新説 六界探訪譚

楕草晴子

文字の大きさ
51 / 133
7.箱庭の檻

1

しおりを挟む
われわれが、この一生に、喜怒哀楽を繰り返さなければならんのは、いったい何のためなのか、誰のためなのか

『霜葉は二月の花に似て紅なり』芽盾 より

**********

「もう一度いいます。くれぐれも先っちょ触らないように! じゃあ、作業始めて下さーい!」
 熱い先端が濡れたスポンジに押し付けられた瞬間に発生するジュッという音。
 技術室の机1つにつき2つ、はんだゴテの数だけ立ち上る細い煙。
 部屋に充満する臭いは体に悪そうなのにくせになりそうで。
 授業中という状況もあいまって、それは背徳感を漂わせた。
 俺の手元にある茶色の板の穴は、その源である銀色の針金が予定通りトロけて埋めた。
「山田さん、終わった」
「えっ…て、えっとぉ…取り敢えずそこ置いといて」
 山田さんは部品の足を曲げ直し終わり、説明書を見ながら基板の穴に差しているところだった。
 はんだゴテをスタンドに置いてしばし待つ。冷めたところで完成した基板に通電。
 音が出るのを確認していると、はんだゴテを持った向井が俺を凝視した。
 …ゴムが焼ける臭い。向井の手元が出所だった。
「向井君、コード焼けてる」
「え、あっ!!」
 俺の手が伸びる前に向井は慌ててスタンドにコテを戻した。
 シールを貼ったら制作キットのラジオは完成。
 どうしよう。全部終わってしまった。
 他のやつが作ってるの見ててもなぁ。
「相羽、進め過ぎ」
 技術担当、『だよね』のイワさんは、青白く頬の痩けた今にも消えそうな顔で俺の頭上にふらっと影を落とした。ゴム臭で寄ってきたか。
「パーツ差し終わったとことはんだ付け終わったとこでチェックするから手あげろって説明、聞いてなかったんだよね。もっかい全部開けて」
 呼び寄せたのはゴム臭じゃなくて俺が出した音だったようだ。向井、それで俺の方見てたのか。
 渋々プラスドライバーを手にとる。
 イワさんは隣の島からさらに向こうを見て、チラッと俺の手元を見て、結局戻って来た。
 取り出した中の基板を差し出すと、裏表、そしてまた裏とひっくり返して眺め、
「間違えてるとこないしきれいに付いてるけど、話聞いてなかった奴には当然加点無しだよね」
 出来がいいってことならまあいいか。
 家に持って帰ったら親父が夜な夜なビスを外してこそっと中を開くはず。鼻で笑われる事はなさそうだ。
 小学校の頃休みの日にちょっと親父がいじってるヤツを触らせてもらったときなんか駄目出しの嵐でボコボコにされた気分だった。
 それどころか、作り出して途中で分からなくなった子供向け科学雑誌の付録ーー初回限定で安かったからって珍しく買ってくれたーーを診てもらいに行った時なんて、訳知り顔でどれどれとそのまま付録を横取り。
 鼻歌交じりで楽しげに格闘してさくっとほぼ完璧に直した挙句、口頭解説付のドヤ顔で返されたときのショックといったら無かった。
 だからその後1,2回小遣いを捻出して工作キットを買った。
 それがまずかったのかもしれない。
 親父は息子がそっち方面に興味アリと見たらしく、スキマ時間に英才教育に取りかかった。
 土曜日やごく稀に取れた平日休みの夕方、連れられて秋葉原の店内の入り組んだ棚やぶら下がるコードを眺めながら、バラでいるものだけ買うかバルク品を買うかした方が安い、もしくは壊れたやつどっかで拾うか誰かから貰うのが一番安いと知った。
 ニッパやらはんだゴテやらの小学生にはちょっと危ない作業のときは見ててくれもした。
 今は親父とアキバなんて行かないし、俺がなんかやってても親父が側に付いてることはない。
 慣れたし、いたらいたで口出してきてめんどくさいし。
 なによりあの頃と違って金出してくれないし。
 そういう家電しか使ったことないせいで、友達の家の小型家電がどれも真新しいのが子供心に不思議でしょうがなかった。
 本体表面が変色してない。メタリックカラーなら全体がメタリックカラーのままで、一部だけ塗装がハゲて白いプラスチックが剥き出しなんてことはない。絶縁テープで止めてある箇所なんて勿論ない。
 違和感は今も拭えないでいる。
 手元に出来上がった教材のラジオにしても家のラジオとは雲泥の差。
 なにせUSB充電までできるんだから、 親父が大喜びすること間違いなしの学校土産になるだろう。
 多分ビスの外しやすさにニヤニヤし、広々と分かり易く描かれた回路と穴のデカさを見て、ほほぅって顔して面白がった後、きれいに現状復帰、ってコースだな。
 いつも思うんだけど、夜中にやれば俺にバレないとでも思ってるのか、親父。ビスの閉め具合でわかるって。
 しかし今回の実習、2時間ぶち抜きのうちまるっとあと40分は残ってる。
 どうすっかな。
 技術の教科書のページの角っこを意味もなくぱらぱら捲る。
 閃いて端っこにシャーペンでマルを書き、適当に手足を生やして針金人間にした。
 秋休みまであと2週間を切っている。つまり、敬老の日直後の体育祭まで、あと1週間を切ったということ。
 ピンクと青のボンボン作成も終わり、ホームルームがそれを使った応援の練習に当てられている。
 体育がない日も洗濯物が出る。時々生乾き。汗をかかないようにして洗濯物を減らしたい。
 でも100m走の練習を手抜きしてたら、恐らく女子の誰かになんか言われることだろう。
 向こうのほうでスポンジにコテの先っちょ擦り過ぎと注意されてる山田ーー紛らわしいことに山田は二人いて両方とも女子。おとなしい『山田さん』といろいろアバウトな『山田』で呼び分けをしているーーあたりは大声で騒ぎそうだった。
 このまえ『中』で激昂した佐藤に言われてたのでなおのこと。
 直後は消化不良、出てからだってコウダが俺の紐を外したのに気付かないくらい疲れ果ててたから脳裏をよぎりもしなかったんだけど、今になってみて細かくセリフを覚えてる自分にびっくりする。
 改めて順番に思い起こした。
 よく見てるなぁというところと、そりゃ違うだろというところと。
 喋るの苦手なのも人付き合い苦手なのもそうだけど、開き直りたくて開き直ってるわけじゃない。それしかやりようないからだ。
 勉強についてはできないし興味もないからまあ能力と興味の一致、目が細いのは確かにその点役に立ってるさ。
 でもな、女子受けが悪い原因もそのへんにあるんだから、もうちょっと同情してくれよ。俺だって女子『あしらう』なんて言ってみたいもんだ。
 自分から言い出したか向こうからか知らないけど、断らずにそれぞれと仲良く歩いてて悪い気はしてないってことなら文句言う筋合いねぇぞ。
 『ときどきそれっぽいこと言ってる』? 俺はいつも大真面目だ。いつもちゃんと思ってること言ってるよ。
 言われた相手が嫌な気分になることもあるかもしれないけど、意見の相違ってやつじゃないか。
 あと、俺の方が足速いっていうのは誤解だ。
 去年の体育祭については確かに佐藤より先にゴールしたけど、あのときの胸の差は瞬発力の発揮によるものではない。
 しみじみと切ない去年の出来事を振り返った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ガチャから始まる錬金ライフ

