を見つめた。
 おいおい、手引きにあったダメパターンそのまんまだろ。
 俺がこの世界に2人。
 不整合。
 まてよ。てことはあいつもこっちに来るパターンじゃね?
 体は本能で動いた。
 数歩の距離を全力で走ってコウダの横へ。
 でも俺二号との差は全く縮まらない。 
 だよネーーー。
 俺二号も俺だもんネーーー。
「出るぞ!」
 コウダの横で貼りかけたゲートを見る。
 そして後方確認。
 俺二号は目の前。
 そしてそのまま俺に突進。
 コウダを巻き込んで俺をその場に押しつぶした。
「あっ」
 コウダがゲートをうまく貼れなかったようだ。俺の下敷になったゲートを引き抜いている。
 もう俺二号は退いたのか? 最初三段重ねだったから俺二号の下敷と言ってもいいか。
 いや、俺らの下敷?
 同じ人間が二人いるとややこしい!
 そのまま普通にしゃがみ直してるからコウダに怪我はないらしい。
 俺も姿勢を立て直さないと。よっと。
 そしたら丁度俺の顔の前にあった。
 俺二号の顔。
 …殺される。
 俺二号の瞳の中に、俺が写っていた。
 俺二号は俺の顔から視線を外す。
 ん?
 でもって後ろをチラッと見る。
 俺もそっちを見る。
 佐藤が来ていた。
 そして俺二号は、俺の顔を再び見て。
 親指を立ててグッと握るジェスチャーをすると。
 そのまま無言で走り去った。
 あいつ押し付けて逃げやがったなぁぁぁあぁあああアアあああ!!!!!!!
「貼れた!!」
 コウダは言うと同時に下半身をゲートにすべり込ませている。
 佐藤は!?
 いた。
 俺から約1m。
 初めてだ、あんな佐藤。
 顔が真っ赤。
 ただでさえデカい目が見開かれているとああも迫力があるか。
 背後から『ゴゴゴゴゴ…』とかってなんか出ててもおかしくない。
 おかしくないどころかむしろノー背景の今よりもそのほうがしっくりくるっていうか。
 その佐藤は俺二号から目を離し、瞬きもせず俺を凝視している。
 やばいやばいやばいやばいやばい!!
 コウダはもう出た。
 あとは俺。
 下半身をゲートに突っ込む。
 佐藤が左足を踏み込んだ。
 地面に手を付けて肘を曲げる。
 脚はゲートの外で廊下に着地出来たか?
 くそっ、もうちょい。
 入ったのは腰くらいの高さだった。まだつま先しか。
 でも貼ったゲートは地面すれすれで垂直。
 上半身と頭も地面に突っ伏したような姿勢になっている。
 ちょっとだけ首を上げて『中』を見上げた。
「ちょろちょろするのもお前で」
 佐藤の片脚が見えない。
 ってことは後ろに引いてる?
 俺の頭、思いっきり蹴る気か。
 空手とテニスとその他スポーツ諸々で鍛えた佐藤の脚力によるキック。
 当たったら首の骨折れる。
 今回は自力脱出するんだ俺!!
「『侵入者』もお前かよぉぉおおお!!!!」
 佐藤は右足を引いて斜めから蹴り出した。俺の頭に向かって。
 ほぼ同時に曲げた肘を全力で伸ばし、後ろに上体を移動させた。
 佐藤の足はゲートの中、俺の頭があったところを空振りしている。
 ゲートの貼られたその向こうには、男子便へと消える佐藤が見える。
 コウダがジッパーを閉めると、放射状に伸びる線と赤い点が浮かんでいた。
 戻ってきた。
 ぺりっとゲートを剥がしたコウダ。体の砂を払っている。
「もう俺行くから。お前も教室戻る前に砂はらってから行けよ。
  事後のあれこれは明日またいつもの時間と場所で」
 俺が砂を払いだすと、コウダは階段を下っていった。
 男子便は佐藤だけだろうか。物音もしない。
 東京駅じゃなくて、いつもの学校だった。
 戻るか。
 そう思って体を返したものの、足が重い。
 そりゃそうだ。1時間みっちり走り回ったんだから。
 まだ午後授業あんだよな。最悪。
 教室のドアをあけると冷房の効いた空気が涼しい。
 矢島と四月一日はもう弁当をしまっていた。
「おかえり」
「ただいま」
「アイちゃんなんか疲れてない? 便所でそんな頑張った?」
 頷くのが限界だった。
「調子悪いんだったら無理は禁物だよ。てかデコのあれは?」
 四月一日の優しい言葉はほぼ耳に入らず机に突っ伏する。
 枕にすべく出した腕に傷が当たった。痛てて。
「もー。いわんこっちゃない」
 ポケットから脱脂綿を取り出し、デコに貼り直し。
 その後、昼休みの残り全てを睡眠に割り当てたにもかかわらず、午後の授業全てで居眠りをかまし、その全てで教師に声をかけられたのはまた別の話だ。
 それらの居眠り群は全てバレなかった。
 よかった。
 今日までの一週間ツいてた。
 アウトにならず、スリーアウトにならず、ゲームセットにもならず。
 ああそうだ、あと一個あった。
 佐藤のあの叫び。分かってすげえすっきりした。
 やっぱ、うんこだったんだな。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

