新説 六界探訪譚

楕草晴子

文字の大きさ
74 / 133
9.閑話休題

5

しおりを挟む
 教室で昼飯を食い終わって暫く。
 この100m走が終わってくれればあとはもうなんてことない。
 色々なのも、何もかも。なんてことない。そうだ。
 暑さでへばりそうになりながら順番待ち。
 この待機場所に降り注ぐ日光はジリジリと肌を焼いていく。
 ゴールしたその先の日陰で多少は楽になるだろう。
 ピーーーッ!
 ホイッスルでスタートラインまで進んで並び、屈む。
「位置について」
 クラウチングスタートーーそういう名前だってこの前保健体育の授業でやったーーの姿勢になるべく手の親指と人差し指を開いてスタートラインと並行に地面につける。
 ぶっちゃけ今年、俺が出る回は注目されない。
「よーい」
 前を向く。ゴールがはっきりと見える。
 パーン!
 スローモーションの景色。
 俺の左右には誰もいない。
 真っ直ぐ開けた視界と近くなる白いテープ。
 遠くなる左右の足音。
 歓声が消え。
 俺の足は、俺の意識の一寸後から付いてくる。
 もっと早く動けばいいのに。
 もっともっと。
 思うのと同じくらい、全部が早ければいいのに。
 もう少し。
 あと、少し。
 ゴールテープが腹にひっかかって左右にはためく。
 足の回転を落としていくと、それは地面にぱたっと落ちた。
 振り返ると他の4人が五月雨にゴールインしている真っ最中。
 この映像、写真に残せたらいいのに。
 夏のワンシーンっぽく皆やりきった感じの表情は、『#青春』でタグをつけてもいいくらいで。
 俺が覚えとく以外ないのを残念に思いながら日陰にある1番の旗の後ろに並ぶと、風が運ぶ砂が汗ばんだ肌に張り付いた。
 体操座りして一息つく。
 他の奴らも同じ横列で一息付いていた。
 これにて今年の体育祭は一件落着。
 ていうか、出来レースなのだ。
 佐藤みたいな対抗馬がいないため、どうあがいても俺より前は取れないだろうという見込みのもと、他のクラスは基本、クラスで一番足が遅いやつらをあてがっていた。
 おかげで俺が足を止めて振り返るというくらいの時間差ができたわけで。そして楽できるわけで。
 だから俺史上でも、今年の体育祭は飛び抜けて存在感が薄かった。
 他の奴には絶対言えないけど。
 クラスの持ち場ではこの2つ後の種目である騎馬戦出場者たちが集い出してる模様。
 その中で矢島がそわそわしてるのが見える。
 チビだとそれだけで上に載せられて大変だなぁ。
 成長期ありがとう。
 俺、これからも背ぇ伸びるかな?
 あの家に済むには不便な高さではあるんだけど、もうちょっとあった方が様になると思う。
 親父は抜かしたけど、理想としてはコウダなんだよなぁ。もちろん、身長だけね。
 退場の合図で立ち上がる。
 隊列の隙間から次の、女子2年100m出場者がスタート地点の最前列に並んでるのが見えた。
 その中に武藤さんがいる。
 すっと立つあの姿。
 ギクリとさせられる。否応無しだ。
 バレエで鍛えた体は首筋まできれいに一直線になって。
 そっか、これにも出るんだっけ。
 他の男子に続いてそそくさと退場門を出るのと同時に女子が位置についた。
 門を出た男子の群れは、速やかにバラバラになって隙間が広がり、さっきよりもトラックの中がよく見える様になる。
 丁度パーンと音が鳴った。
 一直線だった最前列はへの字に。
 武藤さんの手足は男子よりゆっくり、でもリーチを生かして確実に他の女子より早めに前に進んでいる。
 『中』でのジャンプの助走も、そんな感じだったな。
 違う。
 今は違うんだ。
 浮かんだあのときの景色ーー光と液体と醜態と白い部屋ーーを振り払う。
 喉の奥に残る苦味。
 それでも今グラウンド上にいる武藤さんの行く末を見守った。
 への字は台形になり、武藤さんともう一人が並ぶ。
 その二人だけがより前に、もっと前に出て行き。
 熱っぽい歓声のなか、そのままほぼ同着でゴールラインを切った。
 どっちだ?
 武藤さんはロングヘアのポニーテールを揺らし、息を切らせてゆっくり歩き。
 そして振り返った。
 精悍な横顔は、同着になった相手をキッと睨みつける。
 きれいだった。
 きれいな夕日をみるのと同じように、それはきれいだった。
 そうか。
 喉の奥の苦味が薄まっていく。
 あのときはああだった。
 いまは、どこかおなじかもしれないけど、どこかはちがった。
 だからこうなった。
 そういうこともある。
 そういうことだねコウダ。
 『中』の武藤さんと佐藤と弐藤さんが何を意味するのか。
 それは俺の中で無くなりはしない暗い影だ。
 でも、それがなにかはともかく。
 武藤さんはそれだけの人じゃない。
 佐藤も、安藤さんも、川藤さんだって。
 急に体育祭を自ら極力無心に過ごしていたように思いはじめ、なんとなく辺りを見回す。
 俺にとってどうってことない彼等は、どうってことない今日またはどうってことある今日を各々やってるんだろう。
 自分の持ち場に戻る手前、保護者席から声がした。
「すげージャン、相羽ク~ン!」
「おめでとう」
 四月一日のお父さんと、たぶん矢島のお父さんーーだって全然雰囲気違うのにすげぇソックリだもん。身長まで…ーーだった。
 あわわ…取り敢えず会釈。
 向こうは合わせて会釈して、そのままパパ友トークに戻っていった。
 この咄嗟のあいさつらへんをやれるようになったのは、じいちゃんと安藤の爺と川藤さんのおかげ。
 にしてもびっくりした~。
 四月一日のお父さんは一応面識あるけど一応程度。矢島のお父さんなんて初対面だ。
 さささっと席に戻り、足を伸ばすのもなんだか居心地が悪い気がしてちっちゃくちっちゃく腕で膝を抱え込んだ。
 四月一日と俺の間にいる何人かは騎馬戦に出るので誰もおらず、四月一日が笑っているのがよく見える。
 四月一日は長い筋肉質な腕をぐいーんと伸ばして俺の二の腕を人差し指でツンツン。
 こそばゆくって益々丸まり、腕の上からチラリと視線を向けると、だだっと近寄ってくる。
 で、体操座りからの体当たり。
 転がりそうになってすのこに手をつくと、不可抗力で固まっていた体が解れて足も延びた。
「よっす」
 ニヤけた四月一日からの謎の合言葉に、こっちも体当たりで応戦する。
 四月一日の前に座る向井にすのこから振動が伝わったのだろう。
 怪訝な顔を俺達二人に向けたあとさっきまでの俺みたいなちっちゃい体操座り。
 トラックから女子が居なくなり、グラウンドに入場した男子が二手に別れて広がる。
 矢島が乗っかった3人組を見つけ俺が指さすと、四月一日共々ヤジを飛ばした。
 しかしそのヤジは後ろの女の人の声援でかき消された。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