あに
ファンタジー
河地夜人は日雇い労働者だったが、スキルボールを手に入れた翌日にクビになってしまう。 手に入れたスキルボールは『ガチャ』そこから『鑑定』『錬金術』と手に入れて、今までダンジョンの宝箱しか出なかったポーションなどを冒険者御用達の『プライド』に売り、億万長者になっていく。 他にもS級冒険者と出会い、自らもS級に上り詰める。 どんどん仲間も増え、自らはダンジョンには行かず錬金術で飯を食う。 自身の本当のジョブが召喚士だったので、召喚した相棒のテンとまったり、時には冒険し成長していく。

この争いの絶えない世界で ~魔王になって平和の為に戦いますR

ばたっちゅ
ファンタジー
相和義輝(あいわよしき)は新たな魔王として現代から召喚される。 だがその世界は、世界の殆どを支配した人類が、僅かに残る魔族を滅ぼす戦いを始めていた。 無為に死に逝く人間達、荒廃する自然……こんな無駄な争いは止めなければいけない。だが人類にもまた、戦うべき理由と、戦いを止められない事情があった。 人類を会話のテーブルまで引っ張り出すには、結局戦争に勝利するしかない。 だが魔王として用意された力は、死を予感する力と全ての文字と言葉を理解する力のみ。 自分一人の力で戦う事は出来ないが、強力な魔人や個性豊かな魔族たちの力を借りて戦う事を決意する。 殺戮の果てに、互いが共存する未来があると信じて。

異世界で農業を -異世界編-

半道海豚
SF
地球温暖化が進んだ近未来のお話しです。世界は食糧難に陥っていますが、日本はどうにか食糧の確保に成功しています。しかし、その裏で、食糧マフィアが暗躍。誰もが食費の高騰に悩み、危機に陥っています。 そんな世界で自給自足で乗り越えようとした男性がいました。彼は農地を作るため、祖先が残した管理されていない荒れた山に戻ります。そして、異世界への通路を発見するのです。異常気象の元世界ではなく、気候が安定した異世界での農業に活路を見出そうとしますが、異世界は理不尽な封建制社会でした。