半竜皇女〜父は竜人族の皇帝でした!?〜

侑子
恋愛
 小さな村のはずれにあるボロ小屋で、母と二人、貧しく暮らすキアラ。  父がいなくても以前はそこそこ幸せに暮らしていたのだが、横暴な領主から愛人になれと迫られた美しい母がそれを拒否したため、仕事をクビになり、家も追い出されてしまったのだ。  まだ九歳だけれど、人一倍力持ちで頑丈なキアラは、体の弱い母を支えるために森で狩りや採集に励む中、不思議で可愛い魔獣に出会う。  クロと名付けてともに暮らしを良くするために奮闘するが、まるで言葉がわかるかのような行動を見せるクロには、なんだか秘密があるようだ。  その上キアラ自身にも、なにやら出生に秘密があったようで……? ※二章からは、十四歳になった皇女キアラのお話です。

クラス最底辺の俺、ステータス成長で資産も身長も筋力も伸びて逆転無双

四郎
ファンタジー
クラスで最底辺――。 「笑いもの」として過ごしてきた佐久間陽斗の人生は、ただの屈辱の連続だった。 教室では見下され、存在するだけで嘲笑の対象。 友達もなく、未来への希望もない。 そんな彼が、ある日を境にすべてを変えていく。 突如として芽生えた“成長システム”。 努力を積み重ねるたびに、陽斗のステータスは確実に伸びていく。 筋力、耐久、知力、魅力――そして、普通ならあり得ない「資産」までも。 昨日まで最底辺だったはずの少年が、今日には同級生を超え、やがて街でさえ無視できない存在へと変貌していく。 「なんであいつが……?」 「昨日まで笑いものだったはずだろ!」 周囲の態度は一変し、軽蔑から驚愕へ、やがて羨望と畏怖へ。 陽斗は努力と成長で、己の居場所を切り拓き、誰も予想できなかった逆転劇を現実にしていく。 だが、これはただのサクセスストーリーではない。 嫉妬、裏切り、友情、そして恋愛――。 陽斗の成長は、同級生や教師たちの思惑をも巻き込み、やがて学校という小さな舞台を飛び越え、社会そのものに波紋を広げていく。 「笑われ続けた俺が、全てを変える番だ。」 かつて底辺だった少年が掴むのは、力か、富か、それとも――。 最底辺から始まる、資産も未来も手にする逆転無双ストーリー。 物語は、まだ始まったばかりだ。

レディース異世界満喫禄

日の丸
ファンタジー
〇城県のレディース輝夜の総長篠原連は18才で死んでしまう。 その死に方があまりな死に方だったので運命神の1人に異世界におくられることに。 その世界で出会う仲間と様々な体験をたのしむ!!

【超速爆速レベルアップ】~俺だけ入れるダンジョンはゴールドメタルスライムの狩り場でした~

シオヤマ琴@『最強最速』発売中
ファンタジー
ダンジョンが出現し20年。 木崎賢吾、22歳は子どもの頃からダンジョンに憧れていた。 しかし、ダンジョンは最初に足を踏み入れた者の所有物となるため、もうこの世界にはどこを探しても未発見のダンジョンなどないと思われていた。 そんな矢先、バイト帰りに彼が目にしたものは――。 【自分だけのダンジョンを夢見ていた青年のレベリング冒険譚が今幕を開ける!】

27歳女子が婚活してみたけど何か質問ある?

藍沢咲良
恋愛
一色唯(Ishiki Yui )、最近ちょっと苛々しがちの27歳。 結婚適齢期だなんて言葉、誰が作った?彼氏がいなきゃ寂しい女確定なの? もう、みんな、うるさい! 私は私。好きに生きさせてよね。 この世のしがらみというものは、20代後半女子であっても放っておいてはくれないものだ。 彼氏なんていなくても。結婚なんてしてなくても。楽しければいいじゃない。仕事が楽しくて趣味も充実してればそれで私の人生は満足だった。 私の人生に彩りをくれる、その人。 その人に、私はどうやら巡り合わないといけないらしい。 ⭐︎素敵な表紙は仲良しの漫画家さんに描いて頂きました。著作権保護の為、無断転載はご遠慮ください。 ⭐︎この作品はエブリスタでも投稿しています。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

【完結】ご都合主義で生きてます。-ストレージは最強の防御魔法。生活魔法を工夫し創生魔法で乗り切る-

ジェルミ
ファンタジー
鑑定サーチ?ストレージで防御?生活魔法を工夫し最強に!! 28歳でこの世を去った佐藤は、異世界の女神により転移を誘われる。 しかし授かったのは鑑定や生活魔法など戦闘向きではなかった。 しかし生きていくために生活魔法を組合せ、工夫を重ね創生魔法に進化させ成り上がっていく。 え、鑑定サーチてなに? ストレージで収納防御て? お馬鹿な男と、それを支えるヒロインになれない3人の女性達。 スキルを試行錯誤で工夫し、お馬鹿な男女が幸せを掴むまでを描く。 ※この作品は「ご都合主義で生きてます。商売の力で世界を変える」を、もしも冒険者だったら、として内容を大きく変えスキルも制限し一部文章を流用し前作を読まなくても楽しめるように書いています。 またカクヨム様にも掲載しております。

処理中です...