聖女の力は使いたくありません!

三谷朱花
恋愛
目の前に並ぶ、婚約者と、気弱そうに隣に立つ義理の姉の姿に、私はめまいを覚えた。 ここは、私がヒロインの舞台じゃなかったの? 昨日までは、これまでの人生を逆転させて、ヒロインになりあがった自分を自分で褒めていたのに! どうしてこうなったのか、誰か教えて! ※アルファポリスのみの公開です。

退屈令嬢のフィクサーな日々

ユウキ
恋愛
完璧と評される公爵令嬢のエレノアは、順風満帆な学園生活を送っていたのだが、自身の婚約者がどこぞの女生徒に夢中で有るなどと、宜しくない噂話を耳にする。 直接関わりがなければと放置していたのだが、ある日件の女生徒と遭遇することになる。

宮廷画家令嬢は契約結婚より肖像画にご執心です!~次期伯爵公の溺愛戦略~

白妙スイ@1/9新刊発売
恋愛
男爵令嬢、アマリア・エヴァーレは絵を描くのが趣味の16歳。 あるとき次期伯爵公、フレイディ・レノスブルの飼い犬、レオンに大事なアトリエを荒らされてしまった。 平謝りしたフレイディにより、お詫びにレノスブル家に招かれたアマリアはそこで、フレイディが肖像画を求めていると知る。 フレイディはアマリアに肖像画を描いてくれないかと打診してきて、アマリアはそれを請けることに。 だが絵を描く利便性から、肖像画のために契約結婚をしようとフレイディが提案してきて……。 ●アマリア・エヴァーレ 男爵令嬢、16歳 絵画が趣味の、少々ドライな性格 ●フレイディ・レノスブル 次期伯爵公、25歳 穏やかで丁寧な性格……だが、時々大胆な思考を垣間見せることがある 年頃なのに、なぜか浮いた噂もないようで……? ●レオン フレイディの飼い犬 白い毛並みの大型犬

完 弱虫のたたかい方 (番外編更新済み!!)

水鳥楓椛
恋愛
「お姉様、コレちょーだい」  無邪気な笑顔でオネガイする天使の皮を被った義妹のラテに、大好きなお人形も、ぬいぐるみも、おもちゃも、ドレスも、アクセサリーも、何もかもを譲って来た。  ラテの後ろでモカのことを蛇のような視線で睨みつける継母カプチーノの手前、譲らないなんていう選択肢なんて存在しなかった。  だからこそ、モカは今日も微笑んだ言う。 「———えぇ、いいわよ」 たとえ彼女が持っているものが愛しの婚約者であったとしても———、

王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません

きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」 「正直なところ、不安を感じている」 久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー 激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。 アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。 第2幕、連載開始しました! お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。 以下、1章のあらすじです。 アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。 表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。 常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。 それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。 サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。 しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。 盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。 アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?

異世界と地球がダンジョンで繋がった ー異世界転移者の私ー

白木夏
ファンタジー
2040年の初春、突如として地球上の主要都市に謎のダンジョンが出現した。 その特異性は明らかで、人口密集地を中心に出現し、未開の地には一切現れないという法則性を帯びていた。 人々は恐怖に震えつつも、未知なる存在に対する好奇心を抑えきれなかった。 異世界転移した最強の主人公のほのぼのライフ 主人公はあまり戦ったりはしません。

処理中です...