男女比1:15の貞操逆転世界で高校生活(婚活)

大寒波
恋愛
日本で生活していた前世の記憶を持つ主人公、七瀬達也が日本によく似た貞操逆転世界に転生し、高校生活を楽しみながら婚活を頑張るお話。 この世界の法律では、男性は二十歳までに5人と結婚をしなければならない。(高校卒業時点は3人) そんな法律があるなら、もういっそのこと高校在学中に5人と結婚しよう!となるのが今作の主人公である達也だ! この世界の経済は基本的に女性のみで回っており、男性に求められることといえば子種、遺伝子だ。 前世の影響かはわからないが、日本屈指のHENTAIである達也は運よく遺伝子も最高ランクになった。 顔もイケメン!遺伝子も優秀!貴重な男!…と、驕らずに自分と関わった女性には少しでも幸せな気持ちを分かち合えるように努力しようと決意する。 どうせなら、WIN-WINの関係でありたいよね! そうして、別居婚が主流なこの世界では珍しいみんなと同居することを、いや。ハーレムを目標に個性豊かなヒロイン達と織り成す学園ラブコメディがいま始まる! 主人公の通う学校では、少し貞操逆転の要素薄いかもです。男女比に寄っています。 外はその限りではありません。 カクヨムでも投稿しております。

お隣さんはヤのつくご職業

古亜
恋愛
佐伯梓は、日々平穏に過ごしてきたOL。 残業から帰り夜食のカップ麺を食べていたら、突然壁に穴が空いた。 元々薄い壁だと思ってたけど、まさか人が飛んでくるなんて……ん?そもそも人が飛んでくるっておかしくない?それにお隣さんの顔、初めて見ましたがだいぶ強面でいらっしゃいますね。 ……え、ちゃんとしたもん食え? ちょ、冷蔵庫漁らないでくださいっ!! ちょっとアホな社畜OLがヤクザさんとご飯を食べるラブコメ 建築基準法と物理法則なんて知りません 登場人物や団体の名称や設定は作者が適当に生み出したものであり、現実に類似のものがあったとしても一切関係ありません。 2020/5/26 完結

【改訂版】槍使いのドラゴンテイマー ~邪竜をテイムしたのでついでに魔王も倒しておこうと思う~

こげ丸
ファンタジー
『偶然テイムしたドラゴンは神をも凌駕する邪竜だった』 公開サイト累計1000万pv突破の人気作が改訂版として全編リニューアル! 書籍化作業なみにすべての文章を見直したうえで大幅加筆。 旧版をお読み頂いた方もぜひ改訂版をお楽しみください! ===あらすじ=== 異世界にて前世の記憶を取り戻した主人公は、今まで誰も手にしたことのない【ギフト:竜を従えし者】を授かった。 しかしドラゴンをテイムし従えるのは簡単ではなく、たゆまぬ鍛錬を続けていたにもかかわらず、その命を失いかける。 だが……九死に一生を得たそのすぐあと、偶然が重なり、念願のドラゴンテイマーに! 神をも凌駕する力を持つ最強で最凶のドラゴンに、 双子の猫耳獣人や常識を知らないハイエルフの美幼女。 トラブルメーカーの美少女受付嬢までもが加わって、主人公の波乱万丈の物語が始まる! ※以前公開していた旧版とは一部設定や物語の展開などが異なっておりますので改訂版の続きは更新をお待ち下さい ※改訂版の公開方法、ファンタジーカップのエントリーについては運営様に確認し、問題ないであろう方法で公開しております ※小説家になろう様とカクヨム様でも公開しております

はずれスキル念動力(ただしレベルMAX)で無双する~手をかざすだけです。詠唱とか必殺技とかいりません。念じるだけで倒せます~

さとう
ファンタジー
10歳になると、誰もがもらえるスキル。 キネーシス公爵家の長男、エルクがもらったスキルは『念動力』……ちょっとした物を引き寄せるだけの、はずれスキルだった。 弟のロシュオは『剣聖』、妹のサリッサは『魔聖』とレアなスキルをもらい、エルクの居場所は失われてしまう。そんなある日、後継者を決めるため、ロシュオと決闘をすることになったエルク。だが……その決闘は、エルクを除いた公爵家が仕組んだ『処刑』だった。 偶然の『事故』により、エルクは生死の境をさまよう。死にかけたエルクの魂が向かったのは『生と死の狭間』という不思議な空間で、そこにいた『神様』の気まぐれにより、エルクは自分を鍛えなおすことに。 二千年という長い時間、エルクは『念動力』を鍛えまくる。 現世に戻ったエルクは、十六歳になって目を覚ました。 はずれスキル『念動力』……ただしレベルMAXの力で無双する!!

処理中です...