新説 六界探訪譚

楕草晴子

文字の大きさ
75 / 133
9.閑話休題

6

しおりを挟む
「しょうーーー! ファイトーーーー!!!」
 気合入ってるな。誰だろう。
 振りかえってみる。
 あ。
 日傘をさしたその人は、さっきのあの美人。
 タオルでぬぐってるのはもはや目元の汗だけ。
 なおも匂い立つような色気が残るのは造形の妙としか言いようがない。
 でも…、後ろのほうがスゲぇ…。
 そこにいるのは。
 頑張れー! と口では言いながら、掲げるスマホORカメラと明らかに違う至近距離に焦点を合わせ、鼻の穴が多少膨らんでる誰かのお父さん達。
 同じく、いったれー! と口では言いながら、瞼をぴくぴくさせてお父さんを睨むお母さん達。
 騎馬戦以上の至近距離で成される迫力のワンシーン。
 目を背けよう。そうしよう。うん。
 ぶんっという風切り音がしそうな速度で前を向いて応援を~。
「2組ーーー!」
 声を出すことに専念すること暫し。
 ワーーーーーッ!!
 勝負あったようだ。
 うちのクラスは4位。まあそんなもんだろう。
 佐藤が大量得点したものの、他はぼちぼち。
 そして戻って来たやつら。それなりの擦り傷ができている者多数。
「しょう! だいじょうぶ!?」
 さっきの美人が凄い勢いで保護者の人込みをかき分けて、一人の生徒に駆け寄っていく。
 だれだそいつ? 
 名字も多少うろ覚えの俺には難易度高いけど、あの佐藤でさえ難易度高いのか。美人の行く先を目で追ってるのが分かる。
 お父さん方などなど、誰もが目を逸らせないその人が駆け寄る先。
「だいじょぶだよ、かあちゃん」
 まぢで!!!!
 そう思ったのは俺だけじゃなかったみたいだ。
 さっきのお父さん、クラスの野郎ども、お爺ちゃんまで、皆目のサイズが3割増し。
 返事をしたのは田中。
 『しょう』って名前だったんだ田中。
「ほんとに? 結構派手に転んでたし…」
 不安げにかがんだ田中のお母さんの顔と田中の顔が並ぶ。
 田中の脚はぜんぜんつやつや。
 見てなかったけど、派手にどころか、ちょっとヨロめいたぐらいだろう。
 なんなら今日真っ直ぐ走る以外何もしてない俺の脚の方が先日の『中』のせいで余程傷だらけだ。
 汗だくの田中のお母さんは、鞄から真新しいタオルを出して田中の汗を拭こうとするも、タオルは田中によって引っ手繰るように奪われた。
 お母さんの美貌のせいで田中まで注目の的。
 言われてみれば確かに白さ加減と艶やかさ加減は良く似ていた。
 なんか、残念。
 でもそれ言ったら俺だってその残念の一人か。
 あの2人を神がかった手腕で超いい感じに錬成してたら、イケメンになっていた可能性だってあったわけだから。
 遺伝子ってそういうもんだよ、うん。
 しかし田中、この注目の浴び方、超不本意だろうなぁ。
 『ぺろぺろ星人』払拭のために静かにしてたのに。
 やっぱ、親、来ない方が楽そうだよな。
 無言で縦に首を振って前を向き、なんとなくビシッと体操座りする。
 気を取り直そう。
 体育祭に絡めて、別のこと考えよう。
 言いきかせるように内心連呼すると、丁度目の前で始まった3年生の体操。
 扇やらなにやら、謎のポーズを次々に決めている。
 これ見てたらなんか冷静に他ごと考えられそうだ。
 例えば、そう。
 安藤さんだったら。
 体操服の安藤さんが組体操のポーズを決める姿。
 それをいろんなアングルから見てみる妄想が、突然ビビットな色味で脳内を支配した。
 っ…やっべ。
 ぬぁぁ…。
 こ、こんなことで全く別のピンチが到来してしまうなんて。
 だめだぞだめだめ。
 ここ、学校だから。
 今日体育祭だから。
 冷静に。
 冷静に。
 おちつけ俺。
 そして俺の息子。
 そうだ。今朝のマイクテストの声を思い浮かべよう。
 本日は快晴なり。
 本日は快晴なり。
 本日は快晴ナリv
 突如妄想内に出現した、睫毛バシバシの若~い巨乳女子アナが両腕で胸を軽く寄せつつ上目遣いする様。
 あの谷が見える。
 ぬああああーーー!
 一気に吹き出す全身の汗。
 女子アナは体操服…じゃなくって…くぅ…くそっ…。
 負けねぇ…俺は…。
 …は…。
 …ほ…。
 ほ、本日は…。
 ほんじ…つは…せ…て…んな、り…。
 本日は…。
 本能の声を振り払うように、カッと目を見開いく。
 足元の簀の子、その先の砂粒を見つめた。
 遥先の、砂粒の中の点や、もっと小さい物質まで遡るような力が集まってくる。
 本日は!!!!
 快晴、なり!!!!
 NHTVーーニッポン放送テレビ局ーーのアナウンサーのおっさん風!
 脳内イメージは木の葉を額に乗せ、煙を立ててドロンと変化する忍者のように一気に硬派に。
 スーツ姿のメガネのおっさん。
 こ、これ、だ…。
 イメージ、出来たじゃねえか俺。
 本日は快晴なり。本日は快晴なり。本日は快晴なり。本日は快晴なり。本日は快晴なり。
 本日は快晴なり。本日は快晴なり。本日は快晴なり。本日は快晴なり。本日は快晴なり。
 早口言葉のように読み上げたホームベースと良く似たお堅い感じの容姿のその人。
 テーブルに座ってそのメガネのずれを直す様。
 一瞬のそのブランクをはさみ、おっさんによる脳内マイクテストは続く。
 本日は快晴なり。本日は快晴なり。本日は快晴なり。
 体中から汗が滲み、軽く震えそうになる。
 本日は快晴なり。本日は快晴なり。
 本日は快晴なり。
 よし。
 この調子。
 グラウンドの歓声のボリュームが、アナウンサーのおっさんという強い理性の化身の手でどんどん小くなっていく。
 本日は快晴なり。
 本日は快晴なり。
 やや前屈みになってる俺に誰も注意したり声をかけたりしないのは、もう夕方で、みんな疲れてるから。
 加えて演技してるのは3年生。つまり2年生から見たら、ちょうどどうでもいいところだからだった。
 本日は快晴なり。
 もう一丁。
 本日は、快晴なり。
 そういやこの『快晴』ってとこ、昔ここにあった別の私立の学校の名前からとったらしいっての、今朝の校長の長話で初めて知った。
 普通『本日は晴天なり』なんだそうだ。
 小学校のときは『マイクテスト、マイクテスト』で終わりだった。
 中学入って初めて聞いた時、曇ってんのに? と思ったのが懐かしい。
 本日は、快晴なり。
 こんな言葉一つ取っても歴史って奴があるんだろう。
 じいちゃんに言わせると、こんなに親とか、親どころかじじばばまで子供の行事に来るって、じいちゃんのころでは考えられなかったらしいし。
 小学校で俺の走りをスマホ撮影したあのとき、一番驚いてたのはそれだった。
 家に帰ってから親父に動画を見せ、その後でこう続けた。
『親が来てるなんて余っ程だったから、まさかじじばばまで総出なんてな。俺等の頃だったら、もう恥ずかしくって恥ずかしくっていたたまれないくらいだったろうに』
 親父の頃は両親どっちか来てたらしい。親父は後ろめたいような変な顔してた。
 母さんに話したら、母さんも似たような顔してたよな。
 昔川藤さんから『夫婦って似てくる』っていう俗説を聞いたんだけど、元でも似てくるんだろうか。
 ピーッピッ
「退場ーーー!」 
 脳内ではおっさんが原稿を閉じて頭を下げ、画面右下に『終』の文字が映っていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

異世界でまったり村づくり ~追放された錬金術師、薬草と動物たちに囲まれて再出発します。いつの間にか辺境の村が聖地になっていた件~

たまごころ
ファンタジー
王都で役立たずと追放された中年の錬金術師リオネル。 たどり着いたのは、魔物に怯える小さな辺境の村だった。 薬草で傷を癒し、料理で笑顔を生み、動物たちと畑を耕す日々。 仲間と絆を育むうちに、村は次第に「奇跡の地」と呼ばれていく――。 剣も魔法も最強じゃない。けれど、誰かを癒す力が世界を変えていく。 ゆるやかな時間の中で少しずつ花開く、スロー成長の異世界物語。

結婚相手は、初恋相手~一途な恋の手ほどき~

馬村 はくあ
ライト文芸
「久しぶりだね、ちとせちゃん」 入社した会社の社長に 息子と結婚するように言われて 「ま、なぶくん……」 指示された家で出迎えてくれたのは ずっとずっと好きだった初恋相手だった。 ◌⑅◌┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈◌⑅◌ ちょっぴり照れ屋な新人保険師 鈴野 ちとせ -Chitose Suzuno- × 俺様なイケメン副社長 遊佐 学 -Manabu Yusa- ◌⑅◌┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈◌⑅◌ 「これからよろくね、ちとせ」 ずっと人生を諦めてたちとせにとって これは好きな人と幸せになれる 大大大チャンス到来! 「結婚したい人ができたら、いつでも離婚してあげるから」 この先には幸せな未来しかないと思っていたのに。 「感謝してるよ、ちとせのおかげで俺の将来も安泰だ」 自分の立場しか考えてなくて いつだってそこに愛はないんだと 覚悟して臨んだ結婚生活 「お前の頭にあいつがいるのが、ムカつく」 「あいつと仲良くするのはやめろ」 「違わねぇんだよ。俺のことだけ見てろよ」 好きじゃないって言うくせに いつだって、強引で、惑わせてくる。 「かわいい、ちとせ」 溺れる日はすぐそこかもしれない ◌⑅◌┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈◌⑅◌ 俺様なイケメン副社長と そんな彼がずっとすきなウブな女の子 愛が本物になる日は……

魔法使いとして頑張りますわ!

まるねこ
恋愛
母が亡くなってすぐに伯爵家へと来た愛人とその娘。 そこからは家族ごっこの毎日。 私が継ぐはずだった伯爵家。 花畑の住人の義妹が私の婚約者と仲良くなってしまったし、もういいよね? これからは母方の方で養女となり、魔法使いとなるよう頑張っていきますわ。 2025年に改編しました。 いつも通り、ふんわり設定です。 ブックマークに入れて頂けると私のテンションが成層圏を超えて月まで行ける気がします。m(._.)m Copyright©︎2020-まるねこ

ざまぁから始まるモブの成り上がり!〜現実とゲームは違うのだよ!〜

KeyBow
ファンタジー
カクヨムで異世界もの週間ランク70位! VRMMORゲームの大会のネタ副賞の異世界転生は本物だった!しかもモブスタート!? 副賞は異世界転移権。ネタ特典だと思ったが、何故かリアル異世界に転移した。これは無双の予感?いえ一般人のモブとしてスタートでした!! ある女神の妨害工作により本来出会える仲間は冒頭で死亡・・・ ゲームとリアルの違いに戸惑いつつも、メインヒロインとの出会いがあるのか?あるよね?と主人公は思うのだが・・・ しかし主人公はそんな妨害をゲーム知識で切り抜け、無双していく!

春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話

登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。

第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。

黒ハット
ファンタジー
 前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。  

処理中です...